皇王亡命編7
その日、帝国の宮廷では諸侯が皇帝の御前で激論を繰り広げていた。
議題は皇王への対応について。皇王の亡命を受け入れ、現在の皇国を批判するか。あるいは亡命を拒否し、皇国へ送り返すか。それを諸侯が話し合っていた。
はい、例の振り分け通りの会議です。全員で一人の観客を騙すマッチポンプだ。
「受け入れについては、断固反対いたします。即刻、皇国へと送り返すべきです」
そう主張するのは、先日正式に法務卿として任命されたシャルル・ド・アキカール宮中子爵だ。
「そのようなことをすれば、臆したかと陛下は諸国の笑いものになろう!」
そう叫ぶのはラミテッド侯……ちなみに口調がおかしいのは、ファビオ曰く「普段通りだと、つい本音で悪態ついてしまいそうなので」とのこと。
「陛下! ここは亡命を受け入れ、非道なる連中の行いを世界に知らしめるべきです」
ファビオは武官の意見を代表して、という形をとるらしい。あぁ、ちなみにファビオが武官の代表者面することについては、ワルン公とチャムノ伯には断りを入れてある。
「では受け入れてどうなります? 我らに利がございません」
「これは損得の話ではない、正義の戦いだ」
そこはもう、相手を罵倒するくらいの勢いじゃないと。今回の観衆は騙せても、元ダロリオ侯は騙せないだろう。
「では皇国が、亡命を受け入れた帝国に対し宣戦布告してきたらどうなるのです」
皇国の行動は、皇国次第だ。今は時間を稼げそうとはいえ、絶対はない。万が一に対して備えるのは重要だ。
「蹴散らせばよかろう!」
お、言いつけ守ってる。いや、実は事前にラミテッド侯にはアドバイスをしておいたのだ。たとえば、「皇国の兵には勝てる」みたいな、皇国を貶めたり、下に見たりする発言は避け、あくまで批判するのは貴族にしておくように、とかな。
それはこの会議に唯一、亡命組から参加している男の性格を読んでの対策だ。
「陛下! 何卒、逆賊共に正義の鉄槌を!」
皇国らの亡命組で、唯一この会議に参加しているのは、元皇太子ニコライ・エアハルト。
他の人間には一切参加させていないし、今後も基本的には参加させるつもりもない。
「うむ、余としても受け入れたいところではあるが……」
ニコライ・エアハルトだけ参加させたのは、この男が自分の発言力を気にするタイプであり、野心もあり、そして良い感じに馬鹿だからだ。
まず、皇王ヘルムート二世、アレはダメだ。政治のことに興味ない……というより、面倒なことは避けて、好きなものを食って好きなことをやっていたいっていうタイプだな。
たぶんだけど、あの男が皇国に帰りたがっているのも、亡命生活ではできることに制限があるからだ。逆に言えば、制限なく望むものを与えたら、亡命生活でも構わないと思ってしまう人間である。まるで傀儡になるために生まれてきたような性格をしている。
当然、政治に関心などないから会議には参加したがらない。そして俺としても参加させたくない。
なぜならコイツ、全く空気読めないからだ。自分の命令は聞いてもらって当たり前だから、相手がどう感じるかとか何考えてるかとか全く考えていないのである。そのくせ、皇王だから発言力だけは有り余っている。
そんなヤツ、会議ではコントロールできないので、与えた客間に封印している。今頃おやつでも食ってるか、連れてきた妾とよろしくやってんだろ。
次に、元ダロリオ侯アロイジウス・フォン・ユルゲンス。こっちは逆に、びっくりするぐらいまともな貴族だ。貴族の中では、割とクリーンな方である。そのせいで、いつの間にか嵌められて失脚し、いつの間にか皇王派と目されていたため、仕方なく亡命についてきた人間だ。
この男は優秀だ。だから扱いにくい。掌で転がすなら馬鹿に限る。彼には看破されそうなので、こういった場所には一切入れさせない。
彼に対しては、宮中伯に可能なら調略するよう頼んである。だが、この手の人間はそう簡単に上手くはいかない。もっと追い込んで、このまま皇王に仕えても絶望的って思わせないとな。
ちなみに、自身の発言力や権威に拘るニコライ・エアハルトは、元ダロリオ侯の参加が許されず、自分だけが参加している現状に舞い上がっている。この男、自分だけが参加していることに対する責任感とかはなく、ただ特別扱いされてることに気持ち良くなっている。まぁ、自分の権力に飢えた男だからな。才覚が無いだけで。
まぁそもそも、皇王は「長男だし、自分が庇ったんだから」って当然のように元皇太子のことを信じきってしまっているが、表向きは皇王の長男として皇王のために動いているように見えるこの男、たぶん皇王のこと何とも思ってないし、自分の名誉欲を優先するタイプだぞ。
だってそもそもコイツ、皇王を差し置いて権力握ろうとして、その結果失脚したんだし。
法務卿……シャルル・ド・アキカールとファビオは尚も激論を繰り広げる。
「その場合の予算は? いったいどこから捻出するのですか」
そこに時々、主に財政面での懸念を財務卿であるニュンバル侯が述べ、俺が感情論で皇王らを擁護する……といった感じだろうか。これで、まるで二対二かのように見せている。
財務卿に金銭関係の口出しをさせるのは、亡命組に対するけん制とプレッシャーだ。無尽蔵に金がある訳ではないとアピールすることで、連中が要求する金銭支援を少しでも抑える狙いだ。だって帝都での滞在費だって、全て帝国が負担しているのだから。
あと、俺がこうしてわざと口出ししているのは、俺が皇王寄りの立場と誤解させるためというのと、俺が実は自分の意見をあまり強く通せない、家臣の言うことを聞かざるを得ないタイプの君主と思い込ませるためだ。
油断させるのって、昔から得意なんだよね。
「しかしなぁ、どうにかできないものだろうか。余も奸臣共に踊らされた手前、皇王のことはどうしても助けたい」
俺が仰々しくそう言うと、ニュンバル侯はわざとらしくため息を吐き、こう言った。
「では、陛下の私財を投じるというのであれば構いません」
お、めちゃくちゃいいパス。さすがニュンバル侯だぜ。
「なに! 余の私財だと!? それは……」
尻窄みになるように、俺は徐々に声を弱らせる。まるでそれは嫌だと言わんばかりの態度……任せてくれ、愚帝の演技だけは自信があるんだ。
そんな感じで、この日の会議では結論を出さず、ひたすら「金の問題が解決できたらなぁ」感を出した。露骨にニコライ・エアハルトに話振ったりしてな。
***
こうして、皇王一行の亡命を正式に受け入れる前に、少し時間を空けることにした。もちろん、彼らを受け入れるのは既定路線だ。それでも、少しでも帝国の利益になるよう、焦らしている段階だ。
せいぜい元皇太子には狙い通り動いてほしいね。
さて、今日は仮病の間に溜まった書類の決裁を進める日だ。書類に目を通しながら、俺は呼び寄せた宮中伯に、目も向けずに話しかける。
「宮中伯、相談がある」
「なにか」
それは密偵に可能な任務かどうかの確認である。
「秘かに反皇国同盟を組みたい。皇国に捕捉されないようにというのは、密偵に可能だろうか」
もう俺の中で、皇王の亡命は受け入れることに決定している。その後は皇国相手に時間を稼いで、その間に他の戦争を終わらせ、フリーな状態で皇国に乗り込む。その際、俺は皇国と敵対している周辺国ともコンタクトを取り、合従軍として皇国を攻撃したい。
というか、そうでもしないと補給が持たない。あと敵の戦線を増やさないと、皇国のような敵に確実には勝てない。
「すぐに同盟、とはいかなくてもいい。ただ帝国がそれを望んでいるということを、皇国に分からないように匂わせたい……いざ同盟をとなった時に、話が速やかに進むようにしたいのだ」
俺がそう言うと、宮中伯は難しい、と言わんばかりの声色で話し出す。
「密偵の得意分野ではありません……どうしても警戒されてしまいます」
まぁ、やっぱりそうだよね。そんな気がしたから可能かどうかの確認から入ったんだ。
密偵という存在は当たり前だが怪しまれる。ましてや情報を集めるのではなく、他国の人間にメッセンジャーとして接触するのはリスクが高い。密偵はバレたら、捕まって拷問されてもおかしくない存在なんだし。
「他に良い案はあるだろうか」
俺がそう訊ねると、宮中伯ははっきりと聞こえる大きさの、深い深いため息を吐いた。
「『語り部』を使ってみては」
宮中伯と恐らく因縁深い『アインの語り部』、敵対していて嫌いあっていると思っていたが、互いに評価もしているようだ。仲はやっぱり悪いけど。
「卿がそういうのであれば」
ヴェラ=シルヴィの護衛の時もそうだったけど、本当に嫌そうに紹介するよね、宮中伯。この男がここまで感情を出すのも、珍しかったりする。
そういった事情もあってか、呼び出されたダニエル・ド・ピエルスは不機嫌そうな表情を隠そうともしなかった。
「西方派の乗っ取りは上手く進んでいるか?」
俺は世間話でもするような雰囲気で、皇帝としてあるまじき発言をする。帝国の皇帝は西方派の守護者たる立場だ。それを守るべき人間が、西方派ですらない人間に西方派を任せようとしているのだから。
「順調です。司典礼大導者も、司記大導者もほぼ無力化しました。両局からの支持も取り付けておりますので、あとは不満を抱くものを排除してしまえば」
うーん、素晴らしい。あまりに無駄のないスムーズな乗っ取り。命じてからまだそんなに経ってないのに、ここまで手際が良いとは。
「それで、ご用件は」
「反皇国諸国家と秘かに同盟を組みたい、そのために仲介役に卿らが良さそうだと聞いた」
俺がそう言うと、ダニエル・ド・ピエルスは「なるほど」と納得したようだった。
「確かに、我々に伝手はございます。しかし、密偵のように使い勝手は良くないでしょう。せいぜい『目当ての存在と接触するための伝手』くらいにお考えください」
なるほど。細かい指示ができる感じじゃないのか。潜伏してる部下が……って感じじゃないのか。
「具体的には何ができて何ができない?」
「我々は同じく『アインの語り部』と接触するだけですが……陛下、『アインの語り部』についてはどこまでお話し致しましたか」
アインの語り部……それは聖一教教祖にして転生者であるアインの言葉を守る者たちだ。彼らの特徴は、あくまで教祖の言葉を守っているだけであり、聖一教ではないということが。
まぁ、宗教というものは長い年月を経て、教祖の教えから変質してしまうものだからな。
「陛下。以前話したかもしれませんが、私は『アインの語り部』の代表という訳ではありません。『アインの語り部』に特定の当主はおらず、私は帝国にいる『アインの語り部』の面倒を見ている存在で、それ以上でもそれ以下でもありません」
それについては何となく理解している。これは恐らく、彼らの活動理念が理由だろう。
「『アインの語り部』の活動理念は三つ。一つ、世界の針を進めること」
時計の針を進める……彼らが言うには、この世界は停滞していたという。かつて「白紙戦争」と呼ばれる世界が滅びかける戦争により文明は崩壊し、その後長い間世界は少しずつしか進んでこなかった。文明の発展が遅かったということだ。
その状況を打破したいと考えていた者たちの下に、「進んだ科学文明」の世界から転生者アインが生まれた。
彼らは、神が自分たちと同じ考えを持っており、アインは世界の時計の針を進めるために送り込まれた存在だと考えた。以降、彼らは「アイン」と同じ価値観と目的を共有する存在となった。
つまり『アインの語り部』とは聖一教ではなく、『アイン』の盟友の子孫と位置付けるべきだろう。
「一つ、アインの教えを曲げない事。一つ、アインの意思を継ぐこと」
そこで一度言葉を切り、老エルフはさらに続けた。
「逆に言えば、この三つさえ守ればいい。よって『アインの語り部』は組織ではなく共同体です。私は西方派に潜り込むという手段を選びましたが、別の手段で以て目的を達成しようという者も多い。私はあくまで、『アインの語り部』の中の、帝国に潜伏した集団のまとめ役にすぎません」
時計の針は進めたい。だが魔法文明は滅びの結末を迎えた存在のため、それに関連したもの……具体的にはオーパーツや遺跡は極力封印したいと考えている。それが彼らの間で共通した認識らしい。
「それで、天届山脈以東に『アインの語り部』は多いと?」
「というより、皇国と敵対する国家に流れやすい、でしょうか」
『アインの語り部』は聖皇派とそんなに相性が悪いのか。
まぁ、聖皇派を国教とするのは皇国系の国家であり、皇国と敵対する国では聖皇派は国教にならないからな。
「皇国は遺跡を積極的に利用しようとしているので。封印したい我々にとって、彼らは許し難い存在なのです。よって、多くの語り部が皇国と敵対的で、遺跡の利用に消極的な国に流れました」
なるほど……聖皇派ではなく、「皇国そのもの」の国策に反発しているのか。オーパーツやダンジョンを「世界を破滅に導く存在」と考える『アインの語り部』にとって、これを積極的に利用しようとする皇国は度し難い連中として映る訳だ。
それにしても、俺はてっきりもっと小規模な存在だと……いや、思い出した。そう考えてしまった原因、この男との初対面での会話を。
――余は『アインの語り部』の行動原理や思想について、ある程度理解した。それで? 組織としての規模はどの程度なのだ。
――人数で言えばごく僅かです。
……この時、俺は『アインの語り部』全体の人数を聞いたつもりだったが、俺は「組織」という言葉を使った。だがダニエル・ド・ピエルスは先ほど、『アインの語り部』自体は組織ではなく共同体だと言った。
ごく僅かなのはダニエルの命令を聞く帝国内の「組織」の人数であって、「共同体」の人数ではないと。
……コイツ、まだ信用できるか分からない俺から、帝国以外の『語り部』をきっちり守っていたのか。出し抜かれた感じがすごいが、まぁいい。
「つまり今回の『対皇国同盟』という一点においては卿の傘下にいない『語り部』たちも協力してくれる可能性が高いと?」
「はい。ですがあくまで可能性というだけであり、命令できる訳ではありません。しかし、君主の耳に入るようにはしてくれると思います……同じように、聖職者として正聖派や守教派に入る者は多いので」
この老エルフのようにか……そうなれば、高位の座にいたりもするだろう。ちなみに正聖派も守教派も、天届山脈以東の非皇国系国家で信仰される宗派だ。
「彼らを経由して、各国に密使を送りたい。対皇国同盟を結ぶための足掛かりとしたい」
「一歩目にはなるでしょう。そこから先は分かりませんが」
十分だ。今必要なのはメッセンジャーであり、今重要なのは皇国にバレないということ。あくまで表向きはすぐに皇国と争うつもりは無いというアピールをしたうえで、裏で秘かに反皇国同盟を組む。
「それでいい。では、仲介を頼む」
これまでは対帝国包囲網と言ってもいいくらい、周辺国は協調して帝国と対立してきた。その中には、皇国の関与も確認できている。
やられたことをこちらもやり返す。今度は対皇国包囲網だ。




