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2 作戦成功


 その後も宮廷内での近況を色々とニュンバル侯から聞いた俺は、次に戦況についてヴォデッド宮中伯に訊ねる。

「ベニマとアプラーダの戦況は?」

 現在帝国が交戦中の、南方に国境を接する三国。そのうち、東のロコート王国については知っての通り、野戦で大勝し、帝都で講和会議が行われる段階まで進んでいる。

「ベニマについては陛下の御出立前と変わらず。ただ、詳細な情報が届きましたのでご報告いたします」

 中央のベニマ王国との戦線については、俺が帝都を出立した頃からさほど変わっていない……か。俺が聞いていたのは、帝国側の指揮官であるワルン公が包囲されていた要塞を解放し、戦況を五分にまで戻したってところまでだな。



 宮中伯の報告は、過去の報告の補足からだった。まず、こちら側の要塞が包囲されていたのは、報告通りワルン公の作戦だったらしい。かなり堅牢な要塞で、さらに守将は腹心のセドラン子爵。守り切る自信があった公爵は、敵に仕掛けさせて兵力を消耗させるつもりだったと。

 まぁ、ベニマ王国との国境は丘陵地帯が広がっており、敵は最初から有利な地形で防御を固められるようになっている。そんな不利な場所に攻撃を仕掛けるくらいなら、少し帝国領に敵を引き込んで有利な戦場で叩いた方が、帝国側の損害は少ないって判断だろう。

 純軍事的には正しい策だ……だが貴族が土地を支配する国家体制では、その土地が他の貴族の領地だと、国内で揉めることになるから、実現は難しい。しかし今回の場合、ベニマ王国と国境を接しているのはワルン公領だ。しかもワルン公は今帝国で最も勢いに乗っている貴族と言っていいだろう……娘は皇帝の妃だし。領内からの反発や不満も抑えられるだけの力がある。だから実現できたのだ。


 ただ、報告によると敵軍は敗走したのではなく、撤退したということらしい。だからロコート王国相手のように、敵が継戦困難と判断するような損害は相手に与えられていない。どうやら、ある程度の包囲で落としきれないと判断した敵将は速やかに後退の決定を下したようだ。

 そんな優秀な敵将は、エクレート侯というベニマ貴族らしい。彼は、攻勢が厳しいと見るや防御を固めた国境まで下がり、ロコート王国とアプラーダ王国に余剰戦力を回そうとしたとのこと。よく戦況が見えている優秀な将である。


 勿論、そういう貴族がいることは帝国にも知られていたが、将軍としての才能があることまでは帝国に伝わっていなかった。そういうのは極論、戦ってみなければ分からないから仕方ない。

 そういう無名ながら優秀な将が敵に突然出てくる時は、往々にして甚大な被害を出してしまうものだが……今回はワルン公の指揮によって、帝国側の被害は少なく戦えている。不幸中の幸いだと思うことにしよう。


 ……だがそこで終わらないのが我らがワルン公だ。こちらは、流石に歴戦の将というだけある。敵軍の撤退の動きを見て、敵将の優秀さを感じ取ったワルン公は、今度は謀略に打って出たのだ。

 彼は何人かの伝令に書状を持たせ、帝都に向けて出立させた。その宛先は帝国の密偵長であるヴォデッド宮中伯。内容は「現指揮官のエクレート侯は臆病で消極的な将軍。戦いやすくて助かっている」という話と、「名将ゲトー・ド・シャルヌフの養子、カール=ジン・ド・シャルヌフは優秀と聞く、彼のような名声ある将に変わられると厄介なので、そうならないよう密偵の方で妨害してほしい」というものだった。


「この嘘の要請が書かれた手紙を持った伝令の内、一人がわざと()()()()()につかまり、この内容がベニマ王宮に伝わったとのことです」

 現在、ベニマ軍の一部がアプラーダ王国の援軍に出向き、ロコート軍の一部がベニマ王国の援軍に出向いている。完全にこちらの主目標がアプラーダ王国とバレている動きだが、帝国はそんな中、もっとも手薄になったロコート王国相手に勝利した。そしてロコート王国内では講和推進派が台頭し、ベニマ王国への援軍に向かった反帝国派……というか継戦派は、完全に梯子を外された形になっている。

 つまり、彼らロコート王国からの援軍は当然の如く現状に焦っている。だが彼らとしては、このまますぐにロコート王国に戻るのも厳しいだろう。


「同盟遵守を主張する彼らは、同盟国アプラーダのために援軍を出しているベニマ王国を見捨てられない。自分たちだけが帰国すれば、それは同盟国を見捨てる行為に他ならないからだ。その上、国内で大きくなった講和派の意見をひっくり返すためには、帝国相手に目に見える成果が必要……」

 そもそも、帝国相手に勝てないと思うから講和推進の声が大きくなっているのだ。ならば、「やっぱり帝国に勝てるかも」となるくらいの戦果があれば、ロコート王の考えも変わるかもしれない。


 だがベニマ軍指揮官だったエクレート侯は、攻勢を諦め守勢に回ろうとしている。このままでは自分たちはいつまでもロコート王国に帰れず、帝国との講和も成立してしまうかもしれない

「援軍として来ているロコート軍は、この嘘の手紙に飛びつくだろうな。『帝国が嫌がることをしよう』と。そして、援軍に来てもらっている手前、ベニマ王はこの意見を無下にできない」

 対等な同盟関係の欠点だな。互いに相手のことを気遣わなければならない。

 こうしてワルン公の思惑通り、軍事的判断ではなく政治的判断によって、ベニマ軍の指揮官はエクレート侯からカール=ジン・ド・シャルヌフに変わった訳だ。


「しかしカール=ジン・ド・シャルヌフも実際、評判はいいんじゃないのか?」

 この策の厄介なところは、実際これまで無名だったエクレート侯より、「名将ゲトー・ド・シャルヌフの養子」という看板を持つカール=ジン・ド・シャルヌフの方が人気である点だろう。名将の愛弟子ということで、ベニマ王国内でも期待されている男のはずだ。

 実際、帝国でもそれなりに警戒されていた人間だ。それだけ、彼の養父の名声は絶大だったのだ。



「はい。ですが調べてみると、どうも実戦経験はないようです。机上の演習では負けなしということですが……」

 じゃあゲトー・ド・シャルヌフは別に自分の後継者にしようと育てていたわけではないのかもしれないな。これはアレか、周りが勝手に期待しすぎているパターンか。

「実際に戦って手強いと感じた相手より、実戦経験の無い相手の方が御しやすいと判断した訳だ」


 俺は前世の知識で、同じような手法で敵の指揮官を変えさせた前例を知っているが……まぁ、今回の場合は罠かもしれないと思っても回避できない策だろうな。

 ロコートからの援軍としては、指揮官としての力量が多少落ちても、守勢ではなく攻勢に出てくれる指揮官の方が自分たちにとって都合が良い。ベニマ王国としては、援軍の機嫌を損ねたくない上に、代わりに任せる指揮官には名将の後継者という名声があり、士気の高揚には役に立つ。

 問題は実戦経験が足りない点だが、そこは経験豊富な奴に補佐させればいい……と考えるんだろうな。まぁ、気持ちは分かるが。

「さてはカール=ジン・ド・シャルヌフの補佐にエクレート侯を付けたか」

「ほう……やはり陛下にはお見通しですか」

 でもそれは悪手だろう。経験を積ませるならエクレート侯の下にカール=ジン・ド・シャルヌフを付けるべきだ。


「何より、自分たちの要求が通ったことでロコート軍はさらに退けなくなりました。ロコート王国との講和を邪魔する勢力は一つ減ります」

「なるほど。仮にカール=ジン・ド・シャルヌフが優秀でも、ロコートの反帝国派はベニマ国境に釘付けにできると」

 どのみち最低限の仕事は果たせると。やるなぁ、ワルン公。


「……というか、もしかしてワルン公からの伝令、何人かはちゃんと帝都に届いたのでは?」

 俺には全くそんな報告なかったが……いない間に届いたのだろうか。

「はい。ですが正式な要請でないことは明らかだったので、無視しておりました」

 この策略の問題は、これが敵を騙すための策略だと帝都が判断できるかどうかだ。

 だから罠の場合、この嘘の伝令が帝都にたどり着かないようにする、あるいは正式な伝令ではないことがはっきりと分かるようにするはず……と、相手は考えた結果、見事に騙されたのだろう。


 つまり、本物の伝令と本物の書状をわざわざ帝都まで届けたから、「罠では無い」と敵は間違った判断をした。



 ……宮中伯とワルン公の間では、事前に符牒か何かを用意していたということだろうか。

 そんな風に考えていると、ここまでずっと無言で隣に控えていたティモナが、なぜ宮中伯がそう判断したかを教えてくれる。

「……陛下。そもそもワルン公が陛下を通さず密偵長に要請するのが異常です。この場合、宛先が陛下ではなく密偵長宛ての時点で、正式な『要請』ではありません」

 なるほど、言われてみれば確かに。しかし周辺国はそれが可笑しいと判断できなかったから騙された。


「あぁ、そうか。未だに『若すぎる皇帝を、誰かが裏から操っているのではないか』と考える者は多いだろうからな」

 それくらい、十代での皇帝親政はあり得ない事なのだろう。一方で、密偵長という立場は「裏で糸を引く人物」としてイメージしやすいからな。

 それにしても、ティモナはなんで俺の考えてることが分かった? もしかして顔に出ているのか。意外と俺も疲れているらしい。


***


「次に、もっとも重要なアプラーダ方面……こちらは黄金羊商会による上陸作戦は成功とのことですが……ヴェラ=シルヴィ様からご報告は?」

 宮中伯の言葉に、俺は首を振る。

「いいや。上陸予定の地点はアプラーダ王都の北側で、帝国の港を出港したってところまでしか余は知らない」

 チャムノ伯から借りている『シャプリエの耳飾り』は左右の耳飾りになっていて、それぞれを所有する人間が離れた位置にいても、タイムラグなしに通話できる便利なオーパーツだ。

 ちなみに、先日ヴァレンリールの様子を見に行ってもらった際に、ついでに確認してもらったが、この『シャプリエの耳飾り』に洗脳系の能力は恐らく無いだろうとのことだった。あくまで恐らくと付くのは、完全に解析するにはオーパーツの機能を完全に止めないといけないためだ。


 あとヴァレンリールは既に、帝都に戻って来ている。そして俺が持っている方の耳飾りも確認したのだが、ヴァレンリールは何かぶつぶつと言った後、「左右セットで揃ったら改めて持ってきてくれ」みたいなことを言っていた……まぁ忘れていなければ、そのうちな。



 問題はこの耳飾り、通話をかけたり切ったりできるのは片方だけで、それが俺の持っている方のみなのだ。だがヴェラ=シルヴィが参加している上陸作戦は隠密行動が求められているらしく、しばらくは通話できないと言われてしまっている。まぁ、闇夜に潜んで息を殺してるときに、俺の音声が流れだしたら「おしまい」だからな。

「なるほど、では簡潔にお伝えいたします……アプラーダ王都パレテー陥落です。アプラーダ王は陥落の直前に、側近らと共に脱出したようですが」


 マジか……敵の主力は北部国境まで引きつけているとはいえ、あまりに手際が良すぎるな。

「それはまた、随分と早いな」

 黄金羊商会は大陸間交易をほぼ独占しているようなヤバい連中だ。表向きは帝国の傘下に収まっているが、その実態は対等な同盟相手と言った方が良い。それくらい、あの商会はずば抜けている。


 そんな連中に、俺はアプラーダ攻略の一部も任せた。その基本方針は、帝国軍が北部国境から攻勢を仕掛けると同時に、黄金羊商会がその豊富な海上戦力で以て敵の「背後」に上陸し、敵主力を南北から挟撃するというものだ。

 俺は船舶や海上戦闘については詳しくないからな。専門外だから、専門家に任せたわけだが……まぁ、王都に直接上陸するとは聞いてなかったから驚きはするか。

 アプラーダ王国の王都は北に河川、西に海が面している港湾都市だ。貿易港として栄え、そのまま王都になった訳だな。だから直接その港に上陸するというのは、敵も当然警戒していただろう……よく上手くいったな。


 だがそんな俺の考えを無視するように、宮中伯は一度呼吸を整え、それから話し始める。

「今思えば、彼らのこれまでの行動は全て陽動でした。テアーナベ連合に対する海上封鎖と港湾への攻撃で、南方三国はアプラーダの海岸線への守りに警戒するようになりました」

 そして援軍が派遣された結果、ロコート王国の防衛戦力は低下した。お陰で俺たちはロコート王国を講和交渉のテーブルに引きずりだせそうだ。


「また、アプラーダ軍はこれまでの黄金羊商会の艦隊の動きから、略奪品がリカリヤ王国に流れている事にも気が付き、南部国境へも部隊を動かしました」

 まぁ、この時代の海軍って海賊行為するの普通だし、何より黄金羊商会は帝国の傘下にはいても支配下にはいない。だから略奪もその略奪品をどうするかも今の帝国では口出しできない。


 実際、そういった黄金羊商会の動きが陽動なのは分かっていた。だが、なぜわざわざ警戒されるようなことをするのか、警戒されても尚成功させる自信があるのか……くらいには思っていたが。

「ですがアプラーダ軍も他二国も、そして我々も、彼らの海上戦力が強力であるが故に、その正体を……彼らが商人であるということを、完全に失念しておりました」

 なんだろう、この不穏な言い方。連中、帝国に何か背信行為でも働いたか?


 だがそんな俺の予想とは裏腹に、宮中伯は一般的な商人について話し始めた。

「商人は商品を守るために、基本的に護衛を雇います。そして大量の荷物を一気に運搬する場合、数十人規模の傭兵を雇っているものです。そして大きい商会ともなれば、百人規模の傭兵を雇用していても不自然ではありません。ましてや、嵩張る……しかし一度に可能な限り大量に運搬する必要のある、兵糧などは特に」


 ヴォデッド宮中伯はこうして長い前置きをした後、改めて戦況報告に戻った。

「兵糧の輸送の為に王都に滞在していた約二十の商会が、配下の傭兵と共に一斉蜂起。総勢二千の兵となり港の守備隊を攻撃し、同時に黄金羊商会の艦隊が港に侵入。海と陸の挟撃を受けたアプラーダの守備隊は壊滅しました。港を奪われ、さらに黄金羊商会の艦隊と共に続々と上陸してくる帝国軍を見た国王は王都から脱出。現在は南へ逃れているものと思われます」



 ……おいおい、マジかよ。要するにアプラーダ王国からしてみれば、今まで王都に兵糧を集めてくれていた相手が、突然裏切ったって訳か。

「連中の目的は単純な陽動でした。つまり黄金羊商会が小さな「商会」を束ねる「大商会」であるという本質を忘れさせるために、黄金羊商会の海軍としての側面を見せ続けていたのです。結果、アプラーダ軍の警戒は海岸線にばかり向けられ、内側への警戒心が薄まっていた」


 ……帝国も他人事じゃない。この先、帝国と黄金羊商会の関係が悪化したとして……商人を一人一人捕まえて黄金羊商会と関係があるか尋問するなんてことはできない。そんなことすれば経済活動が止まる。

 黄金羊商会の息がかかった商人によって内部から崩されるとか……国家としては悪夢そのものじゃないか。


 いや、でもそういえばそうだった。俺が黄金羊商会の存在を知った頃、連中はその存在を偽って活動していた。表向きは全く別々の商会として動き、裏では黄金羊商会という一つの組織として動いていた連中だった。あいつらは商人活動をしている海軍じゃない。海軍を持っている商人だ。

「なるほど……最初に急がせようとしたとき、はっきりと反発してきたのはそういう理由か」

 つまりあの段階では、まだ仕込みが不十分だったということだろう。息のかかった商人を十分な数、王都に入り込ませる算段が付いていなかった。

「戦闘開始から陥落までかかった日数は?」

「一日です、陛下」


 俺の口からは乾いた笑いが漏れる。いくらノーマークだったとはいえ、あまりに鮮やかすぎる。

 というか、それほど疑われもせずに王都に入れた商人ってことは、今までは普通の商会としてアプラーダ王国に兵糧の提供をしていたはずだ。

 見方によっては利敵行為だが……作戦の内だから、それはいいだろう。


 しかし一番むかつくのは……。

「あの女ぁ、皇帝からの依頼なのに依頼主すら信用してねぇってか」

 帝国側の人間に一切、誰にも詳細を知らせなかった。徹底して経緯や作戦は報告せず、全て終わった後に事後報告だ。ヴェラ=シルヴィから聞いていた話も違うしな。

 確かに、敵を騙すにはまず味方からとは言うが、今回の場合はそれ以上の「意思表示」に思えてならない。


 つまり、依頼は受け入れても情報は渡さないぞ、という連中の強い意思だ。

 


 同じ手を使われたら、帝国は防げるだろうか。というか今、帝国で活動している商人は、どのくらいが連中と関わりあるんだ?

 分からない……あまりに情報が足りない。

「ほんとに気が滅入るよ、秘密主義な連中はさ」

 作戦が上手くいってることは喜ばしいだろう。だが俺が抱いている感情は恐怖だ。帝国は、アイツ等とこの先も対等に渡り合わなくてはいけないんだぞ。


 何かと便利な連中だが、使い過ぎれば帝国が食われる。ほんと、油断できない相手だな。



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― 新着の感想 ―
指揮官の変更…うっ!趙括さん…
[一言]  黄金羊商会やばいな。これを防ぐ、もしくは異常を察知するには、単年契約とかではなく積立式の契約で3年後とかに引き出せるような契約(功績の一部も)だったら、さすがに国家契約、功績3年分だったら…
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