臭い物に蓋をするってやつ
感想ありがとうございます!!(作者、豆腐メンタルのため見るまでに数日かかった模様)
今日は語学の授業がある日だ。どうやら講師役の貴族がまた変わるらしい。今まで一度も変わっていないのは歴史学担当のヴォデッド宮中伯くらいだろう。
まぁ、その原因は俺なんですけども。つまらなかったり、同じ内容繰り返されたり、ハッキリ言って時間の無駄だと思う時は逃げ出すようにしている。皇帝の駄々を止められる人間などいないのだよ。
……殺気向けられるの苦痛なんです。ティモナ・ルナンに。
ところが今日は、その講師が来た途端、ルナンの殺気がピタリと止んだ。
「お初に御目にかかります、陛下。フレデリック・ル・ナンにございます」
なるほど、ルナン父か。顔のパーツはそっくりだが、女顔のティモナとは違い、精悍な顔つきをしている。
「本日より語学の講師をさせて頂きます。何卒よろしくお願い致します」
ご丁寧に頭を下げてもらってどうも。でもそんなことよりあなたの息子を引き取ってください。
……そんなこと言えないけど。この男爵、摂政派の貴族だし。
***
派閥の貴族だし全く期待していなかったのだが、男爵の教育は丁寧でまともだった。
何より! 文字を! 教えてくれる!!
うーん。許した! ティモナの殺気も全部許す。いやほんと、望んだ教育が受けられるってこんなに嬉しいんだね。勉強嫌いだった前世の俺とは大違いだ。
だが、監視の貴族たちの男爵を見る目が……ね。
明らかに文字を教えないよう圧力がかかっていただろうに、男爵はなんでこうまでしてくれるのだろうか。
……嫌な予感はするが、しばらくは様子見だな。
そんな感じで俺は、語学、歴史、乗馬の授業だけ真面目に受け、芸術教養と宗教学はサボる毎日を送っている。
サボっている間は馬に乗って散策してます。本当は本を読んだり、歴史や語学をもっと学びたいんだけどね。あんまり露骨だと警戒されるから。
おかげで「乗馬好き」と見なされているらしい。まぁ実際、馬に乗って散策するのは結構楽しい。
……動物は裏切らないしね。
とはいえ、散策できるのは宮廷の敷地のみだ。この宮廷はほとんどを壁に囲まれている。高さ自体は低い(おそらく日当たりの関係で高く出来ないんだろう)が、見張りの兵もいるし、外には出られそうもない。もう逃げるつもりは無いからいいんだが、統治者になるならば、市井の生活を見なければならないだろう。
いずれ警戒が緩んだら外に出てみたい。
今日も宗教学から逃げ出した俺は、馬に乗って宮廷内の、無駄に広い空き地を走らせる。とはいえ、まだ全力で走るのは許されていない。速歩くらいがせいぜいだ。
それに愛馬もいない。毎回違う馬を渡される。
俺が勝手に逃げ出さないようにってことですかね。
ちなみに護衛は宰相派の人間がついている。馬術は摂政派の担当だが、今は宗教学の時間だからな。皇帝が授業をサボる分には馬鹿になるだけだが、その時間を相手派閥に与えるつもりはないという事だな。めんどくさ。
さて、気持ちを切り替えて今は散策を楽しもうじゃないか。今日は前から気になっていた所を覗いてみようかな。
普段、俺が暮らしている建物から東へ行くと、六代皇帝が晩年引きこもった無駄にデカい離宮がある。さらにその東、壁に隔てられた向こう側には高い塔がある。
軍事施設にしてはあまりに細いし、ずっと気になってたんだよね。俺は一番近くにいた貴族に話しかける。
「お主……えー」
名前覚えてないんだよな。確か……ブンラ伯爵だっけ。……ってことは近衛長か。あぁ、だから護衛についてるのか。
名前を覚えられていないことに気づいたのか、不快そうに眉がピクリと動いた近衛長が名乗る。
「ブンラ伯ユベール・ル・アレマンと申します、陛下」
いや、名前覚える気ないけど。宰相の手先だし。
「うむ。ブンラ伯よ、あの塔はなんなのじゃ」
俺が指差すと、ブンラ伯は急に喜色を浮かべた。
「おお、あの塔ですか。あの塔には罪もない女性が幽閉されているのですよ」
あーはいはい。何となくわかったぞ。どうせ摂政絡みだろ。
「彼女の名前はヴェラ=シルヴィ・ル・シャプリエ。チャムノ伯の御息女で、陛下の父君の御側室であられました」
「前にも似たような話を聞いたの」
あの葬儀は忘れられない記憶だ。 ……忘れてはいけないともいえる。俺が生まれ、摂政が権力を手にしたせいで、幽閉され続けたのだから。
「それはマルドルサ侯女、ノルン・ド・アレマン様の事でしょう」
……アレマン?
「我がブンラ伯家とマルドルサ侯は遠縁なのですよ。彼女のことは、親類として某も大いに哀しみに暮れました。故に、ヴェラ=シルヴィ・ル・シャプリエ様の事も、心が痛むのです」
なるほどね。でも自分で「哀しみに暮れました」って言うのはどうかと思う。絶対何とも思ってないだろ。
「かわいそうじゃの」
「おぉ! 陛下もそう思われますか。摂政様も酷いことをなさる」
だから喜色を浮かべるなよ。明らかに今の発言を元に摂政批判する事しか考えてないじゃん。
「気が変わった。戻る」
気分が悪い。摂政の悪意も政争も、そして何より、幽閉された女性一人すら助けられない、俺自身の無力さが。
***
最近、歴史の授業もつまらなくなってきた。
教え方に不満がある訳じゃない。単純に、歴代皇帝の事績を話されても、それほど興味がわかないってだけだ。明らかに「良い部分」しか教えられないしな。間違いなく、両派閥の圧力がかかってるのだろう。
というか教える宮中伯自身、それほど熱量が籠ってない。
今は主に、文字の読み書きの練習時間になっている。
あくまで宮中伯が教えるのは歴史だ。だが、「読んだり書いたりする方が記憶に残る」と言って、歴史が書かれた文章を読ませてくれたり、それを紙に書き取らせてくれる。
宮中伯らしい器用な手だと思う。監視してる両派閥の人間も、これには文句を言えない。そもそも文字を教えたのはヴォデッド宮中伯ではないしな。
授業内容は今、初代皇帝から三代皇帝まで進んでいる。
初代皇帝は『祖帝』カーディナル。その実績から、平民ですら「子供に同じ名前を付けることは不敬に当たる」として避けるくらい、誰もが知る「名君」だ。
彼はかなりの戦上手だったらしい。かなりっていうか、神懸かり的に。
カーディナル帝はわずか一年で後ギオルス朝全土を奪還すると、その勢いのままセルドノアール朝の首都ハウロウの近くまで進撃。この地にあった丘……つまりここ帝都『カーディナル』近郊、「建国の丘」で皇帝に即位。そしてこの知らせを、カーディナル帝は国中の民に自ら知らせた……これが建国式典の元になっている。
これは全て、セルドノアール朝に対する挑発だろう。前線で皇帝になり、その後前線を離れた訳だからな。そしてセルドノアール朝の軍勢はカーディナル帝がいなくなった前線を見てチャンスだと判断。大軍をもって攻め寄せた。
この知らせを受けたカーディナル帝は即座に引き返すと、戦場に急行。セルドノアール朝の軍勢を包囲殲滅した。
……信じられないくらい鮮やかな手腕だ。だが実際、カーディナル帝は崩御するまでの9年間に、前ギオルス朝崩壊時に独立した五か国(セルドノアール朝を含む)を平定している。
……いくら何でも早すぎるだろ。しかも野戦において、生涯不敗だったというからな。俺はぶっちゃけ引いてる。
この「旧ロタール帝国領」の征服事業は、残すはアキカール王国とテアーナベ王国のみとなるが、不敗の名将も病には勝てず崩御。
次に即位したのは『肥満帝』エドワード1世。カーディナル帝の長男で、即位後速やかにアキカール王国を臣従させ、テアーナベ王国を征服する。またこの頃、帝都が完成し父の名『カーディナル』をつける。
だが彼はわずか38歳で急死。
3代皇帝に即位したのは弟の『幸運帝』シャルル1世。ガーフル人国家の侵攻を退けた。以上。
……明らかに都合の悪いところに黒塗りしたこの感じ。話さないように言われてるんだろうな。そしてそのことを、ヴォデッド宮中伯は隠す気がないと。
いずれ知る機会があると信じて、今は大人しく授業を聞くことにする。
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