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八十門の戦い

本日一話目



 近衛一〇〇騎と魔法兵二〇名、そして密偵二人……騎乗した集団は、闇夜に紛れシュラン丘陵から出発した。

 この作戦の肝は、先にアトゥールル騎兵らが魔法兵を襲撃することである。その為、彼らに遅れて、さらに敵を大きく迂回して襲撃を行う。おそらく、大砲を一方的に破壊できる時間は数十分程度。その後、空が明るくなる前に分散して撤退する計画だ。

 そして奇襲の効果を高めるため、明かりの類は一切持たない。その為、日が暮れてからずっと暗闇に目を慣らしていた。



 宮中伯は俺の注文通り、密偵の標準的な格好を二着用意してくれた。上下ともに暗い色の服に、ポケットの数が異常に多いフード付きの黒い外套、顔を隠すスカーフに、消音仕様の靴まで。「密偵」と言われてイメージする、典型的な格好である。

 まぁ、実際はこの格好をしている密偵の方が少ないんだけどな。何せこの格好、昼間にでも見られようものなら、「怪しんでください」と言わんばかりの格好だ。実際の密偵は任務に応じた格好をする。農民や町人に紛れるならその恰好、行商人に紛れるなら馬車の御者の格好を、貴族を調査するなら裕福な商人の格好をする。

 そして、俺たちが着ているこの服装は、夜間に潜入や工作をする際にのみ使われる。


 ただこの格好のお陰で、俺が皇帝であることはバレなさそうである。何せ目元以外は見えない。それに、密偵は小柄な人間も多いし、外套のお陰で体型も分かりづらくなっている。暗がりにいることもあり、俺が子供だってことすら分からないだろう。

 同じく、ティモナも目元以外は隠れている。ただ、目元だけでも喜怒哀楽くらいは分かるようだ。出撃前にティモナに「背中は任せた」と言ったら、少しだけ機嫌が良かった。目は口ほどにものを言うというのは本当らしい。



 やがて俺たちは、敵の砲兵と思わしき部隊の野営地を捕捉した。馬の蹄の音や鳴き声などが聞かれるとバレてしまうので、遠く離れたところで降り、そこからは歩いて接近する。

 都合の良い事に、風はほとんど無かった。風があると、匂いでバレたりするらしいからな。


 日付はとっくに跨いでおり、本来見張り以外の兵は寝ている時刻である。

 しかし、どうも騒がしい。俺たちの接近が知られたのだろうか。


 近くの雑木林に身をかがめ機会を窺っていると、一人の味方魔法兵がこちらに向かってきて、小声で話し始める。

「バルタザール殿、どうやら陽動部隊は想定以上の働きをしているらしい。皇国兵はほとんど見えず、残っている兵は不安がっているが警戒はできていない」

 サロモンだった。どうやら、ヴォデッド宮中伯やペテル・パールが相当暴れているらしい。

 深入りし、アトゥールル騎兵が反撃を受けてないか、不安になって来る報告だ。

「へ……密偵殿。このまま接近し、予定通り近衛から戦います。よろしいか」

 あぶないな、こいつ。

 俺は無言で、サロモンの背中を一度押す。声はバレるかもしれないからな。


 それから俺たちは、音を立てないようにゆっくりと敵の陣地に近づいていく。比較的後方にいる俺ですら、緊張で汗がにじむ。


 そして見張りらしき兵二人の顔が、ぼんやりと見える距離にまで近づいた。

 その瞬間、二つの氷柱のような氷の礫が、二人の首を貫いた。どうやらこの野営地には、『封魔結界』はないようだ。

 味方魔法兵の攻撃を合図に、近衛たちが一斉に走り、野営地へとなだれ込んでいった。


 近衛が敵をかき乱し、魔法兵がそれを援護しつつ、置かれていた大砲を壊し始める。

 こういった闇討ちでは、同士討ちが多発すると言うが……置かれていた篝火や、大砲からでる火花などが明かりになって、辛うじて判別はつくようだ。幸いにもこちら側に混乱はない。

 相手は勿論、大混乱だけどな。


 いつの間にか近くにいたサロモンに前の警戒を任せ、後ろの警戒をティモナに任せ、俺はその場で慣れ親しんだ魔法を展開する。

炎の光線(フラマ・ラクス)()・二十基点(ウィジンティ)()・一斉射撃(ペルデーレ)

 いつも以上に丁寧かつ慎重に、二十基の光球を打ち出し、そこから一斉に炎の光線を放つ。


 五秒ほどで大砲が二つ、バラバラな金属の破片に変わった。ポト砲は小さくて、予想以上に壊しやすいようだ。



 それからしばらく、野営地を隈なく捜索し、徹底的に砲を破壊した。中には乱戦の中を抜けて、こちらに向かってくる敵兵もいたが、ティモナとバルタザールが排除してくれる。

 そして念入りに潰し、最後は【防壁魔法(クステル)】を空飛ぶ絨毯のようにして上から確認する。そこまでして、ようやくすべて壊したと判断した俺は、サロモンとバルタザールの許に降りる。

「魔力がそろそろ枯渇します。首尾は?」

 俺がサロモンの言葉に無言で頷くと、バルタザールが笛を取り出し強く吹いた。


 笛の音と共に、近衛も魔法兵も、一斉に撤退を開始する。


 今回は敵の救援も来ず、予定より早く終わり、そして敵が碌な反撃をしてこなかった。警戒していたのが馬鹿らしいほど、あっさりとした勝利だった。

 撤退のための時間稼ぎなどが必要ないと判断したバルタザールの号令で、俺たちは馬を置いていた場所まで逃亡し、そこからは散り散りになって解散した。


 目の前の敵に追撃能力がなく戦わずに撤退できる状態だが、集団で移動した場合、引き返してきた敵に捕捉される可能性がある。

 そういった事情で、俺たちは当初の予定通り、二・三人単位で逃走することになったのだ。


***



 俺とティモナ、そしてバルタザールは安全と思われる距離まで全力で馬を走らせた。

 やがて空が明るくなり始めた頃、俺たちは小川の脇で休憩を取っていた。


 俺は土ぼこりで汚れた程度だが、ティモナとバルタザールは返り血を浴びている。まぁ、二人とも夜襲の為に薄暗い色を着ていたから、返り血自体は目立たないが、匂いは別だ。

 それを休憩がてら川で洗い流している中、俺はバルタザールに話しかけた。

「バルタザール。何か言いたいことはあるか」

 俺の近くで戦っていたバルタザールは、暗がりでよく見えずとも、ある程度は見えていたはずだ……俺が魔法で戦う姿を。特に彼にとって俺は、謎の密偵ではなく皇帝カーマインなのだから。


「はっ。古大龍の如き奮迅、感服致しました」

 そう言って敬礼するバルタザール……服に付いた血の臭いを落とす為、上着を脱いでいるせいか何となく締まらないが……まぁいいか。


「余はこの手札を、あまり知られたくない」

 俺がそう言うと、バルタザールはその意味をすぐに理解した。

「はっ。信用して頂き、ありがとうございます」

「良い回答だ。もし広まれば、君が最初に疑われる」

 まぁ実際に漏れた場合、バルタザールと特定することは無理だ。即位の儀でも、剣の能力のように見せたが、俺は魔法を使っている。

「はい。理解しております」

 それでもその場合、彼を疑わなければいけないのも事実だ。だからバルタザールの方でも怪しまれないように気を付けてほしいものだ。

 疑心暗鬼になって無実の臣下を殺す……そんな愚帝にはなりたくないからな。



「ですが願わくば一つ、陛下にお願いしたい事が御座います」

 口止めに念を入れたタイミングでお願い? 代わりに何か寄こせとでも言いたいのだろうか。

「聞こう」

「では失礼して……陛下、私のことはどうか『バリー』とお呼びいただきたい」


 身構えていた俺は、意外な「お願い」に拍子抜けした。

「あだ名か」

 バルタザールだからバリー……か? それならバルとかザールとかでもいい気がするが……まぁ、本人がそう呼ばれたがっているならやぶさかではない。

「分かった。ではバリー、これからもよろしく頼む」

「はっ」


 まるで騎士に任じられたかのような喜びようだ。なんとなくだが、俺の方がバルタザールの主として彼に認めてもらえたような、そんな気がする。


 帝都を出てからのバルタザールは、水を得た魚のように生き生きとしていた。宮廷での様子とは全く違い、自信に満ち溢れている。

 とはいえ、戦闘狂って感じでも無さそうだ。この夜襲を通してみても、部隊の指揮と自身の戦闘を両方とも器用にこなしていた。元は実力があって、信用できそうだからという理由で近衛の長を任せてみたのだが、全く問題ない働きぶりだった。というか、想定以上である。


 今回の夜襲の中でも、俺が敵兵に意識を割いていたのは戦闘が始まってすぐの頃だけだ。それくらい、バルタザールの指揮は危なげなかった。時折、抜けてくる兵がいたが、あれは暗闇でどこに逃げればいいかもわからず転がり込んできただけだし、それもバルタザールはほとんど一太刀で捌いていた。

 まぁ俺が任せられたのは、ティモナが控えていたからってのもあるんだけど。ともかく、これは嬉しい誤算である。


 というか、あれだけ出来てなんで宮廷では普段、窮屈そうにしているのだろうか。たぶん、バルタザール自身の意識として前線で戦うことこそが自分の本職で、宮廷で護衛のローテーションだったり、配置だったりを考えるのは、専門外だと思っているのだろう。別に普段の仕事ぶりも悪くないんだけどなぁ。

 しかし実際、その辺の小隊長なんかよりも指揮能力は高そうだった。そして個人としての戦闘能力も優秀だ。現に、夜襲の後だというのにぴんぴんとしている。そこに自信を持つのも納得できるな。


 教えた人間が余程優秀だったんだろう。かつて将軍の従者だったということだし。あるいはそういう過去もあって、宮廷に籠っている人間より、こうして必要とあれば自分で戦う主君の方が、バルタザールとしても好ましいのかもしれない。



 そんなことを考えていると、いつの間にか外套を身につけたティモナが、俺たちに警戒を促した。

「お二方、お下がりください」

 さっきまで川で返り血を流していた外套が、もう乾いている。滅多に使うところを見せないが、やはりティモナも魔法が使えるようだ。

「道の向こうから、騎乗した人間が複数、近づいております」

「何だと」

 それは極めて危険な状況だった。


 空は少しずつ明るみ始めたが、辺りはまだまだ暗い。道の奥から、明かりを手に持った集団がゆっくりと近づいてくる。

 敵の追っ手かもしれないし、追っ手ではなかったとしても、ラウル側の人間なら怪しまれる可能性が高い。

 何せ、この時間帯に出歩く人間は皆、松明を持ち歩いている。光源のない俺たちは、怪しまれて当然である。

 俺たちはじっとその集団を見つめる。


 夜襲の時よりも緊張する。汗が噴き出てくるのを感じた。



 やがて、互いの顔が確認できるくらいの距離に近づく。俺はそこで、ようやく深々と息を吐いた。

「こわい、かお。だいじょう、ぶ?」

 その先頭にいた少女は、こちらの緊張も知らないだろう。

「驚かせるな……ヴェラ」

 先頭にいたのはヴェラ=シルヴィだった。そして、後ろには本物の密偵らしき人物が控えている。

「なぜここが分かった」

「密偵、長が、迎えにいけっ、て」

 ヴォデッド宮中伯が?


 すると、俺が理由を考えるよりも早く、ティモナの舌打ちが聞こえた。

「服に細工されていたようです。魔道具を縫い付けられているのでしょう」

「……はぁ。そんなに信用無いか? 俺」

 よく見ると、後ろの密偵とは違い、ヴェラ=シルヴィが持っているのはランプの様に見える魔道具だ。

 どうやらこれで、俺たちのいる方向を把握していたらしい。信用されていないんだか、過保護なんだか。少なくとも、悪意はないだろう。迎えを寄こさなければバレなかったことを、こうして明かしてくるのだから。


 俺たちは合流し、それからは特に問題もなく速やかに丘陵へと帰還した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴィラの馬もどきなら消音移動とか出来そう そもそも脚を地面に付けてる必要もないんだし [一言] 過保護な保護者なことでw
[一言] 魔女のガンダムのビット攻撃みたいなもんなのか。 そりゃ一瞬でバラバラになるわ。 これを横に振れば百人単位で虐殺できるし、超遠距離レーザーで狙撃もできるし、空を飛んで一方的に射撃もできる。 …
[一言] あれだけの失態だったのに、作戦の成功は呆気ない程に上手く行ったね。罠だと疑いたくなる。それとも主人公さんの戦闘力と禁衛の能力も実はとんでもなく優れているでしょうか。
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