16 秋、そして……
ロコート王国との講和は、あとは正式な発効を待つだけとなった。これが成立すれば、帝国とロコート王国間の戦争は終結する。
ただ、ロコート王国の外交団はもうしばらく帝都に残るらしい。理由は亡命してきている元皇王一行との交渉が残っているからだ。
相変わらず帝都では、宮廷襲撃事件の後始末と調査が続いている。侵入経路、関係者の取り調べ等、やるべきことは無数にある。
ただ、ようやく殉職者の葬儀と宮廷の清掃作業が完了した。もっとも、俺が燃やした謁見の間は、石材などもダメになったので清掃だけではどうにもならないそうだ。しばらくは使えないだろう。
あとはドラグーンの尋問だったり、近衛の再編に直轄軍の指揮官……あと、ドズラン領をどうするかもか。まぁ、考えなければいけないことは無数にある。
だが今は、一人の女性が無事に帰ってきたことを喜ぶとしよう。
「ただ、いま」
「おかえり、ヴェラ……心配かけたな」
俺の側室の一人であるヴェラ=シルヴィは、アプラーダ王国との最前線にいた。だが今回一件を受け、急いで帰ってきたらしい。
「ほんとはあと半年くらい、外にいようと思ってたんだけど、ね?」
彼女の帰還については、彼女自身の意思もあるが、宮中伯からの要請でもある。
あの男は俺の現状を察している。だから体内の魔力が回復するまで、俺の代わりに封魔結界内でも魔法が使える人間を近くに置いておきたいのだろう。
「悪かったな、邪魔してしまって」
もう少し外の世界を見て回りたかっただろうに。でもまぁ、元気そうでよかった。
「邪魔は私の方、だよ?」
ヴェラ=シルヴィはそう言って、さらに続けた。
「最初の一年は、二人が良いかな、って思った、から」
どうやら、ヴェラ=シルヴィは宮廷の外にいた理由は、単純に自分が外の世界を見たかっただけではないらしい。
「気を使い過ぎだ」
側室として、ヴェラ=シルヴィは正室のロザリアに気を使っていたらしい。
だとしたら悪かったな……俺、全然宮廷にいなかったからな。
あぁ、そうだ。ヴェラ=シルヴィが戻ってきたなら、アイツの所へ顔出すか。
という訳で、ヴァレンリールの元へ来た俺たちは、前から言われていた通り、チャムノ伯家の家宝である『シャプリエの耳飾り』を左右両耳セットで彼女に見せている。
普段はふざけた行動の目立つ女だが、今は真剣に耳飾りを眺めている。
オーパーツの鑑定なのか解析なのかはよく分からないが、目は確かに真剣である。
ちなみにこの女は、ドラグーン討伐の現場にもいて、バルタザールにオーパーツを貸し出したらしい。しかし、倒れたリトルドラゴンには目もくれず、さっさと部屋に戻ったとのこと。
ただまぁ、翌日には貸したオーパーツがドラゴンの血で臭くて使い物にならないとバルタザールの所に怒鳴り込んでいた。
謝罪する近衛長に対し、一歩も引かず文句を言っており、普通に近衛の仕事の邪魔(そもそも今回の事件で人員が不足している)だったので、「余はそのオーパーツについて報告を受けていないがな」とぼそっと呟いてみると、何事もなかったかのように研究室へ帰っていった。
俺は一回くらい、コイツを牢屋にぶち込んでもバチは当たらないと思う。
そんなクソ女だが、オーパーツについては専門家だ。実際、机の上には解析を頼んだ自動人形の腕や足などが並んでいて、その隣には魔法陣の書き写しのようなものもある。
ちゃんと優先してくれと言ったものから優先している……いや、本来は当たり前のことなんだけどね。
「こ、これは……」
……なんか興奮気味だ。やっぱり停止させないと分からないとか言うんだろうか。
「新発見! 大発見ですよ! いやぁ生きててよかったぁ!!」
「ひぅ」
ヴァレンリールが突然、叫び出す。そしてその音圧にビビッて、ヴェラ=シルヴィが小さく悲鳴を上げていた。
「それで、何が分かったんだ」
「えぇっとですねぇ、これはオーパーツであって『オーパーツ』では無いんです! たぶん『オーパーツ』の元になった物では?」
……うん、全く言っている意味が分からない。
「ですからねぇ、オーパーツの本来の意味『現代では製造不可能なアイテム』という意味ではオーパーツで合ってます。でも我々が『オーパーツ』と呼んでるのは、全て魔法の術式によって組み立てられた魔道具のことです。だからどんな効果は分からなくても、術式自体は確認できるんですよねぇ。でもこれ、術式が無いんですよねぇ」
「……というと?」
ちなみに、ヴェラ=シルヴィは如何にも真剣に聞いてます……という雰囲気を装っている。たぶん全く話が分からず、聞いているフリをしているだけだ、これは。
「いえ、正確には術式は一つだけあるんですよ、陛下が持っていた方の宝石周りの枠の所にぃ。効果は『活性と非活性の切り替え』だけです。あんまりに単調でシンプル過ぎて、最近の術式なのか、古代文明よりさらに古いものなのかは分かりませんけど」
あーなるほど。つまり俺が持ってる方で「接続」と「非接続」を切り替えていたのか。
「つまり、離れた場所で通話が可能な原理は全く不明なんですよ。たぶん、術式とか関係ないですね。その宝石が、そういう性質を元来持っているのでは? もちろん、そんなもの見たことも聞いたこともないですけど」
「……じゃあ、これ、は?」
ヴェラ=シルヴィが可愛く首をかしげる。
「それこそ神様が直接もたらしてくれた代物なんじゃないですか? しかしまさか、こんなに身近に存在するとはぁ」
そこからさらにヴァレンリールは止まらず続ける。
「えぇとですねぇ、オーパーツ研究者の中には、古代文明人が参考にした、元にした存在があったのではないかという学説を唱えた人たちがいましてねぇ。彼らは『神器』って呼んでましたかねぇ。つまり、神様がもたらした奇跡の産物を、人間がどうにかして真似しようとしてできた物が『オーパーツ』という説です。何の根拠もない妄想だとして、私はその説に反対の立場だったのですが、いやはやまさかそんな私がこれを見つけてしまうとは! ……失礼、悪い癖です」
なるほど、つまりこの耳飾りは、その『神器』って枠組みなんじゃないかって話か。まぁ、あくまで学説って話だから、真実かはまだ分からないが。
「やはり研究したいか?」
さすがに解体は……と思って尋ねると、彼女から返ってきたのはあっけらかんとした反応だった。
「へ? いいえ全く」
……どういうことなの。
「私は古代人の英知の結晶である『オーパーツ』に秘められた術式を解き明かすのが好きなんですよぅ? でもその耳飾りに刻まれているのは簡単な術式一つだけ。あとは『そういう性質の石』だけですよ? 人智では到達できない『奇跡』は研究対象外です」
なるほど、つまり食指が動かねぇと。珍しいもの見れたという喜びはあるけど、研究したいかと言われると別ってことか。
「でも気を付けてくださいねぇ。皇国の研究者なら命懸けで欲しがりますよ」
……つまり、余計な秘密をまた一つ抱えてしまったわけか。面倒な。
「ところで、そっちの解析は?」
俺はふと、テーブルの上に並んだ自動人形の一部に目を向ける。
するとさっきまでのハイテンションから一変して、ヴァレンリールは真剣な声色で答える。
「全て調べきるまでは結論出せませんね。時間ももう少しかかります」
……いや、俺はお前のそのテンションの差が怖いよ。
***
とまぁ、そんなこともありつつ。季節はいよいよ、本格的に秋になる。
帝国においては、冬が社交のシーズンだ。それは、夏から秋にかけて食料の収穫を管轄し、税を徴収した後、一言で言えばやることが無くなるからである。
逆に言えば、この秋はかなり忙しい。だから帝都にもほとんど貴族はいない。戦争も続いているしな。
しかしまぁ、『アインの語り部』経由で接触した皇国周辺の諸国家は、かなり帝国の話に好意的に食いついている。やはり、皇帝が戦場でド派手に魔法使ったっていうのはデカいらしい。「帝国を中心として対皇国の同盟」という話も、かなり前向きに受け止められている。
とはいえ、現段階では表立っては話を進めてはいない。そんな事すれば、皇国に先に動かれる。
そこで、社交シーズンである。毎年冬の季節に貴族たちが帝都に集まり、ダンスなどをする。そこには、外国の客人がいても不自然ではない。社交界を外交の隠れ蓑に使うことができる。
だから俺は、今年は珍しく冬が待ち遠しいな、なんて。そんなことを考えていたのに。
「陛下、急報です」
まぁそうだよね。こういう時はいつも上手くいかない。何か予想外のことが起こって、何かが頓挫するんだ。いつもそう。
「今度はどこが帝国に攻め込んできたんだ?」
俺は宮中伯に続きを促す。まぁ、焦ってる雰囲気はないから帝都が襲撃されたとかではなさそう。
「はっ。それが……トミス=アシナクィです。連中、テアーナベ領の残党を吸収し、そのまま帝国領へ侵攻してきました」
トミス=アシナクィだと……?
聖一教の中でも過激な一派である継承派。それが国家にまでなってしまった宗教国家だ。兵の中には狂信者も多く、国力の割には強い。というか、異端に対して容赦がない連中だ。自分たちの士気を上げるより、交戦国の士気を下げるのが得意な連中……というべきだろうか。
正妃ロザリアの実家、ベルベー王国は特に彼らに長らく苦しめられ、風前の灯にまでなった。だが、帝国の支援が行われるようになってからは、彼らは比較的おとなしかった。
それが今回、攻め込んできたと。宗教勢力は面倒なんだけどなぁ。
「ベルベー王国の被害状況は?」
「それが……ベルベー王国とは交戦せず、帝国領への侵攻のみとのことです」
……ん? てっきり、宿敵のベルベー王国との戦争を再開させて、その同盟国である帝国にも先制攻撃……って流れだと思ったんだけど、違うのか。
「そして我が国の被害ですが、都市の陥落は無く、農村ばかりが襲われていると……」
なるほど、まだ都市は陥落してないのか。ただ農村が襲われているってことは、兵糧攻めの前触れ……あれ、ちょっと待て。今の季節は秋で、つまり収穫の時期。そのタイミングで農村が襲われてる?
「焼かれているのか?」
「いいえ。奪われています」
宮中伯がそう答えたところで、俺はこの一年くらいの記憶を次々と思い出す。
……去年の冬は、例年より早かった。だから帝都の外で越冬するハメになった。雪解けも今年は遅かった。だから俺は結婚式に遅れかけた。
……夏も涼しかったとナディーヌが言ってた。
「あっ」
そうか、今年は全体的に寒かった! 帝国内の収穫予想は例年通りだったから、完全に見落としていた!
「食料不足っ!」
そうか、帝国の仮想敵国であるトミス=アシナクィは、帝国から食糧の輸入もできない。だから、国内が不作の場合、戦争するしかないのか!
……あれ、ちょっと待てよ。トミス=アシナクィは異端に容赦がないヤバい国家だ。
そして飢饉の国家が他国に侵攻するときも、大抵は容赦が無くなる。飢えた人間というのは、食べるために何でもやるのだ……。
ヤバい連中に、ヤバい理由が加わって、帝国に攻め込んできただと……。
いや、それだけじゃない。そもそもこの食料不足が飢饉のレベルで、その範囲が複数の国に跨る大規模なものだったら……?
難民、戦争、疫病……あらゆる問題の引き金になる!
「とりあえず、諸侯集めて。あとベルベー王国にも連絡」
これは後回しにしていい問題じゃない。
……なんで俺はまたこういうのを見落とすかなぁ。




