シュラン丘陵の戦い1
本日一話目
最初の一発は、どちらのものかは分からない。ただ、敵左翼が諸侯連合軍である右翼と交戦を開始した頃、敵中央の民兵集団も前進し、これに対しこちらもカーヴォ砲による反撃を開始した。
こちらのカーヴォ砲は三〇門。しかし、敵にはその倍はあると錯覚させられているはずだ。理由は、こちらの砲座配置と、その運用法にある。
本来の運用法は、カーヴォ砲を撃った後、油などで冷却し、亀裂などがあれば修理し、それから再装填し、射角や向きを調整、それから撃つようになっている。特に冷却は重要で、これが完了するまで砲身に触れることもできない。火傷してしまうからな。
しかし今回は、一発撃つ度に魔法兵が水・氷・風などの魔法で強制的に冷却することで、本来ではありえない速さで次弾を撃てるようにしている。
だが、こちらはその「本来以上の速さ」では撃っていない。その空いた時間で、車輪付きの台座に載せ、隣の砲座に運んで撃っているからだ。
これには二つ理由がある。一つは、万が一敵が丘陵に運び込んだ大砲の数を把握していた場合、全てこの丘陵東側にあると誤認させるためだ。敵が確認していたとすれば、レイドラからである。
そこからでは、大砲の種類は分からなくても、丘陵内に運び込んだ数は分かってしまうかもしれない。もちろん、丘陵内に敵の間諜がいて情報を盗られていた場合、無駄な努力だが……それでも出来る限りのことはしたかった。
もう一つの理由は敵の大砲を警戒してである。シュラン丘陵の防御陣地を築き始めた頃には、三つの丘を防衛する前提で、敵の野戦砲にも耐えられるように準備していたのだ。発砲位置から特定され狙い撃ちにされないように。
勿論、この運用法には問題もある。まず、急速冷却により金属には亀裂が入りやすくなる。そして大砲は高価な兵器だ……普通は長持ちさせるために、油による冷却を行うのだから。
だが俺は、一日で戦いを終わらせるつもりだ。そして戦いの勝敗にかかわらず、鈍重な攻城砲は軍勢の進軍速度に付いてこられない。だから壊れて良いと思っている。なので容赦なく冷却させている。
あと、水で冷却させると水蒸気が発生し、他の部隊の視界を遮るというのも油が使われる理由だが、こちらも問題ない。何故なら精密な射撃なんて、端から民兵や新兵には無理だから。
こうして、帝都で徴兵した新米魔法兵で大砲を冷却しつつ、ベルベー人の熟練魔法兵には大砲と新米魔法兵を、敵の魔法攻撃から【防壁魔法】で防いでもらっている。
つまり、こちらは敵の魔法攻撃に対し、魔法による反撃を行えない訳だ。
これを好機と思ったのか、敵部隊は攻勢に出てきた。敵中央の民兵軍は丘陵に対し突撃を開始。その背後から魔法兵が限界まで丘陵に接近し、民兵を盾として魔法攻撃を敢行して来たのだ。
これに対し、こちらの新兵と民兵からなる丘陵防衛部隊には、丘陵の上から余っていた未加工の大木や、射石砲の砲弾に加工できなかった石を斜面に転がすことで反撃させる。他にも、レイドラの城壁だったレンガを投げさせたりもしている。
そんな攻撃で人が死ぬかと言われれば、答えは簡単だ。当然死ぬ。というか、軽く死ねる。武器を持ったりすると勘違いしがちだが、人間というのはそもそも、案外簡単に死んでしまう生き物なのだ。
特に投石は、もっとも人を殺した武器は石ではないかと言われる程、人類にとってのメインウェポンなのだ。
さらに、この東側斜面は鉄壁と言っていい程、攻めにくい条件がそろっている。空堀に落ちれば打ち込まれた杭に貫かれ、運よく生き残っても這い上がる間に落石や丸太に圧し潰される。そんな空堀や馬防柵を乗り越えても、崖に近い急斜面がそびえ立つ。それにてこずっている間に、また上から石が降って来る……彼らにとっては、この世の地獄だろう。
そんな状況でも、彼ら民兵は次から次へと突撃してきて、そして死んでいく。
なぜ死ぬと分かっている状況でも突っ込んでくるかと言われれば、止まれないからだ。彼らは後ろの人間に押されるようにして、丘陵に近づいてくる。そして集団の最後尾では、武器を構えた兵士が逃亡兵を殺すために待ち構えている。
こちらを消耗させるための突撃。それでも、敵は正規兵が殺される訳ではないので、一向に構わないと言いたいのだろう。次から次へと送り込んでくる。
残念ながら、これがこの世界の「当たり前」だ。民兵に最前線を走らせ、逃亡しようとしたら見せしめに殺す。それをしたくないから、俺は丘陵に防御陣地を築かせたのに。
結局敵側とはいえ、帝国の民を大勢殺している。
これが、戦争だ。
そんな敵の突撃は、全くの無駄と言う訳では無い。敵の目的である、『魔法兵の盾』の役割は十二分に果たしている。こちらの兵が、必死によじ登って来る民兵を落とすために集中している間に、敵の魔法兵は着実にこちらの防御を削っている。
空堀は埋められ、柵は壊され、斜面は登りやすいように凹凸をつけて来る。さらにこちらの兵が頭を出せない様に、定期的に魔法攻撃を撃ちこんでくる。
それに対し、こちらは大砲の砲撃で敵魔法兵がいそうな場所に砲弾を撃ち込む。いくら物理攻撃も防げる【防壁魔法】だったとしても、この距離の砲弾は防げない。
完全にいたちごっこの様相を呈し始めた。大砲の射線から逃げつつ魔法兵が攻撃し、それを追ってこちらの砲兵が砲撃をする。まぁ、こちらはあの位置の大砲に戦果を期待していないから良いんだが。
ちなみに、定期的に本陣のある位置にも敵の魔法攻撃は撃ち込まれている。まぁ、皇帝の居場所として分かりやすく旗立てているしな。だがこちらは、俺とヴェラ=シルヴィで今のところ完全に防げている。
そもそも、この本陣がある高さまで届くころには、敵の魔法はかなり弱まっている。
そんなことも知らず、下級貴族どもは砲撃や敵の魔法攻撃に歓声をあげている。ホント、斜面から蹴落としてやろうか、こいつら。
だが歓声をあげているのはこのゴミ共だけではない。敵の民兵に攻撃を続ける前線の民兵や新兵……彼らも敵を殺す度、歓声をあげている。初めの頃、動揺していたらしい民兵が、敵を殺す度に積極的になっていく。これを「士気が上がる」というのだろう。
一方、丘陵外の戦い……こちらの右翼と敵左翼の戦いは、こちらが押し込まれ、緩やかに後退していた。もちろん作戦通りではあるのだが、やはり精強と言われたラウル軍、普通に強い。
まぁ、単純な戦力比でこちら八〇〇〇に対し、敵は倍の一万五〇〇〇だ。しかも脆弱な民兵はいない。これで押し込まれない方が可笑しい。
ただ、こちらもかなり奮戦しているように見える。特にラウル軍の騎兵突撃をいなせているのは、かなり大きい。
銃が普及しているのだから騎馬兵は時代遅れと思うかもしれないが、それは正反対である。むしろ次弾発砲まで時間のかかる火縄銃は、その間騎兵突撃の格好の標的になる。火縄銃が急速に普及した戦国時代だって、馬防柵や槍衾と併用されて初めて十分に戦えたのだ。
この世界では、各貴族や部隊ごとに戦い方に特徴がある。銃兵に対騎馬用の杭を持たせその場に撃ち込ませる部隊、次弾装填までの時間を弓兵に援護させる部隊、槍兵に密集陣形を組ませて対抗する部隊、あるいは騎兵に騎兵を正面からぶつける部隊などなど。
ともかく、そういった戦術を駆使して、諸侯連合軍はラウル軍と交戦しつつ、少しずつ後退している。敵の衝撃を緩やかに受け流しつつ、無理をせずに緩やかに後退……言うは易しの典型例だが、今のところ諸侯連合軍は作戦通りよくやってくれているようだ。
反対に、こちらの最左翼であるアトゥールル騎兵がどうなっているかは、地形の都合で見えづらい。こちらはアトゥールル軍二〇〇〇対敵正規兵五〇〇〇の戦いだが、アトゥールル騎兵なら互角に戦ってくれると信じよう。
そんな全体の戦況の中で、バイナ丘とギーノ丘の間に配置していた傭兵部隊……これが予想以上に押し込まれている。ここは狭い上に、両脇の丘陵から撃ちおろせ、有利に戦えるはずの地点だった。
にもかかわらず、敵の皇国軍三〇〇〇弱によって随分と押し込まれている。
あの部隊は、大砲を破壊する際、まんまとこちらの陽動に引っかかった部隊だ。その時は、アトゥールル騎兵にいいようにやられたという。しかしその屈辱を晴らそうとしているのか、こちらの傭兵部隊に猛攻を仕掛けている。
「さすがは傭兵部隊、柔らかいですな」
ブルゴー=デュクドレーが小さく皮肉を言う。そこに配置したの、お前だけどな。
いや、だからこそ悪態をついているのか。
この時代の傭兵は、金で雇われる兵士という意味では、強さも優秀さも玉石混合である。ただ一般的な特徴として、武器の扱いには慣れているから、攻撃能力……単純な火力自体はある。
しかし指揮体系に問題があり、また『逃げ癖』の付きやすい傭兵は、すぐに後退する……それがこの時代における傭兵の一般的なイメージだ。
そういう意味では、彼らは「典型的な傭兵」だったらしい。
「しかし、まさか罠も警戒せずに突っ込んでくるとはな。罠も何もないこと、敵に知られたか」
傭兵らが守っている地点は、突破したところでシュラン丘陵の三つの丘に囲まれた地形になっている。普通に考えれば、突破したところでこちらに囲まれてもおかしくない。
……まぁこちらはそこに、それ以上の防御を回しておらず、事実こちらの弱点なんだけど。
「あるいはそこが勝利に繋がる鍵だと本能で感じ取る……それが可能な指揮官が敵にいるのかもしれません」
私の前の主がそうでした、と話すバルタザールは、いつでも出撃できると言わんばかりの格好で控えている。
俺が設立したわけではない近衛には、統一された装備というものが無い。それなりの実力者が集められている為か、各々が戦いやすい武器や防具を身につけているのだ。そしてバルタザールは、どうやら馬上槍を扱うらしい。この前夜襲に出た時は、取り回しの良い剣を扱っていたから、状況によって得物は変えられるようだ。
「それで、どうする?」
援軍を出すのか、という意味でブルゴー=デュクドレーに訊ねる。一応、こちらには予備兵力は存在する。新兵なら五〇〇のみ、あとは民兵だけど。
前線で有利な状況で戦っている一部の新兵を除き、いきなり丘陵に閉じ込められ、いきなり武器を持たされた民兵の士気はそれほど高くない。送っても大した効果は見込めないだろう。
あと、やる気を出しているところ悪いが近衛は無しだ。わずか一〇〇騎とはいえ、彼らは貴重な騎兵戦力。ここで投入するのはもったいないし、何より丘陵「外」を援護する為に、飛び道具のない彼らを送ってもなぁ。
「いえ、そろそろです」
しかしブルゴー=デュクドレーは、援軍を送らないつもりらしい。まだ耐えられるという判断だろうか。
するとしばらくして、遂に敵の魔法攻撃が止み、こちらの砲撃音も静かになった。
魔力が枯渇したのだ。見ると、敵魔法兵は安全な位置まで下がり、無謀な突撃を繰り返していた民兵も撤退を始めたようだ。
敵を退けた民兵の陣地からは、歓声と雄叫びが上がる。
……ブルゴー=デュクドレーは、手の空いた彼らがどうにかしてくれると考えているようだ。
「サロモン卿に伝令。作戦通り、魔法兵を丘陵南部へ再配置せよ」
作戦の最終段階へ移行するよう、代将が指示を出す。もしかすると、最悪突破されてもこちらの主戦場である右翼に回るまでにこちらが勝利する……それくらいに考えているのかもしれない。
俺はこの判断、かなり怪しいと思っている。代将としては別に傭兵くらい壊滅していいと思っているのかもしれない。だがいくら自分たちの怠慢で負けそうになっているとはいえ、友軍を見捨てる行為は丘陵内の兵の士気に関わってくる気がする。
だが指揮を任せた以上、俺が正面から批判するのも不味いか……どうしたものか。
「……ティモナ、皇帝軍五〇〇の予備部隊を率い、バイナ丘北部へ向かえ。余った『封魔結界』とヴェラ=シルヴィも連れてだ」
魔力が枯渇したことにより、ヴェラ=シルヴィの役目は終わっている。俺と違って、彼女は体内の魔力を放出できる訳ではないからな。
そんな彼女も、魔力があればできることは多い。しかし彼女だけを派遣するのも不安だ。代将は全体指揮、近衛は護衛。そして宮中伯は夜襲の時の雰囲気からして、俺のいる本陣から動かなそうだ。
もう頼める人間はティモナしかいない。
「……必要ですか?」
不満げなブルゴー=デュクドレーに、俺はこちらの事情だ、と答える。
「余の側仕人は常に近くにおった故、部隊の指揮をしたことがないのだ。しかしそろそろ昇進させてやりたくてな……これは箔付けだ、許してほしい」
そう説明しながら、ティモナに目配せする。どうやら、彼にもこちらの考えは伝わったようだ。
「御恩情、感謝いたします」
勿論、嘘である。未だに毒見役を買って出る変人だからな、ティモナは。
俺の言葉に、ブルゴー=デュクドレーは納得していなそうなものの、結局は了承した。
「皇帝の我儘」を使うのは久しぶりだ。正直ここだけ切り取れば、余計な口出しをする愚帝そのものである。
俺は代将から離れ、聞こえない様に指示を出す。一応、劣勢な箇所を立て直す策は思いついていたからな。
こうして俺は、心の中でティモナに謝りつつ彼らを本陣から送り出したのだった。ちなみにティモナは、部隊の指揮を任されたにも関わらず、全く嬉しそうではなかった。
まぁ、そんな気はしてたよ。




