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銀の殺意

帝国には複数の文化圏、言語圏が存在します。広いですからね。



 6歳になった。ここに来て、色々な変化があった。


 まず、家令のヘルクの仕事が減った。

 正確には摂政派との取次だけ、別の人間が行う事になった。これは非常に嬉しい。俺を使って金稼がれてんの、普通に気分悪いし。ざまぁみろだ。


 表向きはヘルクが家令のままなので、摂政派も本来は彼を通さないといけない。そこで、家令とは別に新しい役職を作った。ちなみにこれ、摂政派の得意技。

 それが「側仕人そばづかえ」。与えた役職は、アキカール文化圏における「筆頭従者」である。あと、毒味役も追加されてるらしい。


 まぁ、この「筆頭従者」については後で説明するとして。

 問題はこの側仕人(そばづかえ)として紹介されたのが、ティモナ・ルナンという9歳の、女の子に見間違えるほど美形な()()()だということ。


 そしてこの銀髪の少年が、俺に対し常に()()()()()()()()ということ。


 ……いや、ホントに勘弁して欲しい。



 摂政派の言い分では、母親(摂政)の「息子に将来の側近(友達とも言える)を与えてやりたい」という気持ちと、「毒味は体格の近い人間がやった方が正確(毒の許容量は体重に比例するみたいだし一理ある)」という意見の元、この男の子が任じられたようだ。


 まぁ、殺気を向けられる理由は何となくわかる。「筆頭従者の役目」だ。


 これはブングダルト(ラウル公領・帝都近郊)文化圏や、ロタール文化圏(帝国の大抵の地域)にはない文化なのだが、アキカール文化圏(いわゆるアキカール地方)の貴族の中には、「男色文化」が存在している。

 この「筆頭従者」とは、すなわち貴族の「寵童」ということだ。つまり、俺の「男色」の相手に選ばれたと。


 ……なんでやねん。頼んでねぇよ。男色一切興味ねぇよ。



 んで、最初は俺も殺気向けられるの警戒するし、イライラしてた。いや、そんな殺気向けるくらいなら引き受けなきゃ良いじゃん? そんな目付きで見てくるのはおかしくないかと。


 俺はヴォデッド宮中伯から話を聞いて、ようやく状況を理解した。

 どうやらティモナの「男色文化に対する嫌悪」は、アキカール貴族である彼の父(男爵)も理解しているらしく、今までは他のアキカール貴族たちの「誘い」を断ってきたらしい。だが今回、「皇帝たっての希望」と言われ、断れずに渋々引き受けたらしい。



 ……奴ら、勝手に俺の名を使い、俺の意思を騙りやがった。


 それはこの少年と、俺の尊厳を踏み(にじ)る行為だ。

 絶対に許さない。


 更に話を聞くと、どうやら摂政(ババア)の独断らしい。


 元々皇族であり、帝都で生まれたアキカール公(式部卿)には男色趣味はない。だが摂政はアキカール地方で生まれ育った。それが当たり前の環境で育った故、今回この子(ティモナ・ルナン)を連れてきたと。



 別に男色文化を否定はしないさ。けどな、それを俺に押しつけるんじゃねぇよ。

 あのババアは絶対に殺る。実の家族とか関係ない。



 ……なんつうか、すまんなティモナ君。いや、バカ演じる上でそんなこと口に出来ないから、今はこの殺気に黙って耐えるしかないんだけどな。


 早いとこ何とかしないと、マジで斬り掛かられそう。



***



 それと教育も始まった。これは予想していたよりも酷い。


 宗教学はこの国の宗派である西方派を讃えるだけだ。「西方派が正しい! 一番! あとは異端でクソ!」みたいな内容を毎回延々と聞かされる。

 なので、この時間は逃げ出すようにしてます。いや、思わず「お前らがクソ!」って言ってしまいそうなので。時間の無駄だしな。

 

 芸術教養は、うん。アキカール文化の否定とロタール賛美だな。ここまで派閥の影響がモロに出るとは。

 ……当てこすりのように側にいるティモナ・ルナンを罵倒したり批判するのやめてもらっていいですか。その度に殺意が増していくこの恐怖。ホントにそろそろ、俺の心がもたない。


 語学はさらに酷い。

 まず、教えられる言語が多すぎる。ブングダルト語・聖一語(地球で言うラテン語みたいなもの)・ロタール語・アキカール語・ワルン語・テアーナベ語。これが()()()()()()()()()()()らしい。


 多すぎるわ。更にその他周辺国の言語もここに加わる。

 まぁ帝国の言語はどれもロタール語の影響を大きく受けているから、覚えられないことは無いんだが。

 あと子供の頭って優秀だね。何回か反復すれば、割と覚えられる。若さって偉大。


 だが、語学の授業において一番の問題は「一切文字を教えられないこと」だ。

 授業は全てリスニング形式だ。聞いて、リピートして、会話する。ただそれだけ。

 そういえば前世の、ヨーロッパの国王の中には、文字が読めない人がそれなりにいたらしい。たぶんこういうことなんだろうな。文字が読めなければ、不正の資料とかが見つかってもバレることは無い。


 だがこれは困る。なるべく早いうちに文字が読めるようになりたい。それも、宰相や式部卿にはバレないように。


 しかしこれがなかなか難しい。ヴォデッド宮中伯が教えてくれる歴史の授業中ですら、両派閥の人間に監視されているのだから。



 やらなければならないが、できないことばかりだ。だが、今は耐えるのみ……



 乗馬? 馬と仲良くなって、馬に乗るだけでした。おかげで乗れるようになったので困ってることは無いです。



***



 今日はヴォデッド宮中伯による歴史の授業だ。


「前回までの授業の内容、陛下は覚えておられますか」

「うむ、覚えておる。前回は『大分裂時代』までじゃな」


 かつてこの地にあった『ロタール帝国』は、歴史学的には『前ギオルス朝ロタール帝国』と呼ばれる。この国は新暦前101年から存在する国で、もともとは『ロタール王国』であった。



 『前ギオルス朝ロタール帝国』は『ロタール王国』だった頃も合わせると、約20代、およそ350年間続いた王朝である。初期から中期において、『天届山脈』以西において覇権国家であった。

 ちなみに『天届山脈』は、この大陸のほぼ中央に位置し、南北に長い大山脈である。晴れていればこの帝都からも見える険しい山々だ。


 聖一教を受容したのは新暦53年。当時、国土の南に接していた『カルナーン大君国』と同じ多神教を信仰していたロタール王国は、カルナーン大君国に対し「勢力的には優位なのに、宗教的には臣従しなければならない」という特異な状態にあった。そんな中、聖一教を受容し国教としたロタール王国は、かつてこの大陸に存在したという伝説上の大国『ハールペリオン帝国』から名をとり、『ロタール帝国』に名を改める。

 こうして名実ともにこの大陸最大の国家として、繁栄を謳歌した。

 

 だが新暦220年、宰相の専横が原因となる反乱『大反乱』が発生。222年、帝都オデュナウは陥落する。すぐに奪還には成功するも、帝国の権威は傷つけられ、辺境や属国の独立が多発。さらに宗教対立(聖一教西方派と聖一教継承派による。国教は西方派)を発端とする内戦(234年~239年)が勃発。この後も反乱が相次ぎ、『大分裂時代』(245年~)に入る。


 これが前回までの大まかな授業内容だ。


 ちなみに、この授業を受けていると不安になる瞬間がある。ヴォデッド宮中伯の筋金入りの『ロタール信仰』が発揮される時だ。



「すばらしい。流石は陛下です。では続きと参りましょう。本日はブングダルト帝国の成立まで進みます。この辺りはロタール帝国を『()()』国が多いので、混ざらないようにお気をつけ下さい」


 ……やっぱり宮中伯に歴史の授業頼んだの、失敗だったかもしれない。



 前ギオルス朝ロタール帝国が滅亡したのは新暦248年。ガーフル人傭兵のグラキオンにより滅ぼされた。


 この翌年249年、帝都陥落の直前に、歴代皇帝が使用していた宝物一式を持ち出し、帝都を脱出していた宰相が城塞都市ハウロウにてロタール帝国の後継国として皇帝に即位。これを『フェテール朝ロタール帝国』という。


 これを滅ぼしたのが『後ギオルス朝ロタール帝国』。ギオルス朝の皇族の中で、地方にいた者が挙兵した国である。この国はヴォデッド宮中伯的には「正当な後継国」らしい。

 しかし大国故に可能であった前ギオルス朝時代の政治を復活させ、さらに国土の中では辺境になるオデュナウを首都にしたため、『セルドノアール朝ロタール帝国』に滅ぼされる。


 この『セルドノアール朝ロタール帝国』は、『フェテール朝』の後継国としてハウロウを首都とした。フェテール朝は宝物をもって、後ギオルス朝はその血筋をもって『ロタール帝国』を名乗ったが、この国に関してはいよいよ関係ない。


「このフェテール朝とセルドノアール朝を指して『偽朝』と呼ぶこともあります」

 ちなみに「フェテール人」「セルドノアール人」なる人種は存在しないが、それぞれ「敵前逃亡者・盗人・臆病者・不忠者」と「看板だけがデカいやつ・見栄っ張り・嘘つき・愚か者」をあらわす侮蔑文句として使われるそう。


 ……ホントかなぁ?

 


「ではいよいよブングダルト帝国建国に至る前に、ブングダルト人について軽く触れます」


 ブングダルト人は現在ガーフル共和国がある地域(帝国から見て北方の東部一帯)に住んでいた土着民族である。この中の一支族(分家みたいなもの)であるガーデ支族は、前ギオルス朝ロタール帝国中~後期において功績を立て、方伯に封じられていた。ちょうどその頃、遊牧騎馬民族であるガーフル族に住処を追われたブングダルト諸部族も流れ込んで来ており、一支族でしかなかったガーデ族がブングダルト族の宗家となる。

 この方伯の領地は辺境にあったため、宗教内戦や属国の独立に巻き込まれることは無かった。しかしガーフル人国家との最前線だったため、前ギオルス朝滅亡時には兵を送ることができなかった。しかし、その皇族の一人を保護し、後の後ギオルス朝成立に繋がる。この時、ギオルス家と婚姻を結び、国内最大の貴族「公爵」となる。

 しかし後ギオルス朝は首都を、国としては辺境地に位置するオデュナウへと移してしまう。

 

「そして不運なことに、この頃ガーフル王国が『帝制』を宣言しました」


 かつて前ギオルス朝を滅ぼしたガーフル人傭兵のグラキオン(ガーフル人国家では「英雄」らしい)の孫が、かつて帝都から略奪した宝物を手に『帝国』を宣言。同じくロタール帝国の後継国である後ギオルス朝……正確には国境にあるブングダルト族の土地に攻め込んだのだ。

 両国の攻防はすさまじく、周辺諸国も巻き込んだ一連の戦争は『国制戦争』と呼ばれる。これはガーフル人国家が「王国」から「帝国」になり、最終的に「共和国」となった為である。

 この戦い中、セルドノアール朝が後ギオルス朝に対し侵攻。これに呼応してブングダルト族内で反乱も起きた(元々一支族でしかなかったガーデ支族が宗家になったことに不満を持っていたらしい)ため、後ギオルス朝滅亡に際して、救援できなかった。


「しかし後ギオルス朝滅亡の際、一部の将兵が帝国旗や紋章、帝冠や国璽などを抱え、包囲下にあった帝都の脱出に成功しました。彼らはギオルス家と血縁関係にあり、さらに帝国法に則ると正当な後継者になるブングダルト公、後のカーディナル帝の元へこれらを届けました。ちょうど部族内の反乱を鎮圧していたカーディナル帝は、そこからわずか一年で『後ギオルス朝』の領土を奪還、さらにセルドノアール朝の領土深くに侵攻し、敵首都ハウロウにほど近い、現在の『建国の丘』にて即位を宣言。国号をブングダルト帝国とします」

 これが新暦310年のこと。今年は461年。『建国150年記念』が去年のことだ。

 

 にしてもたった一年間でその戦果は……いくらなんでも都合が良すぎないか? ブングダルト帝国の皇族としてはこの話を信じるべきなんだろうが……ブングダルト族はギオルス家を見捨てたと考える方が自然だろう。


 準備万端の状態で、綿密に計画を練ってなければ、わずか一年でこれだけの成果はあげられない。どう見ても大義名分を得るまで待ってたよな、カーディナル帝は。


 だが実際に見捨てたとなると、今度はこのヴォデッド宮中伯(ロタール信者)が素直に従っている理由がわからない。やはり皇帝()をいずれは殺すつもりなのだろうか。それとも……まだ教えられていない「事情」があるのだろうか。



「本日の授業はここまでと致しましょう。よろしいですね、お二方」

 ……いずれ調べなくてはな。



 ちなみにティモナ・ルナンも一緒に授業を受けている。歴史の授業の時だけは集中しているのか、殺気を感じずに済む。


 ……授業終わったからまた殺気飛ばされてるんだけどね。未来の側近候補から命狙われてるってどうなのよ。



 ……はぁ。



ティモナ・ル・ナンは「ナン」が姓ですが、カーマインはずっと「ルナン」だと勘違いしています。これはこの先も続きます。ちょっとした伏線です。

あと、薔薇的展開は無いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう感じの創作世界の歴史を詳しく語ってる作品って見た事なかったからめっちゃ興味深いし面白い!これがあると無いとでは物語世界の説得力が天地の差ですね〜。
[一言] 自分だったら文字教えてもらえない時点で詰むわ
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