天賦の才はどちらにあるか
昼食のチャーハンをリスのように頰を膨らませながら食べる翔に「ちゃんと噛んで食べなよ」と照充は呆れを滲ませる。
「……というかお前、なんで立ったままでいるんだ?」
「座っていいとは言われてないからね」
律儀か。
「適当に座ってもらって構わない」
「じゃあ遠慮なく」
ようやく腰を下ろした彼は翔から視線を外すと室内を軽く見回して言った。
「しかし、意外と物を置いてないんだね」
翔の部屋は至ってシンプルだ。
ベッドに勉強机、ローテーブルと2人掛けのソファ。
空きの多い棚が1つ。
来客に合わせて片付けたというより初めから物を置いていないように見受けられた。
口に詰め込んだチャーハンを咀嚼中の翔は京介に視線を向ける。
「……こいつの趣味はおおよそプレドマで完結するからな。物をかさ張らせておく必要がねーんだよ」
「それはまあ、そういう時代だから分かるけど」
「分かるならいちいち言うなよな」
「人を呼び付けるくらいだからもっと仰々しく機材を揃えているのかと思ったんだ」
棘を含みながらも翔の代わりを務めた京介に照充はムッとする。
……まあ、照充が想像しているものと合致するかは分からないがプレドマをカスタマイズするためのアレやソレやならクローゼットの中に眠っている。
使わないものまで紹介する気はないが。
チャーハンを食べ終わってアイスに手を伸ばすと「ちゃんと噛んだのかい?」と半眼を向けられた。
噛んだよ。だからそのアイスを寄越せ。
仕方ないと言わんばかりの態度で渡されたアイスとプラスチックのスプーンに翔はいつになく頰を緩ませる。
照充は同じように京介にも渡してから自分の分もローテーブルの上に置いて紙袋を畳む。
本来ならば翔がやるべきことだろうとは思うものの……。
そそくさと封を開ける彼の意識がアイスにしか向いていないのだから仕方ない。
いっそ無邪気とさえ言える姿には嫌味も皮肉も言う気が起こらなかった。
「プレドマのリンク繋げても大丈夫か?」
味わいながらも1番に食べ終わった翔が尋ねると2人は頷いた。
回線を繋げて情報が共有できるように準備を整えておく。
「……そういえば君からのアドバイスを元に色々と調整を入れてみたんだけど」
「そうなのか?」
「結局、僕には扱い切れなくて元に戻したよ」
ため息混じりに照充は言う。
その言葉の通り彼のプレドマのシステムに大きな変化は見られない。
「……そうか」
「手間を掛けさせることになるのは分かっているがまた順を追いながら説明して欲しい」
「どこから?」
「1から」
なるほど面倒くさい。
アイスを受け取っていなかったら確実に顔をしかめていたところである。
「前回と同じ言葉を重ねるくらいのことしかできないぞ?」
「それで構わないよ」
京介や璃乃と同じように照充の状態を解析した結果は【処理速度】が10の【イメージ】が7で【認識率】は8。
いずれも高い数値で【総合評価】に至っても星は9を記録した。
素直に感嘆をもらした翔に対して評価基準を聞くなり納得がいかないと異を唱えたのは他でもない照充本人である。
君の数値がそんなに低い訳がないだろう! と、怒られたのだが……。
ショートカットの割合が大きいというだけで条件で縛って同じ作業行程を経るなら間違いなく評価通りの結果となる。
プログラムの組み方について聞かれたので答えたが照充には合わなかったようだ。
「すでに繋いであるが、まずリンクを繋いだら情報が共有されるだろ」
「もうそこから理解ができないんだけどね……」
翔の言う『共有』と照充の認識している『共有』では意味合いが異なることは前回の時に散々言い合ったので承知している。
その時に分かったことは『お互いに相手の言っている言葉の意味が分からない』だ。
タスクマネージャーを開いてみても特別おかしな動きはないのに……。
いざ解析を始めると照充側のデータが翔側のプレドマで起動したソフトに掛けられる。
他者のプレドマを記憶媒体化して情報を抜き出していると見るのが妥当だろう。
接続ではあっても侵入ではない。
もはや新手のウイルスか何かかと照充は思う。
いったい何をどうしているのか……。
翔自身に尋ねても、まず質問の意味を理解してもらうまでに時間が掛かるし、何より照充の言及に対する最終的な彼の回答は「呼吸をするのにいちいち呼吸をするぞ! なんて考えないだろ」である。
つまるところ、意識的に行っていることではないので原理については本人にも分からない。
そんな状態で息をするように人のデータを抜き出さないで欲しい。
できないと考えるのがダメなのだと翔は言うが事実としてできないからできないと言っているだけだ。
照充は断言する。
翔のアドバイス通りに調整したプログラムはデータの処理速度が速過ぎて扱えたものじゃない。
5分で酔う。
そんなプログラムを組んで、平気な顔で使用している翔は間違いなく化け物で、常軌を逸した存在である。




