罠かチャンスか
本日一話目
数日後、遂にラウル軍の先鋒集団が接近してきた。その数、二万。内訳は正規兵一万と民兵一万である。
敵の軍勢は、この後も続々と集結してくるとのことだ。決戦の日は近い。
この間にあったこととしては、デフロット・ル・モアッサンを帝都へ派遣した。状況報告として定期的に伝令は送っているが、ミフ丘のことなど、敵軍に知られたくない情報などは流していない。彼はその辺の情報も含めて、細かく伝えてくれるという。これまでの彼の働きを見るに、この任務は問題無いだろう。
城壁を消滅させたベリア伯領の都市レイドラについては、元から防衛するつもりは毛頭ないので放棄した。敵軍はそのままレイドラへ入城している。しかし城壁の無い都市など、拠点とするには余りに心もとないのだろう。敵は一部を除き、街を囲うように、郊外に野営陣地を敷いている。
とはいえ、敵にもレイドラを占拠する利はある。こちらが都市攻略の際に使った大砲の性能や魔法兵の能力……そういった情報は既に敵の手に渡っているはずだ。
まぁ、それも罠なんだけど。とはいえ、効果があるかまでは分からない。せいぜい油断してくれたら嬉しいくらいだな。魔法の種類についての情報も、それ単体では知られても問題ない。『封魔結界』の方が知られなければな。
俺個人はというと、ひたすら封魔結界に魔力を注入していた。魔力を体内に取り込み、圧縮し、起動した封魔結界内で魔素をイメージし放出。これをひたすら繰り返す。言葉にすると単純だが、繊細な魔力操作が求められるのでかなり集中力を使う。後、その作業は誰にも見られたくなかったから、俺の部屋でやっていた。
丘陵に幾つか建てられた木造の小屋の内、一つは俺が丘陵に滞在する間の館となっている。他にも、侯爵や伯爵には館が与えられている。サイズは小さいけどな。
ちなみに、ラウル軍が来たことでナディーヌ率いる五〇〇の兵は、マルドルサ軍一〇〇〇と、トリスタン・ル・フールドラン子爵と共に、キアマの防衛に就いてもらうこととなった。丘陵を去るときのナディーヌの言葉は「お姉さまを悲しませないように!」だった。
ナディーヌもヴェラ=シルヴィも、いつの間にかロザリアに籠絡されている……というか、流石にここまでくれば、俺にもロザリアの意図が分かる。
皇帝カーマインの婚約者であるロザリアは、ベルベー王国の王女である。遠縁ながらブングダルト皇室の血も入っており、帝国貴族も結婚自体は反対しないだろう。しかし、ベルベー王国は小国だ。帝国にとってベルベー王国以上に利のある大国の王族と俺が婚約すれば、彼女の序列は下げら、側室にされてしまうかもしれない。それはベルベー王国としても死活問題なはず。
それを回避する為に、帝国内の有力貴族の娘を味方につけるというのもごく自然な話であろう。
そんなことしなくても、俺は自分を安売りするつもりなんて無いんだがな。あと正妻の実家が力持ってると、却って面倒が増えそうなんだよな。色々と自分の都合で動きたい俺にとっては、ベルベー王国は本当に都合が良かったりする。
ちなみに、定期的にロザリアと手紙でやり取りしてたりもする。お互い、戦況がどうとかは一切書かないけど。
閑話休題、この期間『皇帝派連合軍』もただ敵軍の集結を待っていた訳ではない。魔法兵や諸侯軍の一部を用い、レイドラの郊外で野営している敵軍に定期的に攻撃を仕掛けるという嫌がらせを続けている。特に魔法兵には、「敵に魔力を使われるくらいなら」の精神で派手なものを使ってもらっている。どうやら、敵魔法兵の主力はまだ後方にいるらしい。
ただ、反撃を受けて部隊に損害が出ては意味無いので、あくまで「嫌がらせ」レベルで続けている。それでも、攻撃に対し敵は対応しない訳にはいかず、精神的にも負担をかけられているはずだ。
それと同時並行で、依然とギーノ丘の作業は続けられている。完成は近いらしい。この調子なら間に合いそうだ。
そして、最悪の場合は時間稼ぎをすると言っていたアトゥールル騎兵には、現在レイドラより東側のラウル勢力圏で、補給路を「荒らし」てもらっている。無論、敵も馬鹿では無いので、補給部隊には護衛をつけている。だから実際に補給部隊を叩ける機会は少ない。
しかし、重要なのは継続することである。こういう嫌がらせ攻撃のことを「ハラスメント攻撃」と言ったりもする。
何より、アトゥールル騎兵の特性が、このハラスメント攻撃にあまりに最適である。騎馬による高い機動力によって神出鬼没。騎兵が迎撃に来れば得意の戦法で完封できるし、何よりペテル・パールは長い間傭兵としても戦ってきた男だ。銃や魔法の射程を完全に把握しており、敵の間合いには決して入らない。だからほとんど自軍に損害を出さず、敵に圧力をかけ続けられる。
「敵を殺せ」と言われれば、アトゥールル騎兵も損害を出すだろうが、「嫌がらせ」において、これほど凶悪な兵はそうそう見当たらないだろう。
そんなアトゥールル騎兵は、アトゥールル族とも呼ばれるように、遊牧民族の一派である。正確には、かつて広範囲に遊牧していた民族の生き残りということらしい。そして大陸のほとんどの国家が聖一教を国教としている中、彼らは異なる宗教を信じる、異教徒である。
その詳細については、流石に教えてもらえない。異教徒である聖一教徒の、それも皇帝だからな、俺は。万が一俺が彼らの宗教に感化されて改宗しようものなら、これは皇帝としての正統性を失うだろうしな。
ただ、ペテル・パールと何度か会話する中で、彼ら部族の特徴がいくつか分かってきた。
まず彼らの生活習慣についてだが、遊牧民族である彼らは、決まった都市や村に属さず、移動式の住居でもって「遊牧」して生活している。ただ、かつて遊牧民が大勢力で強大だったころは、夏は涼しい大陸北部へ、冬は温暖な大陸南部へと大移動を繰り返していたらしいのだが、帝国が成立して以来、その移動距離はかなり短くなったという。
遊牧民族といえば、前世のイメージでは「モンゴル帝国」を思い出すかもしれないが、彼らアトゥールル族はどちらかといえば「ロマ」のような点在する移動型民族の一つと捉えた方が近いと思う。
そして彼らは異教徒である為、迫害を受けることも多いようだ。それによって民族としての規模も縮小し、その生活圏は自ずと狭まってきたという。その点、聖一教の中でも「緩い」帝国は、比較的住みやすい地域らしい。ただ、そういった歴史があるせいか、やはり彼らの部族以外に対する警戒心は強い。
彼らの生活様式は、住居も生活必需品も、全て持ち運べるようになっている。これはかなり機能化されており、俺が巡遊の時に利用した調理設備やベッド付きのテントなどは、彼らの移動式住居を参考にして発明されたらしい。
女性も子供も、馬に乗って移動するのだ。ただ、そういった非戦闘員はこの場にはいない。どういうことかと言うと、元々彼らが「傭兵」として活動していたことから分かるように、要はここにいる集団は出稼ぎの労働者なのだ。だから非戦闘員を含む、部族の「本隊」は別の場所にいるそうだ。
そして彼らは元々狩猟を得意とし、かつてはこれで生計を立てていたらしい。だが近年では、傭兵としてそれ以上の「稼ぎ」を得るようになったという。
あと彼らの宗教だが、一番の特徴は火を神聖視していることだろう。一般的に、「拝火教」と呼ばれているらしい。
前世では拝火教といえばゾロアスター教だった。あの善悪二元論で有名な宗教である。一方で、こちらの世界の「拝火教」……アトゥールル族の信仰は、より原始宗教に近いような気がする。ただ、教義とか風習について、詳細を調べられた訳ではないから、あくまで俺の所感に過ぎないが。
それでも確かなことは、そういった「火を神聖視」する文化のせいか、部族として火の魔法を使える者が多いということである。また、騎乗したまま弓を引くことを「基本」としている為、幼い頃からこの二つの英才教育を受ける。
さらに彼らの馬は東方大陸南部が原産と思われ、その最大の特徴は「火を怖がらないこと」である。その上、調教によって銃の音への耐性もつけているらしい。唯一苦手とするのは砲撃音。これについては、自分たちが運用する訳にもいかず、慣れさせる機会が少ないかららしい。
長々と説明したが、これがアトゥールルという部族である。その現族長の正式名称はアトゥールルーシェ=ドン・パール・イッシュトヴァーン=ロ・ペテル。このうち、名前の部分を帝国風に呼ぶとペテル・パールになるらしい。彼は今のところ俺を信用してくれており、より部族が「厚遇」を受けるために精力的に活動している。
そして今日も、彼らアトゥールル部族によって、ある重要な報告がもたらされた。
***
「大砲が、一か所に集まっている?」
ラウルの勢力圏でゲリラ的に暴れ、敵補給路を圧迫しているアトゥールル族。そんな彼らからもたらされた情報により、俺たちは緊急の会議を開いていた。
「あぁ。八〇門程度の『小さい砲』が同じ部隊によって運ばれている」
高価で強力な武器が、分散して運ばれず一か所に固まっているらしい。そんな都合の良い話があるだろうか。
「流石に罠だろう」
「可能性はありましょう。それでも、これはまたとない好機にございます」
ブルゴー=デュクドレー代将がそう息巻くのにも理由がある。
今、俺たちにとって明確な懸念は「ミフ丘にポト砲を運び込まれたら負ける」ということである。
それが分かっているから、対応策に頭を悩ませてきた。しかしもしここで、その大砲を潰せるなら……こちらの敗北するシナリオが一つ消えることになる。
さらにペテル・パールは付近の地図のある部分を指さす。
「罠かもしれないという考えには同意だ。付近に二部隊、敵が行軍していた。そのうち一つは間違いない……ラウルの魔法兵部隊だ」
敵の大砲を輸送している部隊が、そのまま運用できる部隊かは分からないが、念のためすぐに交戦可能な「砲兵」としてみなすべきだろう。
彼らの目的地がレイドラにあることも明確だ。
「魔法兵部隊の数は三〇〇。この部隊の旗は見覚えがある……ラウル軍の中でも古参の部隊だ。そして約三〇〇〇の歩兵と騎兵の混合部隊。この三部隊の位置関係は互いに援護し合える距離にある」
ペテル・パールの報告は今この瞬間の配置ではなく、彼らが出撃した際に見た地点だ。現在は既に移動している。
ただこの三部隊のそれぞれの距離は、その内のどこか一部隊が攻撃された際、すぐに救援できる距離に感じる。つまり、罠にしては近すぎるようにも感じる。
「発見した時刻と照らし合わせて……今日中にはレイドラまでたどり着けないでしょう。野営はこの範囲のどこかだと思われます」
ブルゴー=デュクドレー代将が興奮気味に話す。つまり、今夜奇襲するべきだと言いたいのだろう。
「ところで、この三〇〇〇の部隊は正規兵か民兵主体か、見分けられますかな?」
「見覚えのない旗だった。だが騎兵は数も多く、練度は高そうだった」
代将の質問に、ペテル・パールがそう答える。つまり正規兵の可能性が高い……これは不安材料ではないだろうか。
「……その二部隊が護衛についていては、こちらの被害も大きだろう。仮に夜襲を仕掛けても、成功する可能性が低い」
ところが、俺の考えは代将に待ったをかけられる。
「いえ、少なくとも魔法兵は同じ場所には泊まらないかと」
「何?」
ブルゴー=デュクドレー曰く、魔法兵は極めて貴重である。それも皇帝軍のなんちゃって魔法兵ではなく、何度も戦闘を経験した常備軍は、製造できる大砲なんかよりはるかに重要である。だから風邪なんかひかれては困るし、常に疲れのたまらない万全な状態にしておきたいはずだと。
ベルベーの精鋭魔法兵は過酷な状況になれているが、彼らはそうではない。何せ、ラウルの魔法兵は下級貴族の子弟や騎士階級の人間が多くいるとのことだからだ。戦力としては十分だが、かなり優遇されてきた部隊である。
だから間違いなく、彼らはレイドラの東にある街で夜を過ごすだろうとのことだった。
だがこの都市は、川沿いにあるという。川沿いに街が建てられることはよくある話だ。しかし問題は、その部隊の位置からだと川を渡る必要があるという事である。橋はあるが、八〇門もぞろぞろと橋を渡らせるのは時間がかかる。
「それに、三〇〇〇の部隊はこの都市には入りきりません。確実に野営します。であれば都市に魔法兵を入れ、砲兵と三〇〇〇の部隊は近くで野営させると思われます」
「しかし三〇〇〇の護衛は残る……こちらの動かせる戦力は……ほぼ互角」
「えぇ。日が沈まぬうちに歩兵を迂回させれば察知される可能性が高く、日が沈んでからでは歩兵の足では間に合いません」
敵軍二万がレイドラにいる以上、こちらが大々的に歩兵を動かせば敵も動く。つまり、夜襲するにしても動かせるのは騎兵やベルベーの魔法兵など少数のみ。その数は四〇〇〇までは届かない。
「明日にはレイドラの軍勢に合流するでしょう。そうなると、我々はこれを叩く機会を失います。チャンスは今夜、夜襲の他ありませぬ」
ブルゴー=デュクドレー代将の提案は理解できる。敵の大砲を全て潰せれば、ミフ丘は致命的な弱点ではなくなる。俺だって、何としてでも叩きたい気持ちはある。
「そこに集められているのが全てか?」
しかし、仮に討ち漏らしがあれば意味はない。一門でも逃せば、それをミフ丘に運び込まれるかもしれない。実際の被害は少なくても、民兵は間違いなく、激しく動揺する。「敵の軍勢に付随している姿は他にありません。我々がそうであったように、大砲の運搬には時間的余裕を持たせます。それを考慮に入れると、他には無いでしょう」
現在普及している大砲は、故障も多い。車輪がぬかるみにはまれば、復旧に一日かかったりする。
実戦で使わずに諦めるには高価だしな。
こちらも大砲の運搬には時間の余裕をかなり持たせた。もちろん、シュラン丘陵での戦いが長期戦になれば追加で来るかもしれないが、今考えても意味はない。
「だが砲兵に攻撃すれば、魔法部隊も救援にやって来るのではないか? 三〇〇〇の敵部隊を突破し、敵魔法兵が駆けつけるまでに八〇門全てを壊す……困難に思えるが」
この大砲部隊は叩きたい。だが、失敗すれば意味がない。一門たりとも残したくないしのだ。何より、こうしてこれらが欲をかきたくなる時ほど、敵の罠を警戒しなければならない。
「しかし賭けるべきですな。分が悪い賭けではありません」
そう言って乗り気な、サミュエル・ル・ボキューズ男爵に対し、慎重派のアルヌール・ド・ニュンバルが反論する。
「奇襲に失敗すれば……貴重な騎兵を失う……あまりに危険すぎる」
諸侯の間でも、意見が割れている。ここは、一か八かの賭けに出るべきなんだろうか。だが、あまりに賭けが過ぎる。
「ベルベー魔法兵は?」「半数ほどは騎馬を持っています。騎兵の全速力でなければ、彼らでもついていくことは可能かと」
そう答えたサロモンだが、その表情は厳しい。おそらく、魔法兵がそれほど素早く大砲の処理をできないことを、理解しているのだろう。かと言って戦闘となれば、部隊は甚大な被害を受けかねない。
「……そこに近衛を足しても、結局敵魔法兵と歩兵が来れば撤退するしかないか。それまでに、全ての大砲を破壊できるかどうか……」
「すいません、陛下。意見しても」
俺たちが悩んでいる中、おもむろに声をあげたのは、バルタザールだった。
「申してみよ」
貴族たちが居並ぶ中、騎士階級の彼はほとんど話さなかった。まぁ、俺は気にしないが他の貴族の中には気にする者もいる。利口な立ち回りとは言えよう。
だがそんな彼がわざわざ意見を言うとなり、諸侯の目が一斉に集中する。すると流石に緊張するのか、バルタザールは自信なさ気に話し始めた。
「その……自分は昔、ある将軍の従者だったんですが、その将軍がやっていた『術者狩り』はどうでしょう」
バルタザールによると、その将軍は強力な敵魔法兵を会戦で相手しないために、よく魔法兵の野営地を夜襲で潰していたらしい。しかし魔法兵は貴重な兵科だ。護衛の兵がいて、そう簡単に狩ることはできない。そこでその将軍は、前々から執拗に補給や兵糧をつけ狙い、夜襲の際も兵糧狙いだと誤認させ、この護衛部隊を魔法兵の元から引き離し、魔法兵を襲撃したのだという。
「ちょうどアトゥールル族が、敵の補給路を何度も襲撃しています。目標を誤認させれば引きはがせる……と愚考する次第です」
バルタザールが作戦を言い終えると、セドラン子爵が彼に声を掛けた。
「もしや卿、デノイ子爵の?」
「はっ。その通りであります」
曰く、デノイ子爵は『皇太子ジャンの双璧』の一人であったという。今は既に亡くなっているが、将軍時代はそういった搦め手も多用しつつ、会戦でも器用に立ち回ったことから、負けることがほとんど無かったという。
「つまり、こちらの襲撃目標を誤認させるのか……しかし、兵糧で敵が動くか?」
おそらく、バルタザールの例ではその執拗な兵糧への攻撃で、敵の兵糧は減っていたのではないだろうか。確かに、飢えるかもしれないと思わせるくらいに追い込めていれば、敵は必死に兵糧を守ろうと動くだろう。しかし、アトゥールル騎兵の攻撃はあくまで嫌がらせレベルだ。実際、敵の兵糧にはダメージを与えられてはいるが、微々たるものである。
「陛下、アレを使ってはどうです」
「アレ?」
「幸い、まだ起動していないものがいくつか残っているはずです」
その言葉に、俺は思わず大きな声をあげる。
「『封魔結界』か!」
そうか、封魔結界を正しい用途で使うのか。確かにあれを使用すれば、敵魔法兵は魔法を使えなくなる。もちろん、その領域外に出られてしまえば、魔法は使われてしまうし、魔道具を破壊されても無効化されてしまう。だから魔法兵を確実に始末できる訳ではない……しかし、こちらが本気で魔法兵を狙って襲撃していると誤認させることはできる!
ようやく光明が見え始めたタイミングで、密偵から報告を受けていたらしいヴォデッド宮中伯から更に新しい情報が入る。
「今しがた、情報が入りました。敵の兵三〇〇〇の部隊ですが、どうやら皇国の部隊の様です」
「皇国のだと!?」
これには、俺だけに限らず、諸侯が驚きの声をあげる。
確かに、皇国には帝国の内乱に干渉する理由があるし力もある。帝国と皇国は、常に互いの足をひっぱり合って来たのだから。だが、その規模は比較的小さいものだと思っていた。さらに言えば、俺たちが黄金羊商会から受けているような、経済・内政面での援助がメインだと高を括っていたんだが。
もし皇国が堂々と介入して来たというのであれば、こちらとしては確かに大事件だ。帝国と皇国を隔てる踏破困難な大山脈『天届山脈』、その中に唯一、少数ながら軍の通過が可能な回廊が存在する。過去の敗北により今現在、回廊を抑えているのは皇国だ。もし彼らが本格的に軍事介入してきたのであれば、一度に大軍とはいかずとも、それなりの軍勢を投入されるかもしれない。そうなれば、俺たちがラウル軍に勝つことは困難になる。
しかし、それは皇国にとってリスクも大きいはずだ。彼らの目的は近隣の大国「帝国」を可能な限り弱体化させること。だからラウル側を支援しすぎて、「強力なラウル帝国」が誕生しては、彼らの首を絞めることに……あぁ、そうか。違うのか。
彼らも、『ラウル大公国独立』の意図を、正確に読み取ったのか。独立宣言はあくまで建前で、交渉の末の妥協案として本来の目的である『爵位継承』と『所領の安堵』を認めさせる……そういう魂胆であることを。
あるいは、ラウル僭称公と緊密なやり取りをして、何かしらの言質をとったのかもしれない。むしろそっちの可能性の方が高そうだ。
となると、彼らが本格介入する可能性が出てきたな……しかし、その割には確認されている兵力が少なすぎる。
まぁ、大軍で出兵した結果、回廊の出入り口を塞がれて敵地で孤立し、そのまま大敗なんてのは、ロタール帝国やテイワ朝以前の皇国が何度もやってきたことだ。だから大軍で出兵してくる可能性は低い……はずだ。しかし、それにしたって三〇〇〇は少なすぎる。
「それは皇国人の傭兵という訳では無く?」
そういえば以前、皇国で活躍していた傭兵がラウル軍に雇われているという話を聞いたな。もしかしてそれだろうか。
「これは推察を含みますが、おそらくは貴族が、傭兵契約で参加していると思われます。貴族としての「家」の旗ではなく、「個人」の紋章を旗に掲げております。名はロベルト・フォン・メナール」
なるほど、つまりウチでいうサロモンと同じ形態か。実質的な義勇軍だな。
「メナール家は皇国西方の大物、ですな」
「ではこの後、皇国の主力が出てくる可能性は?」
判断が微妙なところではある。皇国の人間が敵に参加しているのは事実だが、皇国が「個人が勝手にやっているだけ」と主張すれば、それ以上抗議できないラインだ。
「極めて低いと思われますが、警戒は致します」
次から次へと……悩みの種は尽きないな。




