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4 希罰願望



 ロコート王国の了承を受け、俺は早速ベニマ王国に使者を送り出した。講和の使者については俺からの親書と、ハロルド王子名義の(文章は全部マリアナ・コンクレイユが考えた)親書も同封されている。

それでいいのかお前ら……とは思ったし、それを他国の君主に知られていいのかとも思う。


 あと同時に、ワルン公に事情を知らせるのと、フォローを入れる目的で手紙を送っている。彼はベニマ王国との戦いで、敵の指揮官をより戦いやすい相手に代えさせるなど、策を巡らせ反撃の準備を整えていた。そんな時に、俺がベニマ王国との講和を決めてしまった……不満に思われても仕方ない。

 だから俺は公の献身への感謝と、信頼している旨を伝え、雪解けまでの数ヶ月を兵の休息時間にしてほしいこと、春になったらトミス=アシナクィ討伐の総司令官として着任してほしいことなどをしたため、彼に送ったのだ。


 あ、そうそう。念のためドズラン侯の宮廷襲撃事件の詳細と、俺が無傷だってことも伝えてある。既に誰かが伝えているだろうけど、皇帝本人から直筆で「問題なし」って手紙が届けば、ワルン公も安心することだろう。



 そして俺はというと、未だ襲撃の爪痕が残る宮廷で、ひたすら手紙を書いていた。ワルン公への手紙以外にも、書くべき相手はたくさんいるのだ。

 今書いているのは、亡くなった近衛の遺族への手紙だ。戦死した近衛がいかに勇敢に戦ったかを讃え、その献身に対する感謝を書いていく。それから、近衛が殉職したことを認める署名……これで遺族は、年金を受け取れる。もっとも、その命に見合うだけの額では全くないが。

 手紙だって、遺族には何の慰めにはならないだろう。本当は謝罪の一言でも添えられたら良いんだろうが、皇帝としてそれを公文書に残すことはできない。宮中で皇帝を守るために死ぬことも、近衛の仕事に含まれるからだ。

 書けるのは仕事をやり遂げた部下への称賛と感謝のみ……俺が遺族だったら、こんな皇帝は憎くて仕方ないだろう。


 なのに、実際には感謝の言葉が返ってきたりする。特に平民出身の近衛の遺族からは「皇帝陛下がわざわざ感状を下さった」とか、「皇帝陛下の為に死ねて彼も本望です」とか……そんな言葉ばかりだ。

 彼らは最初から、皇帝を同じ人間として見ていない。神のような存在が、自分たちの目線まで降りてきてくれるから有難がっている。

 時々君主に元皇王や六代皇帝みたいなのが出てくる理由がわかる気がする。こうやって人間が歪んでいくのだ。


 近衛なんて即位の儀以前は死ぬことの無い仕事だったが、それ以降は戦いの度に死者が出ている。

 なのに志願者は年々増加している。特に平民出身者からの応募は殺到しているらしい。高給で、かつ偉大な皇帝の下で働けるからと志願者が後を絶たないようだ。

 この『偉大な皇帝』が民衆の望む皇帝像だ。戦に強くて、常に堂々としている皇帝。そしてそれを()()()のが俺の仕事だ。

 俺は未だに、時々それを忘れそうになる。ちゃんと皇帝という歯車に徹しないとな。



「陛下、お時間です」

 ちょうどまた一通、手紙を書きあげたところで、ティモナに止められる。

「分かった。休憩がてら話すつもりだ。用意を頼む」

「かしこまりました」

 休憩とは言っても、次の仕事も気が重くなる類だけどな。

 俺は仕事机から応接用の机に移り、ソファーに腰掛ける。するとそこで、彼は時間ぴったりに部屋にやってきた。

「時間通りだな。座ってくれ、宮中伯」


 ヴォデッド宮中伯アルフレッド……帝国の密偵組織『ロタールの守り人』のトップにして、帝国の密偵を束ねる密偵長。俺が皇帝として生きることを志すより前から、俺に注目していた男。そして俺が傀儡の皇帝だった頃、宰相派と摂政派に分かれていた政争の中、その実力で中立派として振舞うことができた存在。

 言わば俺の、もっとも古い協力者だ。だが、俺が命を預けられると信頼しているのは宮中伯ではなくティモナである。理由は簡単だ……俺が最近、この宮中伯という人間を理解できるようになったからである。



 宮中伯は俺に重要なことを隠している。

 たとえば、彼は宰相・式部卿の政争の最中、中立派貴族として双方から干渉を受けなかった。当時の俺は、それが密偵という特殊な立場故に認められていたのだと思っていた。

 だが、財務卿として同じく中立派貴族だったニュンバル侯(当時は伯爵)は、中立自体は認められていたが、その仕事内容に関しては大いに干渉を受けていた。彼は帝国の財政を完全に制御どころか、十分に監督することすらできていなかった。

 そう考えると、いくら密偵とは言え、何の干渉もなく自由に動けていた宮中伯には違和感を覚える。


 そしてもう一つ、今思い返すとおかしいことがある。それは俺が命じたこととはいえ、傀儡時代の俺に対する教育係として、歴史の授業を担当できたことだ。

 俺を傀儡として、自分らにとって都合のいい存在にしようと躍起になっていたあの二人が、あっさりと宮中伯に教育係の一枠を譲った……あの時は自分の思い通りになって素直に喜んでいたが、冷静になって考えると、あまりに都合が良すぎる。


 まるで、宮中伯が裏切るとは露ほども思っていなかったように。

 だとすれば、即位の儀での粛清がすんなりと上手く行った理由にもなる。宰相と式部卿は油断していたのだ……俺だけでなく宮中伯相手にも。実際、あの二人が宮中伯と正面から対立しているところを俺は見たことがなかった。

 それ以外にも、色々と推測の根拠になる情報はあった。先代皇帝暗殺の首謀者は式部卿で、ジャン皇太子暗殺の首謀者は宰相だって最初から知っていたりな。そういう情報を繋ぎ合わせれば、おおよその真実は見えてくる。



 俺の父親である皇太子を暗殺した実行犯は、たぶん宮中伯だ。そしておそらく、その指示を出したのは先代の密偵長。これは宮中伯の祖父に当たる人物らしい。

 なぜそうなったかは分からない。だが起こったことだけを辿っていくと、皇太子を殺した宮中伯はその後、先代の密偵長を含む『ロタールの守り人』の上層部を粛清した。先代皇帝の暗殺の方は関わっているか不明だが……実行犯の宮廷医らを拷問して情報を吐かせようとしていた辺り、こっちは関わっていないかもしれない。

 ともかく、宮中伯は俺と協力関係になる以前から、宰相と式部卿にとって共犯者だったってわけだ。



 とまぁ、そんな推測は以前から立っていた。もちろん、これが正しいとは限らない。間違っている可能性もあるし、宮中伯は他にも何か隠している気がする。明らかにこの事件の闇は深いし、当事者と思われる宮中伯が全く話そうとしないからな。

 そして俺は、そんな宮中伯の狙いが分からずに疑ってすらいた。やった行動だけ見れば、宮中伯が権力者をその都度自分にとって都合のいい人間に変えているようにも見えるしな。


 ……そう、疑っていた。つまりは過去形だ。推測が確信に変わりつつある今、俺はむしろ宮中伯をそれほど危険視していない。


 まず、宮中伯がその気ならとっくに俺を殺せている。そのタイミングはいくらでもあった。なのに、そんな気配は一度も、一切ない。これは今回のドズラン侯の襲撃でも分かることだ。

 次にティモナだ。俺が彼を信任することを宮中伯は一切妨害しない。むしろ、それを推奨してるように見える。例えば、俺に子供ができたら俺は用済みの存在として殺してしまおう……と考えているのであれば、ティモナのような存在は邪魔になるはずだ。

 ワルン公やチャムノ伯だってそうだ。政敵になり得るのに、俺が彼らに権限を与えているのも止めない。


 ヴォデッド宮中伯はもう、疑う余地もない。ただの忠義に篤い密偵長だ。俺に対する悪意や害意は一切ない。

 ……そう、俺はもう宮中伯の忠誠は疑っていない。だが命を預けるなら宮中伯ではなくティモナだ。俺がそう判断した理由は、宮中伯の行動から彼の……隠しているかは分からないが、一つの願望を感じ取ったからだ。



 この男、たぶん俺に断罪されたがっている。真実を知った俺に罪状を明らかにされ、死刑にされるのを望んでいる気がする。

 思い返せばこの男、あまりにヒントを残し過ぎているのだ。俺が推測できたのも、結局はこの男が全く隠さなかったからだ。


 そもそも初対面から、この男は俺に警戒されるような言動と振舞いをした。普通、相手に信用してもらいたいなら信用されるように振舞うものだろう。なのにこの男は正反対だった。俺と適度に距離を保って、まるで必要以上に信用されるのを避けているかのように振る舞っていた。


 あと、イレール・フェシュネールが宮廷に乗り込んできたときな。あの時、宮中伯は俺の目の前でわざわざ、意味ありげな質問を彼女に投げかけていた。俺はそこで、宮中伯が前皇太子暗殺の実行犯ではないかと初めて推測できたわけだが……よくよく考えれば、別に俺のいる前であの質問をする必要はなかったはずだ。後で俺のいないところで事実確認すれば、俺はこのことに気がつかなかっただろう。

 つまり、あの時の宮中伯の狙いは、俺に疑念を抱かせることそのものにあったのだ。そうやって宮中伯は、俺を真実へと誘導し続けた。ティモナやバルタザールのような、主従としての振る舞いを宮中伯がしてこなかったのも、俺に余計な情が生まれるのを避けるためだろう。


 全ては自分の過去を、拭えない後悔を、皇帝に裁いてもらうために。

 ……まぁ、そのくせ俺の身を案じた発言が多すぎるから、宮中伯の目論見は失敗してるんだけど。密偵としては完璧でも、人間としては意外と不器用らしい。


 そんな宮中伯の願望を感じ取った俺は、ドズラン候の襲撃の時、連れていく相手に宮中伯よりティモナを選んだ。ある意味死に場所を求めているようなものだからな……この男に命を預けたら、盾になって死ねるタイミングが来たら、喜んで命を捨てそうな、そんな危うさを感じたのだ。

 ティモナの方は、俺のことを守りつつ、一秒でも長く生きようとしてくれそうだと思った。命を懸けると命を捨てるは違うからな。



 というか、どれだけ宮中伯が処罰を望んでいようが、現実問題として今の帝国に宮中伯を処刑する余裕はない。

 今この男を失った場合、その抜けた穴は他の者でカバーできる範疇を越えている。

 まぁ、いつ自分がいなくなってもいいようにティモナやファビオに密偵としての技術を仕込んだり、密偵への命令権をティモナに付与してるんだろうけど、今抜けられたら普通に詰む。


 では先手を打って、俺の予想を口にするべきだろうか。その上で、過去の罪は問わないから引き続き働いてくれと伝えるべきだろうか。

 答えは否だ。だってこの推測がもし真実だった場合、皇帝としては宮中伯を裁くしかないからだ。普通に重罪人だからな、皇太子の暗殺とか。

 もちろん、恩赦を出すこと自体は可能かもしれない。だがその場合、貴族が猛反発するのは間違いない。特に前皇太子と仲の良かったワルン公辺りがヤバい。そしてそのワルン公の娘であるナディーヌが側室なのももっとヤバい。


 最悪、帝国が二つに割れる。そうなれば宰相派と摂政派の時代に逆戻りだ。そして宮中伯の場合、そうなる前に「事態を収めるために」と言って自殺を選びそうな雰囲気もある。



 まぁつまり、俺はこの先も宮中伯の過去については何も知らないフリを続けなければいけないという事だ。すなわち、現状維持である。

 しかし宮中伯、罰せられるの上等の意識だからか、秘密主義な部分があったり、俺の為になることは平気で独断する傾向にあるんだよなぁ。

 つまり、実力と忠誠心は確かだけど扱いがめんどくさい家臣の一人である。……なんか、俺の臣下ってそんなのばっかじゃないか? エタエク伯とか。


 ……え? 俺個人はどう思ってるのかって? 見たこともない実父より、真面目に働く臣下でしょ。


***


 という訳で、俺はそんな宮中伯と向かい合っている。

「宮中伯……余は、卿が余のために働くのであれば、多少のことには目を瞑るつもりだ。それに見合うだけの献身と、忠義を卿はこれまで余に見せてきた」

 今回俺は、密偵も守っているはずの宮廷で襲撃を受けた。しかも今回のドズラン侯による暗殺未遂は、俺に魔法の才が無ければ、間違いなく死んでいただろう大事件だ。

 これに対して、何も言わないのは却って不自然だ。お小言くらいは言っておかなければいけない。だが言い過ぎると「どうぞ罰してください」となるわけだ。俺の気が重くなる理由も分かるだろう。


「しかし、今回のような事が起きると、余は卿に疑念を抱かざるを得なくなってしまう。卿の実力を理解しているからこそ、これが本当に、純粋な失態として済ませていいものなのかと考えてしまう訳だ」

 抱いてないけどね。それでもこういうポーズは取らないといけない。

 襲撃のタイミングは実際、読めなかったと思う。これは読める奴なんていなかったと思うし仕方がない。

 ただ問題は、宮中への侵入を許してしまったという事。こっちについては、改めて詳しく聞いておきたい。

「敵は恐らく、抜け道として整備されていた地下通路を通って、宮廷の城壁内部に侵入してきた。卿はこの通路について、本当に把握できていなかったんだな?」


 俺は昔、皇帝の身分から逃げようと真剣に考えていた。だから宮中の逃げ道などを、宮中伯から教えられていないのも仕方がない。だが少なくとも、密偵長である宮中伯ならすべて把握済みだと思っていた。


 これも俺の油断の一つだろうな。まさか宮中伯が、把握できていない抜け道があるなんて。

「はい。密偵を束ねる者として、申し開きのしようがございません」

 そう言って平伏する宮中伯が、さらに何かを言う前に俺から尋ねる。

「そもそも、城壁内に抜け道があることは?」

 むしろ申し開きしてもらわないと困るんだよこっちは。

「……知りませんでした」

 まぁ、そうだろうと思った。どこが抜け道の出入り口かは知らなくても、あることくらい知っていればもう少し警戒できていたはずだ。


「顔をあげよ、宮中伯。その上で包み隠さずに答えてくれ。卿は宮中の抜け道について、どれくらい把握している」

「宮殿内につきましてはすべて把握しているつもりでした。しかし今回のようなことが起きた以上、一度再調査はすべきかと」

 ……問題は、宮中伯も知らない抜け道を敵は知っていたということ。極論、この世の誰一人として抜け道の存在を知らなければ、宮中伯も知らなかったところで、襲撃には利用されなかったはずなのだ。

「他にもあると思うか?」

「可能性はございます」

 まぁ、それなら再発防止に備えて調査は必要だろうな。


「調査は密偵だけで秘かにやるのか?」

「いいえ。これにつきましては、現在使用していない宮殿や施設にも調査が必要ですので、極秘で済ませるのは無理があります。また、今回抜け道を使われたことは誰の目にも明らかですので、再発防止のために近衛を使って調査するのが自然かと」

 それもそうか。しかしその場合、近衛は暫くその仕事にかかりきりになりそうだな。

「既に始めているのか?」

「少しずつですが。しかし本格的に始める場合、陛下の安全確保のために行動を制限させていただきたく、陛下の御予定をお伺いする必要がございました」

 近衛か……ただでさえ負傷者が多く、皇帝の護衛のシフトがさらにきつくなりそうだが……まぁ、バルタザールに何とかしてもらうしかないな。

「ならすぐに始めて良い。どのみち、近衛を元の水準に戻すには時間がかかるし、それまで余は宮廷から動くつもりはない……市民にも先日、無事なことを示したしな」



 さて、対応についてはこれでいいだろう。だが俺は、まだ宮中伯に聞かなければいけないことがある。俺はできる限り軽く、世間話でもするかのように訊ねる。

「ところで今回使われた抜け道は、かつては密偵も把握できていたが、代を重ねるうちに忘れられてしまった……そういう類のものだろうか」

 恐らくだが、宮中伯は先代の密偵長を粛清している。ならば当然、その引継ぎは上手くいっていない可能性が高い。失伝しているとしたらそのタイミングだろう……が、それは聞けないのでこういう聞き方になる。

「その可能性はございます。ですが、おそらくは元々『ロタールの守り人』も密偵も知り得ない情報だったのではないかと推測いたします」

 ……とりあえず、聞き方は間違っていなさそうだ。


「というと?」

「まず、宮廷の城壁に関しては昔から密偵の管轄ではございませんでした」

 帝国の宮廷は複数の宮殿からなるが、その全体を城壁によって囲われている。目算で十メートルくらいありそうな立派な城壁だ。

「となると、近衛か?」

「はい。当時の近衛は精強であり、密偵が裏を、近衛が表を守るという役割分担をしっかり行っておりました。宮殿内の抜け道を密偵が把握していたように、城壁内の抜け道は近衛が把握し管理していたのではないかと推測します」

「その事情が変わったのは……六代皇帝か」


 帝国の六代皇帝は、歴史に名を残すレベルの愚帝だ。コイツの数多の「やらかし」により、帝国がそれまでに積み上げた大国としての威厳も名声も、蓄えた財も国力も、その全てが吐きつくされた。それどころか、マイナスに転じたと言っていい。

 そして当時、売官制度によって近衛という官職が売られた結果、近衛の秩序は崩壊したのである。

「はい。よってこの抜け道を知っていた可能性があるのは、それ以前に近衛の高官だった家系か、この売官の初期に近衛になり秘密を知った者か……ですが」

 なるほど、それを知っていた者が、子孫にこっそり教えていた……ってことか。それがドズラン侯の家系なのだろうか?

「ですが、なんだ?」

「より可能性が高いのは、売官以前に近衛だった家系。つまり、ドズラン候家はこの抜け道を知らなかったと思われます」


 宮中伯の言葉は、あくまで推測を語る口調だった。だが、そこには自信のようなものが窺える。

「理由は?」

「まず、ドズラン侯家は三代皇帝シャルル一世の息子の一人、ルネーを祖とする一族です。また、彼の長男は四代皇帝エドワード二世の養子となり、五代皇帝シャルル二世となりました」

 これだけ聞けばドズラン侯家は名門だが、彼を養子としたエドワード二世は、その実家であるドズラン侯家が後見人として権勢をふるわないよう、徹底して中央から遠ざけた。お陰で、シャルル二世の治世に佞臣が跋扈することは無かった。

 本来であればエドワード二世の好判断になるはずだったが、問題はそのシャルル二世が若くして亡くなってしまったということと、それに続く皇帝が救いようのない愚か者だったとことだ。

 この結果、ドズラン侯家などは後に誕生するラウル公家やアキカール公家の勢いに太刀打ちできず、彼らが政治を掌握するのを許すことになる。


 それはさておき、宮中伯は尚も続ける。

「つまり皇族出身の一族であるドズラン侯家ですが、彼らは徹底して中央から遠ざけられたため、六代皇帝以前に近衛は輩出しておりません。また、先帝がイレール・フェシュネールに宮廷内の抜け道を教えていたように、皇族は宮殿内の抜け道の方を利用します」

 俺には秘密にされてたけどね。まぁ、使わないと思って俺も聞かなかったんだからこれについては責める気もないけど。

「つまり、もしドズラン侯家が抜け道を知っていた場合、それは近衛管轄だった方ではなく、密偵管轄だった方が自然だと?」

「そもそも知らなかった可能性も十二分にございますが」



 ……ちょっと待てよ。そうか……そもそも宮殿内への抜け道ではなく、城壁内への抜け道を使った点に注目すべきなのか。

「今回の襲撃、宮廷内に押し入ってからは比較的強行突破だった。そのような方法で皇帝を殺そうとするならば、城壁より宮殿内にある抜け道を使った方が成功率は高かったはずだ」

 俺はしてやられた感が強くて考えてもいなかったが……実際、宮廷内に侵入されてから俺のところに来るまで、少し時間の余裕があった。それが無ければ、俺はもっと危なかったかもしれない。

 例えば俺がいた部屋の近くに抜け道への入り口があったら……そしてそこを使われていたら、俺が事態を把握する前に彼らの剣は俺に届いたかもしれない。そうなれば、俺は混乱したまま討ち取られていた可能性がある。

 だが彼らは、城壁の内部に侵入してから宮廷内へと進み、それから皇帝の行き先を探しながら抵抗する近衛や密偵を討ち破っていった。だから俺の下に到達するまでに時間がかかったし、手勢の数も削られていた。



 しかしそこで、宮中伯が補足を入れる。

「いえ……今言うべきことではないかもしれませんが、イレール・フェシュネールに塞いでいた抜け道を無理やりこじ開けられ侵入されて以来、宮殿内の抜け道に対しての防備と監視は強化しておりました。ですので、おそらく同じくらいの時間を稼げていたかとは思います」

 あ、そうなの。むしろあれか……人を十分に配置していたからこそ、把握していない抜け道という存在は完全に想定外だったというわけか。

「ですがこのイレール・フェシュネールの侵入について、内容も内容でしたので表沙汰にはしておりません。つまり、敵は宮殿内の抜け道に対し、密偵が警戒を強めていることを知らないはずです」

 どっちにしろ、宮殿内の抜け道を知っていたならそっちを使っていただろうって話だな。


「また、そもそもドズラン侯は父と兄を争わせ、両者を一気に殺めて侯爵となりました。仮に先代ドズラン侯が抜け道を何らかの理由で知っていたとしても、その情報が引き継がれていた可能性は低いでしょう」

 宮中伯と継承時の状況は似てるのか……これも口にはしないけど。

「ならば、一番可能性として高いのは?」

 俺が結論を求めると、宮中伯はもっとも可能性の高い推測を口にする。

「六代皇帝以前に近衛の責任者に近い立場だった貴族の子孫。これが秘かに城壁内の抜け道の存在を伝えられており、それをドズラン侯に提供した……というものかと」

 それが宮中伯の出した結論。つまり……。


「貴族の中に、協力者がいる可能性が高いかと」


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― 新着の感想 ―
いつぞやの毒蜘蛛とやらかな? やはりドズラン公自体ではなかったか
やはり内通者がいるんか!
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