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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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ひと時の平穏を味わう Ⅰ

 休憩所を出発した馬車が進んで一夜が明けると、獣除けの長い柵に囲まれた村が近づいてきた。この馬車はこの村で停まった後、すぐに出発することになっている。

 村は大きく、外から柵越しに確認できるだけでも大きな石造りの建物や櫓が見えた。


「馬車の通り道にある村という事は、あの建物は旅人向けの商店でしょうかな。この領内は村にも大きい店があったりしますゆえ」


「お兄様、この村なら荷物を補充できそうじゃない? 立ち寄ってもいいかしら」


「うん、そうしよう。レイシーもそれでいいかな?」


「わかった。わたしもゆっくりしたいな」


「それでは、私はこれで。大切な商談がありましてな、急ぐのでしてな」


「俺もそうするわ! そんじゃ、またな! 助けてくれてありがとな!」


 レイシーたち四人が村に足を踏み入れる一方、商人と酔った男は去っていく馬車に留まった。


「今日はここに泊まろう。本来の日程より少し遅れているけど、ここでしっかり荷物を補給して行けば、後は馬車一本で王都まで行ける。長めに見積もっても3日ほどで王都に到着できるだろう」


 村の広場には大きなオブジェの代わりに、大きな石造りの建物が静かに佇んでいる。よく手入れされた麦畑、生活を支える井戸、傾いた荷車。村人たちが生活の中でいつも目にしている光景が、そのまま眼の前にも広がっているのだった。

 村人たちは草を運んだり水を汲んだりと仕事をしながらも、どこかゆったり、のんびりとしている。吹き抜けて頬を撫でる風すらも忙しなく思えるほどのどかな村だが、時折こちらを目に留めた者は嬉しそうに手を振ってくれた。


「旅の方か。なんもねえ村だが、ゆっくりしていってくれ」


「ええ、お世話になるわね。私は商店で買い物をしてくるわ」


「わかりました。そういえば、朝ご飯がまだでしたね。私は料理をすることにしましょう」


「僕はアリエッタの買い物を手伝おう。カール、僕がさっき川で釣った魚もあるから、使ってもいいよ。レイシーはどうする?」


 ヤーコブが手に提げていた桶をちゃぷちゃぷ揺らしながら、レイシーに声をかけた。


「料理、わたしも手伝っていい? この村に泊まるなら、お店には後で行きたいな」


「決まりだね。それじゃ、カール。レイシーをお願いするよ。僕たちは買い物が終わり次第、そっちへと戻るからね」


「もし私達が帰ってくる前にお料理が先に出来てしまっていたら、その時はお店の方まで呼びに来てくださる?」


「承知しました。それでは、行きましょうか」


 二人と別れるとカールに手を引かれて、レイシーは村の宿のキッチンまでやって来た。

 素朴ながら鍋にナイフ、竈に匙など一通りの調理器具が揃った清潔な場所だった。瓶入りの塩など、調味料もいくつか備え付けられているようだ。どこかオーマーの家のキッチンのようで、レイシーは郷愁を覚えた。


「ヤーコブ様とアリエッタ様は商店で村の食料も買ってきてくださるでしょう。私達はメインになるお料理をしましょうか」


「このお魚を使うんだよね」


 ヤーコブから渡された桶には、生きたままの魚が四匹。だいたい手の平くらいの大きさの魚たちは桶が狭いのも気にせず、川の中と同じようにすいすいと泳いでいる。

 彼……彼女かもしれないが、これから食べられてしまうというのは理解しているのだろうか。いや、きっとしていないだろう。


「私が料理法をお教えしましょう。どう料理してみますか?」


「うーん……」


 レイシーは頭を悩ませる。一番おいしく食べてもらうには。一番おいしく自分が出来るのは。

 魚を使った料理ならアクアパッツァやスシが印象に残っているが、前者はトマトやにんにくなどの野菜、後者は酢や米が必要だ。

 何か他に使えるものは無いか。そう思っていると、並べて置いてある塩が目に入った。


「……この塩をまぶして、焼き魚にするのってどうかな」


「名案です。焼き魚は旅料理の定番ともいえるでしょうな、それなら私もばっちり教えられます」


 カールは頷くとナイフを手渡し、桶に入ったきれいな水をもらってきてくれた。


「では、レイシー様。まずは包丁で尾から頭の方向に擦り、魚の鱗を取ってください。できたら腹を切って、内臓を出してください。それから水で魚の腹を洗うのです」


「うん」


 野菜を切った事はあるが、動物にナイフを使うのは初めてかもしれない。

 意を決したレイシーは魚を一匹、桶の中から鷲掴みにした。


「おおっ!」


 ぴちぴち、ぴちぴちと逃げ出そうとするように、魚が勢いよく跳ねる。レイシーは板に押さえつけると、言われたとおりにナイフで鱗をそぎ落とし、腹を切り開き、赤い袋のような内臓を引っ張り出した。次第に魚から感じる力が弱くなっていき、やがて、手から感じていた命の動きが消えた。


「……ちゃんと、美味しく食べてあげたいな」


「ええ。できますよ。レイシー様なら、きっと」


 カールはこくりと頷いた。強張った表情から、優しそうな視線を感じた。


「それでは、次です。全部一緒に焼くのがよろしいので、他の魚も同じように捌きましょう。これは、私も手伝いますよ」


 二人の手によって残りの三匹も同じように処理され、生き物から食材へと姿を変えた。



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