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解体者ヴァレンリール


 翌日、俺たちは都市郊外にある小さな丘……その中腹に、案内されていた。

「都市の地下に古代文明の遺跡……どっかで聞いた話だな?」


 渋々といった様子のヴァレンリールによれば、この一見、なんの変哲もない場所が古代文明の遺跡の入り口らしい。同行者はダニエル・ド・ピエルスとティモナだ。レイジーについては「研究者に紹介したかっただけだからもう帰っていい」と老エルフによって帰された。用が済んだからお払い箱という訳らしい。

 そんな彼は「『アインの語り部』を討つ時は協力させろ」と言って主人のもとに帰っていった。たぶん俺が知らない因縁がこっちにもあるのだろう、レイジーとダニエル・ド・ピエルスの関係が決して良くないのは見れば分かる。


 ちなみにこの男(ダニエル)、過去の因縁から教えるのを嫌がったヴァレンリールに対し、「それ教えればきっと研究費出してもらえますよ」と甘言で唆し、首を縦に振らせた。まぁ、俺としては転生者の研究してる時点で確保したい人材なのだが、俺にとっても都合良さそうなので黙っておいた。

「我らにとっては昨日の事のようです……長生きなので」

 本当にいい性格してるなこの老エルフ。散々自分に対するネガキャンを行われた後なのに、平然としている。

 まぁ実際、俺は皇帝としてこいつらを切り捨てられないからなぁ。帝国にとって、あまりに有用だから。


 帝都の地下にある遺跡は、エレベーターで入ったが……ここは少し違うらしい。鍵らしき魔道具で、ヴァレンリールが山肌に偽装された入り口を開いた。

 どうやら、今まで見えていたのは幻影らしい。音もなく一瞬で、大人が五人ぐらい横並びで入れそうな、まるでダンジョンのような入り口が出現した。

 奥は暗くて見えないが、ずっと深くにまで階段が続いているようだ。その地下から吹き抜ける風を感じる。


 さて、これから地下に……というタイミングで、ヴァレンリールが俺に尋ねてくる。

「よろしいのですか、陛下。話によるとその者は転生者ではないようですが」

 やはり近くにダニエル・ド・ピエルスがいるせいだろう、どこか苛ついた様子だ。


「あぁ。これからは知っておいた方が良いと思ってな」

 今まで転生者関連の話はティモナの前ではあまりして来なかったが、どうせここまで来たなら一蓮托生だ。というか、今までは『アインの語り部』に俺が遠慮して、基本的には関わらせないようにしてただけだし。語り部の人間以外で転生者ではない転生者を知る例が出てきたので、その遠慮も必要ないと判断しただけだ。

 それに、皇帝として前世の知識を利用したり、転生者を重用したりするのであれば、帝国の中枢に転生者がいることは他国の転生者にバレる。その時、俺ではなく側仕人ティモナの方を転生者として誤認してくれないかなぁという……まぁ気休め程度の思惑もあったりする。


「そうですか、では一から説明しましょうか」

「いや、いらないだろう。どうせティモナのことだ……既に大抵のことは知っている」

 さすがに俺も付き合いが長いからな。ティモナがどういう人間なのか、ある程度分かっている。

 この側仕人は、どうせ俺の違和感などとっくの昔に気付いていた。まぁ、ずっと一番近くにいるのだから、当たり前か。

 そして気になることは調べ、知った上で黙っていたはずだ。転生者の存在も、俺が転生者であることも……ずっと前から知っていたと思う。だが主人である俺が言わない限り、自分が関わるべき事柄ではないと自主的に距離をとっていただけだ。

 自分が知っておくべきと判断したうえで分からなければ聞く。分からなくても自分が知る必要のないことと判断すれば黙っている。ティモナはそういう人間だからな。


「空気読み過ぎだ。さすがの余も分かる」

 俺はティモナにだけ聞こえるようにつぶやいたが、表情も変えずに一礼しただけだった。相変わらず、面白みのない反応だ。

「では、行きましょうか」



 暗い階段を、魔道具のランプの灯りを頼りに降りていく。まるでゲームのダンジョンみたいだ……異世界に転生した身で言うとおかしいんだろうけど、ものすごく異世界を感じる。こう、古代文明関連のものだけ、別世界かのように感じるんだよな。

「それにしても長い階段だな」

「ここは人の来訪を想定した施設ではありませんので」

 先頭を歩くヴァレンリールがさらに続ける。


「古代文明時代の遺跡の中でも、『プログラム』……つまり魔法がまだ生きている遺跡について、私は『ダンジョン』と呼んでいます……もちろん魔法が生きていなければ数千年前の施設など跡形もなくなっているので、発見される古代文明の遺跡は漏れなく『ダンジョン』なのですが。そしてこれらの施設は全て、当時なんらかの目的によって造られた施設です。帝都の地下は兵器の製造所でしょうね。皇国で発掘したものは自動採掘施設や研究施設でした。どの施設も共通して保存の魔法がかけられていましてね……数千年前のものとは思えない保存状況を保っているのですよ……失礼、また悪い癖で」

 一方的に語ってしまいました、と詫びたヴァレンリールが、ランプを掲げる……いつの間にか階段も終わり、巨大な空洞が広がっていた。


「そしてここが……私の見解では『お墓』の『ダンジョン』()()()遺跡です」

 真っ暗な空洞に、彼女の声が反響した。



「やっぱり……そうじゃないかと思っていたんだがな」

 確かに、ダニエル・ド・ピエルスが欲しがる知識だな……そして俺にとっても。おそらく、ダニエル・ド・ピエルスとしては彼女が必要な人材になるのは予想外だったのだろう。だが自分はもう絶望的に嫌われている。だから俺を頼ったのだ、この老エルフは。この男にも見通せないことはあるんだな。

「ヴァレンリール……卿は、古代文明の遺跡を解体できるんだな」

「生きている施設を停止させただけです」

 それが大したことでないかのようにヴァレンリールは言った。

「それでも、異常だ。余にはどの術式を壊せば施設を停止させられるのか、さっぱり分からなかった」

「個々の理論は分からなくても、役割くらいは分かりますからね。壊すのは簡単ですよ、直すのは絶対無理ですけど」


 かつて俺は圧倒されたのだ。帝都の地下、教会下の古代遺跡にて……自分には全く分からない理論、仕組み……その圧倒的なレベルの違いに、恐怖すら抱いた。

 解体しなければならない……そう感じるだけの恐怖を抱きながら、俺はやり方が分からなかったのだ。だから分かる、この女は天才だ。

「この遺跡は完全に機能を停止している……卿が一人でやったのか」

「はい、他の施設に比べたらやりやすかったですよ。動力源が本来のものではなく、『非常電源』になっていたせいか『セキュリティ』が簡略化されていました。その上で、古代の段階で何度か『墓荒らし』を受けていたみたいで……辛うじて生きているだけの施設でした。なので、『セキュリティ』系の魔法を停止して、動力源との『配線』を切断するだけで終わりました」


 いや、天才という表現すら生ぬるいかもしれない。怪物だ……俺にはどの魔方陣がどの役割なのかすら分からないのに、この女にはそれが分かる。

「卿は何者だ」

「私は研究者ですよ。ただ、この手の施設は術式の解析だったり、中のものが持ち出されたりすることを防ぐために『セキュリティ』がかけられているんです。それだと研究に不都合なので、停止させるしかないんです」

 しかも理由が、研究のためについでに止めているだけとは。間違いない、こいつの頭のネジはぶっ飛んでいる。


「はい、陛下」

 すると突然、ヴァレンリールは俺の頭上に冠のようなものをのせてきた。

「これは?」

「副葬品の王冠です。被った人間の思考能力を低下させる魔道具ですね」

 ヴァレンリールがそう言った瞬間、俺は背後から殺気を感じた。

「大丈夫だ、ティモナ。もう動いてない」

「おや、それも分かるとは。いっそ私の助手になりませんか」

 これはヴァレンリールなりの冗談らしい。本人は楽しそうだが、ティモナのヴァレンリールに対する視線はとんでもなく厳しい。まぁ俺も、階段を下り切った時点で最大限までこの女に対する警戒心を上げているからいいんだが。


「こーゆーやつ、多いんですよ。魔法はイメージだから」

「……これも卿が停止させたのか」

 俺が尋ねると、ヴァレンリールは何やら恥ずかしそうにもじもじとしだした。

「いやぁ、こうゆうの見ると構造とか術式とか気になって眠れなくなってしまってぇ。でも見るためには、一度解体するしかないんですよね、こういう魔道具は。ですが『オーパーツ』なので、今の技術だと修復できなくて……これ、おそらく君主を傀儡化するための王冠で、元宰相的には欲しいかもなぁと思いつつ、我慢できなかったんですよね」


 ……なるほど、どうやらこの女は命の恩人らしい。これ赤ん坊の頃に被せられていたら、俺は死ぬまで傀儡だったのか。



 よし、決めた。この女はなんとしてでも帝国で囲おう。そして逃げようとしたら殺す。それくらいヤバい奴だ……四の五の言ってられない。

「『オーパーツ』はどんなものでも解体できるのか」

「えぇ、まぁ。さすがに物によって難易度が違いますけど。近づくだけで有害なものもあったりしますから」

 ……人造聖剣『ワスタット』、俺が危険だと判断したものの、どうしようもなくて放置しているあの元儀礼剣も、この女になら解体可能か。

「あ、でも戻すのは無理ですよ? 何度か試しましたけど、今の技術では絶対に無理なんです。そのせいで皇国からは夜逃げするハメになりました。なので、ここでは解体してもバレないように一人でやってたんです」

 ……もう驚かないぞ。こいつはなんでもありだ。

「他の『ダンジョン』も、機能を停止させることができるのか」

「えぇ、まぁ。どのダンジョンも、一定のダメージは受けていますから、脆弱になっている部分から潰していけば、おそらくできますよ」


 あぁ、そうか。俺たち転生者は、所詮転生しただけの存在なんだ。ただ前世の記憶があるから、アドバンテージを持っているだけに過ぎない。それだけの存在……本物の天才には敵わない。しかも目の前にいるのは、転生者の知識を学んだ天才だ。


 俺たち転生者はこの世界の肥料といったところか。



「それで、あのう……そこのエルフに洗いざらい吐けば雇ってもらえると言われたんですが、どうでしょう。雇っていただけますかね……」

「……は?」

「えっ」

 いや、何言ってんだコイツ。

「……たしかに、余の下にはまだ古代文明や転生者関連の研究者がおらぬ。枠が空いているな」

「そ、それでは私めを是非!」


「余は『ダンジョン』も『オーパーツ』も、大抵は解体するつもりだ。できるか?」

 散々、自分の有用性と替えの利かない人材であることを提示していただろう……自分の価値をここまで高めて、しれっと俺の命も救っていたというアピールまでして、もう言い値で自分を売りつけられるところまで持っていって、「雇っていただけますか」だと?

「えっと、そのデータは……」

「解体するなら、被害の出ない範囲なら好きにしろ」

「はい、もちろんです! 雇っていただけますか!?」


 こいつは馬鹿なのか……? ダメだ、思考回路が理解できない。怖いよ、この女。

「良い返事だ。余も転生者を知る話し相手がちょうど欲しかったところだ。ならばいっそ、余の宮廷に来るか。帝都には来てもらうことにはなるが、研究員として安定した収入を約束しよう。三食も付いて、蔵書も好きに見られるぞ」

 俺は他に、遺跡を解体できる人間を知らない。古代の魔道具を解体できる人間も知らない。言ってしまえば特殊技能だ。ほぼオンリーワンに近い技術を持っているのだから、普通に雇おうと思ったら宮中伯ぐらいに叙してもおかしくない。

 それをただの研究員とは我ながらひどい条件だ……格安なんてレベルじゃない。普通はこの程度の待遇じゃ雇えない。


「行きます! さすが陛下、太っ腹!」

 ……こいつ、イカレてるよ。頭いいんだか悪いんだか分からない。

 馬鹿と天才は紙一重ってこういうことだろうな……いや、その分給料は弾むけどさ。


 本当に、疲れた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法、研究以外はてんでポンコツタイプかな? 小生意気なちょっと嫌いなタイプのキャラ来たなぁと思ったら最後で好感度上がりまくったw でも実はこれは演技だったらそら恐ろしいキャラになりそう。 転…
[一言] 転生者を天才が生まれるための肥料と表現するのが面白く感じた。
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