第七話 再起の誓い
とうとう物語はクライマックスへ…!!><
彼女は僕に、この世界に来て気づけたことが何だったのかよく考えて決断するようにと言っていた。とはいえ、この世界に来てからそれほどの時間は経っていない。こちらに来て分かったことといえば、結局僕がどちらの選択を選んでいたとしても待っていたのは残酷な未来だった、ということぐらいだろう。
(これからのことについて前向きに考えられない……。もういっそのことここで終わってしまった方が楽なんじゃないだろうか? はは、これじゃまるで現実世界での僕にそっくりだな)
ただ逃げただけで自身が何も成長していないことを改めて突きつけられ、やり場のない苛立ちに対して拳を強く握りしめることしかできなかった。
(明日までには答えを出さなくちゃいけないのに……。このままズルズル時間だけが過ぎていって結局どっちの選択肢も選べないままなんだろうな……。ってことは僕はこの世界に残って消えない傷を抱えながら無意味に生き続けるしか道はないってことか)
無意識に僕の目から涙が流れ落ちた。すると同時に僕の意識も深くまで落ちていった……。
* * *
暗い。
暗くて深くて何も見えない。
力が入らず、沈み続ける僕……。
思考も何もかも放棄して、ただ堕ちゆく感覚だけに身を任せていた。
その時だった……。
───声が聞こえたのだ。
遠い遠いどこかからかすかに僕を呼びかける声。僕は振り向き、音の方向を探る。やがてその声はほんの僅かな光を纏って僕を導こうとするのだ。僕の視界には一点の力強い光が生まれ、そこめがけて僕の前を照らして一直線の“道”ができていた。すると、まるで後ろから誰かに押されたかのように体が前へと動き出す。その一点の光へ近づくにつれて、僕を呼びかける声は次第に大きくなっていった。
「………くん、………観月くん!」
はっきりと僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。気づけば僕は自分の足で照らされた道を走り抜けていた。はるか遠くに小さく見えていた一点の光がもう目の前まで迫っており、より一層大きく、明るく輝いていた。僕はそこへ手を伸ばす。すると、その光の中から手が出てきて僕の手を掴み、僕を光の中へと連れ込むのだった。僕の視界いっぱいに柔らかな光が入ってきて、体全体が心地よい気分で満たされていくのを感じた。
「やっと……会えたね…………」
僕の目の前には若菜さんが立っていた。真っ白な空間の中で死装束に身を包んだ彼女を見て、僕はとても美しいと感じた。若菜さんの表情は柔らかかった。
「若菜さん………」
張りつめていた心の糸が切れ、あふれた涙が優しく僕の頬を濡らした。彼女には伝えたいことがあったはずなのに、うまく言葉にできずにいた。
「観月くん……本当に……本当にごめんなさい」
彼女は僕に深々と頭を下げてきた。僕の心に彼女の声が沁みわたっていくのを感じる……。
「私は観月くんに助けてもらった時のことをずっと覚えてるよ。そのことでずっと後悔してきた。私はあの時、立ち向かうべき現実から逃げてしまった。そのせいで観月くんに本当にひどい目に合わせてしまったことを水島さんから聞いた……。 でも……何もできなかった……!! 私自身が変わらなくちゃいけなかった! 逃げずに立ち向かわなくちゃいけなかったの……!!」
彼女は感情的に言い放った後泣き崩れ、力なくその場にへたり込んだ。
「若菜さんも……水島さんのことを知ってたんだね」
「……うん。知ってたといっても、観月くんのことを聞かされたくらいで、詳しいことは分からなかったけど……」
思い返してみれば、水島さんは僕がいじめられるようになった原因を知っているような口ぶりだった。若菜さんのことについて調べていても不思議ではないかもしれない。
「ごめんなさい。今になって泣いたって意味はないのに……」
「僕の方こそ、ごめん」
やっとこの一言が言えた……。僕の心に重くのしかかっていたものが少しだけ軽くなるのを感じた。若菜さんは顔を上げて僕を見つめる。
「僕は現実から逃げたんだ。それでセカンドワールドで自分自身のために若菜さんを見捨てるっていう選択肢を取ってしまった。そのことについてまずは一言謝りたかった……」
それを聞いた若菜さんはそんなことないよと言いたげに首を横に振った。僕も若菜さんに対して自分の気持ちを素直に伝えようと思った。
「今、若菜さんの素直な気持ちが聞けて少しだけ僕の心の中の迷いが晴れたような気がした。……僕は現実世界で取った選択のことをずっと間違いだと思ってた。実際、あの選択が原因で辛い日々を歩んでいたのは確かなんだけど。でも、あのおかげで若菜さんのことを救えていたんだとセカンドワールドで知ることができて……。今になってようやくあの時の選択が意味のあるものなんだって気づくことができた! そして今、こうしてお互いに気持ちを通じ合うことができてる!」
───そうだ。僕が選んだ選択は決して無駄なんかじゃなかったんだ。
気持ちが徐々に高ぶっていく。心の奥底から染み出た“決意”が体全体を満たしていく。気が付けば僕の心に迷いの文字はなかった。
「若菜さん……! 僕たち二人でもう一度やり直そう!」
僕は若菜さんに手を差し伸べる。ほんの少しだけだけど若菜さんの心の内側に溜まっていた思いを聞くことができて、僕自身も伝えるべきことは伝えることができた。
若菜さんは僕の手にそっと触れると、温かい笑みを浮かべて僕に言葉を返した。
「私を救ってくれてありがとう……。現実世界でまた会おうね」
そう言って若菜さんは僕の手を強く握った後、まるで空気に溶け込むかのようにすうっと消えてしまった。
僕の手には若菜さんの温かいぬくもりが確かに残り続けていた。
──────────────────────────────────────
(あ~クソさみいな~)
赤松キリはコンビニで心底だるそうな様子でタバコを吸っていた。耳にはイヤホンを付けており、髪はやや乱れぎみで制服もしわが目立っているため清潔とは程遠い印象を感じさせる。朝早くに家を出て行きつけのコンビニでタバコを吸うことが彼女の日課となっていた。
赤松にとって家は安心できる場所ではなかった。それは彼女の親による影響が大きい。彼女の父親は仕事によるストレスを発散するために酒を大量に飲むことが日課となっていた。しかしそれだけでは飽き足らず、いつしか家族に暴力的な言動や行動をとるようになっていった。ストレスに取り込まれてしまった人間はいずれ破綻してしまう。そして厄介なことにその膨れ上がったストレスは人から人へと感染してしまうのだ。
赤松は気づいていた、自分自身が変わってしまったことに。昔の彼女は今とは違い、成績は優秀で周囲に気配りができる子だった。それでも彼女は心の中で自分は悪くないと言い聞かせてきた。悪いのは自分をこんな風に変えてしまった周りの環境のほうだと。
彼女は時折、自分のせいで不登校になってしまったであろう矢井田若菜のことを思い出す。赤松にとって学校とは自分の中に溜まったストレスをぶつける場でもあった。彼女はたまたまその標的となっていた。彼女に対して罪悪感が全くないわけではない。しかし赤松は自分のしてきたことは仕方のないことなんだと思い、自身を責めようとはしなかった。
今日も退屈な一日が始まる……。赤松はそんなことをぼんやりと考えながら学校へと向かった。
* * *
少々遅刻気味に学校へ着いた赤松はすぐに異変に気付いた。何やらグラウンドに集合している生徒達の様子がおかしい。校舎の方を指さして何か喋ってる生徒や、口に手を当てている生徒、反応は様々だったがとにかく落ち着きがなかった。周りにいた先生達も薄々状況を理解し始めたらしく、パニックになりかけている状況だった。赤松も生徒達が指さしている方向に目線を向けてみる。
(ん……? おい、ちょっと待て! 校舎の上に人がいるじゃねえか!!)
赤松はその生徒を凝視する。どこか見覚えがあった。
(あいつは……同じクラスのやつだ! あたらしみつき、あいつか!!)
赤松は屋上にいるのが誰かをすぐに理解することができた。当然赤松と観月には良好な関係があったわけではなく、まともに会話すらしたことがなかった。それでも赤松が観月のことを認知していたのは、赤松の目の前で彼が矢井田若菜を庇ったことが未だに記憶に残り続けていたからだ。それは観月が同級生からいじめを受けるきっかけとなった瞬間のことである。
(あのいっつも影の薄かったあいつか! いきなりウチに注意してきたときは気持ち悪かったな。あいつ、なにする気だ?)
この時赤松は観月がやろうとしてることに勘付いた。
(そうだ、あいつはいじめられてた! そんな奴がわざわざ校舎の屋上に行ってすることなんて一つしかねえじゃねえか!!)
これは大変なことになったと事の重大さを理解した赤松だったが、なぜか次第に、観月自身に漂っていた諦めの雰囲気が憑き物が落ちたかのようなスッキリした雰囲気へと変化していった気がして不思議な違和感を覚えるのだった。