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俺の言葉に、ヴォデッド宮中伯やティモナ、バルタザールなどはすぐに事態を把握した。まだ事態を把握できてない人間もいるが、この三人がいれば近衛と密偵と伝令に指示を出せる。
「市外両翼に展開している全部隊収容! ただし銃兵から優先して入れろ!」
大丈夫、まだ間に合う。敵はまだ突撃の準備を整えていないし、やることはただの籠城戦だ。
「各城壁に可能な限り銃兵隊を増員! ただし南門は後回し!」
敵に攻城兵器は無いし、三倍の兵力差もない。あとは騎兵さえ対策できれば……。
「魔法兵、北壁にて戦闘準備! 召喚魔法用意!」
「陛下、エタエク伯への狼煙は」
俺の矢継ぎ早の指示に対応しながら、宮中伯は俺のサポートまでしてくれる。
「『作戦失敗』だ! 間違っても『作戦中止』は上げるなよ!」
そのタイミングで、ペテル・パールとアルヌールが天幕に入ってくる。
「ぺテル・パール! アトゥールル騎兵は工作を予定していた水路分岐点へ全速力で急行。現地に展開した敵軍を撃破せよ! ただし、魔力はなるべく使わず、使わせるな! それ以外は全てお前の判断に任せる!」
「……状況は理解してないが命令は覚えた。その無茶、引き受ける」
時間がない。だからこそ優先順位を間違えるな。
「バリー! 近衛兵半数を率い北壁へ迎え!」
「目的は!?」
……そうか、確かに言わないとダメだ。
「俺はここを動けないから代わりだ! 士気を上げろ、俺の名前をいくらでも使え。現場指揮官が望んだら指揮を引き継げ。できなくてもやれ。行け!」
「はっ! 了解っ!」
よし、次っ。
「応答しろ、ヴェラの状態は」
『まだ魔法は使っておりません。安全な距離まで離脱し待機しておりますが、気付かれた可能性はあります。それと、動きに変化が。作業を終えた可能性ありです』
この知らない男、いい働きをする。
「分かった、そちらそのまま安全な距離で待機。アトゥールル騎兵によって目標地点が確保され次第、作戦開始。それと、ヴェラに替わってくれ」
……よし、ヴェラは焦らせてはダメだ。彼女の魔法はテンションに左右される。彼女をやる気にさせなくては。
『どう、しよ』
彼女も動揺している。こちらの焦りは悟らせないように……。
「ヴェラ、状況が変わった。今ペテル・パールがそっちに向かっている。アトゥールル騎兵が敵を退けたら、作戦再開だ。できるか?」
『うん、うん!』
よし、この声色ならいける。
「頼んだ。頼りにしてるよ、ヴェラ」
本陣の慌ただしさが伝わってしまわないように俺が『シャプリエの耳飾り』を切ると、ちょうどそのタイミングで伝令が急報を知らせに飛び込んでくる。
「陛下! 川の水がどんどん減って!」
……時間切れか。
「市外の部隊、収容中止! 槍兵隊、門を守るように半円状の陣を敷け!」
俺の指示に、天幕に残っていた部隊長の一人が反論する。
「は、半円ですか!? そのような陣形はやったことが」
「良いからやれっ!!」
俺が思わず怒鳴ると、宮中伯に窘められる。
「陛下」
俺は深呼吸し、また最善手を考える。
「分かってる……魔法兵部隊隊、召喚魔法無制限起動」
これで北壁は敵を消耗させられる。弾避けを送り込みながら、敵に優位な魔法を使わせないように魔力枯渇を狙う。恐らく敵もこちらに応戦するために召喚魔法を使わざるを得なくなるはずだ。
そして距離的に、ヴェラ=シルヴィの位置には魔力枯渇の影響は出ないはず。その代わり、遠すぎるが故にアトゥールル騎兵の全速力ですら時間がかかる。それまで耐える戦いだ。
「市外部隊の取り残された銃兵は槍兵隊の後ろに。市内に収容できた銃兵はそのまま城壁から射撃。市外に残された銃兵と市内の銃兵で十字砲火できるように心がけよ」
一番最悪なのは、収容を続けて追いつかれ、敵の侵入を許すこと。そうなるくらいならいっそ、陣形を整え迎え撃つ準備をした方が生存率は上がるはずだ。上手く十字砲火できるかは分からないが、無いよりはマシなはず。
……これでも、まだ勝利には数手足りない。
「市外左翼、ニュンバル軍の騎兵はどこにいる」
「おそらくまだ市外です」
迂回中のエタエク騎兵はたぶん捕捉されてない。彼らには奇襲のチャンスがある。
ニュンバル騎兵の方には、その為の囮になってもらう。
「ニュンバル騎兵、敵に突撃。敗走時は南西へ」
これで少しでも敵を引きつける。その上で、敵が「騎兵を破った」と誤認してくれれば最高だ。
あとは……現場指揮の強化か。
「宮中伯はこのままここで俺の補助。アルヌール、西の城壁で部隊の指揮を執れ。ティモナ、東の城壁の指揮を執れ」
「はっ」
「かしこまりました」
すぐに天幕を飛び出す二人を見送る。これで東西の守りは足りるはず。……だが念のため火力の補助を送るか。
「ニュンバル軍弓兵隊、魔弓ではなく通常弓兵として使う。五百ずつ四方の城壁に送れ」
これでなんとかなってくれ……いや、違うな。なんとかするんだ。
***
それから、ずっと息のつまるような戦いだった。
「敵はまだ南門までは向かってきておらず」
「それでも警戒は怠るな」
歓声や怒号は遠くに聞こえる。それでも、絶え間なく送られてくる伝令が戦況を如実に表していた。
「魔力、枯渇を確認」
「魔法兵部隊を下がらせろ。代わりにゴティロワ族部隊を北壁に」
ほぼ予備兵力はない。だが、今回はそれでいい。ヴェラ=シルヴィによる川の復旧まで半日かかるようなら、どのみち負けだ。これは籠城戦というより、都市の一部を利用した総力戦になる。
敵も総攻撃のつもりらしい。明日以降を考えていない激しい攻撃だ。
「ニュンバル騎兵、敗走。指示通り南西に向かっております」
「……そうか」
早すぎる……いや、あんな命令を下されれば逃げ腰になるか。俺が彼らに死を命じた。だが、これが一番合理的な判断だったはずだ。
「宮中伯、負傷兵を一か所に集めてくれ。突破され市街戦に突入したら、俺が彼らを率いる」
「承知しました」
その時は体内の魔力を使って魔法を使って戦うしかない。その場合、色々な計画が全て破綻するが背に腹は代えられない。負傷兵も、申し訳ないが無理やりにでも戦ってもらう。
……これだけ非情な采配ができるようになってしまったんだな、俺は。
その後も各城壁からの戦況の報告を聞き指示を出していると、天幕に一人の男が現れた。
「失礼します……伯爵からの命令で、ここに居ろと言われましたので」
視線を向けると、それはトリスタン・ル・フールドラン子爵……エタエク伯家の内政担当だ。
「同行してたのか。知らなかった」
「何故か連れてこられました」
というか、エタエク伯軍は今城外……いや、そんなことはどうでもいい。
「何か報告か?」
「いいえ。ただ理由は私も分かりませんが、出撃前の伯から『何かあった際は人質として陛下の傍にいるように』と言われましたので」
どういうことだ……? まったく話が見えない。というか……。
「その言い方だと、伯爵は何かあると知っていたようだな」
「なんでも、敵軍に熱があったと」
……熱? 熱ってなんだ。
俺が聞き返そうとすると、そのエタエク伯に関する吉報が届く。
「陛下っ! エタエク伯軍が敵右翼側に出現!」
「そうか!」
最初の作戦で、迂回することになっていたエタエク騎兵……もっと時間がかかるかと思ったが、間に合ったようだ。そのまま敵の側面を突いてくれれば……。
***
俺はその後も、本陣で指揮を執り続けた。
本陣に兵を戻す余裕はない。余裕が出た城壁から、余裕のない城壁に一〇〇単位で兵を動かす。
動かす、耐える。動かす、防ぐ。動かす、撃退する。それをずっと続ける。
やがて少しずつ各方面が落ち着き始める。敵の第一攻勢をどうやら受け流しきったらしい。俺が指示を出さなくとも、それぞれの指揮で問題なく敵が撃退できるようになる。
俺は一度大きくため息をつき、改めて宮中伯に尋ねる。
「各方面の状況はどうなっている」
「北壁の敵はなおも城壁に張り付き、上がってきています。一部、城壁の上で白兵戦を継続中」
川の流れを先に敵に変えられ、北壁は敵の総攻撃を受けることとなった。元から防御を川に頼っていたここは城壁が低く、部分的ながら敵に城壁上へ侵入され、白兵戦になっている。
だが幸いなことに、水量がほとんどなくなった川の底は泥濘になっていた。この泥に脚を取られる為、敵は騎馬兵を北壁方面に突撃させることはできなかったようだ。
また、かなり早い段階から北壁では召喚魔法で敵をけん制しており、敵もこれに応戦する形で召喚魔法を使用。結果、早々に魔力枯渇へと陥った。
このおかげで、敵は魔法を使って地形を変化させることができなかった。川底の泥濘も固められないし、城壁を越えられるように地面を盛る魔法なども使えていない。
「近衛の消耗は?」
「ほとんどありません。狭い空間での白兵戦は、彼らが普段鍛錬している内容に最も近いですから」
宮中伯の言う通り、宮中での護衛を普段の職務とする彼らにとって、狭い城壁上での白兵戦というのは、もっとも訓練内容に近い戦場になっている。彼らが効果的に機能し、敵が城壁に上っても問題なく撃退できている。
「何より、騎兵部隊が東西の両城壁に流れましたから」
突撃ができない北壁から、城壁外に兵が残っている東西へと敵の騎兵が移動してくれた。戦術的に考えれば下馬してでも城壁を越えられる可能性がある北壁を重点的に攻撃した方が良いのに。敵が間違いを冒してくれて助かった。
「東西の両城壁はどうなっている」
「城門を守るようにして展開した槍兵の密集陣の前に、敵は攻めあぐねています」
敵騎兵は城門の外に展開した歩兵を蹴散らそうと突撃し、その度に撃退されている。
そもそも、騎兵は長槍兵の密集陣形が苦手だ。一方、密集陣形を組んだ長槍兵は機動力が死ぬ。だから騎兵側の対抗策として、ほとんど動けなくなった密集陣形の背後へと回り、突撃するというものがある。
ただ今回の場合、槍兵隊の背後は城門と城壁だ。後ろに回り込まれることは無い。
そしてもう一つ。本来騎兵とは突撃し、そのまま走り抜ける方が強い。だが今回の場合、城門の前で陣形を組む槍兵隊に敵は我先にと突撃してしまい、走り抜けられず足が止まったところを城壁から銃兵や弓兵に狙い撃ちにされ多大な犠牲を払っているようだ。
そしてこの一連の敵の無茶な攻撃で分かった。敵はあまり連携が取れていない。
たぶん、これが貴族共和制の欠点の一つだ。貴族間の利害関係などで、一つの指揮系統が完璧に確立できていないのだ。だから貴族家ごとに、無茶な突撃をやってどんどん犠牲を出している。
「敵の無鉄砲な突撃が、結果的に波状攻撃のようになり、こちらを消耗させている。あまりいい状況では無いな」
「ですが、こちらの槍兵部隊はかなりの士気の高さを維持しています」
槍兵たちは城壁の外に取り残され、城門は固く閉ざされた。そして退路を断たれた兵というのは、二通りの反応を見せる。一つは絶望して敵に降るというもの、もう一つは死に物狂いとなって戦い続けるというものだ。
そして今回の場合、確かに槍兵らは取り残された。しかし城壁からは銃兵や弓兵の手厚い援護が絶え間なく続いている。退路は無いが、孤立もしていない彼らは、この戦いに希望を抱けている。だから彼らは死に物狂いで戦う……背水の陣みたいなものだ。
「それでも、いつかは限界が来る……南壁は?」
「交戦無し。敵は南壁側には一切回り込んでおりません」
それでも、敵がいつ南壁にも回り込んでくるか分からない以上、こちらは最低限の守備を南壁にも置かなくてはいけない。その結果、各城壁で敵に兵数の上で有利を作られてしまっている。ただでさえ敵の方が兵力は上だったのに、敵の方が戦力の集中はできている訳だしな。
そして何より問題なのは……。
「エタエク伯軍が動かない」
自分でも驚くくらい、苛立った声が出た。敵の側面を突ける位置に進出したにもかかわらず、エタエク伯は一切動く気配がない。
「『突撃』の狼煙を上げていますが、反応はありません」
宮中伯の返答に、俺は天幕内にいるエタエク伯家の人間へと目を向ける。
「これはどういうことだ?」
裏切ったか。仮にそうだとしても、それほどショックは無いな。アトゥールル騎兵とヴェラ=シルヴィの策が上手くいけば、この戦いは多分勝てるからな。
俺の言葉と視線を受け、フールドラン子爵は肩をすくめる。
「あの人が何考えてるかなんて、分かるはずがないでしょう」
まぁ、そのエタエク伯に「人質として」この天幕にいるよう言われたらしいからな。
その時、その場にいた伝令の一人が声を上げる。
「陛下、無礼を承知で意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
その伝令は十代後半と言った風貌の青年だった。俺は名前も知らない伝令だ。
まぁ、一伝令が皇帝に意見を具申するっていうのは普通はダメだろう。しかし今は戦闘中だし別にいいか。
「よい。申してみよ」
「はっ、失礼します。まず仮にですが、エタエク伯が敵と当初より通じていた場合、既に敵軍と合流するか、都市内部で反旗を翻しているはずです。そして仮に、我らを見捨てたのであれば伯爵は戦場に現れることなく、あるいは状況を確認して早々に兵を退かせているはずです」
……なるほど、確かに今のエタエク伯は、そのどちらでもない。彼女は敵からも見える位置に到着し、そこから動かずにいる。
「そして現状、敵の一部はエタエク軍への警戒のために、動けずにいます」
これも事実だった。敵は三方の城壁に攻め寄せてきているが、それとは別に、北壁を攻撃する敵軍の後方に動かない敵部隊がいる。
「その部隊はエタエク伯軍とにらみ合っていると?」
つまり、エタエク伯軍は敵軍の一部をブロガウ市から引き離すことに成功しているってことか。
「はい。そして敵は、エタエク軍を寡兵で以て追い払おうとすれば、その反撃にあい被害を出すでしょう。多勢を以て戦おうとすれば、エタエク軍は機動力を以て悠々と距離を保つでしょう」
「一理ある」
……というか、たぶんこの男の言ってることが正しい。俺も冷静じゃなかったようだ。
「お前、名前は」
「ブレソール・ゼーフェであります」
平民か? だがゼーフェは帝国貴族の姓の一つだ、関係者だろうか。
「覚えておこう」
ただの伝令にしておくにはもったいない人間だ。後で密偵に身辺調査をしてもらってから取り立てよう。
「あとは臆して動いていない、という可能性がありますが」
あるいは、と宮中伯が別の可能性を指摘すると、それまで飄々としていたフールドラン子爵が声をあげて笑った。
「あの伯爵がですか! それはあり得ませんよ。軍事のことは全く分かりませんけど、それだけはあり得ないと言える……陛下、俺はあの人の考えなんてこれっぽっちも分かりませんけどね、周りの人間に理解できない行動をとるとき、あの人はいつも常人では無し得ない成果を上げるんですよ」
……というか、裏切り者扱いされて意外と頭に来てたんじゃないか。
「むしろ手綱を握れきれるか、そっちを気にした方が良い」
「子爵! それは陛下にあまりに無礼かと!」
そう言って声を上げたのはブレソール・ゼーフェだった。お前が怒るんかい。
そんな時だった。別の伝令が、勢いよく天幕に入ってくる。
「陛下! エタエク伯から書状が!」
ちょうど話題にしていたタイミングで来たな。
「読み上げろ」
というか、この話をしているうちに空気中の魔力が回復し始めたな。そろそろ魔法兵にもう一度伝令を出すべきか。
「はっ『この首を以て戦いの結果に責任を負いましょう。しかして栄光は帝国と陛下に。皇帝陛下万歳!』だそうです」
「なるほど」
言いたいことは分かった。つまり、勝っても功績はいらない。負けたら責任を負う。だから勝手にさせてくれって言いたいのだろう。
「トリスタン、エタエク伯は演劇が好きか」
「え? あ、はい。かなり好きです」
だろうな。この如何にもセリフっぽい言い回し、あまりに格好つけている。……そういう年頃か。
まぁ、敵の手に渡るとこまで想定しただけかもしれないけど。あと、フリードリヒ大王に仕えた将軍に、似たこと言って抗命した指揮官がいた気がする。
「何か返しますか」
宮中伯の言葉に、俺は否定する。確かそのプロイセンの将軍は戦果上げてたし。
「いや、いい。彼女はもう放っておけ」
そう言うからには、ここから成果を見せてくれるんだろう。
するとそこで、さらに別の伝令が駆け込んでくる。そして同時に、北壁側で歓声が上がった。
「陛下、河川が復旧しました!」
流石だ、ヴェラ=シルヴィ。ペテル・パールも、よくやってくれた!
「しかし反動か水量が増しており、北壁に取り付こうとしていた敵部隊が流されております」
増水だと……なら東西の壁面を攻撃していた敵も退路が無くなった!
「門を開け! 全軍突撃っ!! 守りは考えるな!」
俺の号令で、天幕内の伝令が一斉に各方面に向け走り去る。さらにそのタイミングで、入れ替わるように入ってきた伝令の一人から報告が入る。
「陛下! エタエク伯軍が突撃開始!」
……勝ちが決まってから突撃するだけなら、誰だってできるぞ。
あれだけのことを豪語したんだ。見せてもらおうじゃないか。




