皇帝、結婚するってよ
論功行賞が終わり、帝都では晩餐会だの、社交パーティーだのが連日行われている。
冬は昔から社交シーズンらしい。理由は農閑期で仕事も少なく、兵が動くことも少ないから。貴族が農作業をすることはほとんどないが、農民を監督したり、税の徴収をしたりっていう仕事は冬に入る前に終わる。
そして短いながら積雪のある帝国は、冬の間は戦争が起きることも少なく、貴族たちも安心して領地を空けられる。
今も帝都の貴族の邸宅や宮廷の一部で、やれダンスパーティーだの、やれ食事会だのが行われている。
まぁ外は寒いから、屋内でダンスをして体を動かすっていうのは、案外理にかなってるんじゃないだろうか。
そして今シーズンの社交界では、特に今回の内乱で活躍したワルン公やチャムノ伯なんかが引っ張りだこらしい。
俺はというと、そう言った社交の場には顔を出さずに、宮廷に引きこもっていた。
……別に、サボっている訳ではない。確かに、ダンスなどは面倒だが、こう見えてもちゃんと人並み以上に踊れるのだ。宰相や式部卿も、乗馬とダンスは学ぶのを許していたからな。
ただ、俺が一か所に顔を出すと均衡を保つために複数のパーティーに顔を出さなければいけなくなるからな。それはさすがにめんどくさい。
それに……今回の内乱で共に戦った諸侯を除けば、中小貴族にとって俺は未知の存在だ。暴君かもしれない。暗君かもしれない……そう怯える彼らは、俺に招待すら出していない。この冬は様子見ってところだろう。
「それで、財務卿……例の準備はどこまで進んでいる」
それに、貴族にとっては暇な冬も、俺にとっては大忙しだ。
春になれば……雪解けとともに全てが動き出す。それは貴族たちだけではない。農民だって商人だって、雪解けを合図に一斉に働きはじめる。だからこの冬の間に、内政の改革や法の改正を行ったり準備したりして、雪解けに間に合わせなくてはならない。
「はい……金貨の造幣設備は復旧を完了し、技術者についても拘束しています。後は鋳型の数さえ揃えば新貨幣の発行は可能です」
愚帝と呼ばれた六代皇帝の時代、金貨と銀貨の造幣施設及び技術者はラウル公とアキカール公のもとに持っていかれた。これが、連中が帝国内でも圧倒的な権力を握れた理由の一つだ。
だが俺たちは今回、ラウルを平定し金貨の造幣能力を手に入れた。あとは新貨幣の元型が量産できれば、すぐに新貨幣を造ることができる。
新しい貨幣を発行し、流通させることに「成功」すれば、帝国の財政問題は解決するだろう。
「ただ、細心の注意を払っておりますので……春には間に合わないかもしれません」
「そうか……」
逆に、失敗……つまり、新貨幣を発行しても、誰にも利用してもらえなかった場合、帝国の財政は再び大ダメージを負うだろう。
この辺の経済については、正直思い通りにできるとは思っていない。前世でも、完全なコントロールはできていなかったはずだ。
その上、大恐慌、ハイパーインフレ、○○ショック……それらの知識は、俺の記憶にはほとんどない。そして財務卿も、財政管理の専門家であって経済学の専門家ではない。慎重なくらいがちょうどいいだろう。
「間に合わなくても仕方ない。現状通り、流出や偽造がないよう、信頼できる一部の者にだけ作らせろ。宮中伯、監視体制はどうなっている」
「既に万全のものを整えさせていただきました。ただし、長期的に人員がとられるので、全体的な諜報能力は低下いたします」
「仕方ないな。防諜を優先し、その他の業務の優先度は下げよ。それと、アキカールに張った諜報網も引き上げさせていい。そこは諸侯に任せる」
貨幣の価値は、信用で決まる。偽造されるリスクがあると判断されれば、商人は新貨幣を誰も使わないだろう。そして商人が取引に使ってくれなければ、新貨幣はゴミ同然になってしまう。
そして資料を見た財務卿が、不思議そうな様子で尋ねる。
「しかし……本当にこのような『消極的』な改革でよろしいのですか」
今回、俺が発行すると決めたのはたった二種類。金貨と銀貨それぞれ一種類ずつだ。
現在の帝国で、真っ当に価値が評価されているのは『帝国通貨』と呼ばれてきた金銀貨だ。そのレートは『大金貨一枚=小金貨四枚=大銀貨四枚=小銀貨四十枚』……これが現在、民間で一般的な交換割合である。これが現在の、帝国における金銀の価値といってもいい。
そして新たに発行するのは、あえて名称をつけるなら「中金貨」と「中銀貨」だろう。予定している交換比率は、大金貨一枚に対して中金貨二枚。大銀貨一枚に対して中銀貨五枚。つまり、現在の金銀貨それぞれの中間をとった貨幣にするつもりだ。
新貨幣発行とは言っているが、まったく新しい通貨というより、あくまで現存する帝国貨幣をより使いやすくするための補助的な硬貨を導入しようとしているわけだ。
ちなみにこの価値は、金銀の含有量に合わせている。
「本当は銅貨も発行したかったのだが……それに見合うだけの銅の確保がまだだからな。銅鉱山の産出量もすぐには増やせないし、輸入するにしたって近頃『黄金羊』は忙しいらしいからな」
まぁ、銅貨の発行はまた今度になるだろう。
ちなみに、黄金羊のイレール・フェシュネールが最近帝都に顔を出さないのは、おそらく交易先で何かあったのだと思う。貿易品目の報告書から推測するに(黄金羊の報告書を信用するならだが)、中央大陸で大規模な戦争が起きているようだ。
ただ、連中がその対応に追われているのか、あるいは逆に新しい商機だと熱心になっているのかは分からない。そこまで知ることはできない……これが現状の、帝国と奴らのパワーバランスだ。
「ですが陛下、少なくとも金鉱脈は押さえたのですから、もう少し造幣することは可能ですぞ」
財務卿の言い分も一理ある。俺が直轄領とした南北二つのポレクス領は金の一大産地、その金を使えば、もっと大量の金貨を発行することが可能だ。
「いや、今回の目的は『信用』を得ることだ。むしろ帝国通貨を基準とする姿勢を前面に押し出した方が、商人たちは受け入れやすいだろう」
ラウル公もアキカール公も、自分たちの都合で貨幣を発行し、一切信用されずその価値を保てなくなった。だから彼らは、その後ラウル金貨やアキカール銀貨の含有量を帝国通貨とほぼ同等に戻している。しかし国内外の商人からは「信用」をしてもらえず、ゴミ同然の価値のままとなってしまった。
俺は同じ轍を踏まないために、慎重に貨幣を発行したい。
「要は『置き換える』のではなく、『慣れさせる』のが目的なのですね」
「そういうことだな」
同じ含有率で『大金貨』を造って「今日から新しい方を使え」と言っても、商人は従来の大金貨の方が信用できるとして使わないだろう。そうなれば新貨幣は流通しない。流通しなければ、額面通りの価値を保てない。
だからまずは既に信用されている従来の帝国貨幣と併用できるように、補助的役割を与えるのだ。
「しかし財政が……」
「それは我慢してくれ。この改革は今の財政を好転させるものではなく、将来へ向けた布石なのだ」
六代皇帝が造幣所を引き渡した時、流出を防ぐために帝国通貨の『型』は処分されてしまっていた。だから実は『帝国通貨』は、新しく造ることができない。
まぁ皮肉なことに、新しく造れないからこそ「含有量の変化がない=安定している」として、信用度の高い貨幣になっているんだが。
そんな事情もあり、今はまだ一定量が流通している帝国通貨だが、数十年、早ければ数年後には足りなくなるだろう。そうなる前に、まずは中金貨・中銀貨を「信用」してもらう。その後、今度は中金貨・中銀貨への「信用」で「新大金貨」などを発行し流通させる予定だ。
「それと今回の政策の柱はもう一つ。新貨幣を流通させるために、貨幣の『交換』を帝都で受け入れる」
「これですか……本当に上手くいくのでしょうか」
財務卿が不安がるのも無理はない。この交換とは、ラウル金貨、アキカール銀貨を帝都で帝国通貨に両替するというものだからだ。
これまで、ラウル金貨もアキカール銀貨も、他国の商人には使われない貨幣だった。ではなぜ発行し続けたかというと、それはラウル公とアキカール公の勢力圏内に限り、彼らの命令に逆らえない商人たちが使用していたからである。
つまりそれぞれの領内に限り、この二つの貨幣は生きていた。だがラウル公は消滅し、アキカール公も虫の息……この状態では本当にこの二種類の貨幣を交換してくれる相手がいなくなり、貴族や商人の多くは本当にゴミ同然になったラウル金貨やアキカール銀貨を持て余している。
それを今回、新貨幣の発行タイミングで帝国の方で「受け入れる」というものである。これはラウル公がかなりの量の帝国通貨をため込んでいたこと、そして黄金羊商会からの融資と彼らが食料や武器弾薬を買い入れた際に支払った代金がかなりの額になることから可能となった。
「せっかくの帝国通貨を、手元に置かずに放出するなど」
「ただの慈善でもない。資料にある通り、この政策にはいくつかの狙いがある」
まず、この交換を認める対象について。全ての相手という訳ではなく、最優先は今回の内乱で帝国に金を貸してくれた商人だ。この数はそれほど多くない。
これは帝国に金を貸せば、今後もこうして「良いこと」があるかもしれないとその他の商人に思わせるための撒き餌だな。
次に、春以降に行ういくつかの改革、これを受け入れた貴族及び商人に対して、この交換を許可する。つまり、「使えない硬貨を使える硬貨と交換してあげるから、代わりに帝国の言うことを聞いてね」という訳だ。
あと、回収したラウル金貨、アキカール銀貨は溶かして中金貨・中銀貨に再利用するつもりだ。
ラウル金貨とアキカール銀貨の最大の問題点は、「途中で含有量を変えたこと」だと思っている。だからいっそ、すべて回収して新しい貨幣にしてしまおうということだ。
商人や貴族にとっては、「ゴミ同然の硬貨を真っ当なお金と交換できる」し、帝国からすれば「金貨・銀貨の材料を買い取っている」ようなものだ。もちろん、手間も時間もかかるが、丸っきり損するという訳でもない。
「何より重要なのはこれ、『交換の際は半額を従来の帝国通貨、もう半額を新しく発行する中金貨・中銀貨での交換とする』だ」
これにより、強制的に中金貨・中銀貨を流通させるのだ。そのうえで、従来の帝国通貨だけ使って新貨幣は死蔵するなんてことが起きないように、帝国がこの先する借金も、半額は従来の帝国通貨、もう半額は新通貨で借り入れることにする。
「また借金をする前提なのが非常に不本意なのですが」
「安心しろ、聖一教では借金は『悪』ではない」
ちなみに今現在、商人たちはかなり簡単に金を貸してくれるようになっている。これはシュラン丘陵での戦いに勝利した影響で、彼らが「今の帝国なら貸しても返ってくる」と判断したからだ。
この先も勝利し続ける限り、この状況は続くだろう。あと、もう巨額の借金あるんだから多少は増えても誤差みたいなもんだろう。
「新しい貨幣については慎重に、それ以外については大胆な改革ですな」
「まぁ、そんなところだ。では次の改革について……」
俺は諸侯に、予定している改革について次々に提示していく。
まず一つは、溢れかえっている騎士称号について。
かつて行われた悪名高き売官政策以来、本来は貴族や騎士の身分ではないのに帝国騎士を名乗る者があまりに多くなっている。実際、帝国国内や周辺国で野盗化、山賊化しているならず者はほとんどが帝国貴族を名乗っている。これは帝国として由々しき事態だろう。
身分制度の根強い帝国において、貴族を名乗れるなら誰だって名乗りたいというのは分かる。だから功績のあった者、実力や才能のある者が貴族になったり騎士になるのは問題ない。だが、野盗化するような連中が帝国騎士を名乗るのはいただけない。
これは売官が横行していた頃、もっとも身分を買ったのは商人だが、次に多かったのは他人から奪った金で購入したならず者たちだったからだ。それを当時の帝国は許してしまった……金さえ払ってくれれば相手は誰でもいいとね。
そんな悪しき制度の名残で、帝国のイメージがどんどん悪化していく。他国の貴族は事情を知っていても、平民は知らない。彼らにとって、帝国騎士=ならず者になっている……これは早いうちに手を打ちたい。よって今回、「過去に帝国から購入した爵位を名乗れるのは当代限り。違反者は厳罰」とする案を提示した。
この法案に対する諸侯の反応は好意的だった。まぁ、騎士号を買う必要もない大貴族にとっては、なんの問題もないだろう。むしろもっと厳しくするべきという意見すら出て、また春までに改善することになった。
次に言語について。これはまぁ、改革というより方針の再確認に近い。現在、帝国では複数の言語が話されている。これについて、その時の皇帝によっては「好きにすればいい」と穏便な姿勢を取ったり、強硬な姿勢の皇帝だと使用を禁じようとしたりする。
まぁ、使用を禁止しようとする考えも分かる。帝国は多民族国家だからな……前世の知識でも、多民族国家が言語を統一しようとした例はいくつも見てきた。
だからこそ、俺はその失敗を知っている。言語を弾圧した結果、より強い反発を生み分裂が進んだ例なんていくらでもある。そもそも、禁じたところで民間レベルでは使われるのだ。たかが数百年程度では言語の弾圧など完遂できない。そして中途半端に終われば、それは憎しみを生むだけで終わる。なら最初から認めてしまえばいい。
ただし、宮廷では記述は従来通りロタール語、口語はロタール語またはブングダルト語という伝統を維持する。まぁ、帝国がこの先も続けばいずれラテン語と英語のような関係になるだろう。
そしてここからが「改革」なのだが、今後徴兵し訓練する「帝国軍兵士」に対してはブングダルト語を標準語とし、命令や号令等は全てブングダルト語で行うことにした。
これは多民族国家の宿命として、国中から徴兵すると、兵士それぞれが使う言語がバラバラになってしまい、指揮命令系統に支障をきたしかねないという問題があった。だからこの際、軍だけは言語を統一することにした。後は同じ言語を使うことで、今まで以上に連帯感を生むという狙いもある。
ちなみに、ラウル地方を平定してすぐに、新規の募兵を行った。今度は帝都だけでなく、農村などからもかなりの数の志願者が出てきており、現在進行形で訓練を行っている。また、降伏したラウル兵もかなりの数を取り込み、同じく訓練させている。まぁ、一時期敵として戦った相手だが、彼らも生きるためには働かないといけないからな。
あと、シュラン丘陵での勝利はここでもプラスに働いているらしい。皇帝軍の兵士になれば負けることはない……と考え志願する農民も多いようだ。
春頃には皇帝直轄軍だけで最大二万は動員できるようになる……まぁ、相変わらず指揮官が足りないから、動かせるのはその半分くらいだけど。あと兵器が足りない。ラウル地方の平定後、余った武器弾薬は黄金羊が持って行ってしまったからな。
そしてもう一つ、目玉となる軍事改革が「ヴィジュネル暗号」の実用化だ。
これはレイジー・クロームの持っていた知識だ。
彼によると、現在の他国での主流は「単一換字式暗号」で、これ自体は帝国も同じらしい。ただ、帝国軍で使われていたのは、「比較的単純で解きやすい」ものだったらしい。また、そもそも暗号の重要性が地球よりも低いようだ。これは魔道具という便利な存在があるせいだろう。物によるが、魔道具を利用すれば暗号など使わずに極秘の連絡が可能だったりするからな。
それこそオーパーツの一種だが、チャムノ伯家の家宝である耳飾りなんかはその顕著な例だろう。あれを耳に着けてたら、暗号などなくても離れたところから極秘の連絡ができてしまう。
閑話休題、レイジー・クロームが提案した暗号は、現段階だと解析されるリスクの低い「ヴィジュネル暗号」というものらしい。文字を並べた方陣を用いる暗号で、詳しい説明は省くが、暗号を解く際の『鍵が漏れなければ、かなり高い秘匿性を保てるとおもう。レイジー・クローム曰く、この鍵の文字数が敵には分からないというのがポイントらしい。
一先ず、試験的に皇帝軍で使用する予定だ。対応表である方陣は各部隊長に配布済みである。春になり、都市郊外で行軍訓練が行えるようになったらテストしようと思う。
とはいえ、レイジー・クロームからは鍵は頻繁に変えるよう進言された。確かに、暗号が解読されているのにされていないと油断して大損害を被った例は俺も聞き覚えがある。
というか、よくもまぁこんなマニアックな知識を残していたものだ。
こうして、いくつかの法案や改革案を報告し、解散しようとしたところで、ワルン公から待ったがかけられる。
「もう一つ、重要な懸案事項が残っております」
「なんだ。何かあったか」
俺がそう尋ねると、なぜかワルン公ではなく財務卿から答えが返ってくる。
「ベルベー王国より『結婚はいつを予定しているのか』とのことです」
……なるほど、そういうことか。これは心当たりがあるぞ……確かゴティロワ族長ゲーナディエッフェとの会談で、孫を娶らないかと勧められた際、サロモンがかなり動揺していたな。
「それはベルベー王国からの正式な外交文書か」
「えぇ、セルジュ=レウル・ドゥ・ヴァン=シャロンジェからの書状です」
……いや確かにそいつ、ベルベー王国の外交官ではあるが、本当に結婚を急ぎ進めたいなら王室同士の話……ベルベー王から直接来るだろう。
やっぱり、サロモン主導っぽいな。
「結婚、必要か? 国内の反乱もまだ平定し終わってないのに」
「だからこそ、という考え方もあります。反乱があろうとも揺るがぬ帝国の威信を周辺国に見せつけるのです」
いやいやいや、俺まだ十三歳だよ? 結婚は早い……あ、ロザリアは二歳年上だから十五か。この国では成人は十五歳……なるほど、余計な婚約話がこれ以上増える前に正妻として迎えろって言いたいのか。
「しかし余はまだ子供だ」
「陛下、帝国では伝統的に、結婚に関わる式典は一年前に周辺国に通達いたします。来春は早すぎるので、再来年の春ではどうでしょう……四月などちょうどよろしいかと」
俺の誕生日は三月の末、つまり俺が十五になったら即結婚しろと言いたいのだな。
……というかこいつら、この話になった途端スムーズだ。さては事前に打ち合わせしてやがったな。
「……余は帝都を出立した日のことを思い出している」
「陛下、しかしこれは夫婦の問題でもあります。いっそロザリア様とお話し合いになられてはいかがでしょう」
それがこの日の会議で、ティモナが発した唯一の言葉だった。ひどい棒読みだった。
……なるほど、お前もそっち側。この様子だとロザリアもそっち側か。
どうやらこれ、逃げられないらしいな。
別に、ロザリアと結婚することが嫌なわけではない。俺から言い出した婚約だし、相手についても申し分ない。
けどさぁ、十五で結婚は若すぎない? あと、大人たちにプロポーズしてこいって言われてるようで、すごく気まずいな。
※※※
俺はロザリアの侍女に案内され、彼女の部屋へと案内される。
ここは俺が彼女に与えた部屋であり、他に同じ待遇をしている女性はいない。そんなに焦ることないと思うんだけどな。
「お久しぶりですわ、陛下」
ロザリアは、どうやら先ほどまで社交パーティーに顔を出していたらしい。普段着るドレスとはまた違う華やかな格好だ……あるいは、俺が来ることが分かってたのか。
さて、どう切り出そうか。
「ロザリアは、結婚は早い方がいいか」
俺が、出されたハーブティーに口をつけながら尋ねると、少し間が空いてロザリアは言った。
「いえ、陛下にお任せいたします」
「ん?」
あれ、話が違くないか。
俺が思わず手を止めると、続けてロザリアは言った。
「……と、言いたいところなのですが。『早く結婚したいとかわいくおねだりしよう』と叔父……サロモンに言われておりますわ」
ふむ、やっぱりあの男か。
「余が十五になり次第、すぐに結婚してほしいようだ。いきなり言われたのでな」
「どうやら、陛下の戦い方に危機感を抱かれたようですわ」
……あぁ、シュラン丘陵で先陣に立った件か。
「誰からも咎められなかったが」
正確には、ティモナからはチクチクとお小言を言われたが。だがあの采配を批判する諸侯はいなかった。
「君主としてこれ以上ない指揮だったので、誰も何も言えないのですわ……本音としては、後継者がいない間はもっと安全な戦い方をしてほしくても」
まぁ、結局はそこなんだろうな。つまり、いつ戦死しても良いように早く子供を作れと……そういうことなんだろう。
「私も、怖かったですわ」
ぽつりと、ロザリアがそうつぶやいた。
「……ごめん」
「いいえ、ご無事で何よりですわ」
あぁ、そうか。俺は心配をかけたんだな……皇帝として振る舞うことに必死すぎて、時々自分がただの人間であることを忘れそうになる。
「よし、決めた。余が十五になったら結婚しよう」
正直、まだ現実味のない話だけど。俺はロザリア以外の人を正妻にするつもりはないが、周りはそうは考えてないようだし。
ロザリアがどう感じていたかは分からないけど、少なくとも不安がらせちゃダメだ……いや、結婚しても別の問題で不安にさせる気が。俺、宮廷でずっと大人しくしてるつもりないし。
「今の私なら、気に入っていただけるでしょうか」
ロザリアは少し照れた様子で、そう言った。
……懐かしいな。そういえば、俺は初めてロザリアに会った時にそんな感じのことを言った気がする。
「今思うと、かなり失礼だよな、あれ」
初対面で妻になれって言い放ったんだもんなぁ、俺。勢いとはいえ、あまりに偉そうだろ。
「……あの時の私は、身体を差し出してでも支援を取り付けようと覚悟していたのですわ。宰相か式部卿か、あるいはその子供たちでもいいから……と。今思うと、あの頃の貧相な身体では土台無理な話でしたけど」
……確かあの時は、ロザリアは七歳くらいだったはず。貧相な身体……だったか? 全く覚えていない。でもドレスは似合っていたな。
「だから、落ち目の小国の王女が、帝国の皇帝陛下の目に留まるなんて、それはもう夢のような話だったのですわ……だから、嬉しくて。舞い上がってしまって」
ロザリアの瞳は、不安に揺らいでいた。ちょうど初めて会ったあの日のように。
「でも、後になって気が付いたのですわ。あれは陛下と宰相たちの駆け引きの一つだったのだと……陛下、今の私なら気に入っていただけますか」
……なるほど、どうやら勘違いしてるらしい。
「いや、結婚申し込んだのはロザリアが美人でかわいかったからだけど」
「……かわっ!?」
ほう、美人よりもかわいいの方が反応するのか。これは新発見かも。
「確かにあの時、宰相派や摂政派の反応を見ていたが……そっちはついでだ。結婚したいくらいかわいかったから妻になれと言ったんだ」
そりゃ結婚したいと思わない相手にあんなこと言わないだろう。
……いやまぁ、確かにあの時は「絶対に結婚したい」というより、「こんな美人とお近づきになれたらラッキー」くらいの感覚だったかもしれないが。あの時はまだ、皇帝として生きる覚悟なんてしてなかったし。
「だからロザリアの質問に答えるとな。あの時も今も変わらず気に入っている」
ロザリアの顔色が面白いように変わっていく。顔を真っ赤に染めていても、青い瞳は相変わらずきれいだなと思った。
「そうか、ロザリアは口にしないと意外と伝わらないタイプか」
いろいろと見透かされていたから、伝わっている気になっていた。ちゃんと好意は口にした方が……いやでも、この国の貴族男性ってあまりそういうことしないんだよな。言葉ではなく行動で示すのが美徳、みたいな伝統がある……まぁ、いいか。別にそこまで枠にはまらなくても。
あと、俺がロザリアと二人きりでって機会はほとんどないからな。その弊害もあると思う。
巡遊の時は愚帝として振舞ってたし、即位の儀以降はロザリアも含め、なるべく異性と二人きりにならないよう気を付けてたし。
理由? ……六代皇帝のせいだよ。なんというか、見事に国を傾けた六代皇帝に対する「トラウマ」がこの国のまともな貴族にはあるんだよね。そして十代で色んな女性に手を出しまくった本物の愚帝を想起させる振る舞いはしないようにしていた。
「わ、私はその、慣れていないだけですわ」
ロザリアの声は、まだ上ずっていた。なんだこのかわいい生き物。
「改めて、余の妻になってくれないだろうか」
「……はい」
普段の凛としたロザリアもいいけど、このロザリアもいいな。すれ違ったまま結婚しなくて良かった。
しばらくしても耳まで赤くなっているロザリア……まだ動揺しているらしい。
俺はそこでふと、疑問に思ったことを尋ねる。
「しかし、社交の場とかは平気だよな」
確かに、即位の儀からあまりゆっくり話すことはなかったが……普通に社交の場では俺が綺麗だとか褒めても、ロザリアは平然としている。
「それは、社交辞令だと……」
「……手紙にも、色々と書いてたよね」
シュラン丘陵へ向けて帝都から出立して以来、何度も手紙を交換した……その際、普通に恥ずかしいセリフも頑張って書いたんですが。あんなの、前世だったら黒歴史だぞ。
「それも、社交辞令だと思っていましたわ」
なるほど、社交辞令だと思ったものには平気なのか。確かにロザリアは王女として社交辞令には慣れてただろうからな。
俺はむしろ、手紙に書く方が恥ずかしいけどな。あと二人きりの時より、周りに人がいる社交の場の方が緊張する。
「これから、よろしく」
俺は次からは汲み取ってほしいなという意味も込めて、そう言った。
「……はい」
これからは社交のたびに恥ずかしがるロザリアが見られるのだろうか……いや、なんだかんだ器用にやりそうな気もする。
「それで、陛下。側室の件なのですが……まずはナディーヌ様とヴェラ=シルヴィ様を娶られてはいかがでしょうか」
……うん? 側室?




