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7 女皇王即位の報



 ロコート王国との講和を進める決意はしたものの、問題は飛び道具として用意していたニコライ・エアハルトの処理方法だ。上手いことやらなければまた暴走するだろう……まぁ、暴走するような人間だから飛び道具なんだけど。

 こいつはロコート王国との講和を難航させるとき用の道具であり、今のとなっては必要ないものである。


 しかし彼はそもそも、今皇国に戻っても自分に権力が手に入らないと理解していた。

 元々、俺の思惑とは別に、自分が皇王になりたいという野望で動いていた人物だ。だから俺が焚きつけなくとも最初から講和を邪魔しかねない人物だった。

 ……のだが、予想外の出来事で彼は勝手に大人しくなった。それは、皇国からの知らせだった。


 女皇王、グレーテル即位。聖皇派の祝福を受け戴冠した彼女は、御年八十四歳。何を隠そう現皇王……じゃないや、()皇王の生みの親である。

 ちなみにこの知らせを受けた元皇王は「な、なんじぇ!?」と奇怪な叫びを上げながら卒倒した。思わず笑いそうになったのでやめてほしい。

 たぶん「なんじゃと」と「なんで」が同時に出たんだろうが、実に芸術的な悲鳴だ。



 ……これはシャルル・ド・アキカールによる素晴らしい働きだな。こうして俺たちが持て余していた「皇王」という看板が、実の母親に皇王位を追われた哀れな「元皇王」になった。

 これで上座下座とか一々考えないで済む! 俺が皇帝で、こいつは「元」皇王。ほんと、「元」を連呼したいぐらいに気分が良い。いやぁ、スッキリした。


 あぁ、そうそう。皇国からはその上で、改めて「元」皇王ヘルムート二世の身柄の返還が求められた。あくまで今回の即位は一時的なものであり、本来の皇王が戻ってきたらすぐに復位させるとのこと。

 ただ、前回ほどの要求は強くなかった。なんというか、今回は皇国の使者が全く粘らなかったんだよね。これも理由は分かる。今までは「新皇王への禅譲に現皇王が必要だから」と「帝国に利用されるかもしれないから」という二つの理由で返還が要求されていた。


 だが今回、女皇王の誕生によってヘルムート二世がいなくても禅譲が可能になったと判断した。

 そしてさらに、現段階で最も俺と血縁関係が近いシャルル・ド・アキカール……つまり、実質的な継承権第一位の男が皇国にいる。もし元皇王が帝国に利用されても、シャルル・ド・アキカールを利用し返せばいいと考えている……皇国側は今、そう高を括って油断している。

 後は、シャルル・ド・アキカールがどれくらい各派閥の着火剤として機能できるかだ。彼の健闘を祈るしかない。


 あと、今回の女皇王即位は()()()()()()()()。普通の国家であれば、そもそもこんなものが成立することもなかっただろう。

 だがこと皇国だけは別だ。なぜならあの国は、聖皇派の国だからな。

 皇国において聖皇派の権威は絶大であり、そのトップが「白」と言えば黒いものも白になる……そういう国だったのだ。ただ、現在のテイワ朝はその伝統に逆らい、苦心の末何とか聖皇派の権威を削ぐことに成功した王朝だった。

 だが今回、過去の王朝と同じくらいにまで聖皇派の発言力や権力を戻す代わりに、この何の正統性もない女皇王即位に正統性を持たせたと。


 まぁそれでも、本来ならこんな異常事態は成立しないだろう。これをやるとテイワ朝の威信が崩壊し、もうすぐ終わる王朝だと認識されてしまうからな。

 だが現在、皇国にいる貴族も、聖皇派も、あるいはグレーテル女皇王本人ですら、そのことを理解し受け止めているのだろう。分かっていないのはヘルムート二世とニコライ・エアハルトくらいだ。

 つまりこの時点で、皇国のこの先の流れはある程度決まった。まずはこのままヘルムート二世の子供たちを擁する各派閥が後継者争いの政争をし、勝利した派閥の皇子が継承し即位。そしてその後ろ盾となっていた貴族に禅譲が行われ、新王朝の成立……ここまでが既定路線だろう。


 そしてその一連の流れに正統性が無いと主張し、我々帝国はヘルムート二世を対立する皇王として擁立し、皇国へ侵攻する。帝国にとっては、聖皇派の権威なんて知ったことではないからな。

 当然、その際は親皇国諸国家と反皇国諸国家による大戦争……皇国継承戦争が勃発するだろう。

 それに向け、俺の当面の目標は対皇国包囲網を成立させることになる。



 閑話休題、こうして女皇王が即位を宣言した結果……ニコライ・エアハルトが講和推進派に掌を返した。

 彼は元々、ヘルムート二世が皇王の状態で、自分が権力を握ろうとして失敗し、そのヘルムート二世に庇ってもらった挙句、仲良く皇国から逃げ出した身だからな。彼の目的は一刻も早く皇王になることだったが、それに失敗してこうなった。ヘルムート二世すら巻き込んでな。


 しかしこれまでの彼は、誰がどう見ても皇王の付属品だった。帝国に亡命してきた時点で皇太子ですらなかったしな。だからこのまま皇王と一緒に皇国に戻っても、自分は皇王になれない……なんなら皇国内で嫌われているから皇太子に戻れるかすら怪しい、と思っていた訳だ。

 だから、少しでも皇王になれる確率を上げようと、貴族や商人をかき集めてみたり、亡命組の中で自分の立場を強化しようとしたり、自分の発言を皇帝が聞いてくれるようにするため、皇帝の足を引っ張って権威を削ごうとしてみたり。

 そうやって空回りしてきた馬鹿がニコライ・エアハルトである。


 ところが今回、なんとヘルムート二世が皇王ではなくなった。つまり、ニコライ・エアハルトはヘルムート二世の付属品ではなくなった。そして「今なら、あの皇帝は若くないヘルムート二世より、自分を皇王にしたがるだろう」と思い込み、皇国への帰還に前向きになったと。

 ……なんで?

 と思ったが、宮中伯曰く「皇王とは個人的に話さないのに自分とは個人的に話していたから、皇王より自分の方が好かれてる」と思い込んでいるらしい。

 ……利用しただけなのに。本当に、大丈夫だろうか、コイツは。


 まぁともかく、そういう経緯でロコート王国との講和は急速に進むこととなる。


***


「では、賠償金の代わりとしまして捕虜の身代金の方、相場の一・五倍の額をお支払いいたします」

 交渉が一気に進んだ結果、マリアナ・コンクレイユが話し合いの前面に出てきた。つまり、ここからが本気だということ。

「いえ、全員を……というのは中々厳しいでしょう。我々も何とか金銭を工面し、一部の虜囚を解放しようではありませんか」

 それに対峙するのは皇国のアロイジウス・フォン・ユルゲンス。講和会議の仲介役である「元」皇王の代理として、彼はその身代金の一部を皇国が負担するという。

 彼は善意による行動だと強調している。それ、帝国の商人から借りている金だけどね。


 ……もちろん彼が言っているのは善意などではない。彼はロコート貴族の一部の身代金を自分たちが払うことで、彼らに恩を売り、今後のパイプ役にしようとしているのだ。

「まぁ、それは助かりますわね。そうして頂けるならばこちらにも余裕が生まれるというもの……では、相場の『倍額』をお支払いしましょう」

 一部を払ってくれるなら、出た余裕を賠償金代わりの身代金に上乗せできるという理論。善意に善意を重ねた形……やってることはまんま「オークション」だけどね。


 ロコート王国の使節団……正確には地盤の弱い「コンクレイユ公家」にとって、今回の捕虜の解放はチャンスである。そもそも、コンクレイユ公家の誘導によって戦場に送り込まれ、帝国軍に惨敗した結果捕虜となった彼らは、元々コンクレイユ公家が敵対していた派閥の人間なのだ。

 だからこそ、この機に自分たちの手で買い取ることで、恩を売ったり、あるいは靡かなそうな相手はどさくさに紛れて処分したり、あるいは「肩代わり」したことにしてより多額の借金を背負わせたり……など色々なことができる。

 つまり、ここはロコート王国の使節団としても譲れない部分なのだ。


「おっと、私としたことが忘れておりました。我々の亡命を受け入れてくださり、帝国及び皇帝陛下には日々感謝しております。相場の『三倍』の額をお支払いいたします」

 ……だからその金、帝国の金だろうが。というかユルゲンスよ、そんなこと言ってしまうと……。



 その機を彼らが逃すはずがなく、ビリナ伯がマリアナ・コンクレイユを諫めるように忠告する。

「王太子妃さま、失礼を承知で申し上げますが、我々にそのような予算はなく。具体的には……」

 そしてビリナ伯が彼女に耳打ちする。……うん、流石に役者が違うな。


 この二人の一連の会話は間違いなく、事前に打ち合わせがあったのだろう。ビリナ伯は、本当に止めるつもりならもっと早い段階で止められた。それをしなかった時点でこれは茶番だ。それにユルゲンスは乗せられてしまった訳だ。

「まぁ、大変。その金額では、ごく一部の者しか交換できませんわね」

 ……政治に疎く、金銭感覚が分からない風を装っている。当然、これも茶番だ。


 つまり彼女が言っている意味は「欲しい捕虜だけ高額で買い取るから、いらない捕虜は帝国で処分しといて」だ。クソが……捕虜は維持するのにも金がかかるんだよ。

 かといって、タダで解放してもなぁ。ロコート王国とすぐに対立するつもりなら帝国が解放してかく乱工作、とかできただろうけど……そうじゃないからな。



 そもそも何でこんな話になったかというと、講和内容の草案がほとんどまとまってきたからだ。


 まず、帝国とロコート王国は正式に終戦すること。次に、ロコート王国は旧帝国領(通称王領ヘアド)を皇帝に返還すること。不戦協定を結び、期間は条約発効から五年間とすること。ロコート王国は帝国軍に対し、同じく五年間軍事通行権を付与すること。辺りが草案に組み込まれている。

 まぁつまり、帝国とロコート王国は五年間は戦争できないし、その間に帝国軍は領内を通行できるから皇国に侵攻できる。あと、前回の戦争で奪われた土地が返ってくると。


 これらの条件からも分かるように、帝国とロコート王国の関係は五年間は敵ではなくなる……ただし、この()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という条件付きだ。

 もちろん、政治の実権を握る者が変わっても条約自体は有効だ。ただし、クーデターによってルールごと滅茶苦茶にしたガユヒ公国の前例がある。

 条約を守る可能性が高いのは今交渉している彼女らだ。ぶっちゃけ、帝国がロコート王国に対し、派手に嫌がらせをする理由はない。



「別に、相場通りの金額で構わぬ。ただし、帝国硬貨か皇国硬貨のどちらかのみだ」

 そこで俺は、譲歩と見せかけた要求を突きつける。皇国硬貨はこの先間違いなく使うし、帝国硬貨は常にほしい。だがロコート王国のみで流通してるような硬貨は、別にいらない。あって困るものではないが、優先度が下がるのだ。

 ちなみにこれ、ロコート王国への助け舟な。だって商人に「金を貸してもらっている」身である皇王一行としては、どの硬貨かまでは指定するのが難しいからね。


「なるほど……では、平民はお言葉に甘えて相場通りの額で。ですが、貴族につきましてはやはり相場の一・五倍とさせてください。それなら問題ありませんね? 伯爵」

「えぇ、問題ないかと」

 ……コンクレイユ公家としては平民の支持も欲しい。むしろ自分たちの兵力に組み込むなら平民の方が重要ですらある。それを安く買い取ることでより多くの兵力を確保。一方、皇国としては欲しいのは貴族に対する影響力。だから多くは買い取れないよう、貴族の値段は相場より上げる、か。

 しかも、それでいいかどうかを俺ではなくビリナ伯に聞くことで、俺が待ったを掛けづらくしている。


 ……まぁ、帝国としても帝国商人から金借りてる皇王一行より、ロコート王国から金が入ってくる方がありがたいからそれで良いんだけど。

「ならば、身代金についてはそれでよいな」

 特に否定もないので、これが草案に盛り込まれるだろう。


 その次の議題を提示したのもマリアナ・コンクレイユだ。まぁ、基本的に皇王一行の発言力は弱いから俺から提案しなければ自然とそうなる。ある意味、亡命組は部外者だし。

「では次に、草案に盛り込む予定だった『ヘルムート二世を皇国の正統な皇王と認める事』についてですが」

 まぁ、やはり問題はそこだよなぁ。彼らが事実として皇王だった時に『ヘルムート二世が正統』として認めるための条文。それが現在は意味が変わってしまう。

 これでは即位した女皇王を認めないと宣言することになり、見方によっては宣戦布告と捉えられかねないことになってしまう。というか、皇国にとっては「元」皇王を握る帝国の出方を探る、試金石のようにもなっている。

 そういうメリットもあるから、前代未聞の無茶なのに女皇王が成立した、という一面もあるかもしれない。


「認められないと!?」

 これにユルゲンスが声を荒げる。これはどうだろうな……演技と本気の焦りが半々ってところか。

 しかしそれに対し、マリアナ・コンクレイユは至って冷静に言葉を返す。

「いえ、先送りにさせていただきたいのです。こちらも検討しておりますので、これを最後の議題にすることとし、別の提案を行いたいのです」

 なるほど、つまり前向きに検討……ってやつだな。

「構わぬ」

 実際、これは帝国としても都合がいい。というか、変に認められる方が困るからな。何か良い感じにあやふやな表現にするとか、ちょうどいい落としどころが必要だろう。


「それで、別の提案とは?」

「はい、それは此度の戦争の()()について」

 俺はマリアナ・コンクレイユの言葉に、目を細める。

「ほう……それで?」

 これについては、別に講和条約に載せなくったっていい。歴史上、引き分けで終わった戦争なんていくらでもある。だが今回の戦争は、誰の目にも帝国優勢だった。それをわざわざ明言するとは……どういうつもりだ?


「今回の戦争は、帝国が()()で終えたという認識で構いません」

 優勢で終える……ね。それはつまり、実質的に負けを認めるということだ。負けは確定してないけど、このままだと負ける状態でした、と宣言するようなものである。

 しかし彼女はそれに加え、俺にとっても想定外の提案を出してきた。

「ただし、前回の帝国とロコート王国の戦争。これはロコート王国の優勢で終えた、という認識を頂きたいのです」

 ……なるほど、それが狙いか!

「おもしろい……!」



 前回の戦争、第三次アッペラースにおいて、帝国はロコート王国に対して大幅な領土割譲を行った。にもかかわらず、帝国はこの戦いの敗北を認めていない。誰の目にも「実質敗戦」だが、実質敗戦だったことすら認めていないのだ。

 それを、否定する。前回は帝国側の実質的な敗戦だったと認め、その代わり今回は帝国側の実質的な勝利だったと宣言する。これは、皇帝である俺としては全く痛くない。

 なぜなら前回の講和は俺が生まれるか生まれないかくらいのタイミング。劣勢だったことを認めたところで、俺が何か言われることは無い。むしろ、宰相や式部卿らが負けた相手に、俺は勝ったということになる……皇帝カーマインの名声としては大いにプラスに働く。

 

 ではコンクレイユ公家が損をするかといえば、そんなことは全くない。前回の戦争は、コンクレイユ公家が前線で実際に戦っていた。対して今回の戦争は、コンクレイユ公家は前線で戦っていない。

 彼らもまた、自分たちが直接参加した戦いで勝利したという名声を得て、政敵たちが敗北したという事実を突きつけられる。

 正しく、完全なWin-Winだ。

「過去の条約の一部を再確認することはよくあることだ……しかし今回の場合は、そもそも明言もされていなかった。よって、此度の講和条文に追加するだけでよいな?」

「えぇ、構いません」


 本当に優秀だな、このマリアナ・コンクレイユという人物は……。しかし何だろうこの感じは。まるで既視感……?

「では、次の議題ですが……」

 ……ダメだ、この違和感のような感覚、答えが出ない。俺が慎重になり過ぎているだけか?

 まぁ少なくとも、オーパーツの影響とかではなさそうだし。今は放っておこう。


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