1. プロローグ
何が学習所に通ったのは年少の頃だった。孫子の本を読み続けて暗記して今日に至る。敵方がこう来たら、こう出る。敵方がこの戦法で攻めてきたらこう受ける。全ての方法は孫武と孫臏の本に書いてあった。だから、孫子の本を読みさえすれば敵を抑えられるし敵を打ち負かすことができる。敵見方の増減を把握しておけば負けることはない。すべての争いは始まりの前の勝つ手順が決まっているのだ。そう教わったし、そう思ってきた。実際、学習所ではそのような勝ち負けを味わってきた。
しかし、初戦の敵を目の前にして何は裏切られた。孫武でも孫臏にも裏切られたと同時に、味方に裏切られたのだ。目の前の戦は勝っていた。圧倒的だ。数にして三倍の兵を揃えて準備怠りなく歩を進める。小気味よく相手の攻撃を受け流しながら包囲網を狭めていく。ひとつの逃げ道を残しておいて相手を逃走しやすいようにしておく。敵方の戦力がみるみると減っていく。相手の士気が落ちていくのがわかる。波のように戦力を押し寄せながら着実に相手陣地を奪っていく。
戦術家としての初戦。この勝負に無難に勝つことができたならば将来に何の不安があろうだろうか。詰所に登用されて士の位を得られれば戦術家として名を上げることも容易いだろう。
だが、誤算があった。
後ろから刺されたのだ。
あたかも孫臏が友人ともいえぬ学友に足を切られたとのと同じく、何も背中から刺された。痛みが脊髄を走る。前面に強い牛皮の鎧も背後からの攻撃には無力だ。いや、攻撃とも言えない。裏切りだ。内通者か。これで死んでしまうのか。意識が朦朧としてくくる。混濁する思考。目の前の栄光が去ってしまう。私の栄光が。輝かしい未来が。誰が後から刺したのか。
と、何は倒れた。