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急転する戦況

本日三話目



 即位式の直後より、ラウル軍は東部辺境のゴティロワ族と交戦を続けていた。彼らゴティロワ族は帝国内において少数民族ながら、長いこと自治を許されてきた人々である。

 東方大陸の中央を南北に奔る大山脈『天届山脈』の中でも、生活可能な山岳地帯を住処としているゴティロワ族は、普段から山中や森の中で狩猟する者も多く、また小柄な人間が多いことで有名で、また彼らは優秀な兵士でもある。


 その勇名は『天届山脈』の向こう側でも有名らしく、特に山岳地帯に籠った彼らは、未だかつて負けたことが無いとか。帝国が彼らの自治を許していたのも、制圧できないと判断したからだろうしな。

 そして現在、彼らは得意のゲリラ戦術でラウル軍に損害を与え続けていた。その時間稼ぎのお陰で、俺たちには時間的余裕ができ、色々な布石を打つことができたのだ。


「ゴティロワ軍も追撃を行いましたが、ほとんど反撃もないとのこと。どうやら東部・南部の諸都市を放棄してでもシュラン丘陵に向かってくるようです。勿論、その中にラウル僭称公もおります」

 しかし同時に、ゴティロワ族には明確な弱点がある。帝国の貴族や皇帝に必要以上に警戒されないよう、攻城兵器の類を意図的に持たないようにしていたのだ。だからラウル公領の都市を陥落させるには時間がかかる。つまり、反撃は無いとはいえゴティロワ族の仕事はほぼここまでだ。


 ちなみに、皇帝の立場での現ラウル公の呼称は『ラウル僭称公』である。アキカールもそうだが、俺は法に則り皇帝の正当な権利として宰相と式部卿が保持していた爵位を取り上げた。彼らはそれを認めず、勝手に継承したと言い張っている訳だからな。


「随分と思い切りが良い……いえ、良すぎる」

 サロモンの言う通り、これまでの敵の動きとあまりにも違い過ぎる。

 シュラン丘陵の要塞化、皇帝直々の出陣、ゴティロワ族との挟撃……確かに、ラウル僭称公がシュラン丘陵に向かってくる盤面は調えた。しかし、東部・南部の都市を放棄してまで、というのはあまりに極端だ。

 なぜなら、そうしないために彼らは今までゴティロワ族のゲリラ戦に付き合っていたのだから。


 ちなみに、ラウル僭称公は宰相の息子ながら「勇猛果敢」な将らしい。基本的に帝都にいた宰相の代わりに、元からよくラウル軍を指揮していたという。

 兵からも慕われる常勝無敵の将、将来の帝国元帥……というのが、宰相派が健在だったころの宣伝文句である。実際の実力は未知数だが、ワルン公曰く「本格的な戦争の指揮は未経験」とのこと。実際、ここまではこちらが脅威を感じるような動きは見せていなかった。

 別に油断している訳ではないが、必要以上に恐れる必要もないだろう。


「追い込み過ぎ、ですかな」

「だとしても、こちらの方針は変わりない」

 セドラン子爵の言葉に対し、俺ははっきりとそう告げる。

 ここにいる軍勢は七〇〇〇に満たない数だ。しかし、シュラン丘陵にはファビオ……ラミテッド侯の軍勢とペテル・パールのアトゥールル族、そして約一万の市民兵(予定)がいる。

 他にも、規模は分からないがマルドルサ侯・エタエク伯の軍勢も丘陵へと向かって来ている。それらを合わせれば、こちらの方が兵数では上回るはずだ。


 まぁ、丘陵にいる労働者(市民)は置物にしかならないかもしれないが、それでも案山子にはなれる。


「次に、こちらの地図をご覧ください」


 そう言って、デフロットは一枚の紙を広げた。


挿絵(By みてみん)


「これは?」

「密偵と()()の情報を合わせ、現在の戦況を纏めました」

 それは驚きだ……どう見ても犬猿の仲である『ロタールの守り人』と『アインの語り部』が情報共有とは……いや、皇帝としては好ましいし、むしろそのくらいしてもらわないと困るんだが、それでも少し意外である。


「いわゆる『皇帝派勢力』とラウル僭称公を首領とする『ラウル派勢力』、アキカール大公国として独立を主張したアウグスト率いる『アウグスト派アキカール勢力』とフィリップ・ド・アキカール率いる『フィリップ派アキカール勢力』……これらを領地ごとにそれぞれ色分けしております」

 宰相と式部卿の死後、宰相の息子ジグムントと、式部卿の次男アウグストは挙兵。それぞれ『ラウル大公国』『アキカール大公国』として独立を宣言した。当然、皇帝である俺はこれを認めず、討伐を決定。

 これが現在、帝国が内乱状態にある理由である。


 そしてこの両勢力は「対皇帝」のために、それまでの宰相派・摂政派の因縁を棚に上げ「大公同盟」を結んだ。これに対し、自身が正当なアキカールの後継者と主張するフィリップによってもう一つアキカール勢力が挙兵。こうしてアキカールの反乱軍は二分された。

 つまり今現在、帝国は俺たちを含め四つの勢力が乱立していることになる。


 この二か月の間で、皇帝派の勢力はかなり広げることができた。とはいえ、これは領地単位でみているからだろう。たとえば俺の直轄領でも、未だに俺の命令を無視する子爵や男爵も少なくない。

「ですが、アキカールについては泥沼の戦いになっており、旧アキカール王国貴族も暴れております。もはや参考程度にすらならないかもしれません」

 まぁ、刻一刻と変化する戦況を完全に反映するのは難しいだろう。この地図の色分けも、その領地においてその勢力が「優勢」くらいの意味だと思う。

「しかし今重要なのはラウル、でしょう」


 セドラン子爵の言う通り、アキカールについては今は無視で良い。アキカールは元から争わせる予定だった。

 巡遊の中で、旧アキカール王国貴族の帝国への抵抗意識をこの目で見た。これについては、ブングダルト帝国成立の過程で、一度は寛大な条件で臣従させておきながら掌返した過去の皇帝がわるいんだけどな。

 この旧アキカール王国貴族という「不穏分子」がいる以上、統治の難しい地域だ。いっそここで「膿」は出した方が良い。争い合わせ疲弊させ、その影響力を低下させるのだ。


 そしてラウル派勢力だが、地図上でラウル派に区分されている全ての領地が皇帝派と抗争中……という訳でも無い。

 彼らもまた大きく分けて三つ。ラウル僭称公が直接治めている領地。ラウル僭称公に従い皇帝派と交戦する地域。そしてラウル僭称公に臣従しつつも、皇帝と連絡を取ろうとする貴族。

 このうち、帝国東部は全体的にラウル僭称公の影響力が強く、その支配下にある。一方、帝国北西部のテアーナベ連合近くの諸侯は、こちらにも連絡を取ろうとしてきている。貴族自身が交渉の使節を送って来ていたり、あるいはその息子の一人が接触を図って来たり、領地によってまちまちだが、共通しているのはこちらと本気で争いたくはないらしいという事である。本音では中立でいたいんだろうな。


 意外だったのは帝国北部の辺境に位置するアーンダル侯領だろう。帝都に捕えていた貴族の中で、比較的早期に解放されたアーンダル侯は、何と現在こちら側に付き、ラウル側に付いた貴族の兵やラウル僭称公の軍勢の一部によってその居城を包囲されているという。

 アーンダル侯は元々、その南に位置するヴァッドポー伯と共に摂政派の一員だった。そのヴァッドポー伯があっさりとラウル僭称公に従う中、ラウル軍に対し徹底抗戦をするとは思わなかった。

 別に俺や皇帝派の貴族と特別な親交があった訳でもないからな。


 どうやら彼は、この内戦は皇帝派が勝つとふんで一族の命運を賭けることにしたらしい。


「コパードウォール伯領は、主要都市は抑えておりますが、両アキカール勢力の流入により予断を許さない状況。ブンラ伯領はワルン公の軍勢がほぼ制圧したとのことです。そのままルーフィニ侯領へ侵攻し、陽動を買って出て下さるそうです」

「それは……喜ばしいことですが……それほどの余力が?」

 心配そうな声をあげるアルヌール・ド・ニュンバルに対し、ナディーヌが答える。

「問題ないわ。それを指揮しているのは『双璧』の生き残りよ」

「『双璧』の!? ならば確かに……無理はなさらないでしょう」

 ジャン皇太子の『双璧』と呼ばれた有名な将軍、そのうち一人は既に亡くなっており、残る一人がその人らしい。どうやら、前皇太子の死後ワルン公の元にいたようだ。


 ……『双璧』ではなく、『双璧に並ぶ』の方を俺に仕官させ、『双璧』は自軍の指揮官として確保する辺り、ワルン公も油断ならない貴族だな。まぁ、今はいい。


 話が途切れたタイミングで、今度はサロモンが地図のある箇所を指さした。

「このドズラン侯領のみ色が異なっておりますが、これはいったい?」

 ドズラン侯……それは俺の帝都への帰参命令も無視し、不気味に無言を貫いていた貴族である。

「出陣の前日、手紙が届きました。シュラン丘陵に『参戦する』とのことです」

「しかし、余はシュラン丘陵へ来るようには命じていない」


 そう、俺はマルドルサ侯やエタエク伯に対しては、シュラン丘陵へ来るように命令を出している。

 しかし、彼らに対しては出していない。なのにこの手紙である。これはつまり、「勝手にシュラン丘陵へ行く」と言っていると同義である。

「……ラウルに対しても同様の手紙を出しているでしょう。最悪の場合、会戦が始まってから裏切るかもしれません」

 デフロットのその言葉で、諸侯の間に動揺が広がったのが見てとれた。何せ、ドズラン侯領はその立地が凶悪だ。ワルン公領の北に位置し、皇帝直轄領の南、そしてラミテッド侯領の西に位置する。

 彼らが裏切った場合ワルン公領は新たな戦線を抱えることになるし、ラミテッド家では対応が難しい。

 自領を平定したばかりのラミテッド侯の手勢は僅かで、それもほとんどをシュラン丘陵へ送ってくれている。それでも戦力に不安が残る為、彼はシュラン丘陵で総勢一〇〇〇の傭兵部隊とも契約しているくらいだ。そして統治が万全ではない皇帝直轄領は言わずもがなだ。


 また丘陵での決戦中に裏切られる場合、戦況に大きな影響を与えることは間違いない。戦闘はこちらの不利に傾いてしまうだろう。

「なら先に叩く、という手は?」

 ワルン公の配下として彼の動向を人一倍危惧しているセドラン子爵には申し訳ないが、それは不可能だ。嫌らしい事に、奴はまだ我々と敵対していない。つまり主君である皇帝としては、咎めることや叱責することはできても、攻撃を仕掛ける訳にはいかないんだな。


「いや、それは下策だろう。そんな余裕は我々に無い……こちらにその余裕があれば、そもそも奴らはこれほど挑発的な行動を取ってはいないはずだ」

 ラウルやアキカールの挙兵もそうだ。彼らが挙兵し、皇帝に反旗を翻したから俺は「討伐」の軍を興せたのだ。曖昧な態度を決め込まれたら、もっと手強い相手になっていた。まぁ、そうさせないための「挑発」をこっちもやってきたんだけど。


 ドズランの真意がどこにあるか分からない。自分の価値を、皇帝に可能な限り高く売りつけるつもりか、あるいは別の意図があるのか。こればっかりは、こちらは受け身に回るしかない。

「仮にシュラン丘陵で離反するのであれば、その上で戦闘に勝利すればいい」

 俺は堂々と、受けて立つと宣言する。だって他に有効な手立てが無いからな。諸侯の動揺を抑えるためにはこれ以外の言葉が無い。


 まぁ、それができれば苦労しない、と言われそうだがな。


 俺は続けて、気になった箇所に指をさす。

「デフロット卿、このヌンメヒト伯領が交戦中となっているが、余は聞いていない。いったいどうなっている」

「ヌンメヒト伯の息子・娘たちが争っております。しかし、間もなく『事前に準備』していた者たちが勝つでしょう。問題ありません」

 デフロットがそう言うということは……彼らか。


※※※


 幽閉塔での事件の後、俺は言いかけていた頼みをダニエル・ド・ピエルスに話していた。


「以前、余はある転生者に暗殺されかけている。卿を咎める訳ではないが、伝言を頼みたい」

 かつて巡遊の際、俺は執事服の男に襲撃されている。その後の諸々から推察するに、間違いなく『アインの語り部』とその転生者の間にはつながりがあると確信していた。

「……伺いましょう」

「『丘陵での戦いに参加せよ』と伝えてほしい。それ以降では、他とは差をつけられないと」


 俺はその転生者との戦闘後、いくつかの口約束をしている。確約したのは主に家名の存続と、いくつかの行動に対して不問とすることなどだ。言ってしまえば、現状維持のレベルまでしか出していない。

 そこから先の、領地などの報酬については自分たちで功を挙げて勝ち取れと言ってある。


 だがせっかくの転生者……それも話の通じる相手だった。そんな執事服の男を心酔させる主であれば、間違いなく期待できる人物だと思ったのだ。

 信用できる臣下がまだまだ少ない俺としては、有能でまともそうな貴族にはどんどん出世してもらいたい。とはいえ、皇帝としては信賞必罰の原則を破る訳にはいかない。他の貴族にも分かりやすい功を立てて貰わないと、俺は褒美を与えられないのだ。

「そういうことであれば、必ず」

「頼んだぞ」


※※※


 とまぁ、そんな話があった訳だが。

 そうか、意外と近くにいたんだな、あの男。


 ダニエルと話した時は、「いなくても勝てるとは思うが、念のため」くらいの感覚だったのだが……これが結果的にいい判断だったかもしれない。間違いなく、あの転生者の主人である『お嬢様』はヌンメヒト伯の娘だろう。デフロットはわざわざ「息子・娘たちが」争っていると言っていたしな。また一つ、戦況が有利に運びそうな材料だ。

 というか、既に皇帝派にとって有利な状態にはなっている。何せ、ヌンメヒト伯領はこちら側に付いてくれたアーンダル侯領の南側に位置し、領地が面している。ヴァッドポー伯領の西側にある土地だな。そして、地味に帝都のあるピルディー伯領とも接している。


 つまりヌンメヒト伯領が皇帝派の領地なれば、皇帝直轄領・ヌンメヒト伯領・アーンダル侯領のラインでラウル派勢力を東西に分断できることになる。そうか、だから今ラウル派は必死にアーンダル侯領へ攻め込んでいるのか。

 状況が変わったのだ……もしかしてラウル軍の動きが早まったの、これが原因か? こちらとしても、帝都に近い敵対勢力がこれでいなくなることになる。帝都にいるワルン公も動きやすくなるぞ。


 本当、奇跡に近い位置だ。俺にとって非常に都合が……いや、そうか。ヌンメヒト伯領の人間だから、あの執事服の転生者は、あのタイミングで俺を襲撃したのか。


 愚帝だと思われた俺は、多くの貴族にとっては都合の良い存在だった。俺がどれだけ愚行を重ねようが、自分に被害が出ない限りは対岸の火事だからな。

 しかし直接皇帝直轄領と領地が接していたヌンメヒト伯領の人間にとっては、いつ暴発するか分からない爆弾がすぐ隣にあるような感覚だったんじゃないだろうか。だから「愚帝」を早めに「処理」しに来たのだ。

 しかもヌンメヒト伯は元内務卿で、その仕事は国内の問題……特に内政の采配だった。国内旅行とも言い換えられる巡遊において、その旅程を計画した人間の一人として間違いなくかかわっていただろう。だから、それを盗み見て襲撃に適した館に張りこめた。と同時に、警備の責任者では無いから、万が一襲撃が失敗しても自分の正体がバレなければ主人やその父である伯爵には罪が及ばない。


 なるほどなぁ。ちゃんと考えれば、ヒントはあった訳だ。なるほどねぇ。

 さて、問題は彼らがシュラン丘陵に来るかどうかだが……これは彼らが戦後、より良い褒賞を得られるようにと提案したことだからなぁ。


 今から絶対に来てくれって頼み直すか? けどアーンダル侯領のこともあるしなぁ。仮にアーンダル侯が討たれれば、包囲していた敵軍が南下してくるかもしれない。そんな状況で領地の防衛を手薄にしろとも言えない。これは『お嬢様』がどう判断するか次第か。


「報告は以上か?」

「えぇ。この場では以上です」

 状況の整理も終え、その日の軍議は終了した。今のところ、多少の問題はあれど状況は悪くない。



 ……そう思っていた。この時までは。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここからもっと悪くなるのか...
[一言] 気になっていた執事の転生者とその主君たるお嬢様がついに判明か
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