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 休憩の後、外国からの使節の対応も一通り終わった。ナディーヌはやはり、自分が催眠に近い状態にあったことを理解できていないらしい。しかしなんとなくでも苦手意識を持ててるだけマシだろう。

 ちなみに休憩の際に、おそらくステファン・フェルレイと接触していなそうな密偵、近衛を選んで、彼を追うように命じた。すると彼らはすんなりと従った。まぁ、無駄だとは思うが、彼の方が油断してまだ帝都に残っているようなら殺すことも視野に入れている……が、このように無関係の人間には効いていないことを、本人が知っているなら既に逃げられているだろう。



 まぁ、あの男……というかあの指輪はいずれ潰すとして、俺は気持ちを切り替えて再び晩餐会の席に戻る。外国からの使節の相手が終わったのなら、次は国内の貴族らの相手だ。

 だがこちらについては、ロザリアとの晩餐会に比べて人数が少ない。ナディーヌと教会で婚姻のサインを書いていた時から、ワルン公やチャムノ伯らの領地、及びその周辺の下級貴族らはもう自領へ帰還し始めていた。


 この時代、貴族たちにとって土地は生命線だ。領地が無ければ基本的には収入が得られないからな。しかし土地さえあれば、そこから税という収入が得られる。それは最底辺の、男爵家でもだ。その代わり、土地を失えばそれは領主の責任。基本的に誰も補填しない……だから彼らは、必死で自分たちの土地を守ろうとする。

 ……まぁ、戦って守るのか、相手に内通したり寝返ったりして守るのかは人によるけどな。


 一方で領地を持てなかった貴族や失った貴族は、収入を得るためにどうにかして大貴族や皇帝に取り入って、その直轄領の「代官」にしてもらう。こちらは土地の所有者はあくまで領主であり、代官は領主に雇われ収入を得ているだけに過ぎない。

 それが本来の仕組みだったのだが……皇帝直轄領においては、俺が傀儡だった時代にこの代官連中がかなり好き勝手やっていた。賄賂、脱税、領地の私物化などなど。そんな腐った連中をまともな人間と入れ替えたいのだが、一気にやると反乱とか起こされそうだし、少しずつ断罪して入れ替えている。


 まぁ代官共の話は置いといて、土地持ち貴族たちは今回の戦争ではまともに戦うだろう。

 理由は南方三国と戦うことになる前線の領地は、ほとんどがワルン公とチャムノ伯の領地だからだ。そしてこの二人には、前回の論功行賞でかなりの土地を与えている。つまり、それだけ力を持った貴族になったということだ。動員できる兵力も今までより多くなる。

 彼らに逆らって相手に内通するとか、普通に考えればリスクが高い。南方三国の前にワルン公かチャムノ伯に潰されるからな。それなら全力で南方三国相手に戦った方がいい。特にこういう戦争の時、たとえ領地を失っても奮戦していれば、その功が讃えられ領地を取り戻せたり別の土地を与えられたりするからな。俺が論功行賞で戦死したアーンダル侯を讃えたように。



 閑話休題。ともかく、やる気のある連中は既に領地に帰っており、この帝都に残っているのは大貴族と前線にいない下級貴族、あとはそもそも土地を持っていない貴族たちだ。とはいえ、領主が来ていなくても代理の人間が祝福を述べに来たりはする。


「お久しぶりです、陛下」

 そう言って挨拶に来たのはトリスタン・ル・フールドラン。エタエク伯領傘下の子爵だ。今回はエタエク伯の代理で来たのだろう。

「お久しぶりです、ナディーヌ妃。此度は誠に……」

 彼が俺たちに祝意を述べている中、俺はふと、隣に座るナディーヌの方に視線が向いた。

 基本的に生真面目なナディーヌは、こういった正式な場では正しい返答をしようとする。正解とかにこだわるタイプだ。だから相手の話を集中してよく聞く。

 そんな彼女にしては珍しく、目の前の人間が挨拶の口上を述べる最中に、どこか心ここにあらずと言った風に宙を見つめていた。


「どうした、ナディーヌ」

 さっきのオーパーツの件もあり少し心配になった俺は、子爵に対して少し無礼な態度と分かりつつも、小声でナディーヌの様子を確かめる。

「キアマ市にいた時、私に対して失礼なくらい砕けた態度だったのよ、この男」

「……両家の盟に祝福を」

 俺は思わず、たった今祝意を述べたフールドラン子爵をまじまじと見つめる。俺はエタエク伯軍とシュラン丘陵で合流したとき、子爵とは実は何度か喋っている。その時の印象は別に普通の貴族感じだったのだが。


「その差で驚いていたのか」

 俺がそう尋ねると、ナディーヌは首を横に振りながら答える。

「違うわ……ううん。そうね、それもあるかもしれないわ。けどそれより……この男の無礼を許せた理由に自分で気が付いて、何とも言えない気持ちになったのよ」

 ……なんじゃそりゃ。

「あまり変なことを陛下にふきこまないで頂きたい」

 子爵の言葉に、ナディーヌは責めるような目つきで返す。

「貴方、陛下の前ではそんな感じなの」

「当たり前ではありませんか」

 さては仲いいな、この二人。

 ……ナディーヌって、俺と同じで親しい相手にはちょっと雑になるんだよね。


 俺は幼いころからのナディーヌを知っている。その時の彼女は、誰を相手にしても突っかかる感じだった。

 だが成長するにつれ、社交の場に慣れたり貴族としての振る舞いをちゃんと学んでいくうちに、表向きには落ち着きを得たというか、誰相手でも突っかかったり声を荒げたりはしないようになった。けど本質は変わってないから揶揄うとキレるし、よく声を荒げる。

 でもそれは、ある程度関係の深い人間相手だ……それ以外の相手には、たとえ怒りの感情を抱いても我慢しようとする……まぁ、できるかは置いておいてだ。少なくとも、口調は崩さない。

 そんなナディーヌが口調を崩す相手っていうのは珍しいと思う。


 ちなみに、ロザリアとも親しいナディーヌだが、彼女に対しては多少崩しているものの、友達というより姉に対する雰囲気だ。どうやらナディーヌにとって、ロザリアは憧れの存在らしい。

 まぁナディーヌから見たロザリアは、三つ年上で自分に優しくて、色々と気にかけてくれて、礼儀作法とか貴族としての立ち居振る舞いも完璧って感じだからなぁ。



「それで、何か用でもあるの」

 少しイラっとした様子のナディーヌが、そう子爵に尋ねる。二人がシュラン丘陵での戦いの際、キアマ市にいたことは知っているのだが、ここまで仲良くなってたのは意外だった。

 ……あぁ、ナディーヌが以前言ってた、財務卿に連れていかれた優秀な奴って子爵のことか。

「あー、はい。ですが今はちょっと……少し、後でお時間を頂けないでしょうか」

 頭をかきながら、申し訳なさそうにする子爵。俺はいつなら空いているかと考えていたが、そこでナディーヌが先に答えた。

「ならこの会が終わった後、陛下の寝室に来たら?」


「……は? 正気か」

 思わずと言った様子で、そんな言葉が子爵の口からこぼれる。

 まぁ、子爵も既婚者だし。結婚して宴を開いて、その後の夜っていうのがどういうものなのか、当たり前だが分かっている。だから驚いたのだろう。

「成人までダメと言われたの。だから暇なのよ。お父様……ワルン公と、ニュンバル侯とチャムノ伯を呼んで会議するっていうもの。彼らに聞かれても問題ないというなら、その時に来なさい」

「あぁ、そいつは……可哀そうに」

「貴方の方こそ、素が出てるわよ」

 ジト目でそう言ったナディーヌに、子爵は軽く笑い、肩をすくめる。


 だが次の瞬間には切り替えるように、貴族の見本ともいうべき丁寧な所作で一礼した。

「では、後ほど伺わせていただきます。機会を頂き、感謝いたします」

 そう言って俺たちの前を後にする子爵を見送る中で、ナディーヌがそっと耳打ちする。

「たぶんあいつ、貴方と気が合うわ……ちょっと似てるもの」

 分かる。俺も実はそう思ってた。


***


 またしばらくして、次の貴族が挨拶に訪れた。

「両家の素晴らしき盟に祝福をォ」

「ありがとう、ドズラン侯」

 心にもない言葉をどーも。


 ドズラン侯爵家は、ブングダルト帝国としては名門と言っていい家柄だ。ブングダルト帝国三代皇帝シャルル一世の末子であるルネーによって興されたこの家は、その初期は帝国有数の大貴族であり、それは彼の息子シャルルが四代皇帝エドワード二世の養子となり、シャルル二世となったことからもうかがえる。

 しかしその後は年々勢力を低下させ、アロワの代には領土の一部をアプラーダ王国に奪われ、その上宰相派にも摂政派にも参加できない中途半端な位置にいた。


 だが俺が二人を討ち、内乱を開始したタイミングでアロワは息子の罠にかかり殺された。それがアンセルム・ル・ヴァン=ドズラン……父と兄を争わせ、まんまと漁夫の利を得てドズラン侯領を押さえた男。シュラン丘陵では最後まで不確定要素として戦場において危険な存在だった。

 そのくせ、まだ俺に対し反旗を翻してはいないから殺してしまう訳にもいかない……限りなく黒に近いのに、グレーどころか白として対応しなきゃいけない、そういうやつだ。


「グァッハ、そのような恐ろしい顔を為されるなァ」

 その特徴的な声と変な笑い声。俺は嫌いだね……これもオーパーツのせいじゃないよな?

「……その様子だと、何か用があるのか」

「然り、このような場で申し訳ありませんがァ……どうか一筆頂きたいと思いましてェ」

 このような場でっていうか、よくその立場で要求できるなって思うけどな。この男はまともな臣下を演じる気もなければ、取り繕う気すらないんじゃないかと思えるほど、その野心を隠そうとしない。

というか、クシャッド伯を見逃した件、まだ許していないんだが?


「聞くだけ聞いてやろう」

「アプラーダ王国に占領されている我がドズラン侯領の一部についてェ、その領有権は確かにドズラン侯爵家にあると認めていただきたく思いましてェ」

 まぁ、言ってることは道理だ。奪われた給料を奪還次第、自分たちのものだと認めてほしいってだけの話だ。

 だが、問題はそれをコイツが言っているところなんだよなぁ。

 こいつがシュラン丘陵に現れた際、率いていた兵は南方三国の傭兵だった。つまりコイツは、確実に連中とつながりがある。そんな奴が、アプラーダ王国と素直に戦うとは思えない。

 しかもこの言い方、戦うとはまだ言ってないんだよな。


「それで?」

 言いたいことはそれだけかという意味で、俺は突き放すように言う。相当な見返りがなきゃ認めてやんねぇ。

「それともう一つ、開戦次第アキカールの反乱鎮圧ではなくアプラーダ領に侵攻する許可を頂きたいィ。そこまで頂けるなら我が軍の一部をワルン公領へ送りましょォ」

 この野郎、対価を提示する前にさらに自分の要求を重ねるとか、どこまで俺を舐めているんだ……本当にこいつは。



「……いや、そういうことか」

 俺は意味を理解し、思わず舌打ちをする。なるほど、これは情報を先払いってことか。

 こいつは南方三国と繋がっている。それがどのくらいの関係かは分からないが、そんな男がわざわざ「ワルン公領に兵を出す」と言っている意味……それはつまり、南方三国の戦争戦略が、対ワルン公領方面に兵力を集中すると、そう言っているようなものである。

 だが問題は、これが真実かどうかだ。罠に嵌めて自分が……とか平気でできるタイプだろうし。


 ……だが完全に嘘とは言いきれない。戦略的には十分にあり得るな。

 まず、地理的には東西南の三方向から攻撃されるワルン公領は、敵から見たら攻略しやすそうな場所にある。ベニマは素直に北に進めばワルン公領だし。ロコート的にも山がちな帝国東部方面より、肥沃なワルン公領の方が攻めやすい。

 アプラーダの場合はどうだろうなぁ。むしろ北の分裂しているアキカール反乱を利用する方が良い気がするが、悪い手ではないだろう。

「具体的にはどれくらい送るつもりだ」

 問題は、この男が本気で帝国側で戦う気なのかどうかだ。


 ドズラン侯はニヤリと笑い、俺の質問に答えた。

「こちらが動員できる兵の半数ゥ、これを送らせていただきたいィ」

 普通、その領地で動員できる兵力……最大動員数をすべて動員したりはしない。よほど追い込まれない限り、余力を残しておくものだ。

 だから最大動員数の半数なら、相当な兵をってことになるが。しかしコイツの答えは曖昧だった。大軍と言えるほどではないだろう……それでも決して少なくはない数は供出しそうだ。

 何より、ドズラン侯領の一部を占領しているのはアプラーダ王国だ。旧領を奪回するために、これまで手を組んでいたアプラーダ王国を裏切ったという見方もできる。

 ……何より、兵を二分するということはコイツも今回はそれなりにリスクを背負っている。対等だと思って交渉してきてるあたり、むかつくけどな。


「後者は今認めよう。その結果を見て前者についての沙汰を下す。それが順当な流れだと思うが」

 実際に敵がワルン公領に集中したなら、旧ドズラン侯領の復帰を認める。これでも認めないと言えば、その時こそ裏切りそうだからな。

「仕方ありませんなァ。それではこれにて失礼ィ」

 何様だ、本当に。隣のナディーヌも、こんな無礼者を許していいのかと責めるような目で見てくる……まぁ、いいさ。ここですんなりと引き下がったってことは、それなりに敵の動きに確信があるってことだろうし。

 手強い敵や厄介な問題が次々と出てきている。転生者、オーパーツ……たぶんだけど、この先はこれくらい御せなければ勝ち続けるのは無理だ。


「あァ、そうだァ」

 そう言ってふと立ち止まったドズラン侯に、俺が尋ねる。

「まだ何か?」

「土産を持ってきたんでしたァ。後日、お抱えの商人にでも届けさせましょゥ」

 侯爵は振り返ることもなくそう言い残すと、今度こそ去っていった。

 ……土産だぁ? お前が言うと穏やかじゃなねぇな。


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[良い点] 喋りが喪黒福造(笑)
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