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皇帝、出陣する(2)

『転生したら皇帝でした』コミックス1巻、明日(10月1日)発売!


『転生したら皇帝でした』三巻も10月8日発売です。



 皇帝の出陣に異論がありそうな諸侯に向けて、俺はその必要性を説く。

「ある。何故なら子がいないのは余だけでなく、ジグムントも同じだからだ」


 宰相の唯一の子供であるジグムントは、俺の叔母であるマリアと婚約を結んでいた。しかし結婚自体は、摂政派などの妨害で阻止できている。

「彼を戦場に引きずりだし、これを討ち取る。その為には彼が戦場に出て来る理由……危険を冒すに見合う『餌』がいる」

 彼らが反乱を起こしている根拠は、ラウル公領の継承者がジグムントであると主張しているからだ。その彼を討てば、ラウル公領の継承権は俺に回って来るし、彼らは戦う大義名分を失う。それに、アキカールと違いラウル公領の下級貴族にはブングダルト人が多い。降伏を認めれば比較的速やかに平定できるはずだ。


「卿らの言う通り、余が前線に出ることは尋常ではない。()()()()()だ。『大公同盟』の瓦解にゴティロワ族討伐の失敗、さらにマルドルサ侯の離反……向こうは配下が動揺しているだろう。その状況で、皇帝が出て来るのに自分は出ないという選択は、彼には無い」

 仮にジグムントを君主と見なしても皇帝と大公ではこちらが格上だ。そんな相手が前線にいるのに格下の彼が出てこなければ、臆したと見なされる。配下にそう思われる余裕は、今の彼にはない。

 つまり……ジグムントはほとんど詰んでいるのだ。この盤面を作り上げるために、俺は時間をかけてありとあらゆる手を打ってきた。

「余が出れば、彼に唯一残された可能性は戦場で余を討ち取ることだけになる。それでもまだ不要と申すか」

「ラウルが片付けば、アキカールが内部分裂している限り、軍を自由に動かせる。周辺国は手を出せないでしょうね」

 サロモンの言葉は、俺の考えに対する援護だ。俺は改めてこの戦いに向けての決意を述べる。

「この一戦、総力を尽くし勝利を掴む。そのためには余自らを戦力としてすら用いよう。最上の勝利の為に、この命を懸ける。それだけの価値があるとは思わないか?」


 俺の言葉に、反論は無かった。

「よし。では帝都の留守はワルン公に任せる。だが兵力も欲しい、半数ほどは連れていくぞ」

「分かりました。当家の指揮官も一人つけましょう」

「それと確実に引きずり出す為、出陣の際は帝都でパレードを行うぞ」

 堂々と、俺が出陣することを向こうに知らせる。それに、帝都周辺の民衆を安心させるためにもやるべきだろう。

「ならばその采配は私とワルン公にお任せ下さい」

 これまで静かだったヴォデッド宮中伯が、さらにパレードについて提案を続ける。

「帝都の北側は貴族街。そこでパレードをするよりは、カーディナル市街を東に出て、旧セイディー市街を北へ抜けるのはいかがでしょうか」

「それでいい、手配は任せた。それと、ダニエル卿に頼みたいことがある。彼に……」



「大変です陛下!!」

 そう叫び、部屋に飛び込んで来たのはバルタザール・シュヴィヤールだった。訓練中だったのだろう、汗と土ぼこりに汚れた彼は、走って来たのか肩で息を切らしている。

「何があった!」

「アクレシア殿が御乱心。共に幽閉されていたコパードウォール伯を塔から突き落としました! 既に亡くなっています!!」


 ……あのクソババァ。何してくれてんだこの大事な時に!



***



 現場に着いた時には、既に遺体は片付けられていた。土が掘り起こされているあたりから、わずかに血の臭いが漂ってくる。

 俺は、愛人を突き落として殺したとみられる女がいるであろう辺りを睨みつける。

「やはり殺しておくべきだった」

 本当に、あの女が何を考えているのか分からない。せっかくコパードウォール伯領を実効支配できていたのに。


「しかし陛下」

 そう俺に声を掛けるのは隣にいたティモナだ。この現場には、彼とバルタザールのみを連れてきた。

「アキカールが三勢力に分裂している今、チャムノ伯には余力があるはずです。ならばコパードウォール伯領を中途半端な立場で放置する理由もありません。陛下に恭順するのか、平定されるのか。二択を突きつけてもよろしいかと」

 ……確かに、海から黄金羊商会の支援が受けられる今、チャムノ伯にはかなりの余裕があるかもしれない。

「他の日和見を続ける貴族たちへのメッセージにもなります」

「……分かった、その方針でいい」


「それにしても、どうやって幽閉塔から落下したんですかね?」

 どうやらバルタザールは、事件の瞬間を目撃したわけではないらしい。

 言われてみれば確かに、と思い改めて塔を見上げる。そこで俺は違和感を覚えた。

「……鉄格子がありません」

 ティモナに言われ、俺は納得する。この塔はかつてヴェラ=シルヴィが幽閉されていた塔だ。その時は、自殺や逃亡を防止する為に全ての窓に鉄格子がかけられている。

「老朽化ですかね」

 ……あれ、ちょっと待てよ。あそこにヴェラ=シルヴィが幽閉されていた時、鉄格子を魔法で溶かして見せた気が……その後どうしたっけ。


 もしかして、責任の一端は俺にあるか?

「……起きてしまったことはしかたない」

 これが故意なのか事故なのか分からない。何がしたかったのかも。だがどうであれ、あの女は生涯この塔に幽閉され続ける。

 ……感情的になるのは良くないな。俺がどうしたいかではなく、どうするべきかで考えなければ。

 生かすべきと言われる限り生かす。それでいいだろう。



***



 出陣を宣言してから一週間が経った。今日、俺はシュラン丘陵へ向け帝都から出陣する。

 わずか一週間でパレードの手配は行われたらしい。俺は一切その手配に関わっていないが、異常な手際の良さだ。もしかして、俺が言い出すことを予期していたのだろうか。


 徴兵した市民の練兵行程については、全て終わった訳では無いようだ。残りは現地でやると言っていた。ちなみにパレードが決まってからは、ひたすら行進の訓練だけをやったらしい。

 俺の方は今回、馬車ではなく騎乗して行進することになった。無論馬車よりも暗殺される危険性はあるが、これから戦場へ行くと宣言している奴が、馬車の中に引き籠っているのも格好つかないからな。

 そして俺が乗る馬の手綱を握るのはティモナだ。この役割は馬上の人間が一番信頼する人間に任せるらしい。


 そして間もなく、宮廷から出発し市街に出るという時、一人の女性がやって来た。

「ヴェラ? 見送りに来たのか」

 普段と変わらないドレス姿の彼女に俺はそう声をかけた。すると彼女は、あまりに予想外のことを言い始めた。

「わたしも、いく、よ!」

 両手を握り、俺に向けて気合をアピールするヴェラ=シルヴィ。


 だが俺は彼女に言葉を返せず、咄嗟にその隣にいたヴォデッド宮中伯に顔を向けた。

「は?」

 おい、ふざけるな。これから戦場に行くんだぞ。なんでヴェラを連れて行くんだ。

「どういうつもりだ、宮中伯!」

 俺の言葉に、ヴォデッド宮中伯は平然と答えた。

「彼女は戦力になります。陛下の魔法の師として」

 それは建前の話だ。俺が魔法を「いつ誰に学んだのか」を誤魔化すための。実際に彼女から教わった訳では無い。彼女を戦場に連れていく理由にはならない。


「ちゃんと、たたかえ、るよ?」

「それは私の方からも保証いたしましょう」

 そう言って近寄って来たのは、サロモン・ド・バルベトルテだった。俺は彼を睨めつけるも、それを真っすぐに見返し、さらに続けた。

「陛下はおっしゃられました。最上の勝利の為に、ご自身を戦力として用いると。ならば使える戦力は使うべきです」

 あぁ、確かに言った。だがそれとこれとは話が別だろう。

「それに、ね。たのまれ、たの。へいか、をまもってって」

 そう言ったヴェラ=シルヴィの視線の先には、静かに頭を下げるロザリアの姿があった。

 ……クソ。どうせ反対するから全員俺に知らせずに黙っていた訳か。


「私も行くわ!」

 その言葉と共に、今度は騎乗した少女がやって来た。

「ナディーヌ」

 普段と変わらない格好のヴェラ=シルヴィとは違い、こちらはしっかりとプレートアーマーを着込んでいる。その隣には帝都に残るワルン公もいる。勝手についていこうとしている訳ではないらしい。

「公爵領で療養していたのではなかったのか」

 短い時間とはいえ、地下牢に送り込まれた後僅かな護衛と共にワルン公の元へ手紙を届けた彼女は、ワルン公の領地で療養していたはず。いつの間に帝都に来ていたんだ。

「そうよ。けどそれも終わり。私もできることをするわ!」

 俺はワルン公に説明を促す。

「無論、ヴェラ=シルヴィ嬢とは違い、当家の愚女は前線では戦えません。しかし名代としてキアマ市に入城すれば、陛下には及ばずとも『餌』にはなるでしょう」


 キアマ市はシュラン丘陵の西に位置し、シュラン丘陵の補給拠点となる位置だ。ほぼ最前線と言って差しつけない、十分に危険な位置だ。

 思わず舌打ちしたくなるのをぐっと堪える。本当に好き勝手してくれる連中じゃないか。

「人質か?」

 キアマ市はシュラン丘陵が抜かれれば間違いなく戦場になる。俺に慎重な戦いを強要する為の、足枷か何か?

「いいえ。守りたいのであれば守ればよろしいかと。しかし陛下がおっしゃったはずです、自身の命を懸けるだけの価値のある戦いだと」

 だから彼女らも命を懸けるのです、とヴォデッド宮中伯は言った。


 俺が更に反対しようとしたとき、市街から鐘の音が聞こえた。

「お時間です。パレードを遅らせて市民を待たせるのであれば続けていただいて構いませんが」

 俺が乗る馬の手綱を握るティモナが、そう言って俺に判断を仰いでくる。

 ……ズルい聞き方だ。

「次は無い」

 俺は負け惜しみのようにそう言い残し、彼らから視線を逸らした。


***


『皇帝陛下!』

『帝国万歳!』

 パレードが始まり、俺は馬上で揺られながら民衆の歓声に応えていく。これから戦場に向かう皇帝として、笑顔というより真剣な表情で、それでいて緊張しているように見られず、かつ自信に満ち溢れた姿に見えるように振舞う。

 そんな風に細かく振舞っているうちに、だんだんと考えや気持ちの整理がついていった。

 俺は皇帝として振舞えていると思っていたが、ロザリアやナディーヌ、ヴェラ=シルヴィに対しては、どこか一人の人間として、少年カーマインとしての弱さが出ていたようだ。彼女らを危険な目に遭わせたくない、戦場に出したくないこの気持ちは、我儘であり甘えなのだろう。


 その感情が、今は求められていないことも理解した。

「良いだろう」

 誰にも聞こえないよう、小さく呟く。

 民衆も家臣も、求めているのは『強い皇帝』だ。ここから先は演じるだけでは足りない。戦い、勝利し、実際に『強い帝国』を取り戻さなければならない。


『勝利を!!』

 その為には、この甘さは捨てなければならない。


『帝国に栄光あれ!!』

 そうだ、全てはこの国の為に。


『皇帝陛下万歳!!』

 俺は民衆の叫びに応え続ける。いつまでも、その声がある限り。




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― 新着の感想 ―
えっ?えっ?えっ? ただこれは家臣たちは主人公を繋ぎ止めてほしい、自身を大切にして欲しいってだけだったよ?それがなんでそうなっちゃうの? たとえ一国を背負う人間だとしても、情を捨てるのは良くないよ…
家臣らが好き勝手するのはようは主人公を舐めているからなんだよね。で、主人公は舐められても仕方ない甘さを知らず知らずのうちに表に出していた そしてそれを理解した主人公はこうして皇帝らしくなっていくんだろ…
[良い点] すごく読み応えがあって楽しいです。 続きを楽しみにしています!
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