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 ナディーヌとの結婚式は、ロザリアの時より短く終わった。これは女王戴冠の流れがないからだな。あとロザリアの時と違って、市民へのお披露目も無かった。

 これについては貴族の常識と平民の常識が違うところに配慮して回避させてもらった。一夫多妻も十四歳の花嫁も、貴族では普通のことでも、市民にとっては違うだろうからな。地方の農村だと幼齢での結婚はあることでも、帝都市民においてはほとんどないらしいし。


 式の際、ナディーヌはかなり緊張していたが、無事に終えることができた。

 ちなみに、どうも装飾とかロザリアの時とは若干違ったらしいが……全く分からなかったし。たぶん、こういう違いに気が付けないのが、俺の欠点の一つだ。


 ……というか、列席者の最前列にロザリアがいたのが気になって、他のことに気が回らなかったよ。もの凄い悪いことをしているような気分になった。

 いや、ロザリアは笑顔で拍手してたよ? それがむしろ怖かったのだ。前世の価値観を残してしまっている俺にはつらいよ、これ。



 その夜、宮廷では晩餐会が行われた。帝国の高位貴族や、諸外国の使節・来賓が一堂に会す立食形式のパーティーである。

 ちなみに、この皇帝の結婚を祝う晩餐会では、貴族の社交界でありがちなダンスは行われない。なぜならあれは貴族同士の社交、横の繋がりを深めるためのものだからだ。

 今回の場合……結局社交の場になってはしまうんだが、形式上は皇帝の結婚を祝う場であり、貴族同士の親交を深めるのはメインではないと。だからダンスは場にそぐわないって考えらしい。


 あと実は、提供される酒の量も少なめだったりする。これは帝国がケチだからとかではなく、聖一教が酩酊を禁じており、聖一教も関わる結婚という一連の儀式では特にご法度とされているからだ。その分、度数は低いが味の良い最高級の物を提供してるらしい。

 色々と考えられてるんだなぁ。


 あぁ、でも楽器の演奏とかはずっと続いている。しかし音楽に対するセンスは、俺は壊滅的なので「綺麗な音だなぁ」以外の感想がない。だってこの世界の曲とか知らんし。


 さて少し話は変わるが、帝国は今回の数日間にわたる祝宴について、当初の予定では『ロタール式』で行うことになっていた。これは簡略化された『ブングダルト式』と比べ、厳粛で格式高い……そして少し面倒な方式で執り行われる。しかし俺がテアーナベ連合領内で孤立し、例年より早い冬のせいで去年の間に帝都に戻れず、さらに例年より遅い雪解け……そういったいくつもの要素が重なり、当初の予定を変更せざるを得なくなってしまった。

 その結果、『ロタール式とブングダルト式を半々くらい』という、非常に面倒な事態になってしまった。その差配を全て担ってくれたのが財務卿である。転封されたばかりの領地が強兵で知られるガーフル共和国軍に攻撃され、しかも財務卿としての仕事をしながらだ……マジで足を向けて眠れない。


 というか、不満を溜めてないか心配になる。まぁ、人手不足なので仕事は減らせませんが。



 それはさておき、今回の晩餐会は宮廷の中でも、比較的奥まった場所にある広間で行われている。

 帝国の宮廷は複数の宮殿が存在する特殊なつくりだが、中でも門(帝国の宮廷は防衛の観点から出入り口が一つしかない)に近い方が普段使われる社交の(宮殿)。冬の間に貴族が社交だのなんだのってやってるのもこの出入り口に近い方だ。

 一方で、皇帝の生活スペースなどは宮廷の中でも奥の方にある。そしてそのさらに奥に過去の皇帝の墓所がある。


 俺が傀儡だった頃は貴族が好き勝手してたから形骸化していたが、本来は身分によって宮廷の立ち入れる場所が決まってたらしい。高位貴族は奥の宮殿へ入れるが、下級貴族は入れない。前世で言う「殿上人」と「地下」の関係みたいなものかな。この帝国では伯爵家以上が高位貴族扱いだ。

 まぁ、仕事のある平民や侍女は普通に入れるから、元から形骸化してるルールなんだけど。


 ようはこれ、ロタール帝国時代の規則である。そして当時、皇帝の結婚など特別な場においてのみ、皇帝は普段立ち入れないような下級貴族も招いたそう。これがいわゆる『ロタール式』……その伝統に則って、今回の晩餐会は普段は社交などが行われない、皇帝の生活の場である宮殿の広間で行っている。

 まぁ俺は普段執務室か謁見の間くらいにしかいないから、この宮殿では暮らしていないけど。


 というかぶっちゃけ、ほとんどの宮殿は普段使われてないんだよね。全部使えるようにすると維持費がかかるから、基本的には放置している。無駄に歴代皇帝が増築したせいで、そういう宮殿がいくつもある。



 まぁ、考え方はわかるよ。つまり、自分が新しく最先端の豪華な宮殿を建てることで、「過去の皇帝を自分は上回ってますよ」って貴族にアピールしたいわけだ。金はかかるけど、粛清だの内乱だので貴族を従わせている俺よりよっぽど平和的な手段じゃなかろうか。

 閑話休題、今回「皇帝が普段使っている」ってことにした宮殿は、宮廷内で最も古い……つまり格式ある宮殿だ。ここで連日の晩餐会などは行われている。


 ただ、俺が遅れた弊害も出てしまっている。本来はこの晩餐会も、数日に分けて行う予定だったらしい。理由は人が多いのに、場所が狭いから。歴史ある建物だけど、初期の宮殿だから狭いんだよね。

 あと外国からの使節団もいるし、普段よりも警護の人数が増員されているし。

 そして今、晩餐会が開かれているのは普段社交の場となる大広間ではなく、それより一回りか二回り狭い空間。だから二日に分けて参列者も半々で分けるつもりだったのだ。


 ところが俺がいつ戻ってくるか分からず、ギリギリまで予定を詰めた結果、晩餐会の日数もそれぞれ一日ずつになったと。

 その結果なんというか……目まぐるしく忙しい晩餐会になってしまった。次から次へと貴族だの外国の使節だのが挨拶に来て、それに応える……それをほとんど休憩もなく続けるハメになった。

 だが忘れないでほしい、これは晩餐会……つまり普段とは比べ物にならないレベルで豪勢な料理が並んでいるのだ。なのに、食事にはほとんど手を付けられない。新手の拷問か何かかな。


 ……いや、普段の食事が質素なのは俺がそうするよう言ったからなんだけど。



 それはさておき、ロザリアとの結婚の後にあった晩餐会は挨拶で目まぐるしく、大変だった。しかもこの挨拶というのが、ただ一言二言話すだけではすまない。

 今回出席できなかった貴族の代理できている者たちは、主に代わって挨拶と共に謝意も伝えてくる。前線を担う彼らはどう考えても今帝都には来られない、やむを得ない者たちなのだが、それでも形式上、祝いの席に参加できないことを謝罪するのがマナーらしい。当然、帝国のために働いてくれている彼らを蔑ろにできるはずもなく、俺は彼らに丁寧に対応し、謝罪を受け入れ感謝を伝えなければいけない。


 それが続くんだから、疲れるわ喉は渇くわだ。参加している貴族も一言では終わらないし。

 俺が傀儡だった時代は下級貴族も金さえ積めば俺と会うことができたが、今では用件が無ければ会わないからな、俺。この機会に少しでも顔を売っておこうと、特に下級の貴族ほど必死に時間を引きのばす。

何より、正妻となるロザリアの心証を良くしたがる貴族が多すぎた。


 俺が結婚する三人のうち、二人は帝国貴族……チャムノ伯とワルン公の娘だ。そして両貴族とも、俺が宰相と式部卿を討った後に急速に台頭してきた貴族である。

 だから既存の元宰相派、元摂政派貴族らは比較的この二人との繋がりが薄い。チャムノ伯は宰相派だったが、娘を幽閉された上に自分を従わせるための手綱として利用されていたので、実は元宰相派貴族に対して冷淡だったりする。

 その上、俺も含め割と能力主義みたいな考え方をするからな。特技が媚びを売るくらいしかない貴族連中にとっては、面白くない現状である。

 だからこそ、そういった宮廷の中枢に入り込めない貴族にとって、ロザリアは魅力的な寄生先に見えるわけだ。実家の後援のある二人と違ってロザリアなら自分たちを頼るだろうと。


 まぁ、実際に心証良くしてるとは限らないんだけどね。

 そんな無駄な足掻きをする連中を、ロザリアは上手く捌いていた。彼らの言葉に踊らされる訳でもなく、同時に彼らを遠ざけるわけでもなく、絶妙な距離感に留めている。下手に突き放して暴走されも困るが、変に交流を深めるとロザリアが望んでなくとも変な陰謀に巻き込まれかねない。

 相変わらずロザリアには負担を強いることになるが、「これが仕事だから」と言ってくれている。非常にありがたいことだ。


***



 ナディーヌとの結婚式の後に行われた晩餐会は、ロザリアの時と比べて会場内の貴族の数は減っていた。これはワルン公やチャムノ伯傘下の貴族が既に帰還の準備を始めているっていうのもあるが、ワルン公との関係値の問題が大きいだろう。言ってしまえば、元々ワルン公と仲の良い貴族は少ないのだ。


 俺が生まれる以前、ワルン公は派閥の有力貴族として宮廷の政治にも関わっていた。まぁ、当時は宰相派・摂政派では無かったのだが。

 皇帝派、皇太子派に分かれていた当時、ワルン公は皇太子派に属していた。しかも派閥内でも対立があり、同派閥の式部卿とは敵対派閥の宰相以上に険悪な関係だった。……これだけで何となく、俺が生まれる前に何があったか推察できてしまう。


 そんなワルン公は皇太子の死後、帝都から距離を置き中立派として孤立していた。

 つまり現在に至るまで、ワルン公と当時の貴族との亀裂は残ったままなのだ。だからこそ、俺もワルン公が他の貴族と足並み揃えて悪さするとは考えにくく、それもあって即位式の頃から信任してるんだけどな。



 国内貴族の大半がワルン公と依然距離を取っている現状、ナディーヌも同席するこの場では積極的にはコミュニケーションを取りに来ないだろう。一方で、外国から来ている使節の方が変わらず挨拶に来る。

 だから今日は、外国の使節とはある程度話すことができるだろう……というか、この皺寄せでロザリアの時は阿呆みたいに忙しかったのか。

 まぁ、それはさておき。そんな諸外国の使節に向け、俺は結婚を報告する挨拶の後、早々に宣言した。


「最後に、余の耳に憂慮すべき情報が入ってきた。どうもアプラーダ王国、ベニマ王国、ロコート王国の三国が兵を動かすつもりらしい」

 俺は会場の全員を見渡しながら、その三国の使節の様子を視界の端で確認する。都合良く、三人とも同じテーブルに固まっていた。

 どうやら三国の使節は皆、この情報を既に知っていたらしい。あるいは、そうなるかもしれないという事前情報くらいはあったのだろうか。ロコート王国の使節は全くの動揺なし。アプラーダ王国の使節は少し驚いている様子だが、動揺と呼べるほど酷くはない。そしてベニマ王国の使節は、ロコート王国とアプラーダ王国の使節の反応を窺っているようだ……なるほど、そんな感じか。


「よもやその矛先が帝国に向けられるとは思うておらぬが……万が一ということもある。帰国を望む者は帰られるがよい。余はそれを決して責めぬと誓おう」

 俺は思ってもないことを白々しく続ける。まぁ言わなくても大体分かるからね。三国で共闘するなら、相手は帝国かリカリヤ王国の二択だ。

「アプラーダ王国、ベニマ王国、ロコート王国より参られた皆々には余の近衛をお貸ししよう。よもやとは思うが、いわれのない謗りを受けるかもしれぬ。このカーマインの名に誓って、この帝都における身の安全はお約束しよう」

 つまり、近衛を監視に付けるぞっていう脅しですな。あとついでに、『帝都』での安全は保証するけど、『帝国内』における安全については明言しないことで、わざと含みを持たせている。


 それを聞いた三国の使節はというと……ほとんど反応を示さなかった。だがこれは、動揺していないからというより、反応を見られないようにわざと反応しないよう抑えているって感じだろうな。


 それ以外の諸国の使節に目を向けると、やはり大体の人間がこの三国の大使に視線を向けている。まぁ、話の中心は彼らなのだからこれは当たり前の話だ。



 だがそんな中、俺に視線を向ける男が一人いた。その男の名前はアスパダナ・ラング……リカリヤの王太子が、俺を見てにやりと笑ったのだった。


***


 この世界は階級社会だ。平民、貴族、そして君主……さらにそれぞれの階級の中で、より細かく分かれていたりする。貴族で言えば、公・侯・伯・子・男爵などがそれにあたる。

 そしてこれは君主階級においても存在する。基本的には皇帝と皇王がそれぞれ自分がもっとも偉い立場にあると主張するし、王の中にも歴史だの血統だので序列が決まったりする。


 もちろん、その階級はあくまで表向きの話であり、実力もその通りの順序とは限らない。下級貴族の命を握ってる商人なんか、たぶん山ほどいるしな。それでも、こういった祭祀儀礼においては重視される。

 だからこの晩餐会においても、その序列と照らし合わせ、もっとも偉い人間から挨拶に来る。そして最初の客人は、珍しく序列と実力が一致している……そういう人間だ。


「辺境にある小国の太子より、世界の中心たる帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

 芝居がかった仕草で一礼する男はアスパダナ・ラング。リカリヤ王国の王太子……次期国王がほぼ確定している男だ。

 歳は俺より十歳は上だと思う。だが今のところ、この男から侮りとか嫉妬とか、そういう感情は見て取れない。それくらいの(俺を舐めてる)人間の方が相手しやすいんだけどなぁ。



 確かに、リカリヤ王国は帝国より遥か南に位置する……東方大陸的には辺境の国家だ。だがその規模はこの大陸で三番目の大国。そして実力で言えば、戦に強く、今勢いある国……下手したらこの大陸でもっとも強い国家の一つかもしれない。

 そして彼らには、その自負がある。だから彼は、どれほど自分たちを謙遜しようと「弱小国」とは言わなかった。小さくないのに「小国」と名乗るのはそういうことだ。まぁ、確かに帝国と比べれば小さいから嘘ではない。


 あとは帝国を「世界の中心」と例えるのも絶妙なラインだな。世界の中心と言えるくらい繁栄しているという意味なのか、ただ位置しているだけという意味なのか……あぁ、小国と卑下しているから挑発でないことは分かる。

 自国のプライドと、皇帝への賛辞のちょうど良いくらいの妥協点だろうな。今のたった一言でも油断できない相手だと分かる。


「貴国を小国とすれば、大抵の国は何と呼べばいいのやら……先日は挨拶しかできず、すまなかったな」

 同じ国王同士が並べば、リカリヤ王の序列は低くなる。それはリカリヤ王国が新興国で歴史が浅いから……そして血統的には、いわゆる下剋上みたいな形で成立した国家のため、もっと序列が低い。

 まぁ、彼ら自身は歴史上の偉人の子孫を自認してるが、他国は認めてないよって感じだな。


 だからこそ、リカリヤ王国はこの場にわざわざ王太子を派遣した。他の国は大抵が貴族の使節ばかり……王族がいても傍流だし、王子の場合は継承順位の低い王子だ。彼らと比べれば、国の序列が低かろうが、さすがに次期国王の方が優先される。

 新興国だからと舐められないように王太子を送り込んできたわけだ……随分と思い切ったことをする。

 だって帝国とリカリヤ王国、別に友好国でも何でもないからな。それどころか、未だ拡張を続けるリカリヤ王国は俺にとって仮想敵国の一つだ。敵地とはいかないまでも、別に歓迎されてないこの国に大事な跡取りを送り込んで来るとはな。


「太子自らの来訪、心から歓迎しよう。貴国の厚意は、必ずや両国のこれからの関係に生かされるであろう」

「格別の配慮、感謝いたします、陛下。お初にお目にかかります、ナディーヌ妃殿下。噂に違わぬ可憐な殿下にこうしてお会いできて光栄にございます」

 あ、ちなみにベルベー王はもう帰ったよ。彼は忙しい立場だ、わざわざ来てくれただけでありがたいというもの。彼らにとっての宿敵であるトミス=アシナクィも健在だしね。

「この度は喜ばしき両家の盟に、国を代表して祝意を述べさせていただきます」

 王太子の挨拶に、今度はナディーヌが言葉を返していく。その間に、俺は彼にどう探りを入れようかと頭を働かせる。

 正直、手強そうな相手だからなぁ。それに俺としても、ある程度配慮しなければいけない相手だ……これから南方三国と戦うって時に、さらにその南にいるリカリヤは敵に回したくない。

 だからと言って、これ以上リカリヤ王国に伸張させると確実に将来の障害となる。だから手を組んで南方三国を叩こうって策は採りたくないんだよなぁ。


 あまり調子に乗らせるような事もしたくないし、最悪この男からは情報を取れなくてもいいか。


 そう考えた俺が、ナディーヌの挨拶が終わったのを見計らって雑談から入ろうとしたその時、アスパダナ・ラングの方から話を振ってきた。

「しかし陛下、よもや三国が兵を興すとは……我が国からは兆候が見受けられませんでしたので……先ほどの陛下の御言葉、大変驚きました」

 ……よく言うよ全く動揺なんてしてなかっただろうに。というかこれは「南部じゃなくて北部で兵を興してんの、そっちも分かってんだろ?」っていう意味なんだろうな。


「我が国の諜報は優秀でな。いつも正確な情報を上げるので助かっておる。彼らは余の数少ない自慢の一つじゃ」

 分かってますよっと。まぁ、これは俺が「よもや矛先が〜」って言ったことに対する反応だな。南方三国の南にはリカリヤ王国があり、動員した兵が北に向かわないなら、あとは消去法でリカリヤ王国と戦うことになる。

 とはいえ、このリアクションで少し分かった。恐らくリカリヤ王国はこの戦いに積極的に介入するつもりは無い。だってこれ、「余計なこと言うな」って言ってるようなもんだし。たぶん今の段階では、南方三国とリカリヤ王国の関係は悪くない。

 だが南方三国に協力することは、立地的にもっとあり得ない。


「もちろん、我々も耳にしたことはございます。大変羨ましい限りです……あぁ、羨ましいと言えば、帝国には歴戦の名将もおられましたね。誠に羨ましい限りです」

 南方三国が帝国に注力している隙に、彼らを背後から襲う……ってのもありだと思うんだけどなぁ、リカリヤ的には。

 なのに「準備足りてんの?」くらいの軽い探り。世間話で終わらせる気か?


 いや、あるいは……この男が指す「名将」はワルン公のことだろうから、ここからその娘であるナディーヌに話を振るつもりか。

「うむ。元帥、将軍たちの尽力なくしてラウル僭称公を討つことは叶わなかったであろう」

 一人じゃないですよっと。

 まぁリカリヤ的には、消極的だが「帝国が南方三国を圧倒しようものなら便乗する」くらいでも問題ないのは確かか。


 もっと積極的に動くつもりなら、遠まわしに協力を持ちかけるか、念入りに探ってくるかだと思う。なかなか楽はできないなぁ。

「陛下の鮮やかな勝利は我が国にまで届き、詩人の歌うシュラン丘陵での栄光は民草の間でも人気となっております。こうしてお話しできるとは、正に望外の喜びにございます」

 白々しいなぁ。というかそれ、興味ないから詳しく聞いてないけど確実に脚色された話だ……予想ではナディーヌも戦場にいたって設定になってるんじゃないか。その方が創作として都合よさそうだし。


「はっはっは。兵や諸侯はよく働いてくれたが、余は何もしておらぬ。その手の話は脚色されるからな、それほど華のある戦いでもなかった」

 後半は少し声を落として、王太子とナディーヌ以外には聞こえないように話す。

 もしかして俺に探りを入れるより、ナディーヌの方が簡単だと判断したのだろうか。それ自体は間違っていないが、狙いが分かるなら俺でも防げるぞ。



 その後もしばらく会話したが、やはり狙いはナディーヌらしい。俺はなるべくナディーヌに話を振られないように会話を回していく。別にナディーヌが大きなミスをすると思っている訳ではないが、上手く返せないと気にして引きずるタイプだからな、ナディーヌは。

 晩餐会はまだまだ長いのに、ここで気落ちさせるわけにはいかない。


 総合的に、このアスパダナ・ラングという男は間違いなく優秀だ。短い会話だけでそれは分かった。ナディーヌに探りを入れようとする勘所も悪くないし、何より散々俺に邪魔されてるのに、感情的にならないし無理やりナディーヌに話を振るなんてこともしない。

 ただ、若いなと思った。いや、十五歳のガキが言えることではないのだが。これでもっと搦手とか使ってくるようになったら、手に負えなくなるかもしれないと思った。

 とはいえ、油断できるような相手ではない。だから正直言って疲れた……これが一人目って。しかもこの優秀な奴が将来的な敵になりそうって……本当に気が滅入るんだけど。


 あぁでも、見えないところでナディーヌが袖を握ってきていたのは可愛かった。自分が守られてるのはちゃんと分かるらしい。

「おっと、これは申し訳ない……つい長話をしてしまった」

 そろそろ頃合いだと見た俺は、話を打ち切ることにした。まぁ、リカリヤ王国のスタンスは分かったし、こちらの知られたくない情報は守れた。

「いえいえ、なかなか有意義な話し合いでした……お互いに」

 アスパダナ・ラングは最後にそう言い残すと、再び挨拶をして俺たちの前から退いていく。


 最後の一言からは悔しさに近いものがにじみ出てる気がした。その負け惜しみが若さの証拠でもあるんだが、これで完全に意識されたなって気もする。ライバル視とかされるの、嫌だなぁ。若いってことは伸びしろもあるってことだし。

 そんな俺の気分とは別に、晩餐会は続く。まだ一人目が終わっただけとか……はぁ。

「次は任せたよ、ナディーヌ」

 次はゴディニョン王国の王子だ。比較的友好国だし、小国だから多少のミスも問題ない。

 まぁ、これが外野のいない状態だったら、大国の太子相手でも経験を積んでもらいたいんだが……残念なことに、ここは社交の場だ。多くの人間がいて、そして彼らは大抵、皇帝の言葉に聞き耳を立てている。だからこっちも気が抜けない。

「分かったわ」

 そう、それでいい。ナディーヌだってまだ成長途中なんだ。今日のこれは経験を積むいい機会にもなりそうだ。


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