失敗続きの遠征
一筋の光線が走った。そして敵の転生者がゆっくりと倒れる。
……今の最後の一撃、俺の魔法じゃねぇか。あいつ、いつの間に使えるようになったんだ。
そして、こちらの兵から上がる歓声。一騎討ちの勝利で士気が上がったようだ。
一方で敵軍は……反応が薄い? ……ちょっと待て、何かがおかしい!
「デフロット! 敵を『視ろ』!!」
俺が叫ぶと、デフロットの両の瞳が開かれた。
その瞳は、いくつもの色に鮮やかに輝いていた。その義眼の持ち主、デフロットは苦痛に表情を歪めながら叫んだ。
「何かが繋がってるッ! アタマに、無数!!」
最悪だ、やらかした。クソ、何度やらかせば気が済むんだ俺は!
「全軍、突撃ィ!!」
魔法が見える目に、魔力が枯渇しても尚、見えたもの。それは魔道具の力に違いない。
やっと分かった……違和感の正体が。傭兵なのに根性があるように見えたのも、シュラン丘陵で僭称公の指揮だと勘違いさせたのも。
──こーゆーやつ、多いんですよ。魔法はイメージだから。
ヴァレンリールっ、アイツ最後まで言いやがれ……!
魔法はイメージが重要だから、同じイメージを強制する……脳に作用する洗脳系の『オーパーツ』が多いってことじゃねぇか!
「陛下、敵の半数が撤退しました」
俺は、増水し泳いで渡れなさそうな川の前に立ち尽くしていた。
「敵はおそらく……」
「一騎討ちの最中に、魔法で橋を直していた。そして俺たちに追いつかれる前に、再び壊した」
魔法には二種類ある。魔力がなくなると解除されるものと、魔力がなくなっても解除されないもの。おそらく後者の魔法で直し、それでいて自軍の兵士には『橋は壊れたまま』と思い込ませていたのだろう。
「『オーパーツ』か……すまない、気がつけなかった」
「申し訳ありません、陛下。転生者に気を取られ、気づきませんでした」
レイジーとデフロットの謝罪に、俺は気にするなと答える。
元儀礼剣『ワスタット』も、周囲の人間を無条件に服従させるというもの……つまり洗脳系だ。だが、それの存在をレイジーは知らないはずだ。そしてラウル地方の地下でヴァレンリールが話したこと、その内容をデフロットは知らない。
両方知っている俺が、気が付くべきだった。
それにしても、そのオーパーツはあまりにチートじみてないだろうか。
「課金アイテムでシバかれた気分だ」
洗脳アイテムは、便利だと思って使いたくなる人間が出てくるからダメだ。人類規模で悪影響が出る。そもそも集団への洗脳とか、あまりに非人道的過ぎるだろう。
脳に影響の出る『オーパーツ』は今後、見つけ次第潰す。片っ端から潰す……絶対にだ。
※※※
エンヴェー川の戦いは、俺にとっては苦い経験になった。その後、俺たちは軍勢を西に進めた。
というのも、増水した川を越えるのは、最終的に撤退することを考えてもリスクが高く、かといって東からはガーフル軍が来る可能性があり、南へ戻っても敵に囲まれるだけになる。よって、消去法で西しかなかったのだ。
この頃になると、ぺテル・パール曰く「罠の気配も消えた」とのこと。
そして俺たちは、テアーナベ連合の海岸線……なかでも北西部を占領することに成功。黄金羊商会という『補給路』を確保したのだ。
これにより、俺は最悪、単身で海路を使って帰ることも可能になった。だがそれをすると、間違いなく俺の評判は低下する。完全に兵を見捨てて一人で逃げ出したように見えるからな。つまり俺は今、シュラン丘陵で得た戦上手というイメージを保つために、「危機を自力で打開し、まるで凱旋のように撤退する」必要があるのだ。
ただ、海路が確保できたことで、帝都に無事を知らせることができた。これは本当に良かった……このままだと、間違いなく心配をかけさせただろうから。他にも、ベルベー王とエーリ王に、テアーナベ連合領で会談できなかったことへの謝罪と、来年帝都で会おうという手紙を送った。
そしてこの頃になると、状況も明確になってくる。
まず、クシャッド伯・ベイラー=トレ伯・ベイラー=ノベ伯の反乱……これは予想通り、反乱を起こした上で、領地から動いていない。本当に反乱を起こしただけだ。ここに対しては、テアーナベ連合領から撤退したマルドルサ侯らが対峙している。
次に、帝都の状況。こちらは比較的落ち着いているようだ。まぁ、ワルン公・チャムノ伯・ニュンバル侯という現在の帝国における三大貴族が、帝国には無傷で残っているからな。皇帝の身を案じることはあっても、自分たちの身を案じる必要がない分帝都の市民は落ち着いている。あと、ラミテッド侯ファビオは無事撤退に成功したらしい。生きていて何よりだ。
そしてアキカール地方の戦況だが、この千載一遇のチャンスにおいても、アキカール勢力は巻き返しに失敗した。その理由は、彼らの反撃をドズラン侯軍が撃退したからである。だがドズラン侯は常に下克上を狙っているような男だ……そもそも今回、クシャッド伯はドズラン侯と肩を並べてアキカール勢力と戦っていたはずなのだ。それを、クシャッド伯の離脱を見逃した上で俺に知らせもしないとか、明らかに怪しい動きである。
……まぁ、どうせ指摘しても適当な理由で言い訳するんだろうけど。
次に、ガーフル共和国。ここはまた政権が変わったらしく、反帝国派により、今回の侵攻は起きたという……そう、侵攻である。現在、ガーフル共和国の一部はテアーナベ連合東部に居座り、帝国のペクシャー伯領を……また本土からはアーンダル侯領を攻撃してきている。この二人の貴族は辛うじて耐えているものの、完全に防戦一方だということだ。
特にアーンダル侯は、先代が戦死しており、当代はまだ若い。かなり苦しむだろう。
これは同じく、対ガーフルの前線に領地替えとなったニュンバル侯も同じだ。まだ移動して日が浅いため、防衛を最優先にするしかないようだ。特に、ニュンバル伯時代は兵力も少なかったからな。諸侯の動かせる軍や、帝都に残した直轄軍の一部を援軍に向かわせているので、ニュンバル侯領はまだ攻められていないが、アーンダル侯の救援に向かえるほどの余裕もない。
それと、ガユヒ大公国については説明もいらないだろう。王族のクーデターによって首都は陥落。大公らは殺され、完全にガーフルの手足となって動いている。
これが、現在の「外」の状況。
一方で、テアーナベ連合領「内」に目を向けると、東部にはガーフルとガユヒの軍が我が物顔で居座り、それ以外は各領地で守りを固めている。中でも南部の、帝国領との境界近くは、テアーナベ兵によってかなり強固な守りだという。これは帝国からの再侵攻を警戒しているのもあるんだろうけど、俺たちを逃がすまいとしているんだろう。
まぁ、テアーナベ連合が南部に兵力を集中させてくれたおかげで、この北西海岸地域をあっさりと確保できたんだけど。
これが現在の、我々を取り巻く状況である。
皇帝軍の目標は、秩序ある撤退と、次回侵攻するための拠点をテアーナベ連合領内に確保することである。
そしてその二つの目標を上手いこと達成できる都市が、ちょうど目の前にある。
それが港湾都市デ・ラード。テアーナベ連合南西部に位置し、テアーナベ連合でも有数の港湾都市、それでいて最先端の防衛設備を多数兼ね備えた、鉄壁の城塞都市である。そしてここから南へ進み、都市を二つほど無視すれば帝国領北西部、カルクス伯領である。
ただまぁ、この二都市が無視できないからカルクス伯の援軍は期待できない。それでも、デ・ラードさえ落とせれば陸路で撤退が可能。尚且つ、次の侵攻の際に、最前線の拠点にもなる。是が非でも落としたい……というか、ここを落とせれば俺が掲げた二つの目標は完璧になり、勝者のフリをして帝都に帰還が可能。一方で、ここを落とせないと安全な撤退さえ怪しくなってくる。
それが分かっているから、テアーナベ連合も動かせる兵力をすべてこの都市に入れてきた。その数、一万。対するこちらは、二万しかいない。
「正直、手詰まりだ」
俺は仮設の本陣で、諸侯の前でそう言いきった。
デ・ラード市を包囲して、既に約一か月が過ぎていた。
この間、敵はあまりにも盤石に、そして完璧に守っていた。
一方で、こちらは冬になればタイムアップだ。積雪すれば、部隊は動けない。まだ十一月だが、月が替わればいつ雪が降り始めても……冬に入ってもおかしくない。
「そもそも攻城側は三倍の兵力が必要と言われる中、こちらは二倍の兵力しかいません」
フルフェイスの重装甲鎧を着たヌンメヒト女伯の言葉に俺は頷く。
「まぁ、三倍いても怪しいくらいに隙のない守りだ。敵の指揮官は優秀だな」
というか、都市の設計師がやばいね。マジで近づくこともできない。
「こちらは攻城兵器をほとんど持っていない。大砲は小型の野戦砲が十門のみ」
そう状況をまとめたペテル・パールの言葉を、俺は一部訂正する。
「今さっき九門になった……しかもこれじゃ、あの都市の壁は撃ち抜けない」
「黄金羊商会の船に海路から攻撃してもらう……というのも難しそうですからな」
他でもない、その黄金羊商会が最先端の技術と金を注ぎ込んで建てた都市だからな。それはもう、黄金羊商会お墨付きの堅さ。しかもご丁寧に対艦砲座まで設置されている。
「とはいえ、背中を見せて逃げれば間違いなく追撃してくるだろう」
しかも敵はただ防衛しているだけでなく、定期的に無茶だと思えるような突撃をしてくる……おかげで気の抜けない包囲戦だ。
そして何より、俺はこの包囲戦の間、ほとんど何もできていない。
確かに、俺は野戦の方は何度か経験している。だが攻城戦はほとんど素人だ。そして目の前の都市は、ただの都市ではなく要塞都市だ。素人の俺が出る幕ではない。
だから俺は、ただ味方が苦戦するのを見ていることしかできない。まぁ、皇帝とは本来そういうものだと言われればそうかもしれない。それでも、俺にはそれが歯がゆかった。
指揮官たちは、現状こちらから打てる手はないという。俺もそう思う。都市の守りが堅すぎて、こちらからは手も足も出ない。せめて、敵が籠城せずに戦ってくれればなぁ。アトゥールル騎兵も魔法兵も、今回の包囲戦では強みを生かせていない。
そう悩んでいると、ヴォデッド宮中伯が紙をそっと差し出してきた。
「こちら、密偵が調べた情報です。希望になり得ますか」
……そこには、確かに光明となり得る情報が書いてあった。
だが、問題はそれをどう利用するかだ。城壁に近づくことすらできない現状ではなぁ。
空を見上げ、どうしようかと考える。
ふと、何か冷たいものが頬に触れた気がした。
「雨……?」
いや、違うこれは……雪?
嘘だろ……なんでこんな時に限って、例年より早いんだ!
「時間切れだな。損害覚悟で撤退戦だ」
ペテル・パールがそう言った。
だがそこで、待ったをかける声があった。
「いえ……むしろこれが最初で最後のチャンスでは?」
サロモン・ド・バルベトルテ……雪国の元将軍は、そう言い切った。
※※※
それから二日後、止むことなく雪が降る状況に、俺たちは認めざるを得なかった。
例年より早い、冬が来たのだと。
帝国軍は、なんとしてでも積雪により動けなくなる前に帝都へ戻ろうと、その日の夜、闇夜に紛れて撤退を開始した……デ・ラード市に籠るテアーナベ軍は、そう判断した。
そして翌朝、帝国軍の陣地があった場所には、無数の死体が転がっていた。……テアーナベ連合軍の。
その日、デ・ラード市はあっさりと降伏した。
作戦は本当にシンプルだった。冬が来たことに慌てて、闇夜に紛れて逃げるふりをして、夜襲に出てきた敵を迎え撃つ。
その作戦の要は三つ、一つはサロモンの諦めと切り替えだ。
「もう今から帰っても冬前には間に合いません、なぜならもう冬だからです」
彼は、雪の感触や気温、空を見て、総合的に判断してもう冬に入ったと判断した。
つまり今から急いで帝都を目指しても、その途中で積雪により動けなくなる。もう今更焦っても無駄だから、いっそこれを起点にしようと考えたのだ。
「大丈夫、二日三日ならこの地域の雪はそれほど積もりません」
つまり、積もるまでの数日間なら、全力で敵と戦うことができる。
もう一つの要は宮中伯からもたらされた、都市に潜入した密偵の調査結果。
「敵は我々に対抗するために、周辺から兵を集めました……故に、敵の指揮命令系統には大きな亀裂が生じています」
この都市を守るために戦っている指揮官と、他の都市から集められた貴族。彼らの間で大きな亀裂が生まれていたのだ。
途中で無茶な突撃をしてくるなぁと思ったのは、敵の作戦ではなく暴走だったわけだ。
そして最後の要。それは、こちらの魔法戦力。
「陛下、我々はまだ敵に全力の魔法戦闘を見せていません」
そう、野戦砲での攻撃や、銃兵による射撃はあった。だが魔法による攻撃はまだ一度もやっていなかったのだ。
理由は敵の城壁に近づけて、貴重な兵力を失いたくなかったから。そしてそもそも敵の城壁が、魔法に耐性のある素材でできていたからだ。
だがこっちには、魔法が使える人間が大量にいたのだ。ベルベーの魔法兵部隊に、近衛の一部。アトゥールル族も簡易的な魔法なら使えるという。そして将官クラスではサロモンを筆頭に、レイジー、ヌンメヒト女伯、ぺテル・パール、バルタザール、ティモナ、ヴォデッド宮中伯、デフロット……そして俺。
……いや全員じゃねえか。
なんの因果か、帝国にとってはヴェラ=シルヴィを除けば、ほぼ最大の魔法戦力が集まっていたのである。その火力を、結果的にエンヴェー川では見せずに温存できたわけだ。
撤退の偽装として、魔法が使えない兵を帝国方面に向かわせ、それ以外で敵を待ち構える。何より夜は、俺も周りを気にせずに暴れられる。
こうして、寡兵ながら魔法戦闘に特化した布陣が出来上がったのだ。
その夜何があったかは……鮮やかだったとだけ言っておこう。
そして一夜にして敵の大多数を殺戮した我々の前に、敵は降伏を決意したのだった。
まぁ、実はそのまま防衛を決め込まれてたら、俺たちは撤退するしかなかったんだけどね。都市内もビビらせられるぐらいの、魔法の見本市ができていたらしい。
※※※
「あっぶねー!」
俺は帝都の門をくぐりながら、思わずそう漏らさずにはいられなかった。
「例年より早く冬が来て、よりによって雪解けが例年より遅れましたからな」
「それも大幅にな……危うく式に間に合わなくなるところだった」
デ・ラード市の攻略に成功した俺は、帝国領内のカルクス伯領を経由することで、単身でならいつでも帝都へ帰還しようと思えばできた。
だが、出征の際に大軍を引き連れていった皇帝が、単身で帰還したら帝都市民はどう感じるか……それを考えると、遅くても雪解けを待つしかなかった。実際、三人の伯爵の反乱は既に帝都に伝わっており、一時は皇帝死亡説まで囁かれたらしい。その後、何度か勝利の報は届いているはずだが、それでも一人で帰ってきたら「逃げ帰ってきた」と誤解されるかもしれなかった。
だから雪解けになるまで待つことになったのだが……結婚式関連の日程を一年前の時点で「四月に入ってすぐ」としていたからな。その予定は後ろに持って行けず、例年より遅い雪解けを待ち、急いで軍勢を率いて帝都に戻ってきた。
まぁ、出征したテアーナベ連合は帝国の北西部にあたり、帝都よりも雪解けがわずかに遅いというのもあったし、そもそも反乱を起こした領地を迂回して戻ってくる必要もあった。そういう様々な事情が重なり、帰還が遅れに遅れた。
ただまぁ、市民からの視線は狙い通り、悪くなかった。ちゃんと軍勢を引き連れて返ってきたからな……彼らにとっては、七万も一万も差が分からない。
まるで俺たちが遠征に成功したかのように歓声を上げている市民に、俺もまるで勝利の凱旋かのように手を振る。
実際は、この遠征は戦略的には失敗している。当初の目的はテアーナベ連合の完全な平定、それができるだけの兵力だった。
だが今回の戦果は、テアーナベ連合西部の制圧のみ。これは失敗と言っていいだろう。
個人的にも失敗の多い遠征だった。当初のテアーナベ平定に失敗し、敵のオーパーツ使いを逃してしまった。攻城戦はただ見ているだけだったし、その後の夜戦も、作戦を立てたのも指揮を執ったのも、全て俺以外だ。自分の経験不足がよく分かる、苦い遠征だった。
とはいえ、何も得られなかったわけではない。俺は戦術レベルでの勝利を重ね、軍勢の秩序を保って撤退に成功した。帝都では、密偵の工作もあり俺が連戦連勝の、戦に強い皇帝として広まっている。
まぁ、嘘は言ってないからな。だが結局、戦術レベルの勝利では戦略レベルの敗北を覆すことができなかった。
もう一つ良かった点としては相対的に俺の権力が補強され、中央集権化が進んだということだろう。
今回のテアーナベ連合への出征を望んだ貴族は、その大半が旧宰相派・摂政派貴族だった。彼らが希望した戦争にもかかわらず、その貴族たちが真っ先に敗走した。もちろん、敗因は「三人の伯爵の反乱」である。だから敗走した諸侯の罪を咎めることはない。だが少なくとも、彼らの面子が潰れたことも事実だ。彼らが言い出した戦いで、真っ先に逃げ出したのだから。
これにより、彼らの発言力は大いに低下した。そしてワルン公やチャムノ伯はほとんど兵を動かしていないので変化なし。まぁ、国内だけで見れば勝利した戦闘の指揮を執った俺の一人勝ちだろうか。
……とはいえぎりぎりだったけどな。というか、いろいろな計画が今回の失敗で崩れたから、こうでも思わないとやってられないともいえる。
そして俺は、ようやく宮廷へと帰還した。半年ぶりの宮廷だ。
出迎えは錚々たる面々だった。ワルン公やチャムノ伯をはじめとする重臣、それにこれから妻になる三人、さらにベルベー王の姿も見えた。彼も無事、問題なく帝都に来られたらしい。
彼とは本来、テアーナベ連合を平定した後、そこで合流するはずだった。だが俺が平定は不可能と判断したタイミングで、帝都での会談に変更したのだ。
こうして見ると、まるで本当に凱旋のようだ。だが彼らが集まっているのは、当初の予定では、もう婚姻の儀式が始まっている予定だったからだ。
「おかえりなさい、陛下」
俺は、彼らの先頭で出迎えてくれたロザリアにだけ聞こえるように呟く。
「すまなかった」
間違いなく、また心配をかけたはずだ。表向きは勝ったかのように振舞っても、実質的には敗戦だからな。ロザリアも、気が気じゃなかったはずだ。
「陛下、ここはただいまと言うところですわ」
するとロザリアは、いつもと変わらない様子でそう言った。
まるで何も心配してなかったというような、毅然としたロザリアに、俺は思わず小さく笑ってしまった。
「あぁ、ただいま」
「はい! ご無事で何よりです。もちろん、心配はしておりませんでしたが」
心配してなかった訳じゃない……それは目を見れば分かる。サファイアのような瞳は、未だに心配そうに揺れている。
それでも、彼女は心配していないと笑った。諸侯の前では、それがありがたかった。
たぶん、俺はこれから何度も、きっと同じことを繰り返す。そのたびにこうして迎えてくれるのだろう……これからは妻として。
俺はただ、生きていて良かったと思った。生きて帰ってくれば、どれほど失敗しても、彼女はこうして迎えてくれる気がした。
「そうだ、遅くなりましたが……お誕生日、おめでとうございます。陛下」
……あぁ、そうか。俺の誕生日は三月三十一日……四月に入ったのだから、当然過ぎている訳だ。
というか、結婚が雪解けすぐの予定になってたの、俺の誕生日を祝ってすぐにやろうって話になってたからだった。
「ありがとう、ロザリア」
俺は、十五になった。この世界では、大人と見なされる年齢だ……いつの間にか俺は二度目の大人になっていた。




