メアリー・スーン 前編
1年前、アメリカ、ニューヨーク。
「メアリー、大事な話があるの。」
綺麗な白人女性が、よく似た女の子に話しかける。
「急に何、ママ?」
メアリーは少しドキッとしながら返事する。
「実はね…」
母は勿体付けて話す。
メアリーは緊張した。いったいどんな重い話が来るのかと。
もしかして離婚、もしかして病気、もしかして弟妹ができる、色んなものは覚悟した。
「私たち、日本に引っ越そうと思うの。」
しかし答えは予想の斜め上だった。
「…はぁ?」
メアリーは困惑した。
「いやー実は父さん日本支部に転勤が決定しちゃったらしくてね。私たちもついていこうと思って。」
母はまるで嫌々そうに話す。だがメアリーは知っている。
「…それ単身赴任じゃダメなの?」
「嫌よ!パパと離れるなんて考えられない!」
これを聞いてメアリーはやっぱりなと思った。
「ママ…パパが十年いなくても別に平気でしょ…。」
メアリーは少しほくそ笑んだ。
「…日本に住むチャンス来たから乗っただけでしょ。」
「…バレた?」
メアリーはため息を吐いた。
「だって私、これでも年収億越えの超人気モデルじゃん?中々日本に行けないわけよ…でもパパは転勤、娘はまだ十代!私もモデルにしては年食ってる!どう?これなら行けそうじゃない?」
母は目を輝かせながら語った。
「日本はいいとこよ、あなたにも何度も見せたでしょ!黒澤明の七人の侍!もうあれで本当に侍好きになったの!それに寿司とかラーメン!あれ安いのに凄く美味しいしそれに」
「ママ、その話はもう10回目よ。」
母は熱く語るが食い気味にメアリーは言った。
「もう分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!」
メアリーは投げありになって認めた。
「そうこなくっちゃ。」
そして現在。川田第一高校。
「メアリー!一緒に帰ろ!」
ポニーテールの女の子が金髪美人の子に話しかける。
「ごめんねー今日検定の件で先生に呼び出されてるんだ。」
メアリーは上目遣い、手を合わせて所謂あざとい感じで答える。
「そっかー、じゃあまたね。」
ポニテの子は少し残念そうに帰っていく。
「うん、また明日ー。」
メアリーは笑顔で手を振った。
(ふー、行ったよね。)
メアリーは友達が教室を出たのを確認し、lineを見る。
『俺、伝えたいことがあるんだ。明日の放課後体育館裏に来てくれないか。』
クラスメイトの貴田からのlineにはそう来ていた。
(はー…確かあいつ貴田の事好きなんだよね…ったく探られたらめんどくさいんだよなぁ…)
メアリーはため息を吐きながら貴田のいる体育館裏へ向かう。
「僕と付き合ってくれ!」
貴田はメアリーに堂々と言った。
(あーむっりでーす。)
メアリーは心の中であっさり断った。だが
「…え?本当?」
と聞き
「う、嬉しいな。」
と赤面し
「ありがとう。」
とにっこりすることを忘れなかった。
「でも、ごめんね。私付き合えない。」
そっから断る。
「えっ!?そんな…どうして?」
貴田は諦めきれずぐいぐい聞いてくる。
(そういう女々しくて面倒くせーとこだわボケ!)
メアリーは本当に面倒くさいと思っており、思わず心の中で悪態をつく。
「えっとね、その…好きな人いるの。」
メアリーは恥ずかしそうに答える。
「え、そうなの!」
「うん(嘘だけどね)」
メアリーは流石にこう言えば諦めるだろと思いハッタリをかます。
「そっかー、じゃあ仕方ないね。」
メアリーはこの言葉を聞いた時勝った、そう思った。
「その、好きな人って誰なのかな。」
だが貴田はしつこくせまる。
「あ?」
メアリーは思わず黒い声を表に出してしまう。
「あ?」
貴田は少し違和感を覚える。
「あ、あ、アーノルドっていう母国の人なんだー…あはは。」
メアリーは冷や汗は垂らすものの綺麗な笑顔で誤魔化す。
「そっか母国の人か…。」
「うんそうなんだ。本当にごめん!じゃあね!」
メアリーは早く帰りたくなりちょっと強引に帰ろうとする。
「待って!」
だが貴田はメアリーの腕を掴む。
「母国の人と遠距離恋愛するぐらいなら僕と付き合ってよ!」
(お前何言ってんの?)
メアリーはあまりものキモさに思わず表情にまで出てしまう。
「僕君のこと本当に好きなんだ!だから」
「ごめんなさい!でも私、アーノルドさんの事だけは忘れられないの!だからサヨナラ!」
メアリーは食い気味に、大分強引に腕を振り払い、ウソ泣きして走っていく。
ちなみにアーノルドは実在するが、恋愛感情は一切無い。
「そんな!メアリーさん!」
貴田は大泣きでメアリーの背中を見届ける。
(はー本当に最悪だった…。)
メアリーは大分疲弊した状態で帰る。
(ったく、人気者も大変だなやっぱ…。)
メアリーはそう思った。
メアリーは川田第一高校で一番の人気者である。
男女学年問わず一人を除き、友達になるレベルである。
彼女は、日本に来たらまず日本語を勉強して、日本語には人によって違いが多い言語だということを知る。
そして彼女はそれを研究し、どうすれば彼、彼女にとっていい言葉を使い分けるようになったのだ。
よって、彼女を嫌うものは、この学校にはいない。
(だけど…ここまでくると考えものね。)
メアリーが下校していると一人の男子に気づく。
(あいつは…滋賀。)
メアリーは彼の事は知っている。
彼は、高校で唯一同じクラスでありながらメアリーの友達になってない人だからである。
(あいつは私の人気街道の一番の弊害…。屈辱の象徴…。)
大袈裟に考えるが、メアリーにとっては一番の障害であることは間違いないのである。
(…とりあえずやってみますか。)
メアリーは軽く決心する。
「おーい滋賀君。奇遇だね。」
メアリーが話しかける。
「…。」
だが涼太はそのまま黙りこくり
「え、ちょっと滋賀君!?」
そのままどっかへ行ってしまう。
(またこれか…本当にあいつは何なのよ…。)
メアリーはため息を吐き敗北感を覚えしょんぼりする。
メアリーは誰とでも友達になる才能があるといったがそれはあくまで相手が普通に反応してくれる場合である。
涼太みたいに極度のコミュ障で何も話し返さない場合、メアリーもどう使い分ければいいか分からない、つまりどうしよもないのだ。
(はー…諦めたくないけどここが潮時かな…。)
メアリーは背伸びをしながら考える。
(あいつ友達いなさそうだし、あのままほっといても皆別に何とも思わないっしょ。それならもういいか。)
メアリーは完全に諦めてしまう。
(んーまー帰ろうっと。)
少しモヤモヤした気持ちは残るが、それでも重荷が下りたことでメアリーは何となく楽な気持になった。
そしてメアリーは歩き出す。
「あ、滋賀君!」
だが、ありえない声が聞こえ、足をピタッと止める。
(今、女子の声…滋賀君って言ったよな。)
自分以外の女子が涼太を呼び止めるという、メアリーにとって想像してなかった事態が発生、メアリーは急いでその様子を見るため近くの電柱に隠れる。
「ごめんね急に呼び止めて。見かけたから言わなきゃって。だって志賀君クラスに授業中以外いないし。」
(な!?麗華!?)
メアリーはその相手に驚く。
霧崎麗華はメアリーほどではないが人気である。可愛くて少し天然入ったいい子、男子からの人気ならメアリーにも引けを取らないほどである。
そんな麗華が涼太にわざわざ話しかけるというのは、とても珍しいというか天文学的確率のような話である。
(何の用なんだ?)
メアリーは気になって目が離せなくなる。
「その、金曜日助けてくれてありがとう!後このハンカチ返したくて!」
麗華はポケットからハンカチを取り出し、涼太に渡す。
「滋賀君、このハンカチ落としてそのままどっか行っちゃったから」
涼太は少しがちがちになりながらそのハンカチを受け取る。
(何だ、そういうことか。)
メアリーは理由に納得し少しガッカリする。
(もっと面白い話かと思ったけどそういうことね。)
メアリーはやれやれと思い立ち去ろうとする。
「後さ…志賀君…一緒に帰らない?」
だがメアリーは一瞬で電柱にまた隠れる。
(は?そのまま解散すりゃいいじゃん!どういうこと?)
メアリーはその不可解な行動に疑問を持つ。
(…え?)
そしてそれは意外過ぎる答えを見せる。
(赤面してる…。)
メアリーはそれが恋する女子の顔だということは知っている。
だからこそあり得ないのである。
メアリーにとって話しかけるだけでも天文学的確率レベルなのに恋をするなどもはやそんな微々たる確率すら存在しないあり得ないもののはずなのである。
(…どういうことなの?)
メアリーは一緒に帰りだした二人を追いかける。
メアリー編は思ったより長くなったので分割