皇王亡命編16
※印以下、視点変動
そんなこんなでロコート王国側からの提案を受け入れることになり、俺は一度帝都へ戻ることに決めた。まぁ、このままここにいてもやることないし。
ここにいるよりは帝都にいる方が情報は得やすいからな。特に、アプラーダ攻略の進捗が気になる。それに、帝都を空けると皇王と元皇太子が、今度は何をやらかすか分からないし。
「改めて、みんなよく戦ってくれた」
俺は諸将を見渡し、さらに続けた。
「戦後、卿らの働きには必ずや報いよう」
んで、問題は誰をこの地に残すかだ。
ロコート王国側から講和しようという提案は受け取ったが、まだ講和が成立した訳ではない。警戒する兵は必要である。
何より、帝国と敵対的な派閥の軍勢は一部、ベニマ王国への援軍に向かっていたのだから、彼らがロコート王国へと戻ってきて再び帝国軍に攻撃してくる可能性は十分にあり得る。
という訳で、強さを信用できる部隊に残ってもらいたい。
「しかし予断は許さぬ状況だ。よって、仮に再度ロコート王国に攻撃されても確実に勝てる部隊を残したい。ゲーナディエッフェ、ゴティロワ族に残ってもらうことは可能だろうか」
「構わねぇ。流石に冬になる前には帰らせてもらうけどな」
そうならないように早めに講和は結びたいな。
「もちろんだ。あとは……ペテル・パール。アトゥールル族は残れるか」
「問題ない」
まぁ、これからも長い付き合いになるからな。皇帝として命令する前に、そもそも可能かどうかを聞くのも悪くはないだろう。
「ではゲーナディエッフェ将軍、ペテル・パール、卿らはここに残れ」
「「はっ」」
「じゃあ私は付いていこうかな、帝都」
そこで声を上げたのは、イルミーノだった。
「陛下と一緒にいたーい」
「あまり陛下を困らせないで頂きたい」
ティモナ、なんかイルミーノ相手には厳しいというか、はっきりと物言うよね。
……というか、イルミーノか。
「いや、悪くない。黙ってれば……ってやつだな」
ゴティロワ族は成人男性でも背が低いのが特徴だ。そしてその特徴が、中央大陸で聖一教を迫害したドワーフの特徴にそっくりだという。
ゴティロワ族が嫌われている理由はそれだけだ。だが民衆にも広まっているから宗教観は馬鹿にできない。
しかし、イルミーノは族長の孫なだけあって帝国人と並べても違和感ないくらいの背丈はある。何せゴティロワ族の族長一族は代々、外部から高身長な一族の血を取り入れてきたからな。
下手するとゴティロワ族としての血の方が薄いんじゃないだろうか。
「ゲーナディエッフェ、連れていっていいか」
「構わねぇ」
ともかく、ゴティロワ族へのイメージ改善の一助になるかもしれない。イルミーノは帝都に連れていってみるだけの価値がある。
「ファビオも来い。ついでに今回得た捕虜もラミテッド侯領で管理してくれ」
「了解しました」
ラミテッド侯領は道中通るからな。それに、ラミテッド軍も十分に戦ってくれた。
「兵は領地で休ませてやってもいいからな」
まぁついでに捕虜の監視と管理も頼むことになるけど。
これまでは講和が成立して捕虜を戻すまでが早かったけど、今回はどうなるか分からないし。
んで、問題は……。
「エタエク伯はここに残るように」
期待に満ちた目でこちらを見ていたエタエク伯に、俺はきっぱりと告げる。
「えっ、何でボクだけ……?」
いや、ゴティロワ族とアトゥールル族も残るだろう。それに、ガーフル相手に暴れた彼女は名前が知られていて、抑止力として戦線に張り付けるにはちょうどいいんだよな。
それに、何よりさ……。
「だってお前、宮中伯とか護衛を置き去りにしてここ来ただろ。宮中伯なんかは今頃、たぶん本気
でキレてるぞ」
「……えっ」
宮中伯は結局来なかったけど、途中であきらめて帝都で情報集める方にシフトしたんだろうな。俺が無事なことは把握してるだろうし。
「しばらく帝都には近づかない方が良いかもしれません。それから、常に剣を手元に置いた方がよろしいかと」
最近ティモナが冗談を言うようになってきた……冗談だよね?
まぁ、そんなこんなで帝都行きのメンバーが決まった訳だが。
この時の選択がターニングポイントになるとは、思いもよらなかった。
***
ロコート王国との戦争で勝利を収めた俺たちは、帝都へ帰還すべく街道を進んでいた。
「陛下、あれが帝都?」
こうして帝都に向かうのは初めてらしいイルミーノの声は、どこか楽しげだ。
「そうだ」
ようやく帝都が見えてきた……今回も色々と疲れたな。
「広いね」
ちなみに俺たちは、ロコート王国との前線から、ラミテッド侯領を経由して帰ってきた。つまり帝都の東側から帝都に近づいているのである。
そして帝都の東には、外側の城壁が無い。それも途中まで作りかけた城壁だから、中途半端で結構ダサい。
「あまりいい眺めではないだろう」
「うーうん。そんなことないよ」
まぁ、俺の場合は宰相を思い出すから嫌なんだけど。……それにしても疲れたな。
「それにしても疲れましたね」
まるで心を読んだかのように、ファビオがそう口にした。
「まぁ、八割くらい今朝の野盗狩りのせいだけどな」
そう。実は道中の皇帝直轄領を通過した際、現地の代官に頼まれ、元傭兵の野盗を討伐することになったのだ。
「うちの兵、置いてこなければ良かったですね」
ファビオは自領に、ラミテッド侯軍のほとんどを置いてきてしまっていた。捕虜の管理も任せているから、その監視にも兵数は必要なため、ファビオの判断は何もおかしくはない。ただ、まさか野盗の一党が出るとは思わなかっただけだ。
「それを言うなら俺もだ。怪我人ばかり連れてきたせいで、俺たちが戦うハメになった」
今回俺は、ロコート王国への備えに皇帝直轄軍のうち半数をゲーナディエッフェに預けてしまっていた。そして連れてきたのは、中でも怪我や病気などで休ませた方が良い兵ばかりだったのだ。
そんな満身創痍な部隊だったので、思った以上に野盗相手にも苦戦した。普通に、ロコート軍相手にするよりも疲れたぞ。
「陛下、言葉遣いを……」
「ねー陛下。何であの城壁途中から無いの?」
なのに、ティモナとイルミーノは変わらず元気である。いや、ティモナは平常運転なだけか。その元気、少しは分けてもらいたい。
というか、帝都が目と鼻の先にあるようなところで野盗が出没するとか、治安どうなってるんだ? 今帝都に詰めてるマルドルサ侯かアーンダル侯の軍動かして巡回とかしてもらおうかな。
そんなことを考えていると、伝令がティモナに何かを報告している。
「ところで、イルミーノ嬢はなんで陛下に結婚迫ってるんだ?」
……さっきまで疲れたとか言ってたのに……お前さては元気だろ、ファビオ。
俺は後ろで繰り広げられる会話に、げんなりする。
なんてこと聞いてやがる。というか、そういう話は本人のいないところでやってくれ。
「うん? だって陛下、初めて会った時私に見向きもしないし、二度目に会っても全然気が付かないんだもん」
いやそれバレてるんかい。それだけ聞くとまるで俺が失礼な……いや、失礼な人間だったわ。
「それでなぜ?」
「だって私に興味を抱かない男の人、初めてだったから」
うわぁ、素で自分がモテるって言ってるよこの人。まぁ実際、部族内ではモテまくってたみたいだからな。帝国人からしてみても顔は悪くないと思う。
まぁ、中身がアレらしいけど。確かに戦闘中、敵兵を殺すときとか無表情で、まるで流れ作業のように敵を屠っていた。
「だから興味が湧いたと?」
「獲物を追いかけてるときって楽しいよね」
それ本当に好意か? 狩猟民族め……。
そんなどうでもいい雑談をしていると、伝令から報告を受けていたティモナが近づいてくる。
「陛下、帝都の市街地で民衆が出迎えようと街道沿いに集まっているようです。如何いたしますか」
まぁそうか。いちおう凱旋だもんな。
「蹴散らす訳にもいかないだろう。それに、兵たちも良く戦ってくれたしな」
帝都入ったら真面目な皇帝モードに切り替えないとなぁ。
「重傷の兵たちは別の門から入り、まっすぐ治療に向かえ。歓声も大きすぎると傷に響く」
しかしまぁ、比較的軽傷の兵は一緒に凱旋するかぁ。自分たちが命を懸けて守った相手からの歓声は、兵士たちもきっと嬉しいだろう。
「ま、彼らの目当ては陛下ですけどね」
そういえば、最近ファビオの口調も昔みたいに軽くなってきたな。……いや、どっちかというと、ティモナが丸くなってきたのか。
「そりゃ勝ってるうちはな」
いちおう、俺の戦績は今のところ無敗だし。
「それもありますけど……ほら、陛下前回はいつの間にか宮廷にいましたから」
あぁ、確かに。夜のうちにこっそり帰ってきていたからな。そうか、二回分の凱旋か。
「陛下、もう間もなく帝都です」
はーい。じゃあ、切り替えて堂々とした皇帝演じますか。
「分かった……皆の者、民が英雄たちの帰還を待っている! 隊列を乱すでないぞ」
※※※※※※
その日、帝都は熱狂に包まれていた。
「ついに皇帝はァ切り札を使ったなァ」
街道に押し寄せた民衆に、皇帝カーマインは手を振りながら応えていく。ガーフル相手、そしてロコート王国相手と立て続けに勝利を収める皇帝に、民衆は歓声を上げていた。
「皇帝の血筋ならおかしくないとはァ思っていたがァ、やはり強力な魔法を使うなァ」
そんな街道を見下ろせる邸宅の二階、本来は平民が住む集合住宅の窓から、この男は標的を眺めていた。
「だが魔法が使えると分かっていればァ対策も容易いなァ」
男は貴族である。本来はこのような場所は決して訪れない……理由が無ければ。逆に言えば、理由があれば平民のフリをすることだって厭わないのである。
その時、部屋の扉が開き二人の男が入ってきた。一人は壮年の傭兵、もう一人はまだ若い冒険者である。
「どうだったァ」
貴族が問いかけると、傭兵の男が答える。
「数分と持たずに野盗は全滅だ。魔法を使わせると厳しいだろう」
この男はどうやら、わざと野盗化した元傭兵を誘導し、皇帝軍を襲わせたようだ。
そんな傭兵の言葉を聞き、貴族の男はフン、と鼻で笑う。
「ならァ魔法を使えなくすればいいだけだなァ」
「具体的にはどうするんだ」
今度は冒険者の男が腕を組みながらそう言った。かつて甘いマスクで冒険者の中でも人気だった男は、ある事件をきっかけに失脚し、北方大陸には居場所を無くしていたのだった。
その事件の原因を皇帝カーマインのせいにしたこの青年は、逸る気持ちを抑えきれない様子だった。
その貴族に対するとは思えない平民の態度に不快感を抱きながら、貴族は答える。
「魔法が使えないとこで殺りゃァいい」
「だがあの剣があるんだろう。悪名高き、儀礼剣だ」
冒険者の青年がそう言うと、傭兵の男ははっきりと否定する。
「いや、あれは偽物だ。我らが主は直接見て確かめた」
儀礼剣……六代皇帝が常備した剣の真贋は、見たことのない貴族の男には分からない。だがこの傭兵の主人にはそれが分かるという。
貴族の男は、口にはしないものの、この主人の正体に目星を付けようとする。可能性としてあり得るのは儀礼剣を管理する西方派の人間か……もしくは六代皇帝に儀礼剣で支配され、今も生き残っている人間だ。
(チっ、これ以上は絞れねぇなァ)
貴族の男はそれ以上考えるのを諦めた。利用されている気配はするものの、今はそこまでたどり着けないと感じたからだ。
(いつかそいつも殺してやらァ)
そんな貴族の男の考えを他所に、あとの二人は会話を続けていた。
「馬鹿な、あの剣無しであんなカリスマなんて」
冒険者の青年は爪を噛みながら、民衆に手を振る皇帝を窓越しに睨め付ける。
「だから殺しておく必要があるんだろ、ティセリウス殿」
皇帝と面識のない傭兵はそう言い放つ。彼には二人と異なり、皇帝を殺す個人的な理由は無い。ただ、己の主がそう望まれた。だからこうして暗殺計画に参加しているのである。
「騙しやがって……コケにしやがって……お前のせいで僕は……僕は……」
ぶつぶつと呟き始めた冒険者を冷めた目で見ながら、貴族の男は出かけた舌打ちを何とか抑えた。この冒険者は自身の過ちを受け入れられず、それを皇帝に責任転嫁させることで辛うじて精神の安定を図っている。故にこうして発作のようなものを起こす。
だがこの冒険者がどれほど馬鹿で、失脚したのも自業自得だとしても、彼にしかできない仕事があるからこそ、男は渋々彼を迎え入れたのだ。
「計画はこっちで立てるからなァ。お前は当日、空を抑えるだけだァ……分かってんなァ竜騎士」
すると冒険者の男は、今度は貴族の男を鋭く睨み付けた。
「僕を誰だと思っている。A級冒険者の『青き竜騎士』だぞ」
貴族の男は、それに対して心の中で吐き捨てた。
(元だろうがァ)
「こちらは予定通り、密偵長を相手にすればいいな?」
自身の仕事内容について確認をとる傭兵は、冒険者に比べるとまるで冷静なように見える。
「そうだァ。あの男が最大の障壁になるからなァ。できんだなァ?」
「元よりこの命は本件で捨てることになっている。命を懸けた時間稼ぎをお見せしよう」
ただ、その傭兵の目には輝きが無い。まるで、任務を遂行する機械のようだった。
三者三様、仲間意識など一切存在しないこの集団は、しかし互いの目的だけは一致していた。
「なら構わねェ……準備整うまで待機だァ。それまでヘマするんじゃねぇぞ」
皇帝カーマインを殺す。その共通認識だけで十分であった。
***
二人が再び部屋から出ていき、貴族の男は一人になった。そして、彼は皇帝を殺すための考えを巡らせる。
「魔法は念を入れて二重で封じてやらァ。あとは剣の達人を三十くらいかァ」
男は想像する。自身の策略で追い込まれる皇帝を。
「愛着のある女とかァ、自分のメンツがかかった皇王とかァ、守るもんが多すぎると大変だよなァ」
皇王亡命の報告を聞いた時、男は今がチャンスだと確信した。妃たちの護衛と皇王らの護衛。どちらも捨てられない皇帝は間違いなく戦力を分散させる。
そのうえ、そもそも今の近衛は人数が少ない。しかもつい先日の戦いで、最前線で戦った近衛隊には死傷者が出ている。
絶好の機会、としか言いようがなかった。
「分かるぜェ。これは油断じゃねェ。お前はまともだからなァ、まともな判断するよなァ」
皇帝が自分を警戒していること、それはこの男も当然理解している。だが同時に、皇帝はまともな思考回路をしていた。
「功を立てたァ。報酬も求めたァ。だから論功行賞で確定するまで普通は大人しくするよなァ。今殺ってもその後ワルンやチャムノと戦わなくちゃいけねぇもんなァ!」
そう、それは至極当然の考えだ。今反乱を起こして自分が生き残れる確率と、もっと力を蓄えてから反乱を起こして生き残れる確率。両者を天秤に傾ければ、普通は後者に傾くはずだった。
「だが当たり前じゃァ、テメェのことを上回れねェ」
皇帝は、この男を警戒していた。それはつまりこの男の実力を、高く評価していたということだ。
だがそれ以上に、この男は皇帝のことを評価していたのだ。
「テメェを殺すにはァ、理外の一手しかねェ」
男は思ったのだ。普通に戦えば自分はこの皇帝に勝てないと。どれほど長い年月をかけ力を蓄えようと、皇帝に反旗を翻し勝つことは不可能だと。このままでは自分は、永遠に皇帝の下であり続けると。
だから男は、皇帝暗殺という大博打に全てを賭けることにした。
「そうでもしなきゃァ、俺はテメェを超えられねぇからよォ」
皇帝を殺して、その後に敵討ちに燃えるワルン公やチャムノ伯の軍勢と戦う。それに勝利し成り上がれる可能性は、千回に一回程度だと男は考えている。
「悪ィなァ。俺はどうしても諦められねェからよォ」
それでもこのまま力を蓄え続け、機を待つより可能性が高いと判断した。
「親父も兄貴も、死ぬときは良ィ顔してたァ。歪んだ表情が最高だったァ」
男は父と兄をその手で殺した。宰相と式部卿をその手で殺めた皇帝のように。
「皇帝はどんな顔すんのかなァ」
しかしその在り様は正反対。皇帝はその時、何も感じなかった。この男はその時、快感を得た。故に、彼らが分かり合うことは無い。
窓の外では、凱旋する兵の行列がまだ続いていた。皇帝の姿はもう見えないが、それでも隊列はずっと続いている。
民衆は勝利を続ける皇帝に酔っていた。誰もが、この不敗神話も続くと信じていた。
「それをぶち壊すってのはァ、最高に気持ち良さそうだなァ」
アンセルム・ル・ヴァン=ドズランは、今は静かに嗤っていた。




