ある考察
本日二話目です
急ごしらえの皇帝軍は、小隊長たちの頑張りもあって、なんだかんだ日没までに予定通りの行程は進むことができた。初日にアフォロア公領まで入れたのは、かなり順調なほうだろう。
帝都のある土地はピルディー伯領と呼ばれ、その東にあるのがアフォロア公領だ。そして、アフォロア公領の東部辺境にあるのがシュラン丘陵……この軍勢の目的地である。ちなみに、アフォロア公領と呼ばれているが、アフォロア公という貴族がいる訳ではない。これはブングダルト帝国の前身国家ロタール帝国時代にアフォロア公爵が収めていた土地だからだ。そして今は、皇帝直轄領になっている。
そういう意味では、現アフォロア公は俺であるとも言える。ブングダルト帝国皇帝であると同時に、アフォロア公爵やピルディー伯爵でもあるのだ。こういう風に、同一人物が複数の爵位を持つことは割とよくある。この場合、所持する爵位のうち最高位のものを基本的には名乗る。そして他の所有する爵位は『従属爵位』と呼ばれるもので、普段は名乗らなかったりもする。俺の場合、「ブングダルト帝国皇帝」の称号が一番高位だからそれ以外は普段名乗らない。
さて、予定どおりの距離を進んだ部隊は、すぐに野営の準備へと取り掛かった。まぁ野営とはいっても、一部の例外を除いて、兵士は布や枯れ草を敷いてその上に雑魚寝である。いや、実際はテントも人数分あるんだが、設置と片付けは兵士の自己責任だし、中で全員寝る場合は隙間もないくらい詰めなくてはいけない。だが雨が降らない限り、この季節の夜は意外と外でも過ごしやすいらしい。
もちろん、けが人や小隊長用のテントもある。俺も皇帝用に用意されたテントで寝る予定だ。
……兵と苦楽を共にしろ? いや、皇帝が隣で寝てたら緊張するだろう。
そんな訳で、兵士たちが焚火を起こしたり、夕食の準備に取り掛かる中、俺はティモナが馬の世話をするのを眺めていた。これはティモナが馬のケアを買って出てくれたので、護衛対象である俺が勝手に出歩くのも不味いと思い、近くで待っているのだ。決してサボりではない。
兵たちの仕事を眺めていると、一頭の馬が俺の元に近づいて来た。目を向けると、そこにいたのはドレス姿で馬上に横座りする、ヴェラ=シルヴィだった。
「何かあったのか」
「代わりに行ってって、サロモンさん、が」
「あぁ、そういう」
ヴェラ=シルヴィは魔法が使える。サロモンが近くにいない間、魔法が使える護衛役としてついているように言われたのだろう。目の前で立ち止まった馬から、降りようとする彼女に手を伸ばす。
「あり、がとう」
降り立った彼女は、そう言って笑顔を浮かべた。
……こうして改めて彼女を見ると、軍勢においてあまりに不似合いな存在である。男ばかりの中ドレス姿の、少女にしか見えない女性が、平然と共に行動しているのだから。ぶっちゃけ浮いている。
するとヴェラ=シルヴィは、思い出したかのように頭を下げた。
「ごめん、なさい」
それが何の謝罪か思い当たる節があった俺は、思わず苦笑する。
「……いや、俺も悪かった」
気がついたときには、彼女もこの戦争について来ることになっていた。魔法が使えるとはいえ、ヴェラ=シルヴィが戦う姿は想像がつかない。どうしても、初めて幽閉塔で会った頃を思い出す。彼女を戦力として数える諸侯に、そして俺が反対すると分かって隠していた全員に腹が立った。
だが皇帝としては、彼女の参陣は受け入れるというのが正しい判断だった。これは俺やヴェラ=シルヴィのためではなく、チャムノ伯の為に。
彼女の父、チャムノ伯は自領防衛の為にシュラン丘陵へは参戦できない。だがそれ以外の、俺に従ってくれている諸侯は、皆シュラン丘陵へ部隊を派遣している。これは俺を助けるという目的もあるが、それ以上に彼ら自身が戦後の褒賞を確保する為である。
俺は皇帝だ。君主として、功績を挙げた家臣に褒美を与える義務がある。大きな功績を挙げた者には領地などの報酬を、僅かな功には金銭などを与える。これを論功行賞という。
そして「皇帝がいる戦場で共に戦う」というのは、まぁ分かりやすい功績である。そんな場にワルンもラミテッドもいるのに、チャムノ伯爵家の人間だけいないというのは、その分だけ論功行賞において差が出てしまう……そう思われてもおかしくはない。だからチャムノ伯の娘であるヴェラ=シルヴィがシュラン丘陵で何かしらの成果を挙げれば、チャムノ伯は「貴族としては」安心できる。父親としては娘を心配するかもしれないが。
もちろん、俺は論功行賞において贔屓するつもりは無い。同じ戦場で戦ったかどうかではなく、どれだけ皇帝や帝国に貢献したかを評価の指標とする。だが、そんな俺の考えは他人には分からないからな。
あと、彼女にはやはり、ナディーヌと同じく人質としての役割もあるのだろう。俺は嫌いな考えだし、人質がいようが裏切る奴は裏切ると思っている。だが、これは他の諸侯にとっての安心材料だ。
そういった複数の観点からして、彼女の参陣を拒む理由はない。チャムノ伯にとっての安心と、他の貴族にとっての安心の為に。まぁ、流石にドレス姿なのはどうかと思うが……魔法使いだしなぁ。しかも出陣の時に誰も指摘しなかったってことは、それでいいと諸侯が判断したってことだろうしな。
……ちなみに、諸侯の「功績」を少なくして、与える褒賞も減らそうなどという考えは俺には無い。これは内乱で、しかも正当な理由でその所領や財産を没収できる。んで、それを味方してくれた諸侯に分配するだけなのだ。俺の所持している何かが減る訳ではない。
まぁ欲深い君主ならケチるのかもしれないが、どう考えても今の俺には維持できない。そしてあまり皇帝が領地を持ちすぎると、諸侯が不満を抱く。今は彼らに不満を持たせるくらいなら、彼らの影響力が増すことを受け入れようじゃないか。
……宰相たちの二の舞にならないかって? そうならないために、細かい事で一々神経質を使うのだよ。たぶん、それができてこその皇帝だ。本当、めんどくさいが仕方ない。
閑話休題、ヴェラ=シルヴィが貴族として皇帝軍に帯同するなら、俺もそう扱うべきだ。そう理解しているんだけどな。だが……やはり一人の人間としては、ヴェラ=シルヴィの身を案じる気持ちがあるのも事実。
「覚悟、あるんだな?」
「うん」
そう答えるヴェラ=シルヴィに、迷いはなかった。
「なら、いい」
まぁ、あのサロモンが「戦力になる」と言ったのだ。それに、最前線に立たせなければそう死ぬようなことはないだろう。
俺の返答を聞いて、ホッとするヴェラ=シルヴィ。俺はそこでふと、気になったことを彼女に訊ねる。
「そういえば馬、乗れたんだな」
ヴェラ=シルヴィが乗って来た馬は、今も利口に彼女を待っている。
「のってない、よ?」
そう言って、コテンと首を傾げるヴェラ=シルヴィ……いや、首を傾げたいのはこっちなんだが。
思わず、彼女が乗って来た馬を指さす。ロバでもポニーでもなく、誰がどう見ても馬だ……と、そこで俺は違和感に気づく。彼女、降りてから……どころか、乗ってる時から一度も手綱を握っていないのだ。しかもこの馬、あまりにも利口過ぎるし、あまりに動きが無い。尻尾や耳は小刻みに揺れ動くが、逆に言えばそれだけなのだ。
……まさかこの馬、魔法で?
すると、彼女の方も俺が言いたいことに気がついたのか答えた。
「これ馬じゃない、よ?」
ほら、といってヴェラ=シルヴィが口を開かせると、中はなんと空洞だった。本来あるはずの歯や舌が無く、その材質は……土のようだ。
「まさか、ゴーレムか」
「馬、怖くて乗れない、から」
……つまり、ヴェラ=シルヴィは馬そっくりなゴーレムを作り、そのまま馬のような仕草をさせているってことか。実際、今も馬モドキは尻尾を振りつつこちらをジッと見ている。正直、気がつかなかった。
あぁ、だからドレスで、しかも横座りしても問題なかったのか。魔法で揺れとか抑えているのだと思っていたが、そもそもほとんど揺れていなかったのか……納得だ。
だがそうなると、別の疑問が出て来る。
「単純に乗り物ってだけなら、そこまで手の込んだことしなくて良くないか?」
「でもかわいい、よ?」
そういって、ヴェラ=シルヴィが馬モドキを撫でる。
そういえば、ヴェラ=シルヴィは魔法に関しては感覚派の天才だった。なんというか、俺からすれば技術の無駄づかい感がすごいんだが。
「例えばこれに、馬用の鎧を被せることはできるのか?」
「できる、よ?」
この魔法が気になったので聞いてみると、ヴェラ=シルヴィはすぐさま魔法で鎧を身につけさせた。
「ならこれを八本脚にすることはできるのか?」
俺がそう聞くと、ヴェラ=シルヴィは少し悩み、答えた。
「たぶん、無理?」
なるほど。つまり、これもイメージの問題か。俺なら馬と同じ機能を持たせればいいと考える……それこそ、何年も前に生みだした魔法【従順なる土塊よ】は土からゴーレムを生みだす魔法だった。
だが馬に乗れなかったヴェラ=シルヴィは、行軍する為に「自分を振り落とさない魔法の馬」を創り出した。とんでもなく非効率な魔法だ。
「消費魔力に見合わなくないか」
「でも、時間かかるだけ、だよ?」
それがどうしたのかと言わんばかりのヴェラ=シルヴィに、俺はまたしても納得した。
「確かに。効率は気にする必要がないのか」
この世界の魔法は、空気中の魔力を使って魔法を使う。体内にも魔力はあるのだが、基本的には「砂鉄を引き寄せる磁石」みたいに、空気中の魔力を扱いやすくする為に使われる。
そしてもう一つ、この世界における魔法の重要な特徴は、「魔法を使い過ぎるとその空間の魔力が枯渇する」というものである。空気中の魔力が魔法を使うための「燃料」と考えれば、それを使い過ぎると枯渇するのも道理であろう。ただ、この魔力枯渇は永遠に続くという訳では無い。この枯渇した魔力は、時間をかけて少しずつ回復していく。
つまり、個人で使える魔力総量に限界はないため、わざわざ「消費魔力の少ない燃費の良い魔法」を好む理由は無いと。その場の魔力が枯渇しても、移動するかしばらく待てば良いだけだ。あと、一人の魔法じゃそう簡単に「枯渇」は起きない。
だから唯一のデメリットは「発動に時間がかかる」くらいなのか。
ちなみに、使える魔力量に限界はないとはいえ、基本的には魔力をより多く使う分だけ、その扱いは難しくなる。だからヴェラ=シルヴィのこの馬モドキは、完全に化け物じみた領域の業である。
「目の前に敵がいる訳でもないしな。今は魔力、使い放題みたいなものか」
先ほどデメリットは「発動に時間がかかる」くらいといったが、実のところこれが戦闘において致命的になる職種もある。代表的な例が「冒険者」である。
極寒の北方大陸に入植し、東方大陸では絶滅した強力な魔物を狩り、それを輸出することで生計を立てている彼らは、基本的に少人数で魔物を狩る。そういう戦闘においては、「発動の遅さ」は致命的であるため、彼らは発動速度の早い、効率の良い魔法を好むらしい。
一方、兵士……いわゆる『魔法兵』と呼ばれる存在は、この正反対の戦い方をする。つまり、なるべく大量の魔力を消費しようとするのである。何故なら、魔法を使う際に空気中の魔力を使うのは、自分たちだけでなく敵も同じだからである。故に、「相手に使われるくらいなら自分たちが使う」の精神で、むしろ燃費の悪い魔法の方が好まれるくらいだ。
かつて俺は、この目で魔法兵の戦術をみたことがある。
その時彼らは、兵の代わりの『盾』とする為に、召喚魔法で魔物を呼びだしていた。当然、大したものは呼べないのだが、それでも犬くらいのサイズの魔物が突っ込んでくれば、兵はそれを迎撃せざるを得ない。銃兵なら、その魔物に対して撃たなければならないのだ。
この時代の銃は火縄銃であり、次の一発を撃つまで時間がかかる。その間に騎兵や歩兵が近づくなり、大量に魔物を召喚し続け敵を消耗させるなりして、魔法兵以外の味方が有利に戦えるようにする戦法である。特に、銃が普及してからは有効な戦術としてどこの国でも取り入れているらしい。
それとは別に、主流な魔法兵の戦術がもう一つある。それは、「歩兵の陰から強力な魔法で攻撃する」というものである。これは昔からある戦術で、さっきの戦術とは違い、強力な魔法攻撃で敵兵力に損害や混乱を与え、それを起点に歩兵や騎兵が攻撃を行うというものである。
こっちはむしろ、歩兵などを『盾』としている。ただ、敵との距離が遠い程この手の魔法はコントロールが難しく、かといって接近すれば敵の弓兵や銃兵の餌食となってしまう。
また大砲が登場してからは、「その役割大砲で良くね?」となりつつある。
この二つの戦術は、前者には「魔力消費の割には大した魔物は呼び出せない為、敵兵の数を減らすことには期待できない」というデメリットがあり、後者には「防壁魔法で簡単に防がれてしまう」「敵陣まで届かせる為に魔力消費が大きい」というデメリットがある。ただ、魔力消費云々については、相手に魔法を使わせないという意味ではむしろメリットとして働く。
つまり、魔法兵と言うのはこういう戦い方を基本として叩きこまれている訳だ。これは兵の指揮官となることの多い貴族でも、同じ考え方のようだ。
反対に、俺は冒険者向きの戦い方と言えるだろうか。よく使う【炎の光線】なんかもそうだ。魔力から変換する時のエネルギー効率が良く、素早く発動できるから使っている。
これは俺が『封魔結界』内での戦闘も想定しているからだと思う。この世界には魔法を封じるために『封魔結界』という結界を展開する魔道具が存在する。これは空気中の魔力をその場に「固定」することで、魔法使いがそれに干渉するのを防ぐ魔道具だ。
しかし俺は、「体内の魔力」を体外に排出し、それが固定化されるまでの一瞬の間に魔法を発動させることで、封魔結界内でも戦闘を可能としている。だから俺は、魔力を素早く「火力」に変換し撃つことができる【炎の光線】を多用するのだ。体内の魔力は使い過ぎると気絶するので、消費魔力も極力抑えたいし。
そしてこの「体内の魔力を体外に排出する」という技術、今のところ俺以外に使える人間を見たことが無い。だから「空気中の魔力を使い切ったら魔法兵の役割は終わり」って考え方なんだろうし。
……あれ、なんか引っかかる。なんだろう、歯に小骨が刺さっているかのような違和感は。……まぁ、今は良いか。
「他にどんな魔法が?」
そういえば俺は、ヴェラが他にどんな魔法を使えるのかあまり知らない。巡遊の間は会わなかったし、定期的に会いに行ってた時もいつしか雑談がメインになってたし、解放してからは戦争の準備に忙しくてそれどころではなかった。
「ツタを伸ばしたり、とか。水を出したり、とか。小鳥さん、にお願いしたり、とか? ……あと、重いものも持てる、よ?」
うーむ。見事に俺が苦手な魔法や使えなそうな魔法ばかりだ。これが感覚派か。動物と魔法で意思疎通とか、俺には絶対に無理だろうな。
「あと、見せてもらった魔法、練習した、よ? 苦手、だけど」
「見せた魔法?」
確かに、ヴェラ=シルヴィがまだ塔に幽閉されていた頃、魔法を教えるために色々と見せたな。
……って、そういえば。
「ところで、あの塔に幽閉されていた時、窓の鉄格子に違和感とかなかったか」
幽閉塔は、かつてヴェラ=シルヴィが幽閉されていて、今は摂政……いや、元摂政が幽閉されている。
その鉄格子について、俺は昔ヴェラの前で溶かした記憶がある。その後、無理矢理冷やして固めたが、慌ててやったから適当だったような気もする。今思えば、身体に影響されて精神も子供に引っ張られていたのだろう。それが原因で鉄格子の強度が弱体化し、外れやすくなっていた……という可能性も否定できない。
「どう、して?」
俺はそこで、幽閉塔で起きた事件についておおよそ説明する。
皇帝の実母であるアクレシアは、式部卿らと同じく、その専横を理由に幽閉されることとなった。幽閉先は、彼女の指示によってヴェラ=シルヴィが幽閉されていた宮廷内の塔である。そして彼女の愛人であったコパードウォール伯は、貴族であることよりも自身の恋愛を選んだのか、宮刑……つまり生殖器を去勢してまで、その塔でアクレシアと添い遂げることを選んだのである。
ここまでは純愛というか泣ける話だ……愛人だけど。
問題はその後、アクレシアによって突如、このコパードウォール伯が塔から突き落とされたのである。自分の為に宮刑になってまで幽閉塔に付いて来た伯爵を殺すとか、発狂したとしか思えない。お陰で、彼の領地についてこちらは余計な懸念が増えてしまった。
まぁ、これについては事件か事故か分からない。何より、そんな事を精査する暇も無かったからな。しかし、最低限の調査は行われた。
あの塔は自殺防止のため、全ての窓に鉄格子がはめられていた。だがそのうちの一か所が外れていたのである。おそらく、そこから彼は突き落とされたのだと考えられた。問題はそこが、かつて俺が溶かした鉄格子であったという事だ。
確かにその窓は、人が出入りできそうなサイズではあった。しかし大人の場合、屈まないと出入りできないサイズだ。ただ、この鉄格子の外れ方は「根元から綺麗に」とか、「外枠ごと」ではなく、ちょうど俺が「溶かした」ときと同じような壊され方だった。あるいは、まるで爆弾か何かに吹き飛ばされたかのようにも見れた。
それと、窓の外には簡易的なバルコニーもあるのだが、これについても、一部破損していたらしい。
んで、どうやらその時、現場では爆音がなったらしい。おそらく、事件の瞬間に。しかし火薬が使用されたと思われる痕跡はなかった。
そう言った状況証拠から、一番有り得そうな説は「密かに爆破系の魔道具を持ち込み、俺の修復ミスで弱くなっていた鉄格子を吹き飛ばし、そこから伯爵を突き落とした」というものだと俺は考えている。まぁ、使用されたと考えられる魔道具は見つかっていないんだが。しかし爆音がなった後に伯爵が落下した以上、魔道具だと思うんだよなぁ。
この時代、探偵も警察もいないからな……迷宮入り間違いなしだ。容疑者の供述はどうしたのかって? そりゃもう、だんまりですよあの女。
とまぁ、今分かっていることと俺の推理をヴェラ=シルヴィに話す。ちなみに、どうやってやったかはこの時代、あまり気にされないらしい。宮中伯も諸侯も、殺害の方法についてはそれほど重要視していなかった。
だが俺は気になったしまったので、何か心当たりはないかとヴェラ=シルヴィに訊ねた訳だ。
「感情的になって、魔法使えた、のかも」
するとヴェラ=シルヴィは、そんな突拍子もない事を言い始めた。
「いや、あそこは封魔結界で守られているだろう。ヴェラは使えたが、普通あの塔の中で魔法は使えない。それに、あの人が魔法を使えるなんて聞いたこと無いし」
確かに魔法を使ったというならば、爆音も鉄格子も、魔道具が見当たらないのも説明がつく。しかし、まさかそんなこと。
「でも、才能はあったはず、だよ?」
「魔法の才能? どういうことだ」
ヴェラ=シルヴィ曰く、歴代皇族は「魔法使い」の血を積極的に取り入れてきたという。これはまぁ分かる。魔法使いのいるこの世界において、かつては貴族=魔法使いだったし、魔法とは力の象徴でもある。
そして皇帝の一族は、その権力を保持する為に魔法使いの血を積極的に取り込んだ……実際に魔法が使えるかどうかは別として、その素質がある人間の中から皇后を選んできたようだ。だから歴代皇帝の妃は皆、魔法を使えるか、あるいはその素質のある人間が選ばれてきたと。
俺がそれなりに強い魔法を使えるのも、転生者だからではなく、皇族だからか。
「わたしが、側室になったのも、そう。ロザリア様が、魔法を学んでいるのも、そう」
魔法使いになり得るかどうかは、魔道具で判別ができる。募兵で魔法使いかどうかを判別した際にもこの魔道具は使われた。しかし、才能があると判断されても、実際に使えるかは別問題だ。なぜなら、魔法に重要な「イメージ」は、個々で差が生まれるからである。だから魔法一つを習得させるために、何十通りもの「イメージ方法」や「練習法」が書かれた魔導書なんてものがある。
これは魔法使いとしての第一歩、「空気中の魔力を知覚する」という感覚においても同じことのようだ。俺は転生したから「前世との違い」を感じ取って、空気中の魔力を知覚できたが、普通の人はそういう訳にもいかないからな。魔力を扱えるはずの身体を持っていても、魔力が認識できず魔法を使えない人間も多いらしい。
ヴェラ=シルヴィの場合、それまで魔法が使えなかったが、素質はあったから側室になり、その後幽閉された。そして幽閉された後、魔法の才に開花した。そう考えると、アクレシアが幽閉された後に魔法の才に開花してもおかしくはない。
というかそうか。魔法とはこの世界の人類がもつ戦闘本能の一種とも考えられるのか。そうなると、「幽閉される」という極限状態の中で、この本能が目覚めるというのも有り得そうな話ではある。そしてあの人は、父親が式部卿……もとから「魔法使いの血が濃い」ブングダルト皇族の血を引いていて、しかも母方が授聖者アインの子孫。昔遭遇した転生者も魔法が使えていたと考えると、アインの子孫にも魔法使いの血が多く取り込まれてきたのかもしれない。そう考えると、魔法使いとして大成するだけのポテンシャルは秘めていたのか。
全くそんな話は聞いたことなかったぞ……いや、この世界の貴族や王族の中では常識なのか。というか、王族同士や貴族と婚姻する以上、基本的には魔法使いの血は途絶えないってことか……?
……もし仮にヴェラの推測通り、アクレシアが魔法使いとして覚醒していて、封魔結界内部で魔法が使えるようになっていた場合、いつでもあの女は逃げられる……いや、そんなことはないか。それで簡単に脱出できるならヴェラ=シルヴィだって外に出ていただろうし。警備も監視もある以上、すぐに逃げ出すってことは無いのか。しかし、気をつけなければいけない。これ以上厄介なことをしでかされない様に。
……やっぱり殺してしまった方が楽なんじゃないだろうか。
それと、仮にそうだとしてもやっぱり分からないことがある。
「だとしても、なぜ感情的になった? なぜ伯爵を殺した? 何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない」
俺の嘆きに、またしてもヴェラ=シルヴィは推測を重ねる。
「何もかんがえてない、のかも?」
ヴェラ=シルヴィ曰く、あの人は俺を怒らせる気はないらしい。自分を幽閉した息子を恨んでいる訳でもないと。全くもって信じられない話だ。俺を利用していた人間の一人なのに。
「愛し方が、分からなかっただけで、愛していなかった、訳じゃない、と思う」
ヴェラ=シルヴィの言葉は、最後の方に行くにつれ、段々と自信がなくなるように小さくなっていった。
「そう聞いたのか」
「違う、けど」
まぁそうだろうな。ヴェラ=シルヴィはこの十年、アクレシアと接触していない。つまり、ヴェラ=シルヴィの個人的な考えだ。そこに根拠はない。俺を放置し愛人との子供に現を抜かしたあの女が、俺を愛していた? あり得ないだろう。
そもそも魔法が使えるかもしれないという話も、確たる証拠はない。全て推測の域を出ないのだ。そうなると、もはや方法については考えても答えは出ないのかもしれない。結局、諸侯と同じ結論に至ってしまった。
実際、この世界で「犯行の手段」が重視されないのは、魔法が存在するからだしな。誰も知らない魔法を使われれば、その時点でお手上げなのだ。
対応はまた今度考えるとしよう。……というか、ヴェラ=シルヴィにとってあの人は自分を幽閉した張本人だ。それを庇うとか、優しすぎるんじゃないだろうか。




