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ワイン騒動と次の戦い


三人のドレスと宝飾品を眺めた次の日、俺はレイジー・クロームと雑談をする機会があった。これは前日、ヌンメヒト女伯が宮廷に来ていたので、レイジー・クロームも当然のことのように彼女と共に宮廷についてきていたのだ。

 この二人は、傍から見る分には面白い。器用なようで不器用な関係といえばいいだろうか。

 まぁ、身分差の問題は機会があれば縮めてやろうと思う。お節介をするつもりはないが、必要だと言われれば力を貸すつもりだ。


 それはさておき、俺はこのレイジー・クロームとかなり砕けた口調で話すようになっていた。まぁ、同じ転生者ということもあるんだろうけど、なぜかこの男に敬語を使われたり、使ったりすることに強烈な違和感を覚えるのである。だから俺たちは、公式な場以外は互いに砕けた口調で話すようになっていた。

 ちなみに、この男について、ティモナは口調を咎める様子はない。一方で、なぜかロザリアはレイジー・クロームのことを警戒しているようだ。レイジーもロザリアについて「目が怖い」と言っていた。あんなにきれいな目を怖いとか、残念な美的センスだと思う。



 まぁ、そういう訳でよく話す相手だが、別に前世の思い出なんかを話すわけではない。というのも、ヴァレンリールの話を聞いてから自覚が出てきたが、俺は前世の記憶がほとんどないらしい。だから話すこともないというのが実際のところなのかもしれない。

 だがレイジー・クロームは、明確に自分の名前を覚えていて、家族の名前も覚えていた。そして知人の名前も一人だけ覚えていたらしい。それ、恋人か元カノの名前だろう……とは思ったが、あえて突っ込まないでやっている。

 ……正直、名前を覚えているのが羨ましいと思う。俺は自分の名前すら思い出せない……だから時々、この前世の記憶が、本当に自分のものなのか不安になることがある。もしかしたら俺は、誰かの記憶を押し付けられただけで、転生したと勘違いしているだけの人間かもしれないと、そう思うことも増えてきた。


 しかし……これはもう自己認識というか、何を以て『自分』と定義するかの話になってくる気がする。肉体的には転生している以上、そもそも前世の『俺』は『カーマイン』ではないということもできるわけで……まぁ、皇帝としてはどうでもいい話だな。


 閑話休題、そんな最近増えたレイジー・クロームとの雑談の中で、彼がそういえばと何気ない話題かのように、とんでもない話を切り出した。

「鉛入りワインはもう規制したのか?」

 俺はこれについて、全く言っている意味が分からなかった。

「なんの話だ」

「いや、初めて会った時に忠告しただろう。ワインに気をつけろと」


 俺は、この男と初めて会った時のことを少しだけ思い出す。確か一方的に襲撃されて、戦闘になって、弱火で焼いて、交渉して……。

「あぁ、そういえば最後にワインを飲むなと言われたか」

「いや、鉛入りワインと言わなかったか」

 ……いいや? さすがに俺も、鉛が人体に有毒だということは知っている。だから鉛と言われたら印象に残っているはずだが……。

「言われてないと思う」

「そうだったか……では、規制はしていないのか」


 もちろん、していない。だが、確かにそんな話を前世で聞いた気がする。

「確か、古代ローマ帝国が滅んだ理由の一つだった気がするな」

「そうなのか。私は……名前は忘れたが作曲家の耳が聞こえなくなった原因の一説として聞いたが」

 へぇ、鉛中毒って難聴になるんだ。

「しかしそうであれば、確かに危険だな。そのワインはどこに出回っているんだ」

「いや、私に言われても」


 なんとレイジーも知らないらしい。まぁ、危ないものは口にしなくて当たり前か。

「しかし鉛の危険性は知っている人間も多そうだが」

 ヴォデッド宮中伯なんかは、鉛は毒として認識していたはずだ。つまり、少なくとも密偵の間では毒という認識なはず。

「密造酒かもしれないな……私も飲んだことはないから味も分からないし、製法も知らないからな」

 あぁ、やっぱりそうだよな。

 しかし正しい製法で作ったワインに鉛は入っていない。そして専門知識がない以上、安全な見分け方を俺は知らない。かといって放置できる問題でもないな。

「判別がつけられないなら、密造酒を全面的に禁止した方が早いか……」


 こうして俺は、密造ワインを全面的に廃止しようと諸侯に意見を募り、特に反対もなかったので、密造ワインを禁止する法を制定したのだった。




 ……のだが。なんと、反乱が起きました。

「陛下、今回の反乱ですが……皇帝直轄領であるアフォロア公領を中心として、周辺に急速に広がっております」

「……意味が分からない」

 しかも反乱を起こしたのが、これまで俺を支持していた農民たちである。


「ラミテッド侯領、及び帝都周辺の反乱は鎮圧済みです」

 涼しい顔をして報告を続けるティモナに続き、ヴォデッド宮中伯からも報告を受ける。

「この件については、場所によって状況も様々なようです。アフォロア公領での反乱は、現地で大々的に密造をしていた商人の先導で拡大したようなので、反乱と見なしていいかと」

 机に広げられた帝国の地図、その中で反乱の発生した場所に宮中伯が色を塗っていく。

 ……おい、赤で塗るのはやめろ。悪意しか感じないぞ!


「帝都近郊で起こった事件についてですが、これはどうも挙兵というより、抗議活動のつもりだったようです。しかし抗議の一環としてワインを飲んでいたところ、一部が暴徒化し、止まらなくなったそうです」

 馬鹿じゃねえの!? なんでこんなことになってんだ。

「それと、帝都内でも摘発を強化している件ですが……それほど対象者は多くないものの、ワインの流通量が減るのではないかという不安からか、市場の価格が値上がりしているようです。これに対し、黄金羊商会からの提案です。帝国として輸入ワインを購入し、陛下からの恩赦として、市民に振る舞ってみてはとのことです」

 なんでワイン飲んで暴動が起きた直後に、その近くでワインを……あ、くそ絶妙に安いな。まぁ、このくらいなら払うか。

「余の私財から出しておいてくれ」


「しかしワインの名産地であるメヨムラル伯領などでは、今回の一件はむしろ大いに歓迎されているようです……密造ワインの影響で、打撃を受けていましたから。少し話がそれますがこちら、メヨムラル伯からの書状です」

 そういって差し出された手紙の内容は……感謝の思いを込めて、収穫祭の名前に次から俺の名前を使いたいと。

 ダメだ、これも煽りにしか見えない。俺は無言で破り捨てる。

「お断りを?」

「勝手にしろと伝えろ」


 なぜだ。他の法や改革はすんなりと受け入れられたり、反発はありつつ水面下で耐えていたりしただろう。反発していたのも、下級貴族だったはず。

 なんで急に、平民が過剰なまでの反応をするんだ。


 ……あれ、これ俺が間違っているのか?

「そんなに密造ワインは多かったのか。もしかして余は、帝国の現状に合わない法を通してしまったのだろうか」

「確かに、ワインの密造は比較的横行しておりました。しかし、密造ワインがなければ生活できないという訳ではありませんでした。それに、当初の目的である鉛入りワインは実際に摘発できており、成果をあげています」

 ヴォデッド宮中伯の言う通り、鉛入りワインは摘発できている。どうやらこのワインは、供給が足りず高価なはちみつの代わりに横行していたらしい。しかしここ数年、黄金羊商会との交易で砂糖が交易されるようになると、砂糖を使ったワインが作られるようになり、これによりはちみつの価格も安定。結果的に、リスクを冒してまで鉛を入れる必要がなくなったと。

 現在も作っているのは、本当にごく一部の悪徳な連中だけらしい。


 そんなヴォデッド宮中伯に、俺は疑問をぶつける。

「では、この現状はなんだ。なぜこんなことになっている」

「一つは、法の内容を理解してないからでしょうね」

 今回の密造ワイン禁止法は、商業目的での密造と密売のみを禁止している。だから個人的に家で作って飲むのとか、例えば村での祭りのためにみんなで作って飲む……といったものは、一切禁止していない。

「どうも、職人組合に加盟してない人間は全員摘発されると勘違いした人間が暴走したようですな。平民にはよくあることです」

 つまり、これまでの法や改革についても、平民はちゃんと理解してない可能性が高い……?


 もちろん、理解している人間も多いはずだ。識字率は低いが、彼らもバカではない。読める人間から聞いたり、人伝いに聞いたりするだろう。だがすべての人間がそうではないし、些細な解釈の違いが、人伝いに広がっていくうちに、少しずつ大きくなっていく。

 やっぱり、識字率を上げる必要があるな。教育機関か……一から作ると軌道に乗るまで何年かかるか分からない。何か案を考えておかないとな。


「あとは……ガス抜きですな」

 結局のところ、小さな不満がたまっていて、今回の一件で噴出しただけに過ぎないと。

「彼らにとって、これは祭りのようなものです。娯楽が少ない平民の間では、割とよくあることです。都合よく、不満を発散してくれたと思いましょう」

「……なぁ宮中伯。今回の件、もしかして卿は利用したのではないか。わざと煽りはしなくとも、いい機会だからと……民衆の溜まった不満をある程度発散させるために、この騒ぎを静観した。違うか?」

 俺が宮中伯にそう詰め寄ると、彼はあっさりと答えた。

「はい。しかしこの不満は陛下に対してというより、それ以前の……宰相や式部卿の治世の間に積もったものです。下手にラウルやアキカールの残党と結びつかれると面倒なので、先に発散させました。これくらいくだらない理由の方が鎮めやすいので」

 やっぱりか……。騒動の広がり方といい、その鎮まりやすさといい、おかしいなとは思ったんだ。全部お前の手のひらの上かよ。


「お前、そうやってたまに独断で動くの、悪い癖だぞ」

「申し訳ありません。ですがご報告すれば、『そんな事案で反乱とか恥ずかしいから止めろ』とおっしゃりかねないと思いまして」

 ……否定はできない。だが彼ら農民が本格的に蜂起すれば、俺は彼らを武力で鎮圧しなければならない。皇帝が自国の平民と戦うとか、考えたくもない。……いや、宮中伯も含めた貴族としては、そこに忌避感を感じないのか。


「ご安心ください、陛下。こういうことは数年に一度起こる物です。失策がなくとも、天災などで民衆の不満は溜まりますから、それをこうして発散させるのです。良くあることなので、十年もすれば次の騒動に上書きされて忘れられますよ」

 俺は宮中伯のその言葉を信じ、今回の一件はすぐに忘れられるだろうと、気持ちを切り替えることにした。



 ……結論から言えば、この事件は「ワイン騒動」としてずっと語り継がれることになる。



※※※



 そんな事件もありつつ、季節は春から夏へと差し掛かっていた。

 そしてこのところ俺は、周辺国との外交交渉に熱心に取り組んでいた。


 というのも、外務卿を解任して以来、俺がその職務を受け持っているからな。そして来年の、俺の結婚の際には各国の代表が帝都を訪れる。そのタイミングで条約を結んだり、同盟したりできるように、色々と交渉しているのだ。

 帝国は現在、テアーナベを国としてカウントすれば七か国と領地が接している。そのうち、過去五十年間で交戦した国は六か国……これは帝国が、これまで弱体化を続けてきた理由の一つである。

 俺はこの状況を改善するために、積極的に動いている訳だ。


 まず、皇国とは十数年ぶりに外交交渉を開始した。とはいえ、帝国にとってライバルでもある皇国と友好関係にはなれない。今は「断絶状態ではない」というだけである。

 ただまぁ、今の皇国は一昨年までの帝国のように、大貴族による大規模な政争が起こっており、すぐに侵略してくることはなさそうだ。今はこの政争の行方を知るためにも、積極的に使節を送っている状態だ。



 次に南方三国……アプラーダ王国、ベニマ王国、ロコート王国の三国について。この三国は長いこと同盟を結んでおり、常に協力して帝国と戦ってきた。そして帝国は前回の戦争で、アプラーダ王国とロコート王国にそれぞれ広大な土地を奪われている。一方、ベニマ王国は両国に挟まれながら、圧倒的国力差とワルン公の抵抗に遭い、前回の戦争でも一切の領地を得られなかった。

 こういった事情もあり、前回は強固な同盟で結ばれていた三国も、現在はベニマ王国がアプラーダ、ロコート両国の言いなり状態になっている。


 帝国の外交を担う俺は、このアプラーダ、ロコートに対し、水面下で交渉を開始した。内容は、平和的交渉による領地の返還だ。まだ実績の少ない皇帝として、一部でも領地を取り戻したい……とかなり下手に出て交渉しているのである。

 とはいえ、「返してください」と言って領地が返ってくるわけもない。そこで俺が提案しているのが「ベニマ分割案」である。


 一番小国で、国力も小さいベニマを三国で組んで攻撃。そして帝国が占領したベニマ領と、現在割譲されている帝国領の一部を引き換えるという案である。兵数の多いアプラーダやロコートと戦って消耗するより、帝国としては消耗の少ない方法での領地の奪還だ。

 アプラーダやベニマとしても、帝国と正面切って戦うよりは少ない犠牲で土地が得られそうな案である。


 とはいえ、長い歴史のある同盟を簡単に切れるわけもなく、まだ南方三国の同盟は有効である。ただ、すぐに交渉を打ち切らず、何度も交渉のテーブルに着くあたり、アプラーダもロコートもこの分割案に興味を示している。

 そしてそんな水面下の動きを察知したベニマとは、現在極めて険悪な関係になっている。


 ……まぁ、「ベニマ分割案」なんて完全なブラフなんだけど。


 もちろん、奪われた土地は全て奪い返す。一部だけ返ってくればいいなんて少しも思っていない。いずれアプラーダとロコートは徹底的に叩き潰す。だが、この三国の同盟はとにかく厄介だ。だからこれは、その同盟関係に楔を打つための甘言であり、そして単純な時間稼ぎである。

 本当は奪われた帝国領を諦めるつもりなんてないとバレたら、「早いうちにもう一度帝国を叩いておこう」なんてことになりかねないからな。三国の同盟関係に亀裂が走るよう、徹底的に揺さぶりをかける。これはその布石に過ぎない。



 他にも色々と動いているが、ここまでの交渉としては順調に進んでいる。唯一分からないのはガーフル共和国……ここは貴族共和制、つまり貴族たちによる議会で政治が動くせいで、政権によって帝国に対する態度がコロコロと変わるのだ。ただそれは、逆に言えば国家としてまとまりがないということ。強力な騎馬兵が動員できる国ではあるが、一度に大軍で侵攻してくるというリスクはかなり低い。

 油断はできないが、全面戦争にはならないだろう。


 外交以外でも、アキカール地方は元摂政派の諸侯に『踏み絵』代わりに攻撃させ、既に虫の息だ。基本的に順調……だったのだが、ここにきてちょっと面倒なことが起き始めた。



 俺はラウル僭称公討伐に功績のあった貴族に、土地を分け与えた。これはあまり後回しにすると皇帝が利益を独占しようとしていると警戒されるから仕方がなかった。

 だがこの分配がほとんど済んでしまったため、その利益にありつけなかった貴族たち……内乱の初期において様子見を決め込んだ連中や、当初は敵対していた貴族たちが、「活躍の場」を求めたのである。


 これはつまり、分かりやすく言うと「土地をよこせ」ということだ。

 だからアキカール討伐を命じたのだが、あそこはもう「楽に倒せる」敵ではなくなっている。アキカールの抵抗勢力も、自分たちに未来がないことは分かり始めているのだ。だから必死で抵抗する。そしてそんな敵を相手にすると、どうしても消耗が増える。

 それを嫌がった彼らが提案してきたのが、テアーナベ連合の討伐である。



 テアーナベ連合は俺が傀儡だった頃に、帝国から一方的に独立を宣言していた勢力だ。まぁその独立の黒幕である黄金羊商会は既に帝国についている。

 残ったのは、唆されるがままに独立した貴族たち……テアーナベ連合とは結局のところ貴族の集まりであるため、強力な中央軍などが存在しない。そして俺が黄金羊商会と組んだことで、帰参することもできなかった哀れな連中だ。

 たしかに、楽して戦功をあげたい貴族にとっては「美味しそう」な勢力だ。また、皇帝である俺としても、一方的に帝国から独立した連中を許すわけにはいかない以上、討伐するべきという意見には賛同するしかない。

 それに、貴族の要求を門前払いできるほど俺の権力は圧倒的ではないしな。


 こういった事情もあり、テアーナベ連合の討伐が決定した。



 今思うと、もうこの時点で罠にはまっていたのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
うまい引き!
[一言] 後の世で「ワインの乱」と称される感じのおバカなやつだ
[一言] 鉛入りのワイン……… なんか鉛の化合物を入れたワインは、甘く感じるんでしたっけ? 鉛白入りの白粉は、白い上に付けた時の伸びと持ちがいいと聞きますし、毒性が無ければ便利だったでしょうね。 いや…
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