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皇帝、出陣する(1)

『転生したら皇帝でした』コミックス1巻、10月1日発売。

『転生したら皇帝でした』三巻、10月8日発売です。


 セルジュ=レウルは数日後、条文の草案を書き起こし、帰っていった。あとは官僚レベルで話が進んでいくだろう。


 ちなみに、彼を送り届ける役目は黄金羊商会に任せることになった。というのも、彼らには冒険者組合(ギルド)の使者との謁見内容、全部教え(流し)といたからな。

 そのお礼として無償で引き受けてもらった。黄金羊商会は危険な相手だが、それは彼らが実力を備えているからだ。あんな使者を送って来る連中では相手にならない。


 あともう一つ、イレール・フェシュネールから「運よく速やかに準備できましたぁ」の伝言と共に大量のクロスボウと矢が送られてきた。それも、ちゃんと規格が統一されたものが。

 ……あの女、調達しなきゃいけないと言ってたはずなんだがな。

 かき集めたのであれば、もう少し不揃いになるはずだ。つまり、ちゃんと在庫として抱えていたのに、俺に引き渡すことを渋っていたのだろう。あるいは、冒険者組合(ギルド)の使者の件は踏み絵だったのかもしれない。ほんと、油断ならねぇ。


 それと、重要なことを一つ、決めさせてもらった。それはロザリアの待遇についてだ。これまで彼女は帝都に滞在する際、客間を与えられていた。俺の婚約者として、「客人」として扱われていたのだ。

 それを今回、正式に宮中の一室を与えることにした。これからのロザリアは、ベルベー王国からの客人としてではなく、その部屋の主として扱われる。まぁ、正式に立后の儀を挙げたら後宮を定めてそこに移ってもらうつもりだから、仮の住居になってしまうが。

 立后の儀が何かって? ……結婚式みたいなもんだよ。



 それからまた数日後、俺は帝都にいる諸侯を集め、再び会議を行っていた。残念ながら、帝都を掌握してすぐの頃より集まった人間はだいぶ減ったけどな。

 チャムノ伯には依然、自領で分裂したアキカール双方へ圧力をかけてもらっている。『アインの語り部』の老エルフ、ダニエル・ド・ピエルスはアキカールへの工作と西方派内部の抗争を長引かせる工作中。ファビオはシュラン丘陵にて野戦陣地を建築しながら、現地の警戒だ。


 そんな訳でこの場にいるのは六人。俺とティモナ、そして財政どころか宮中の官僚の管理・統括まで押し付けられたニュンバル伯、同じく密偵だけでなく宮中の警備すら担当しているヴォデッド宮中伯、貴族の対応と練兵に帝都周辺の制圧まで任さているワルン公、正式に帝国が雇用契約を結びこれから扱き使われるであろうサロモン・ド・バルベトルテだ。

 うーむ、改めて見るとブラック企業も真っ青の仕事量である。明らかに人手が足りない。ちなみに、言うまでもなく一番忙しいのはティモナだ。俺の護衛であり従者であり毒見であり秘書であるからな。休むよう言ってるんだが、「では誰かを代わりにご指名ください。引継ぎを行いますので」と言外に「んな余裕ねぇだろ」と正論を返されてしまう。


 あ、そうそう。バルタザールら近衛だが、彼らは戦場に連れていくつもりなので、ブルゴー=デュクドレーにもう一度叩き直してもらっている。給料泥棒はいらないからな。


「武器の調達に見通しは立ちましたが、『封魔結界』の魔道具を大量発注するとは……冒険者組合(ギルド)もあのように追い返した今、いつ値上げが行われるか分かりませんぞ」

 黄金羊商会からの資金援助で急に顔色が良くなったニュンバル伯が、そう懸念を口にする。

「それが必要なのだ、ニュンバル伯。何度も会戦を行う余裕がない事は卿が誰よりも把握しているだろう。一度の決戦で内乱の趨勢を決めるために、必要なのだ」

 いつものように、俺はニュンバル伯にそれが必要な出費である事を説く。金銭が動く時に限らず、伯爵は慎重な意見を述べることが多い。そんな彼の意見と、皇帝としての俺の考えは対立することも多い。

 とはいえ、俺はそんなニュンバル伯を別に煩わしく思ったりはしていない。むしろ高く評価しているくらいだ。それは俺が傀儡の間も、宰相らに抵抗していたからではない。彼の仕事ぶりを評価しているのだ。


 即位式から共に仕事をしてきた中で気づいたのだが、ニュンバル伯は限られたリソースを適切に無駄なく分配する達人らしい。現在、宮中が機能不全に陥っていないのがその証拠だ。

 即位式の段階では、宮中で働く人間のほとんどが宰相や式部卿の息がかかった者たちだった。彼らも密偵の調査で「問題無し」と判断された者から仕事に復帰しているが、それでもまだまだ人手が足りていない。そんな状況下でギリギリの状態ながら宮中を動かせているのは、彼の適切な采配があってのことだ。

「えぇ、その通りです。我々には余裕が無い。ではお聞かせいただきたい、陛下。いつその決戦を行われるのです」

「ちょうどそのことを話したくて集めたのだ。今朝、新しい情報がいくつか入った」



 式部卿亡き後、領地で留守を預かっていた次男、アウグスト・ド・アキカールは『第二代アキカール大公』を名乗り、帝国からの独立を宣言した。彼は同じく独立を宣言したジグムント・ドゥ・ヴァン=ラウルと、それまでの「宰相派」「摂政派」の対立を越えた『大公同盟』を結び、俺たちに反旗を翻した。

 それに対し、俺は捕えていた式部卿の長男の子供(孫)である、フィリップ・ド・アキカールをわざと逃がし、挙兵するように仕向けた。式部卿の息子たちは互いに仲が悪く、そして仇敵であるラウルとの同盟は反感を持つ者は多かった。

 こうしてアキカールはアウグスト・ド・アキカールとフィリップ・ド・アキカールの二勢力に分裂。周辺貴族も巻き込んだ激しい家督争いに発展した。

「そのフィリップ派だが、かなり勢いづいている。どうやらアウグスト・ド・アキカールの嫡男を討ち取ったらしい」

 ほぼゼロからの挙兵だった彼らが、曲がりなりにも『国家』を名乗るアウグスト派に対抗できるほどの勢力になったのは、やはり式部卿の遺体を持ち帰ったことが大きかったのだろう。彼を弔ったことで、式部卿の後継者とアピールできたのだ。

「彼の逃亡を許し、その上罪人の亡骸までも盗まれてしまったこと、帝国の威信を大きく損なう失態だったが、結果的に上手く作用したな」

 真顔で表向きの表現をする俺に対し、諸侯は無反応だった。彼らも俺がそう仕向けたことは理解しているらしい。

「そしてもう一つ、ついに旧アキカール王国貴族が蜂起したそうだ」


 旧アキカール王国……ブングダルト帝国が旧ロタール帝国の領土を回収する戦いの中、もっとも強固に独立国として抵抗した彼らは、過去の皇帝に騙され、その領地をほとんど失った。彼らはブングダルト人に対し恨みを募らせており、表向きは自分たちの主である式部卿に従いながら、虎視眈々と恨みを晴らす機会を待っていた。そんな彼らがついに動き出した。

「アキカールは三勢力に分裂、それも支配地が複雑に交錯した泥沼の戦いだ」

 どのみち、旧アキカール王国貴族がいる限りあそこは支配しづらい地域だった。ならいっそ、潰し合ってもらった方が後々支配しやすい。


「さらに今朝入って来た重要な情報だ……ゴティロワ族領に侵攻していたラウル軍が、前線を放棄したらしい」

 ラウル公領のさらに東、天届山脈の麓に位置するゴティロワ族は俺を支持しラウル軍とずっと戦ってくれていた。その時間稼ぎのお陰で、俺はこれまで入念に準備ができた。そして俺は、ラウル公領にとって西の最前線に位置するシュラン丘陵を要塞化する動きを見せた。

 これは連中に対し、二者択一を迫るものだった。つまり東のゴティロワ族と西の俺たち、東西からの圧迫によってゆっくりと締め上げられるか、あるいはどちらか一方を潰しきってこの挟撃を阻止するか。

 そして後者を選択する場合、ゴティロワ族の殲滅は実質不可能だった。彼らは険しい山岳地帯に逃げ込んで、ゲリラ戦を行うことができるからな。


「奴らはシュラン丘陵に来る。そしてアキカールは介入してくる余力がない。周辺国も、すぐに侵攻してくる気配はない」

 この戦いは負けられない。俺が親政を開始して、初めての大規模会戦だ。ここで勝てなければ、俺はまた実権を取り上げられ貴族の言いなりになるか、あるいは排除される。そして勝つために、あらゆる策を、準備を重ねてきた。

「出陣だ。シュラン丘陵に向かうぞ」

 そう宣言した俺に対し、ニュンバル伯は眉間を押さえ、ワルン公は渋い顔をし、サロモンは苦笑いを浮かべた。

 あれ、ここは「おぉ、遂にですか」みたいな反応を期待していたんだが、随分と反応が微妙じゃないか。

「何だ。不満か」


「陛下、薄々感じてはいたのですが……その口振りですと、もしや御自身も出陣なさるおつもりですか」

 ワルン公の言葉に、俺はきっぱりと答える。

「当然だ」

「なりませぬ……なりませぬぞ……!!」

 震える声で、ニュンバル伯はそう反対の姿勢を示した。これもまた、説明が必要だろう。

「いいか、ラウル軍は長らく訓練を積んできた熟練兵たちだ。それは卿も知っていることだろう。一方でこちらは傭兵と徴兵したばかりの民兵だ。何度も戦えば、確実に力負けする。だから一度の決戦で、完膚なきまでに叩き潰さなければいけない」

「だからこそです陛下っ!! 敵は精強なラウル軍! なぜ危険を冒されるのです!!」

 力強く机を叩きつけ、ニュンバル伯が声を荒げる。

「陛下のもっとも重要な役割は血を絶やさぬことです! 陛下にはお子がおりませぬ!!」

 その指摘ももっともだ。俺が死ねば、ブングダルト皇族の直系は断たれる。


「余がもう一、二年早く生まれておれば卿の意見を受け入れたであろう」

 俺はニュンバル伯を落ち着かせるように語り掛ける。

「思い出せ、余はまだ十三だ。子をつくれると思うか?」

 どう足掻いたって数年は無理なんだから、割り切って欲しい所だ。

 ちなみに、その辺の成熟年齢は地球と変わらない。この国で成人が十五歳なのも、そこを考慮しているのだろう。

「その姿勢は、家臣として好ましく思います。ですが陛下、その危険は冒すに値する『利』がありますか」

「ある」

 少し予想外だが、まずは諸侯を説得するところから始めようか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想欄を見たらニュンバル伯好き仲間が結構いました。
[良い点] 第100部分到達、おめでとうございます! 最新話に追いつくまで黙っていましたが、今回初めてこの物語への感想を書かせていただきます。 >ニュンバル伯は限られたリソースを適切に無駄なく分配…
[一言] 祝100話到達おめでとうございます。
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