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【閑話】ロザリア1



 ロザリア・ヴァン=シャロンジェ=クリュヴェイエは帝都に向かう船上で7歳の誕生日を迎えた。


 朝、同じく船上にいた大人たちは彼女に一言だけ祝いの言葉をかけると、すぐさま真剣な面持ちで、もう何度目になるか分からない会議を始めた。


 彼らはベルべー王国の外交官であった。そして議題はただ一つ。如何にして帝国の助力を取り付けるか。

 ロザリアはその光景を無表情で眺めていた。そこにあるのは、諦めに近い感情だった。


(ラウル公、あるいはアキカール公。そのどちらかに私は人質として差し出されるかもしれない。気に入られることができれば、側室くらいにはしてもらえるかもしれない……でも、もしダメだったら……)

 自分の生まれ育った国が亡ぶかもしれない。それほどまでに、ベルベー王国は追い込まれていた。



***



 彼女が王女として生まれたベルベー王国は、この世界で東方大陸と呼ばれる大陸の北西部にある国家だ。現在は半島の西半分、先端側に国土を持ち、その半島がベルベー半島と呼ばれるように歴史のある国家だ。

 その長い歴史の中で最も安定した時期は、ロタール帝国の同盟国……実情は属国となった時であろう。

 

 それを誇りと思うことは無かったが、彼らはそれと引き換えに平和がもたらされるならばと、「属国」という外聞を甘んじて受け入れてきた。


 だが聖一教の一派……「継承派」を名乗る彼らが現れたことで、平和は崩れ去る。彼らは「授聖者アイン」が初めて東方大陸に上陸した地点を「聖地」と定め、その奪還を至上の命に掲げた。

 ……それはベルベー半島の、先端部に位置する。そしてそこはベルベー王国の首都の目と鼻の先にあった。


 こうしてこの二つの勢力は争うことが決定づけられた。

 

 

 片や戦火を避けるために属国の立場すら甘んじた国。片や……宗教的熱狂に浮かされた、戦死を「殉教」と語る、狂信者の軍勢。

 戦いが始まれば、それは一方的なものだった。


 また、聖一教の記述によれば「はじめに船団が上陸した地では、悪しき教えが蔓延っていた。彼らは授聖者アインの言葉を受け入れず、この国の王は授聖者アインを捕らえるよう命じた。」とあり、これも悪い方向に作用したと言えるだろう。

 確かに、ベルベー王国以前にこの地にあった王国は、授聖者アインを捕らえようとした。これは異教徒故に捕らえようとしたのではなく、異大陸の情報欲しさでの命令であった。実際、この頃の技術は彼らの方が優れており、船団の中にはこの優れた技術を身に着けた「職人」たちの姿もあった。

 聖一教が東方大陸で急速に広まった理由の一つとして後世の学者たちはこぞって「技術格差」を挙げる程である。優れた技術を持った彼らを一部の国家が保護したことで、大々的に布教できたのだ。

 しかし、生まれた大陸で弾圧された聖一教徒の船団は、この時かなり神経質になっていた。この地から逃れた彼らは、この国のことを「悪」として記述した。


 「継承派」にとって、この地は「授聖者アインを迫害した悪の王国」なのだ。既に王朝が替わっていようと、彼らには関係のないことであった。

 

 

 無論、ベルベー王国とて無策だったわけではない。聖一教を国教に定め、対立を回避しようとした。


 ……だが、同じ宗派ではなかった。帝国に配慮し、帝国が国教に定める西方派を国教とした。



 結果的に、継承派の攻勢はさらに苛烈になった。

 彼らにとって異なる宗派は全て異端である。そして異教徒は「まだ真の信仰を知らない不幸な者たち」だが、異端は悪魔に魅入られた堕落者であると見なしている。

 ……つまり何をしても許されるのだ。



 彼らの「聖戦」の度、村は焼かれ、民は尽く殺された。

 やがて彼らが国家……「トミス=アシナクィ」を名乗っても、この蛮行は止むことが無かった。


 そして頼みの綱であったロタール帝国は、動乱により呆気なく滅んだ。



 こうしてベルベー王国は、戦争の度に少しずつ領地を奪われながら、この200年間耐えてきたのだ。



 だがついに、滅びの時が来ようとしていた。

 かつて都市一つしか持ち合わせていなかったトミス=アシナクィ(継承派)は、ベルベー半島東部を完全に制圧し、その国力はとうとうベルベー王国を超えたのである。ベルベー王国の方が国力で優っていた頃から敗戦を重ねていたのだ。この数年は今まで以上に攻勢が激しくなっていた。

 そして今年、半島の先端に追いやられたベルベー王国は、わずかに残っていた農作地を焼かれ、民はこの冬を越せそうになかったのだ。



***



「やはり皇族に連なる方を王家に迎え入れる方が良いのでは」

「それは百年前に失敗したではないか。結局、ブングダルト帝国は中立の立場を崩さなかった!」

「いっそ皇国に助力を乞うべきだろう」

「天届山脈の向こうだぞっ。遠すぎる! もっと現実味のある案を出せ!!」

「だが二人の大公による政争は苛烈を極めるという……どちらかに助力を乞えば、もう片方が奴らに味方しかねんぞ」


 その光景は船上でもう何十回と繰り返された光景だった。

 そして王宮では、何百回と繰り返された光景でもある。


 その結果、国王の下した判断は一つである。

 すなわち、「片っ端から手当たり次第に助けを乞い、諸国の協力を取り付けるまで帰ってくるな。そのためにはどんな手でも使え」である。

 

 そして王は、娘である第一王女をこの使節団の代表として送り出したのだ。


 ではロザリアは父王に愛されていないのかといえば、そんなことは無い。むしろ長女故に、可愛がられ育ってきた。

 そんな愛娘を、人質同然に送り出さねばならないほど追い込まれているのである。



 故にロザリアも嫌々この船に乗り込んだわけではない。むしろ王族として、国を救わなければならないという強い決意を持っていた。


(私の国を救う為なら、何だってするわ……年寄りの妾だろうが構わない。けど……)

 果たしてそれで、国は救われるのだろうか。それだけが不安の種であった。自分がどのような目に遭おうが、国が救われるならばいい。だがそれでも尚、救われなかったら……自分の努力は無駄となってしまう。


 これほど惨めなことがあるだろうか。


 とはいえ、父王はそれでも構わないと思い、彼女を送り出したのだが。

 どのように扱われるにしろ、国に残り……戦火の中、兵たちの手にかかるよりはマシだと考えたのだ。


 そして年齢の割に(さと)い彼女は、それも理解していた。


 故に、国の命運を背負うと決意した彼女は自身がどのような境遇に陥ろうと、受け入れるつもりである。

 だからといって、割り切れない感情があるのもまた事実。

 そんな複雑な心境、そして国の命運を託された者としての緊張、恐怖、焦り……彼女は今、精神的に追いつめられていた。



(そういえば今の皇帝は私よりも幼いと聞いているわ……あまり良い噂は聞かないけど、どんな方なのかしら)

 船に揺られる彼女は、ふとそんなことを思った。


 彼女が運命の出会いを果たすまであと少し。



 船はまもなく、帝国に着く。




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