皇王亡命編15
ロコート軍との一大決戦は、帝国軍の勝利に終わった。この戦いでロコート軍は、今回徴兵した兵の内、三分の一近い兵力を失ったと見られる。
勝利を決定づけたのは別働隊の到着だ。騎兵に退路を断たれ、側面の丘陵に潜んでいた伏兵の突撃も受けた敵は瓦解した。
大勝だった。また機動力のある騎兵や軽歩兵がほとんど消耗してなかったこともあり、追撃戦でも帝国は戦果を挙げ続けた。
ちなみに、敵の魔法兵部隊は壊滅した。これも合わせて、俺がそれなりに魔法を使えるってことはアピールできたと思う。強い皇帝としてアピールできたはずだ。
ただ、兵士からの視線は……尊敬だけでなく恐怖と半々。いや、七割恐怖みたいな目を向けられている。
……いや、ちょっと確かに威力高すぎたかもしれないな、とは思う。なんか着弾点の地面、ガラスみたいになってたし。
まぁ、舐められるよりはマシだと思い、今はこれで満足することにする。
追撃戦の話で言うと、ガーフルとの戦争のときとは大きく違うことが一つある。それは追撃されて追いつかれた敵がすぐに降伏してきたことだ。
どうもエタエク伯の名前はこちらにも知れ渡っており、特に騎兵に追いつかれた時点で「もう逃げられない」とすぐに諦める兵が続出した。
こうして捕虜となった兵は、そのまま放置する訳にもいかない。その都度収容して、後方に護送していった結果、追撃部隊の進軍速度は日に日に落ちてしまい、完全に殲滅することはできなかった。
しかしまぁ、かなりのロコート軍を壊滅させたのは事実。何より、ロコート王国に割譲していた旧帝国領は占領済み。これで帝国の負債を一つ消せることになるだろう。
だが順調だったのもそこまでだった。それについて話し合うため、俺たちは最前線で追撃を行っていたエタエク伯とペテル・パール、会戦終了後すぐに合流して動いていたファビオなども加え、会議を開くことにしたのだった。
今回は途中に無人の村があり、その中で最も大きい建物を借りて会議をしている。
「まずは俺から報告させてもらう」
そう言って、ペテル・パールがその目で見てきた情報を話し始める。
「追撃していた我々は本来の国境、つまりヘアド=トレ侯領の南端まで到達した」
ペテル・パールは机に広げた地図の国境に指を置くと、境界線に添うように指を動かした。
「だがそこにはいくつもの要塞が立ち並び、それぞれに今回の戦争で初めて見る貴族家の旗が立ち並んでいた」
そう、今回もまた上手く追撃できたのは国境までであり、それ以上は危険と判断した彼らは戻ってきたのだ。
理由は二つ。一つは旧帝国領でないロコート王国領内は、土地勘もなく追撃が危険だということ。そしてもう一つが、敵の防御がしっかりと固められてしまったということ。
「卿らの意見が聞きたい」
俺が訊ねると、再びペテル・パールが口を開く。
「これはあくまで私見だが、互いを補い合い、援護し合うように展開している。あの要塞群を突破するのはかなり骨が折れるぞ」
「なんでそんな強固な防衛ラインが?」
俺の質問に、素早く反応したのはティモナだった。
「元々、帝国とロコート王国は何度も交戦しており、その都度、ロコート王国は要塞の建設を繰り返してきました……」
話によると、かつては帝国が攻め込んでロコート王国が守る戦いが多かったらしい。そのため、ロコート王国は対帝国用に最前線の都市と都市の間に要塞を建て、強固な防衛ラインを形成していたそうだ。
しかし前回の戦い、つまり第三次アッペラースで帝国は領地を大幅に割譲していたので、この防衛ラインは放置されていると考えられていたのだが、むしろ今までよりも強化されていると。
というか、ティモナが知っているってことは俺の勉強不足か。
「突破するには攻城兵器が必要だな。しかも今まで兵力を温存していた、万全な兵士が籠っている。時間がかかるだろうな」
ゲーナディエッフェの言葉に、ティモナが冷静に状況を説明する。
「対してこちらの兵もそれなりに損害が出ております」
マスケット銃が普及したこの時代、戦争において勝っても負けても損害は出る。特に負傷者については馬鹿にならないレベルでな。
「この状態で連戦は厳しいか?」
「できないことはねぇな」
ふむ、ゲーナディエッフェの言い方的におすすめはしないと。
「俺が考えつく限りで一番真っ当な案は……要塞か都市の一か所を破ってそのまま敵首都まで前進する、だ」
今度はペテル・パールがそう言った。それに対し、ゲーナディエッフェが反論する。
「おい、一か所じゃ補給は保てねぇだろ」
「あぁ。だから略奪で賄う」
略奪ねぇ。まぁ俺は前世の記憶が邪魔して否定的な感情から入りがちなんだけどさ、それは別として「最初から略奪をあてにして」行動するのはちょっとリスキーな気がするんだよね。
「だがこの兵力で、敵の首都を落とすにはこれが一番マシな案だろう」
「しかし食料を焼かれたら、敵中で飢え死にします」
そう言ったファビオに対し、この意見を言い出したペテル・パールがさらに付け加える。
「飼葉もだ」
飼葉ってのは馬の食料の総称だな。ちなみに、貴族によって騎兵部隊に強い弱いがあるのは、馬の種類や練度の差ももちろんあるが、この飼葉にも秘密があるらしい。これはどこも部外秘にしてるくらいだし。
それこそ、アトゥールル族やエタエク伯にとっては、食料よりも飼葉の方が優先度は高いだろう。
「そもそもロコート王国は騎兵がそれほど多くなく、満足に得られるかも怪しい」
補給度外視で……って提案を言ったペテル・パールが、それに対する懸念を言っている。なぜ自分の案を否定するような……あぁ、そういうことか。
俺は思わず苦笑いを浮かべ諸将にはっきりと伝える。
「余は忌憚なき意見を求める。継戦すべきか、講和を探るべきか。遠慮せずに言ってくれ」
そんな遠まわしに進軍を反対しなくたって、別に聞き入れるんだけどなぁ。
「講和とまでは言わねぇが、攻城戦は反対だな」
「同じく」
ゲーナディエッフェとペテル・パールがそう意見を述べると、ファビオがそこに続く。
「若輩者ですので決定に従います」
「エタエク伯は?」
「特にありません!」
なんか、若い組が遠慮してるけど反論は無さそうだ。
「ならこの現状の戦線でしばらく保持だな」
まぁ、純軍事的にもこの判断になるなら言っていいか。
「では……ティモナ、例の話を」
「承知いたしました」
俺はティモナに、ついさっき届いた情報を彼らにも伝えるよう促す。
政治情勢への配慮で判断が鈍らないように黙っていたが、実は無理してロコート王国の首都までいかなくても良さそうなのである。
「ロコート王国より、使者が届きました。講和の提案です」
ロコート王国からの講和の使者……それはこちらとしても非常に都合のいいタイミングで来た。
「それは、随分と諦めが早いな」
ゲーナディエッフェの言う通り、講和をするには少し早く思える。敵は確かに旧帝国領を失陥したが、それでも万全な防衛ラインを敷いており、守る分にはまだまだ継戦可能。
何より、ベニマに派遣している援軍を戻せば、皇帝軍に対し十分に数的有利を作ることも可能だ。つまり、ロコート王国にとってはまだ諦めるには早いという状況なのだ。
俺は事前に報告を受けており、裏事情まで知って色々と納得がいったが……ここまでだけ聞くとそう思うよな。
「その条件は?」
ファビオに促され、ティモナは使節が持ってきた講和内容を報告する。
「旧帝国領を陛下に返還なさるとのことです」
「それは……何が狙いなのでしょうか」
すぐにファビオはロコート王国の提案に警戒心を抱く。実際、俺もこの情報だけだったら同じ反応しただろう。
旧帝国領には、割譲された当時、領主である帝国貴族がいた。彼らはロコート王国の支配に反発し、度々反乱を起こした。今回ロコート王国か宣戦布告してきたのも、反乱と帝国の繋がりを主張してのことだった。
そしてこの旧帝国領を返還する場合、二つの方法がある。一つは帝国領時代に領主だった貴族に領地を返還し、その上で帝国に復帰させる方法。この場合、帝国とその領主の間に不和の種を撒くことができる。
だって、この十五年くらい帝国に支援されず見捨てられてきた貴族だぜ? そりゃ帝国に良い感情を抱いている訳がない。今回の反乱についても、帝国に事前通達や協力要請が無かった時点で、彼らが帝国に不信感を抱いていることはよく分かる。
そして帝国的にも、この場合は相当面白くない。苦労して戦い、敵を打ち破ったのに、手に入れた土地は功績のあった者ではなく、暴走して帝国を巻き込んだ連中の手に渡るのだから。
実に効果的な嫌がらせだ。こんな分かりやすい火種、俺がロコート王だったら放置はしない。
なのに、敵はあえてそれをしないという。この講和内容なら、勝手に反乱を起こした連中に土地を返すかどうか、功あった者に与えるかどうかは、全て帝国……正確には皇帝の裁量にゆだねられる。
反乱を起こした連中に返すにしても、彼らが自ら取り戻したのではなく、俺から恩賞で与えられることになる。これなら、主従関係も再び結び直せるからな。
最初に聞いた時、「あまりにこちらに都合が良すぎる」って俺も思うくらい魅力的な案だ。そしてこういう場合、美味しい話には裏がある。
「実は、余も帝都からここへ向かう直前に密偵より報告を受けたのだが、どうもロコート王国内の派閥争いが絡んでいるらしい」
というか、派閥のない国なんて無いと思った方が良い。そしてどの国も多かれ少なかれ、派閥間での争いはあるのだ。
「ロコート王国の派閥は二つ。対帝国を基本とし、アプラーダ・ベニマとの同盟を堅持する方針の主流派。それに対し、同盟の見直しや対帝国政策の方針転換を主張する反主流派だ」
俺がベニマ分割案とかを提示したとき、食いついていたのは反主流派だな。つまり開戦に至るずっと前からこの対立は存在し、それは今回の開戦にも影響した。
「今回、帝国に対し開戦を決定したのは主流派です。それに対し、反主流派はずっと機会を伺っていたようです」
「というと?」
ゲーナディエッフェに促され、ティモナはこれは不確かな情報なのですが、と前置きした上で話す。
「我々が破った敵主力は主流派。ベニマへの援軍に赴いているのも主流派。一方で、現在前線の諸都市や要塞に入った新手が反主流派」
ガーフル相手の時とそっくりだ。あの時との違いは、この反主流派は上手いこと俺たちを利用して政敵を処分したということだ。
「そして、今回届いた使節も反主流派です」
「つまり、俺たちは上手いこと利用されたと」
ペテル・パールも同じ感想を抱いたようだ。まぁ、俺は別にこれについては不快には思ってないけどね。
「反帝国派を削り親帝国派を増やしたのだ。考え方としては互いに得をした、でいいだろう」
実際、帝国に対して敵愾心を抱かれ続けるよりは友好的な政権が立ってくれた方が良い。だって俺、別にロコート王国を征服する気とかないし。
というか、誰が主導しているか知らないが、この反主流派は相当強かだ。
俺はもう一つの情報は言わなくていいと、ティモナに合図する。ティモナも分かったようで、それは伏せて報告を続ける。
ちなみにここで伏せさせた情報というのは、主流派の中でも有能だったり必要な人間だったりは全て、ベニマへの援軍へと送られていた可能性が高い、というものだ。そして邪魔な、使えない主流派は俺たちに処分させた。
強かってレベルじゃない。えげつないことをやってくれる。しかも戦前から帝国との戦争に反対の立場を取っていた……今回のロコート軍の敗戦で、その発言力はさらに増すだろう。
ガーフルのステファン・フェルレイもそうだけど、どの国にもきっと、一人はいるんだろうな。こういう油断ならない相手というのかさぁ。
まぁ、でもこの情報はこの場には不要だろう。せっかく合戦に勝利して将兵も喜んでいるのに、水を差すような情報はな。
「ですが、この反主流派の使者は、講和内容について提案を持ってきただけであり、正確には即時の講和は望んでいませんでした」
「どういうことだ?」
困惑する諸将を見て、俺は無理もないなと思った。だって今回、俺が一番この非主流派に「してやられた」と思ったのはここだからな。
「彼らは講和の仲介役に皇王を指名した上で、帝都での講和会議を要求しております」
……ティモナさん、敬称。皇王『陛下』の敬称が抜けてますよ。
「なるほど、そいつは大変そうだな」
ゲーナディエッフェとペテル・パールは、完全に他人事って感じだ。まぁ実際、彼らにはそれほど影響ないだろうけど。
「それは……大丈夫なのですか」
皇王擁護派として動かされたファビオが、ストレートに聞いてくる。
「ダメだろうな」
あの皇王だ。間違いなく目先の利益につられクソみたいなことをしでかす。
「たぶん旧帝国領の返還以外はロコート王国側に有利に働く」
ついでに言えば、元皇太子もこれを好機と見てまた出しゃばるだろう。まったく、的確に弱点を突かれてしまった。
「面倒だなぁ」
なかなか楽をさせてもらえない。まぁ、国家の存亡のかかった戦争なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだろうけど。
「それで講和は結ぶのか?」
俺はペテル・パールの質問に、ため息と共に答える。
「結ぶしかないだろ。これ脅しだぞ」
だって結ばないって言っても、直接皇王のところ行って仲介頼むだろ、こいつら。
「目的だった旧帝国の奪還は叶いそうなんだ。今はそれで満足としよう」
それに、今一番重要なのはアプラーダ攻略の方だ。助攻でこの成果、これ以上望むのは過分だろう。軍勝五分を以て上となし……って言うしね。




