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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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影が蠢く Ⅱ

アリエッタはひきつったような呻き声を上げ一瞬固まったが、すぐに顔をりんごのような真っ赤に染め、侵入者に飛びついていった。


「す、すまない! 覗くつもりはなかったんだ! 乗継場にいい釣竿が備え付けてあったから、ちょっと川釣りをしようと思っただけで……」


「言い訳しないで兄上のバカー! いくら兄上でも今回はいけません! レイシーも早く隠して!」


「……? 何を?」


「何って、身体よ! 女の子はね、濫りに他の男性に裸を見せてはいけないの!」


「他の男性? でも、ヤーコブは友だちだし……」


「もういいから!」


 レイシーは男性と女性については、愛し合って契りを交わし、子を成すものだと知っていた。しかし互いに恥じらい合う関係だったという事は、この時が初耳だった。

 そういえば屋敷に居たときはよく爺やが入浴を覗こうとしてサンディに叱られていたが、そういうものなのだろうか。あせあせと兄を押さえつけるアリエッタと目線を伏せて申し訳なさそうにしているヤーコブの横で、レイシーは首を傾げ続けていた。




「まだそいつは到着しないのかい!」


 しびれを切らした太った女が、ふるふると贅肉を震わせた。それに共鳴するように、痩せた女も集まっている男たちに向かって金切り声をあげた。


「もうあんたらが行っておしまい! 相手はたった四人なんだろう? 全員で行って囲んで剣で刺せば、簡単に始末できるじゃないの!」


「し、しかし……表だって奴らを狙うのは我々からしてもリスクが大きいのです。何しろ、相手は……」


「ああもういい! じゃあその刺客とやらをはやく連れておいで!」


「もう着いてるよ」


 部屋に新たな女が入ってきた。その声は落ち着いてはいたが、静かな怒気を帯びている。彼女の服の開いた胸元が、ろうそくに照らされて影を作った。


「まったく、そうなら早く良いなよ!」


「まあご婦人、落ち着いて。……えらく早い到着だな。お前の手腕か?」


 女を制したのはローブに身を包んだ男だ。彼はここに集まった面々の中心に座っている。


「ああ。臨時の馬車を手配したんだ。あんたたちが待っていたのは、あの目つきの悪い極東の男だろう?」


「その通りだ。お前、あの市場で傭兵ギルドをやっているんだろう?斡旋所を経営していれば、自ずと人脈もできようというものか」


「ああ、そうだよ。……剛拳を殺した奴を追うんだろう?ちょっとくらい協力させてくれ」


「なるほどな。お抱えの傭兵を殺された意趣返しだというのか? ……それとも、愛する者を奪われた復讐か?」


「勝手に言ってな。ほら、彼を通すよ」


 言い捨てると、女は退出した。

 刹那、部屋の中に闇から生え出たように、一人の痩身の男が姿を現した。静かなどよめきの声が上がる。誰ひとり、この男が入ってきた気配に気付かなかったのだ。

 暗闇の中、被った笠の下から刃よりも鋭い眼光が部屋を舐め回すように見る。


「……」


 声を上げれば殺されてしまいそうなほどの威圧感で、部屋は静寂に包まれた。けたたましい声を上げていた女二人が押し黙る。

 ここに居る面々は悪党だ。皆、自らの地位と欲のためには凶悪な陰謀に手を染める事を厭わなかった。しかしこの男から確かに漂う死の香りは、そんな彼らですら冷や汗を噴出させてしまうほど濃いものだった。

 緊張が場を支配する中、男がゆっくり口を開いた。

 獲物を狙う蛇の息遣いの様な、低い声だった。


「相手はどこにいる?」


「も、問題の標的はは王都に向かって逃げているんだ。金なら山ほど出すよ。間違いなく殺して、首と心臓を持ち帰ってくるんだ」


「承知した。それで、相手は?」


「……何よ!? そんなこと気にしてないで早く行きなさいよ、金なら出すと言っているでしょう! それ以上何が……」


「拙者は標的の事について聞いているのだ。拙者が求めるのは金などではない。金にも勝る死合いなのだ。それとも、うぬが拙者の相手をしてくれるのか?」」


「ひっ……」


 狩人に睨まれた獲物のように、太った女は震えあがった。力が入らなくなってしまい、どすんと椅子から転げ落ちる。


「無論、拙者が相手にしても退屈にならぬほど、よき使い手なのであろうな?」


 くわ、と男が目を見開いた。空気が慄く。本能が命の危険を訴え、不気味な沈黙が部屋を満たした。


「勿論だとも」


 ローブの男が、集団の中心から沈黙を破った。彼はこの男の目をまっすぐ見据えても、一切物怖じしていなかった。


「相手は三人だ。男が二人、女が一人で王都に向かって旅をしている。男二人は若いのと年を取ったのがいるが、どちらもお前が見たこともないほどの剣の名手であることは間違いない。だが、女の方はただの小娘だ。おそらく大した事はないだろう」


「ほう」


「そうだ、それと、もう一人いた。最近、そいつらの仲間に加わったのだがな、おそらく奴が一番恐ろしい存在だろう。何せ子どもの姿をしておきながら、我々の雇った腕利きの傭兵を打倒したのだ。それも力技でな」


「ほう……」


 男が興味深そうに眉を寄せる。


「そいつは見た目こそ小娘だが、紛う事の無い怪物だ。『極東の死神』と呼ばれたアクロ殿には、ちょうど良い相手だとお見受けするが?」


「それは良き事。すぐに向かい、その命を手中に収めて見せようぞ」


 アクロと呼ばれたその男は、不気味な笑みを浮かべた。


「ああ。頼りにしているぞ、アクロ殿」




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