章エピローグ
「陛下、起きてください」
ロザリアとの結婚の翌日……というか未明、俺はヴォデッド宮中伯の声で目を覚ました。最悪の目覚めである。
「私が起こしても起きなかったのに、密偵長の声では起きるんですのね」
隣で既に起きていたロザリアの不満そうな声に、同じく不満を抱えた俺は答える。
「宮中伯に起こされる時はろくなことがない……緊急の用件の時だけだ」
何が嫌って、昔からの慣れでこの男の声を聞くと否が応でも脳が覚醒するところだろう。
「良い知らせと悪い知らせがあります」
どっちから聞く? ……ってやつか。
この余裕のある感じで、急報……嫌な予感がする。テアーナベ連合が独立したときもこんな感じだった。個人的には良い知らせから聞きたいが。
「まずは悪い知らせから」
お前が決めるんかい。
「南方三国が動き始めました。兵を動員しています」
南方三国……帝国の南にあるアプラーダ王国、ベニマ王国、ロコート王国の総称だ。そこで動員が始まったということらしい。
「昨日の晩餐会にはベニマ以外の使節が参加していたな? どこへ行った」
「まだぐっすり眠っておられます。どうやら何も知らされていないようです」
……なるほど。これ密偵が優秀過ぎて本当に初動のタイミングで掴んだのか。おそらく、アプラーダとロコートの使節はこれから情報を受け、動き出すのか。
「理由は?」
「どうやら、外交交渉内容が漏れたようです。現在ロコート王国に占領されている元帝国の貴族が挙兵。帝国へ帰参しようとしているようで、これを帝国の工作と断定した南方三国が動員を始めたようです」
なるほど、このままだと帝国に見捨てられるからそうなる前に帝国に「動かざるを得ない状況」を作ったか。
「大方、その貴族を諦めさせるためか、こうして暴走させるために、ロコート王国がわざと情報を流したな」
確かに、俺は全土返還ではなく一部の返還で満足するかのような、奪われた領土の一部を諦めることも視野に入れているかのような交渉をしていた……時間稼ぎのために。ついでに向こうが先に動いたという大義名分も欲しかったのだが、今回の場合はあやふやで終わるだろうな……全く、その貴族も余計なことをしてくれたものだ。
実際は少しも諦めるつもりなどなく、むしろ南方三国の連携を乱すための手だったのだが。
「良い知らせは?」
「アプラーダ王国の動きが、極めて遅いです。おそらく開戦は三国同時ではなく、ロコート王国とベニマ王国が先に宣戦してくるかと」
完璧とまでいかなくても、離間策は効いていたようだ。
「それと、ロコート王国は交渉を打ち切り方針のようですが、アプラーダ王国は交渉継続と」
……ほう。その場合はむしろ完璧に近い効き方じゃないだろうか。これまでずっと足並みをそろえてきた南方三国が、はじめて乱した……そのくらいの隙でも元帥たちには十分な起点になるだろう。
「陛下、明日以降の式典はいかがいたしますか。こういった場合は、帝国に落ち度のある問題ではありませんから式典が中止となっても問題にはなりませんが」
元々は、ナディーヌとヴェラ=シルヴィとの結婚が予定されていた。全部終わると、動けるようになるのは来週。初動が重要となる防衛戦争において、確かに初動は重要だ。
「確認なんだが、まだ動員段階なんだな?」
「はい。越境は確認されてはおりませんが……陛下?」
そうか……なら大丈夫だろ。
「むしろ周辺国に余裕を見せるべく、式典は予定どおりこのまま続ける。このような状況でもそのまま式典を続けることで、兵や民も安心するだろう。外交使節の連中も、丁重に帰してやれ」
あわただしく動くと、それほど危険な状況でなくても不安がらせてしまうかもしれない。せっかく、祝い事の用意をしているのだ。中止にすると、今度はいつに延期するのかとか、色々と面倒だからな。
「ですが……よろしいのですか? 防衛戦は如何に素早く対応できるかで勝敗の半分は決まりますわ」
何度も防衛戦争を見てきたベルベー王国の王女の言葉だ。重みがあるな。
「安心しろ」
それは、ゴティロワ族のテントに招かれ、会談した時。
──もう一つだけ聞きたいことがあるんだがゲーナディエッフェ。……仮にロコート王国と開戦した場合、「将軍として」現状でどのくらい耐えられる?
──ならば三か月でしょうな。それ以上は領内しか守れません。
──三か月か、今はそれだけで十分だな。その準備を三年は続けてくれ。
そして、結婚の予定会議で。
──それとワルン公、チャムノ伯。卿ら……南方三国の侵攻を受けた場合、その場に卿らがいた場合といなかった場合、それぞれどの程度持ち応えられる。
──ワルンは常に三方向からの侵略に備え、防衛線を敷いております。どちらにせよ半年は余裕でしょうな。
──我らは後手に回らざるを得ず、苦戦するでしょう……いなければ、もって一か月。この命を賭すなら三か月。ですがアキカール地方を守らなくていいならば、誘因戦術が使えます。これならどちらにせよ四か月は。
──アキカールを捨て石に……考えておこう。
「もう手は打ってある」
対ロコートはゲーナディエッフェを将軍に任命しており、対ベニマは今回のテアーナベ討伐や内乱鎮圧にも動かさなかった万全のワルン軍。唯一、アキカールが片付いていないため対アプラーダが不安だったが、まぁ見事に足並みを崩してくれた。
テアーナベの時とは違って、こっちは二年前から想定済みだ。だからテアーナベへの出征には、帝国の主戦力ともいえる彼らは参戦していなかった。
……まぁ、むしろこっちを警戒しすぎて、元帥二人に将軍一人……過剰ともいえる戦力を南側に貼り付けたせいで、北側での一連の戦闘……反乱やテアーナベとの戦いで後手に回ったともいえる。
だからまぁ、こっちが準備万端なのは当たり前だ。むしろこっちが本命である。
「この戦いで、南方の失地は回復する」
……これで北側の国境が安定していればなぁ。もっと楽だったんだけどなぁ。
さすがに国内に反乱を抱えて南方三国、北方三勢力と同時に戦争するのは厳しいものがある。
「ほう、具体的には?」
宮中伯の言葉に、俺ははっきり答える。
「それはこれから考えるんだ……諸外国の使節と会談の場を用意してくれ」
各個撃破するためには、倒しやすい敵を探さなくてはいけない。
忙しすぎてムリ! 誤字はいつか直します……