払拭の一打
本日二話目
俺が見え隠れする皇国の影に考えを向けていたところ、ブルゴー=デュクドレー代将がどこか喜びを含んだ声色で意見を述べはじめる。
「陛下! 政治的には憂慮するべき事態でありましょうが、戦術的には好機ですぞ」
「好機?」
俺がそう聞き返すと、代将はその私見を述べる。
「ラウルにとって虎の子……尚且つ、貴族の子弟もいるような部隊が襲撃を受け、皇国貴族がそれを無視できますか?」
なるほど、そういうことか。つまり戦術的ではなく、政治的に動かざるを得ないと。その考えも一理ある。
「しかし、それは反対も考えられないか? 非公式ながら皇国の援軍として、ラウル側の要請くらい無視できる……そういった力関係の可能性もあるだろう」
「その可能性は否定できません。しかし、メナール家は近隣貴族との争いに敗れながら、前ラウル公の仲介と援助で講和している過去があります。何より、私が知るあの家は経済的にも帝国側に依存していたはずです」
なるほど。古くから帝国の軍にかかわっていた人間の見解として、そのロベルト・フォン・メナールは「借り」を返すために来ている。皇国からの亡命者である見解として、そもそもラウル公の意向に従うしかない貴族であると。
それなら、魔法兵への陽動に食いつく可能性は高いな。
ここまで好材料が揃ったのなら、仕掛けるべきだな。……いっそ、三段構えにしてしまおうか。
「アトゥールル族長、魔法が無くても暴れられるか?」
「問題ない。だが魔道具の使い方の方が不安だ」
魔道具の使い方が分かる人間……これは宮廷を守っていた密偵なら分かるはずだ。
「ヴォデッド宮中伯、卿も『封魔結界』内での戦闘になれているな? 密偵はどうだ」
「魔法の使えない者もおります。『封魔結界』内の方が得意な者もおります。しかし、すぐに呼び
つけられる数には限りがあります」
まぁ、問題ない。『封魔結界』を展開するだけだし……いや、ついでに仕事も追加してしまおう。
「分かっておる。しかし伝令役や監督役にはなれるであろう」
あとは……そうだな。それしかない。
「サロモン卿、ベルベー魔法兵の内、馬の無い者や騎乗が不得手な者をレイドラへの牽制に向かわせよ。エルヴェ・ド・セドラン子爵、ワルン軍でこれを守れ。敵が出てきたらすぐに退くように。指揮は子爵に任せる」
「承知いたしました」
これまでの定期的なレイドラへの嫌がらせ。これは続けることで、敵先鋒の部隊の油断を誘う。
「アトゥールル騎兵二〇〇〇とヴォデッド宮中伯は『封魔結界』の魔道具を使い敵魔法兵への襲撃。こちらの消耗は控えつつ、本気で敵の数を減らせ。陽動とバレれば作戦は失敗となる。指揮はペテル・パールに」
陽動とは言え、魔法兵は減らせるならそれに越したことは無い。これが主目的だと思わられるくらいに、苛烈な攻撃が必要だ。
「はっ」
そして作戦の主目的、大砲の破壊だが……。
「ベルベー魔法兵部隊の一部と近衛、この戦力で大砲を破壊する。卿らの奮戦に期待する」
近衛は騎兵であり、尚且つ数も少なく敵に見つかりにくい。そしてそれなりの実力者が揃っている……今回の任務にはぴったりのはずだ。
「ははっ!」
「ヴォデッド宮中伯、サロモン卿は残れ。バルタザール、いつでも出られるように近衛に準備させよ。以上、解散」
***
そしてテントに残った彼らに、俺ははっきりと言う。
「この夜襲には余も出るぞ。大砲の破壊部隊だ」
「陛下、危険です。お止めください」
鋭い目つきで俺を咎めるヴォデッド宮中伯に対し、俺は端的に反論する。
「もっとも効率良く短時間で大砲を破壊できるのは余の魔法だ。違うか?」
黙りこくるヴォデッド宮中伯。俺は説得する為に、さらに畳みかける。
「余の魔法……【炎の光線】は、対象に直接触れる必要がない。そして複数の光線を同時に出せる」
「それは認めましょう。では、全力で魔法を使うのですね? その実力を知られるリスクを負って」
今回の作戦目標は、敵の集積された大砲の破壊。それも時間に余裕は無い。俺という戦力を、出し惜しみして良い場面ではない。
「あぁ。大砲は確実に潰したい……その為に余の魔法は最適だ。無論、それ以上に効率的な案があれば受け入れるが?」
「私が、大砲の破壊に参加する手もあります」
ほう? ヴォデッド宮中伯は、俺と同じくらいの火力を出す算段があると。実力を隠しているのは宮中伯もだったか。
「ならば余がアトゥールル騎兵と共に陽動に出ることになるな。余は『封魔結界』内でも戦える」
魔法兵との『戦闘』か、大砲という目標への『破壊活動』か……どちらがより危険かは、言わずもがなだ。
ヴォデッド宮中伯はしばらく沈黙した後、口をひらいた。
「わかりました」
まったく納得していない声色で、彼はそういった。
ただ、俺はこれまで自分がどのくらい魔法を使えるのか、それなりに隠してきた。皇帝という立場にある以上、いつ襲撃されてもおかしくない。いつ貴族が裏切ってもおかしくない。そういったもしもの時に備えて、俺は隠してきたのだ。
だから今回も、見せびらかすのは無しだ。可能な限り隠蔽する。
「ただし、『皇帝カーマイン』としては出ない。宮中伯、密偵の服を二着借りたい。伝令及び監視役の密偵として参加する。これを知らせるのはバルタザールのみだ」
バルタザールは信用できる……というか、皇帝を守る『近衛』の長が信用できないようでは、いずれこの先ボロが出る。
「サロモン、すまないが最悪の場合……余が参加していたとバレた際、魔法は卿が使っていたことにする。疑う者は出ても、攪乱にはなる」
「承知いたしました」
そしてサロモンは、ベルベー王族として俺がロザリアを冷遇しない限り裏切らないはずだ。
まぁ、後は運だな。この作戦、成功するかどうかは神のみぞ知るってやつだ。
***
二人が出て行き、テントの中は俺とティモナの二人きりになった。
「そうだ、言い忘れていたがお前には密偵時代に戻ってもらうぞ、ティモナ」
ティモナは一時期、ヴォデッド宮中伯の訓練を受けていた。そのお陰か、剣などの基本技能は俺より上だし、身のこなしも密偵のような軽快さを誇る。
「かしこまりました。……しかし恐れながら、陛下」
「なんだ、お前も反対か」
俺が前線に出ると言えばナディーヌやヴェラ=シルヴィを引っ張り出し、夜襲に参加すると言えばそれに反対する。ヴォデッド宮中伯と同じように、皇帝を護衛する者として今回の決定に文句があるのだろうか。
「いえ……私の前であれば、無茶をしてくださっても構いません。ただ、気になったのです。実のところ、陛下は何をお考えなのですか」
「どういうことだ?」
俺が聞き返すと、ティモナが相変わらずの無表情で語り始める。
「陛下は皇帝です。安全な帝都にて将を任じ、動かす……それが自然です。確かに、陛下が丘陵に出てきたことで、ラウル僭称公は丘陵へ出て来ざるを得ないでしょう。しかし、これは絶対に必要な行動ではありません。そんなことをしなくとも、彼は丘陵に攻め寄せたかもしれない。出てこなくとも、陛下が策を巡らせれば問題なくラウル領は平定できるでしょう。現に、陛下の策でアキカールは分裂し、争い合っております」
ここしばらく、ティモナは側仕人として俺の秘書役に徹していた。諸侯の前では、ほとんど話さなかったしな。
そんなティモナが、珍しく長々と話し始めた。
「その場合、時間がかかる」
そして時間は敵だ……とくにラウル領に関しては。
そもそも、今俺たちがラウル僭称公と内戦状態にあるのは、彼の父である宰相を俺が討ち取り、その罪状を公表し、彼の持っていた領地の没収を宣言したからである。それに反発したジグムントが反乱を起こし、僭称公となった。
そんなラウル僭称公は、俺の父の妹に当たるマリアと、宰相の斡旋により婚約を結んでいる。これは俺が万が一死んだとき、次の皇帝を「マリア息子の妻」にする為の宰相の一手だったのだが、それが災いして僭称公は妻を持てておらず、彼には現在、嫡子がいない。まぁ、平民の子とかいるかもしれないが、居たとしてもこの国では問題ない。
まず、帝国……といか、国教である西方派においては、貴族であれば一夫多妻が認められている。これは宗派により異なり、一夫一妻制を絶対とする宗派もある。
なぜ同じ宗教で違いが生まれているかといえば、聖一教の教祖であるアインが「一妻が望ましい」としながらも、「側室も妻として扱うこと」を条件に多妻制を容認する発言をしたからだ。だから「理想」を法とする宗派と「現実」で妥協した宗派に分かれている訳だな。
ちなみに、一夫一妻制の国では代わりに「妾」を囲うらしく、彼女らは「妻」として扱われない。アインがこの大陸に来た当時は、それこそ多くの奴隷が人扱いされずに「妾」として貴族に囲われていたようだ。
一夫多妻制の容認も、そういった「非人道的」扱いよりは「不誠実」の方がマシだと判断したのだろう。転生者と思われるアインは、地球の先進的な知識と倫理観を持ちながら、この世界で教えを広める為に色々な部分で妥協を重ねている。だからこそ、この大陸で急速に広まり受け入れられたのだと思う。
まぁ、それでも尚「妾」を作る奴は多いんだけど。なにせ貴族の結婚とは、一族同士の「契約」だ。妻の実家が困っていれば力を貸すのが当たり前だし、相手の一族にはその他の貴族より優遇するのが当たり前。だから「妻」には色々な権利が与えられる。
俺の婚約者であるロザリアに、宮廷内に部屋が与えられたのも権利の一つだ。そして力がある故に、元摂政は前皇太子の側室だったヴェラ=シルヴィやマルドルサ侯家のノルンを「幽閉」しなければならなかった。一方、妾は契約結婚ではないから、夫の方は色々と気を遣ったり悩んだりしなくていい。一夫多妻制よりも楽できてしまうのだ。
ちなみに、帝国では「妾」が禁じられているから「愛人」を持つらしい。黒寄りのグレーゾーンである。それでいいのか西方派。
閑話休題、そんな訳で僭称公に「妾」がいても、西方派で禁じられている以上それを自分の子供としては認められない。だから平民の中には隠し子がいたとしても、僭称公はそれを絶対に認めない。
そして皇族を婚約者とした以上、帝国貴族であった僭称公には彼女を正妻にする以外の選択肢が無かった。そして正妻を迎える前に、他の貴族を側室に迎えては皇室を軽視している……そう摂政派に叩かれる恐れがあった宰相は、それを認めなかった。
だから僭称公には現在、子供がいない。そして彼には兄弟もいない……つまり、現段階で僭称公が死ねばラウル公家は断絶し、俺の「爵位の没収」が無かったとしてもその爵位の継承者は俺になる。そうなれば、ラウル公家に従っている者たちに「大義名分」が無くなる。
つまりシュラン丘陵での決戦における俺の目的は、ラウル軍に勝つことではなく僭称公の殺害である。暗殺も一瞬考えたが、成功が確実でない上に「皇帝」の評判にも関わってくるから無理だった。そして敵の大将を殺すには、基本的には敵軍を壊滅させなければならないだろう。だから勝利を目指している……それも圧倒的な。その為の策を練って来たのだ。
だがこの内乱で時間をかければ、僭称公はこの先、他の貴族の娘と結婚し子を作るかもしれない。そうなれば、宰相が保持していた貴族称号の継承権が、その子供にも発生し得る。これは皇帝の立場としては認められない継承権だが、彼らラウル派貴族にとっては大義名分になり得る。
だから俺は僭称公にこれ以上時間を与えたくなかった。この一回の決戦で僭称公を討てれば、俺の予想が正しければラウル地方は簡単に平定できる。だが逃せば、下手したら泥沼の長期戦になる。
そんなことで国力を落としたくない。
ちなみに、ラウル僭称公と婚姻を結んでいるマリアは帝都の宮殿内にて監視下に置かれている。事実上の軟禁状態だな。
そして彼女は俺と会うことを頑なに拒んでいる。まぁ、嫌われて当然だな。
「そうかもしれません。しかし、陛下が前線に出るのと比べれば遥かに安全です。蛮勇な王や、名誉を欲する君主が戦場へ立つことは理解できます。しかし、陛下はそのどちらでもありません。にもかかわらず、陛下はどこか事を急いているように感じます」
急いている……か。なかなか鋭いじゃないか。
「まるで諫められているみたいだ」
「いいえ。ただ、陛下の御考えを知りたいだけです」
知りたいだけ、か。ならティモナには言っておくか。
「ティモナ、一つの国家が世界を征服することができると思うか」
「……それが目標ですか」
「いいや違う。俺は、そんなことは不可能だと思っている」
少なくとも現在の技術では無理だと思う。前世でも、何人たりとも成し得なかった。あるいは、この世界に転生者が唯一、俺だけであれば可能性くらいはあったかもしれない。
だが転生者は複数いる。ならば、そのような征服事業は確実に妨害される。
「だがもし仮に、そのような偉業を達成する国が現れたとしても、その統一は長続きしないだろう」
これは何も統一に限った話ではない。そもそも国家には、統治できる土地や人に「限界」が存在すると思う。統治能力の限界と言い換えてもいい。限界を超えて治めようとするから、問題が生じてしてしまう。
だがそれ以前に、俺は大国が亡ぶ理由をこう考えている。
「なぜなら脅威となり得る国……『仮想敵』がなくなった国は、腐敗と内部分裂によって滅びる。俺はそう考えているからだ」
古代ローマ帝国やイスラム帝国、あるいはモンゴル帝国……覇権国家は、周辺国が『脅威』とならなくなった途端、内部に敵を作り分裂する。逆に言えば、『脅威』となる敵がいる限りは完全な分裂までは至りにくい。その最たる例が俺の存在だろう。
「俺が傀儡として生かされたのも、『皇国』という帝国と同規模の大国が、天届山脈の向こう側に存在したから……皇国という『脅威』があったからだ。だから宰相と式部卿は全面戦争に入らず、俺という『妥協の産物』のもとで、水面下での政争に移行した」
まぁ、あくまで推測だ。だが実際に、俺はかつて傀儡だった頃、数少ないまともに受けられた授業の中で、こんな話を聞いている。
「そして、かつてロタール帝国が崩壊しはじめた時、あるいはブングダルト帝国が成立した時、それぞれほぼ同じタイミングで皇国においても『王朝交替』が発生したという。つまり帝国にとっては皇国、皇国にとっては帝国という『仮想敵』の脅威が低下したことにより、内部で争うようになった……そう考えられないか」
相手が脅威ではなくなれば、自分たちも内部での争いにかまけるようになる。逆に相手が脅威になれば、自分たちも争っている場合ではなくなる。
「……皇王ヘルムート二世の出家騒動」
ハッとした表情で、そう小さく呟くティモナ。
「あぁ、確かファビオと共に話したな。それも帝国が弱っていった結果『脅威』でなくなり起きた事件と言えるだろうな。そして今、帝国では俺が実権を握り、統一しようとしている……帝国が再び『脅威』になりつつある」
まぁ、普通はこうやって大国が弱体化すれば、『元』に滅ぼされた『宋』のように、別の大国に攻め滅ぼされたりもするんだが……この東方大陸には『天届山脈』という天然の要害があり、大軍の行き来は難しい。だから帝国が皇国を滅ぼしたり、反対に帝国が皇国に攻め滅ぼされたりはしてこなかったのだろう。その為、それぞれが分裂と統一を繰り返す歴史になっている。
「つまり、皇国でも動きがあると?」
「たぶんな。だが話を聞く限り、ヘルムート二世が俺みたいに『人が変わったように』なるとは思えない。彼の子供が奮起するか、あるいは別の英傑が下剋上を果たすか」
あるいは、周辺の中小国が皇国を丸ごと乗っ取るかもしれない。確か、皇国は周辺国を『公国』や『伯国』として影響下に置こうと苦心していたはず。帝国とはその辺り、若干事情が異なるからな。
「どちらにせよ皇国も大きく変わるだろう」
「つまり陛下としては、皇国が再び『脅威』になる前に帝国をある程度まとめてしまいたいとのお考えですか。皇国が『脅威』となり、妥協の産物として帝国がまとまるより先に、陛下の号令の下で統一なさりたい……だから急いでいると?」
ティモナの質問に、俺は正直に答える。
「それもある。だが後のことは、皇国次第だ」
俺が皇帝として目指しているのは、たかが数十年の栄華ではない。数百年に渡り繁栄し得る『可能性』……その土台をつくることだ。その為には、皇国には滅んでもらっては困るし、強すぎても困るし、弱すぎても困る。少なくとも、海の向こうの国家が仮想敵国になり得るくらい、文明が発達するまでは。
皇国が勝手にそうなるなら良し、ならないなら……外部から刺激を与えるしかない。
「最善を選べるようにする為に、帝国は皇国に先んじる必要がある。だから事を急いてるように見えるのかもしれない」
俺が思う最善が、正解かは分からない。だが「不正解」は知っている。前世の記憶がある俺は、別の世界の歴史に並ぶ「失敗」を知っている。
「俺はな、ティモナ。自分の後の皇帝をそれほど信用していない。子だろうが、孫だろうが、あるいは血の繋がっていない簒奪者が現れようが、同じなのだ。所詮は他人。だから『次代に託す』なんてことはしない。俺の代で、できることは全てやる」
これが俺の本心だ。自分が死んだ後のことは、自分にはどうしようもできない。だからそこに希望を持たない。自分の代で、できることは全てやる。
「急いているとも。人の一生は短いんだ」
俺は十年以上、ほとんど何もできなかった。傀儡として、自分の国がボロボロになっていくのを見ていることしかできなかった。もう十年も無駄にしたんだ。ここから先は、無駄にしたくない。
「……余の考えが分かったか? ティモナ」
俺は皇帝として、自分の側仕人に確かめる。
「……ありがとうございます。ご無礼、大変失礼いたしました」
そう言って彼は、深々と頭を垂れた。




