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孫子の何か  作者: 稀Jr.
8/8

8. マシンスペックはプロジェクトの大事なり(3)



「ここでは徹夜が常態なのですか?」ハルナは尋ねた。

 そこか、そこなのか!とカトーは思った。

 もう少し見るべきところ、というか見ないようにするところがあると思うのだが、全年齢対象とするならば表現は筒井康隆著「ビアンカ・オーバースタディ」ぐらいが限界だろう。いや、そこまではOKなはずだ。年少者を含めるライトノベルズ層をターゲットにしている訳だし。翻ってこの小説、もといこの場は決して18禁という訳ではない。そこに出てくるコンピュータ関係のジャーゴンを読者が知りえるかどうか解らないけれども・・・。そこは適当にググってくれ。

「徹夜・・・だと不味いですか?」

「不味いといいますか、発揮できる能力が落ちますからね」

「ああ・・・」

「兵として過集中させるために精神を高揚させることも重要ですが、適度な眠りは必要です。戦闘においては恐怖を克服するために、あるいは目の前の戦場に対して狭窄的な視点に固定させるために、敢えてク・・」

「いや!ちょっと待った、それは不味い、待って待って」


 カトーはハルナの言葉を遮った。なんでハルナさんは戦闘や戦場をたとえに出すのか分からないのだが。確かに会社のプロジェクトは「戦略(Strategy)」という形で表されることが多いけど、そのままの言葉を女性がいうのは珍しい。戦闘マニアなのか?


「ところで、デザイナ・・・さんの席だけ少し乱雑なのですが、これは意味があるのですか?」

 シュヴァルツシルトの席の周りはフィギュアとポスターで乱雑といえば乱雑であった。一般的に言えばオタクの籠り部屋に近いものがそこに移植されていた。カトーから見ても、不可解なものが多い。しかし、自分にとって不可解だからといって無意味なものとは限らない。シュヴァルツシルトが形成している空間は、彼にとっては深淵なる宇宙空間なのかもしれない。カトー自身には理解しがたいものなのだが、なんらかの適切な配置があってなんらかの意図があって其処に置かれているのだろう。

 乱雑な場所にも一定の法則があるというのは複雑系のフラクタルな図形から伺い知ることができる。連続性と畳み込みはミクロな世界からマクロな世界へ送出される美的なルールのようなものだ。美的なルールは、一見無作為に配置されているシュヴァルツシルトが飾るポスターにも言える。大きさと色合い、そして重なり合い。ゴミ屋敷とは違い、シンプルな構成物がリズムよく配置されて、Macの隣や机の上、そしていくつか置かれている椅子の上にもフィギュアが並べてある。銀座のショーケースのように商業的な整然さはないが、椅子の上にあるフィギュアの並びと大きさはシュヴァルツシルトが創り出すデザインの根底となるものだろう。

 だから、カトーはシュヴァルツシルトの席のまわりを乱さない。それがどれだけ奇妙に見えたとしても、どれだけ趣味的に見えたとしても、それなりの理由があって配置されていると知っているからだ。デザイナであるシュヴァルツシルトにとって、それは何かのインスピレーションを与えるものなのだろう。カトーにとって、マシンのスペック表やポートの配置、システムの構成が美的に見えるようにそして論理的な組み合わせを重視しているようにシュヴァルツシルトにとってはそのフィギュアの配置が重要に見える。ときに、毎日すこしずつ違って見える或いは同じようにも見える配置は、彼なりの美的センスが発揮されている神聖な場所だ。聖域と言ってもいいし、それこそがシュヴァルツシルトの仕事の原動力となっているのかもしれない。


「デザイナ・・・さん」

 ハルナがシュヴァルツシルトの背に向かって語り掛ける。

「ちょっとお尋ねしてもいいですか?」

 シュヴァルツシルトは振り返って、ハルナを見る。ちょっと驚いて、カトーのほうを見て、ハルナの方をもう一度見返す。

「まあ、ここに座ってください」

 シュヴァルツシルトは無造作に椅子に詰まれていたフィギュアを退かせて座る場所を作る。がちゃがちゃとフィギュアが床に落ちて散乱した。


 おい、それでいいのか・・・とカトーが思ったかどうかは定かでない。


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