14 ドズラン侯の変
皇帝襲撃事件から数日たった。今回の件については、結局のところ分からないことだらけだ。これからしばらくは、その調査に追われることになる。
だが現状で分かっていることもあるので、挙げ連ねていこうと思う。
まず、俺が見ていないところでの出来事。市街地の陽動はさっき言ったように警備隊によって鎮圧された。逮捕された傭兵は、宮廷襲撃の関係者と見なされ、大逆罪で処刑された後、広場に首が晒された。
本来はドズラン侯もそうするべきだったのだが、俺が全て焼いてしまったからな。その分、彼らの首を晒すことになった。
ちなみに、ドズラン侯を筆頭とする襲撃者たちに関しては、密偵が上手く誘い込んで殲滅した、ということになっている。これは単純に、俺がやったということがバレない方が良いのもあるが、何より密偵の信用不安を払しょくするために彼らの功績ということにした方が良い。
彼らだけの責任ではないが、しかし密偵が今回の件を事前に阻止できなかったのも事実である。
だがこれで帝国の密偵が舐められると、防諜に支障が出かねない。だから密偵の功績にしたという訳だ。
城門の敵兵については警備隊の一部とファビオ、それからイルミーノが外から突入。同時に近衛が内から攻撃し、また城壁内に立てこもっていた兵士も呼応するように反撃。こうして、敵は四方から挟撃される形となり殲滅された。
占拠される際に多くの犠牲は出たが、奪還の際にはほとんど被害はなかった。これはイルミーノの活躍が大きいらしい。彼らが城門に突入した際、中には双方の死体があふれ、足の踏み場もないほどだった……だが彼女は、死体の山の上で平然と敵を殺していったという。
その精神性は、こういう時に頼りになる。……まぁ、敵味方の区別がつかずに、内部から攻撃していた味方の近衛まで殺しかけたらしいけど。ファビオが止めなかったら危なかった。
……本人が功を辞退したから表立って褒美は与えていないが、今回の襲撃事件における功労賞は間違いなくファビオだ。後で何かしらの形で酬いたい。
ちなみに、敵に占拠される際に破壊したため、現在宮廷の城門は閉められなくなっている。その上、中は戦闘の跡で色々と掃除が必要な状況……少なくとも、生身で通過したら匂いが移るくらいの惨状である。
現在は、普段の三倍の人数をかけ城門の守備に当たらせている。宮廷内の復旧にも人手が必要だし……しばらくは全員、休日返上で働いてもらうしかないな。
バルタザールたちが戦ったドラゴンとドラグーンについてだが、バルタザールが一撃食らわして地上に引きずり降ろした後、地上にいたメンバーで一斉に袋叩きにしたそうだ。この戦闘の結果、リトルドラゴンの方は完全に死亡した。
これで貴重な竜種の素材が手に入って訳だが……解体方法とか分かっているの、北方大陸の人間くらいだからな。どうすればいいか分からないので、正直持て余すことになるだろう。今は宮廷の隅で一時的に埋められている。
戦いについてだが、話によると地上に叩き落としてからは一方的だったそうだ。というのも、実は竜種には、パニックになると飛び立とうとする習性があるらしい。たぶん本能的に、地上より空中の方が敵が少ないからだろうな。彼らにとっては、地上より空の方が安全なのだ。
その習性を利用して、飛び立てないよう常に攻撃をし続ければ、暴れているうちにスタミナ切れを起こし、やがて竜種は動けなくなる。ゲーム風に言うと、怯みモーションで飛び上がるモーションをキャンセルし続ける……みたいなイメージだろうか。
なるほど、あれだけの巨体を持った魔物がなぜこの大陸では絶滅したのか疑問だったが……嵌め技みたいなもので狩れてしまうからか。
もっとも、本当に優れたドラグーンと熟練の騎竜は、その本能に逆らって地上で応戦できるらしいけどな。竜種の巨体で地上を暴れられたり、尻尾を振り回されるだけでも十二分に脅威だからな。今回の相手はそうでなくて助かった。
あとそうそう。この相手……襲ってきたドラグーンは、俺も謁見したこともある冒険者、『青竜騎士』ジークフリート・ティセリウスだった。しかも素晴らしいことに、自害を許さず生け捕りとすることに成功した。
現在は本人を尋問中。ただ、かなり錯乱しているらしい。面倒なことに、薬物を使用していたようだ。あとなぜか俺に対し強い殺意を抱いているらしく、これが動機だろうな。
とりあえず、このままでは埒が明かないので、北方大陸の冒険者組合には事情を詰問する書状を送った。
まぁ、開き直られて宣戦布告とかされると困るんだけどね? それでもこちらに被害が出ている以上、外交的には強気な姿勢を見せないといけないのだ。
それと、このドラゴン戦には宮中伯は参加できなかった。別の敵が彼を足止めしたかららしい。
もっとも、これは悪いことではなかった。宮中伯には特殊な能力があり、この相手を殺害し記憶を読めば、他に誰が関わっていたか分かる……はずだった。
まぁ、わざわざ宮中伯の足止めの為だけに投入した存在なのだから、そんな都合よくいかないのもある意味当然か。
この足止め役の正体は人間ではなく……それどころか生物ですらなかった。これは魔法で動く人形……自動人形だった。しかし如何にも人間らしく振舞う為、宮中伯は違和感を抱きつつも生物だと思っていたようだ。
当然、現代の技術では再現不可能な類だ。おそらく、これもまたオーパーツの一種だと思われる。こいつは如何にも人間らしく振舞い、宮中伯を最後まで足止めした後、突然活動を停止したらしい。
時刻を照らし合わせ、おおよその事情が分かった。俺が謁見の間で襲撃者たちを殲滅したタイミングで機能を停止している。
つまり、ドズラン侯か、あるいはあの場にいた誰かがこの自動人形の制御を担っていたか。あるいは、あの場の誰かが死んだ時点で機能を停止するようになっていたか。
ともかく、これについては分からないことだらけだ。もし複数いた場合、かなり不味い。相性的に宮中伯の天敵だからな。
現在はこの機能を停止した自動人形について、ヴァレンリールに最優先で解析してもらっている。ちなみに本人は大喜びで飛びついていた。
まぁ、ちゃんと解析してくれればいいが……他に専門家もいないからあの女に頼るしかない。こちらも続報待ちだな。
次に、今回の一件によるこちらの被害、損失について。
一番の被害は近衛だろう。死者負傷者ともに多く出た。近衛に相応しい実力を持った人間を集め、その穴を埋めるのには、かなりの時間がかかるだろう。
亡くなった近衛については一人一人葬儀を行い、丁寧に宮廷内の墓所に埋葬することに決めた。数日かかってしまうが、魔法である程度遺体の腐敗は遅らせられる。何より、今年は例年より涼しいお陰でそれほど腐敗は進まないと思う。
俺のために死んでいった彼らに、俺ができることはこれくらいしかない。
被害といえば、密偵の方も被害が出ている。もちろん死者も出ているが、それ以外の部分でも活動に支障をきたしている。
それは今回の襲撃で、これまで宮廷内で侍女や執事、官僚として働いていた密偵たちの多くが、その身分を明かさざるを得なくなってしまったのだ。
まぁ、実のところ彼らについては、密偵の中でも何かの技能に秀でている存在という訳ではなく、実際に宮中で仕事をしつつ、何か異変があったら知らせる、という役割に過ぎないようだが。
さらに言えば、宮中伯が密偵長になってから配属された人たちばかりらしく、宮廷では新参の人間ばかり。
だから今回の、宮廷内の裏切り者についても感知できなかった。
この裏切り者についてだが、宮廷の門の制圧に協力したのは守衛に食事を提供していた執事二名。『封魔結界』の魔道具を操作していたのは、宮廷内の備品の管理を任されている部署の責任者と古参だった人間三名。この計五名は、それぞれ捕らえる前に自殺してしまった。
彼らが内通者であるということを、密偵は把握できていなかった。理由は二つ。一つは彼らが金で雇われた協力者などではなく、昔から入り込んでいた「どこかの」密偵だった為。もう一つは、彼らがこれまで、一度も尻尾を出さなかったため。
そして宮中伯曰く、彼らは本当に古参の人物だったそう。そう考えると、父と兄を殺して爵位を継いだばかりの、歴の浅いドズラン侯の密偵とは思えない。
つまり、彼に協力した何者かがいる。
ただ、潜入先で「古参」になるまで生き残る密偵など、そう何人もいないはずだ。だからその相手は今回、本当に虎の子の切り札を切ったということになる。
それでも、この得体の知れない気持ち悪さは拭えない。この宮廷には、まだ俺の知らない闇が潜んでいそうな……そんな不気味さがある。
そして最後にドズラン侯領について。ドズラン侯の凶行を知らなかったらしいドズラン領は、あっけなく制圧された。この領地についても、後で処分法を検討しなければ……頭が痛くなる話だ。
現地の貴族は当初、皇帝の非道を罵っていたが、ドズラン侯の凶行を知ると愕然としていた。
彼らだけではない。誰もが「何故」と言った。仮に皇帝を討てたところで、彼には何の大義名分もない。他の諸侯や他国と事前に連絡を取っていた訳でもないから、間違いなくドズラン侯は孤立する。
そうなれば、諸侯軍の圧倒的兵力に成すすべもなく鎮圧されるだろう。そんな単純なことは誰だって理解できる。あまりに未来が見えていない反乱。誰もが理解できない凶行。
だからこそ、その襲撃は成功した。あの宮中伯が、密偵が、全く予測できなかったのだ。そして俺含め、誰もが油断した。
……こうして今生きているのは、運がよかっただけだ。
俺は、これまでの十五年の人生で蓄え続けてきた魔力をほとんど出しつくした。全回復するまでに何年かかるかもわからない。次、同じことが起きれば、俺は間違いなく死ぬ。
表向きは無傷かのように装っているが、俺はしっかり削られている。それを悟らせないようにしつつ、しかし今までよりも安全に行動しなければ。
……少なくとも、俺自身はしばらく戦場には出られないな。
***
そんな未曽有の宮廷襲撃事件だが、この事件で明らかになった問題点について。
第一に、やはり対空装備・設備がないことだろう。そもそも敵ドラグーンさえいなければ、こんなに苦戦することは無かった。いるだけでこちらの動きが制限される……あまりに厄介な存在だ。こっちが二次元の戦いをしているのに三次元の敵とかさぁ。
とはいえ、滅多に使われないであろう設備に据え置き型……といのは現実的ではない。やはり、対空装備の開発が急務だろう。
つぎに、兵の問題。そもそも、早い段階で帝都にいた正規軍……皇帝直轄軍かアーンダル侯軍が動けば、宮廷の城門はすぐに奪還できたはす。だが現実では、彼らが集合するよりも、ファビオが警備隊と交渉して、兵を借りて、城門を奪還する方が早かった。
実に酷い体たらくとしか言いようがない。そんなアーンダル侯には「これが二度目。次は無い」と通達した。
……いや、本当は責めたいんだが、今回の件ではこれ以上は責められない。だって皇帝直轄軍も動けなかったんだから。
やはり、指揮官が……この問題、どうにかしなければ。
それと、密偵の問題だな。彼らは暗殺を防ぐ能力はあっても、今回のような直接的な襲撃……直接的な攻撃に対しては弱いのかもな。まぁ、密偵なんだから搦手には強くて正面突破には弱いのも当たり前かもしれないが。
というか、ここ最近密偵そのものが弱体化してきている気もする。これについては、一度諸々の後始末が終わったら、宮中伯としっかり話し合う必要があるな。
他にも、今回の件でパニックになった元皇王が暴れたり、元皇太子が身の安全を守るために私兵が欲しいとか言い出したが、とりあえず先送りにした。
部屋の隅でガタガタ震えていただけの連中がうるさいんだよ。
あとは……俺の魔力か。体内に空気中の魔力を取り込んで圧縮するこの術は、相当珍しい技術だと思う。俺の個人的な目標は、当面の間はこの体内魔力の回復である。
そのために、俺は今後しばらく、封魔結界の外……つまり宮廷の庭などになるべく出て、少しでも元の魔力量に近づけるよう取り込み続けなければいけない。しかも、怪しまれないように。
……まぁ、この辺は神経質になるくらいでちょうどいいだろう。
他に必要なのは、最前線の諸侯に事情の説明と皇帝の無事を伝えて、襲撃が成功した理由をもう少し色々と調べて……。
「陛下」
そうやって今後について考えていると、ティモナが俺に、来客の存在を伝える。
「ハロルド王太子殿下が、二人で少し親睦でも深めないかと」
そう、元々やっていたロコート王国との講和交渉。これもまだ終わっていないのだ。
しかも今回、帝国はロコート王国の使節を事件に巻き込み、命の危険に晒してしまった。交渉を打ち切られてもおかしくない大失態だ。状況は前進どころか、大きく後退しているかもしれない。
「護衛はつけさせてもらう……それでも構わないなら、と伝えてくれ」




