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ありきたりな片想い

作者: あきゃふ

 クラスメイトの彼女が好きになった。

 それは、その思いは、小説や漫画やドラマであるように一瞬ではなく、じっくりと起こった。ゆっくりと起こった。

 初めてあったのは高校の入学式。ただ、やたら背の低い子だなあと思っただけだった。同じクラスの、一つ違いの出席番号になった時も、運命的な何かなんか感じず、ただ「これからよろしく」と軽く会釈をしたくらいだった。

 なんと言うか、彼女は明るかった。明るい彼女に、陰険なキャラクターが友人になれるはずも無い。高校生活初めての友人は、とりあえず同じように陰キャなやつになった。

 彼女との接点は、プリントが後ろに回される時に顔をあわせる程度だった。

 本当に、それだけだった。


「おすすめのアニメって、ある?」

 掃除時間中。唐突に、彼女のほうから声をかけてきた。塵取りの柄をもってしゃがみ込んでいたので、声の主を見上げる形になる。

「……どんなアニメが好き?」

 少しばかり動揺しながら、けれど彼女の質問に質問で返す。そもそも、成績が良くて合気道部に所属していて、しかもピアノが弾けて女子にしては凛としていて、一部ではファンクラブができていると噂されている彼女と話すなんて、おこがましくて考えられなかった。声を返すことができただけでも、十分なのではないだろうか。

「うーん、あれかな。――」

 そう言って、彼女はかなりメジャーなアニメを口にする。細分化が進んでいるこの「オタク」という世界でも、ある程度の知名度はある、そのアニメ。「自分を犠牲にして味方を助けようとする人って、カッコいいんだよ」と、カッコいい彼女が続ける。

 だったら、あのアニメが。

 冬アニメの、とあるタイトルを口にする。本屋にポスターが張っていたり、いとこが薦めてきた、あの漫画。確か、主役格の少年の一人が、自分を代償に仲間を箱庭から逃がす話。

「へえ、――」

 タイトルを繰り返す。そして、そして。

「面白そう」

 そう言って、彼女は笑った。こんな笑顔を、この年齢で作ることができるんだと、無駄に関心したのを覚えている。

 そのアニメが放送された後、彼女があの、まぶしすぎる笑顔で感想を言ってきた。二時間目。次の授業は数学。ロッカーをまさぐっていた、その上から声が降ってきた。そうか、彼女の出席番号は一つ小さいんだ。二段になっているロッカー。早くどかないといけない。そう思った矢先だった。

「すごくよかった。絵がすごく綺麗でさ。あの、白髪の男の子。カッコいい! ヒロインも可愛いし、声がよかった。ストーリーも、全部よかったよ!」

 そして、もう見た? と聞いてきた。

「いや、まだ。リアタイ派じゃなくて録画派だから」

 そう答えながら、驚く。あのアニメの放送時間は金曜日の真夜中だ。今日の午前1時ごろ。徹夜してみたんだろうか。眠くないのだろうか。

 ――そうしてまで、見てくれたんだ。

 そのことが、無性にうれしかった。

「見てない? えへ、ネタバレしていい?」

 笑う。それの顔を見ているとなんだか、にやけてしまいそうで口をきつく結ぶ。

「漫画は途中まで見てるからね。別にいいよ」

 そういうと、嬉しそうに話し始める。ロッカーの前を譲って、そこで初めて彼女は僕に背中を向けた。そうしないと、あまり彼女を見つめすぎていたら緊張して話せなくなる。

「まずね、オープニング。あの演出が私、好きだな。みんなニコニコしている中に、残酷な表現を入れて、残酷さを際立たせている感じ。それから本編、黒バックに白い文字。初めて見たら、なんだろうあれ、っておもうよね。それから、それから――」

 チャイムが鳴るまで、二人で話しこんでいた。といっても、彼女の言うことを一方的に聞いていただけだ。それが、とても楽しかった。


「んじゃ、さいならー」

 誰に、というわけでもなく言って、そして教室を出ていく。基本的に下校するときは一人だ。高校生活初の友人は、細分化された「オタク」に相応しく、趣味が全く合わなかった。登校するときは電車が同じなのでさすがに一緒に行くが、それもお互い黙りこくって、話なんて言うのはほとんどしない。

 一人が、一番楽だ。

 なのに、彼女が後ろから付いてきた。長い階段を下りて、靴箱について、そして学校を出ようとしたときに。

「やっほー、帰ろう帰ろう!」

 彼女はバス通学で、道は途中まで同じ。断る理由も見つからない。「一人が好き」というのは、理由にならないだろう。

 一緒に歩いている。ただそれだけ。それだけだ。一緒に登校するあの友人と変わらない。けれど、なぜか嬉しい。共通の話題はアニメしかないのだけれど、話が尽きることはない。

 クラスの人気者で、男女問わず人望のある彼女が、隣にいる。

 バス停で別れるときは、なぜか無駄に悲しくなる。無性に悲しくなる。

 それでも、それを顔に出さずに。なるべくクールに。悟られないように。

「じゃあね。バイバイ」

「うん。気を付けてねー!」

 十数歩、一人で歩いていると向こう側からバスが来た。少し待って振り返ると、彼女が乗り込んでいるのが見える。

 それを、見送った。


 テストの日。

 というのは、まあ大方の学生にとって歓迎すべきものではないだろうし、もしそれを歓迎している輩がいるのだったらそれは学生ではない。

 テストは嫌いだ。

 テストが嫌いだ。

 とはいっても、定期的にやってきてしまうのが定期考査というやつだ。これはもうどうしようもない。テスト範囲が理解できないというわけではないのだが、どうでもいいところでどうでもいいミスをしてしまうのが特技。凡ミスで10点ほど点を落としてしまうのはお約束だ。

 本当に、改善したい。

 一部の天才肌は、「テスト範囲? あ、やべ。全然勉強してねえ!」みたいなことを言ってそれなりの成績を獲得する。

 ちなみに、我がクラスはなぜかそういう天才肌が多い。もちろん、秀才肌も多いが。そんな言葉があるかどうかは置いておいて。

 だから、彼女もその一人だ。

 天才肌。

 憧れる。

「テスト? うーん。今回、全然勉強してなかったからなー。どうだろ。あんまりよくない気がする」

 掃除時間。これが、僕と彼女の数少ない会話時間。

 天才肌な彼女の「あんまりよくない」はこちらの「結構いけた」だったりする。

 なんてことだ。

 まあせめて、彼女から見放されるような点は避けたい。いいといいな、点数。

「あ」

 と、言う。

「そういえば、知ってるー? ユーチューブでアニメの次回予告みたいなやつがあるの」

「うん? いや、知らないかな」

「そっか。面白いよ。本編のシリアスな雰囲気は一切なし! って感じで」

 彼女は、その手に持った箒の取っ手部分の先端をこちらに向ける。

 ホールドアップの姿勢をとって、答える。

「ふうん。だったら、見てみようかな」

「おすすめ、おすすめ!」

 いつの間にか、彼女のほうがよく知ってるようになったな。いや、もちろんこういうのは個人的に喜ばしいことだ。一般人にも深夜アニメを身近に感じてほしい。

 まあ、賛否両論あることだろう。ヲタクは排他的で、閉鎖的だ。むやみやたらに大切なものを踏みにじられたくないというのはある。その点、彼女はアタリだったな。

 嬉しい。

 ちなみに、彼女の今回のテストの点数はそこそこよかった。


「ねえ、知ってる? 最近は言ってきた新入生の男子で、すっごい可愛い子がいるんだよ」

「ふうん」

 彼女は合気道部の部長だ。

「理科部なんだけどさ、背が小さくて、可愛いの。声も可愛いよ」

「ふうん」

 彼女は、たくさん好きな人がいる。例えば合気道部の先輩だったり、例えば今年入学した新入生だったり。その中の一員に過ぎないことを、自覚しないといけない。

 そういえば、クラスの女子が言っていたな。と思い出す。

 彼女は、その新入生をとても気に入って、いつもその子を追いかけていると。

 「もうあれ、ストーカーでしょ」と。笑いながら言っていた。

 ショック。衝撃。

 ……やきもち?

 本当に彼女が、その新入生のことが好きなのかどうか。

「その、その新入生のことを可愛いって言ってるのってさ」

「なにー?」

「猫とか、犬とかを見て可愛いって思うのと、一緒?」

「? 何で?」

 しまった。そう切替してくるか。言い訳はあまりうまくない。

「……いや、女子ってなんでも可愛いっていうから、その言葉に大した意味はないのかなって」

 皆が、日常的に「死ぬ」とか「殺す」とかいうのと同じように、価値のない言葉。

「うーん。そうかもね。そうかもしれない」

「ふうん」

 その言葉で、自分でもびっくりするほど、ほっとする。はたから見たら、さぞかし滑稽なことだろう。

 変だなあ、と、自分でも思っている。


 体育祭。

 には、応援団というものが存在する。今までの話の流れから時の流れが感じられないのは重々承知しているが、三年生になった。

 高校三年生。

 我が校では、三年生の中から希望者が赤、青、黄色の応援団を形成する。彼女とは違う色。あちらは青。こちらは赤。

 まあ、同じ色になってもそれはそれで困る。色々と。

 希望者から、と言っても希望者は普通出てこない。だから、係生徒の中から仕事が比較的楽、または全くない生徒から成るのが常だ。

 彼女は応援団に入った。

 女子の応援団長というのもなかなか味わい深いよなあと思って、ぜひ応援団長になるべきだといった。カッコいい彼女は、男子から借りた学ランが気っと似合う。まあ、セーラー姿も良いのだけれど。

「うーん。でも私、ピアノの練習とかがあるから、あまり応援団のほうに参加できないと思うんだよね」

 そういう理由で、彼女は一回の応援団員となった。

 きっと似合うと思ったのだが。

 ある日、図書室から下駄箱へ行く道のりで、彼女と出会った。

「待って待って、帰ろ」

「うん」

 彼女は、いつもとは違う少し不機嫌な顔をして、近づいてきた。

「なんかね」

「うん」

 口数の少ない帰り道。ポツリと彼女が漏らした。

「なんか、演武の振り付けとかを決めるとき。私は早く決めたいのにさ、女子はおしゃべりばっかりして。男子は男子でふざけあって」

「うん」

「団長は塾があるって言って、先に帰っちゃって」

「うん」

「全然、何も決まらなくて」

「うん」

「皆、口ばっかりで。纏まってなくて、締まってなくて」

「うん」

「非常に、疲れた」

 そういって、へにゃ、と笑った。

 この子が統率してくれない。その子がしっかりしてない。あの子がちゃんとやってくれない。どの子も真面目じゃない。

 疲れた。

「でもさ」

 今度は、こっちが言う番。そうやって、二人で交代でまくしたてるように話すのが通常。

「でも、よくやっていると思うよ。お前も、皆も」

「そうかな」

 いつの間にか、お前と言える間柄になった。

「だから、うん。頑張ってる。頑張ってるよ。すごいよ。すごい」

「……うん」

「頑張ってもいいよ。でも、頑張りすぎなくていいからさ。そういうところが、お前の長所で、短所」

「うん」

「でも、びっくりした」

「うん?」

「お前、みんな大好きみたいな感じだから」

「そんなこと、ないよ」

 そこで、話が途切れる。

 夏。熱い。暑い。太陽。青空。影。二つ。

「――頭、撫でてやろう」

「は?」

 しまった。これは言い過ぎだった。頭を撫でてやるだなんて。

「いや、何でもない。何でもない」

「うん、もしもそれが本気だったら、私、びっくりだよ」

 もう、本当に恥ずかしい。

 そんなに都合よく、彼女が頭を預けてくれるはずがないって。そんな、少女漫画みたいなこと、無い。

「――可愛いなあ」

「は?」

 今度は、こちらが驚く番だった。

「可愛いなあ、君は。ほんと、うん。頭を撫でてやろう」

「え? いや、何で? 待って……」

 そういう言葉も聞かずに、彼女が手を伸ばした。髪がぐしゃぐしゃと乱される。

 全く。

 だから、カッコいいんだ。躊躇うことなくそういう事ができるんだ。


 彼女のことが、好きだ。けれどそれは、あくまで「好き」であって「愛」じゃない。

 と、思っていた。

 と、思っていたかった。

 だって、もしもこれが「好き」ではなく、「愛」だったら。

 だって、もしもこれが「ライク」ではなく、「ラブ」だったら。

 立場が違い過ぎるし、カーストが違い過ぎる。凛々しい彼女には、凛々しい誰かが相応しい。

 それに、それに。

 だって、周りから許されるはずもない。


「一生、二次元のキャラを好きになるものだと思っていたんだけどな」

 呟く。一人、一人だけの部屋。個室。私室。

「好きって、知らないしな」

 家族はもう寝ている。

「こんな感情知らない、って。同人誌ですか」

 早く寝ないと、明日は平日。

「もう、いやでも、違うだろ」

 彼女は今頃、今期のおすすめアニメを見ているのだろうか。あるいは、二年前言っていた、あの有名なアニメの何期目かを見てるんだろか。再放送もあるから絶対見てねって、言っていたな。

「だって、だってさあ」

 でも、彼女の好きなキャラを見るのは、何か辛いものが。

「違う。ありえないって」

 彼女が好きなキャラ。彼女が、惚れているキャラ?

「違うけど、けど」

 そうだ、これは遊びだ。お遊びだ。冗談だ。冗談。

「けど、やっぱりさあ、す――」

 言えない。これ以上言えない。恥ずかしい。恥ずか死ぬ。

「す、き、なのか? これが?」

 パソコンを立ち上げる。もし好きなら、好きって言えるように。伝えれるように。

 いやいや、これは冗談。嘘。嘘だから。

「――こうやってさあ」

 メール機能を呼び出す。メールアドレス。前に交換した。夜遅いけど、勘弁してもらおう。

 タイトル、なう!

 うん。これなら誤魔化せる。

 本文、ずーっと前から好きでした!

 うん、冗談。嘘。嘘だから、だからいいんだ。これでいい。こんな気持ちは、冗談で済まされたほうがいい。

 送信。

 すぐに返信が返ってきた。まだ起きていたのか。アニメ、見ていたのかな。

 タイトル、Re:なう!

 本文、はてにゃー?

「――ふ」

 笑う。笑うしかない。うん、これでいい。冗談です、って送ればいい。

 本文、リンちゃんなう! ってご存じ?

 明日、言おう。嘘だって、冗談だって、それで終わるんだ。

 こんな、今日気が付いた気持ちは、早く捨てたほうがいいに決まっている。

「よっし、終わり、終わりました!」

「うるっさい!」

 そう言いながら、妹がドアを開けて入ってきた。深夜。フリルの付いたパジャマ。気の強い妹。もう寝ていたのだろう。規則正しい生活は良いことだ。

「もう、明日は学校なんだからさあ。静かにしてよ」

「うん。ごめん。もう寝るよ」

「……しっかりしてよね、全く」

 おやすみなさい、お姉ちゃん、と妹はそう言って部屋から出ていく。おやすみと返す。

「嘘だよ。これは嘘だ」

 そう独り言ちて、私はベッドに入り込んだ。

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