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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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旅の困難にぶつかる Ⅲ

作戦は成功したが、油断はできない。レイシーは青い空の中、悶え苦しむモンスターを睨みつけて次の攻撃に備える。得物はもうない。次は拳で応戦するしかない。


「キィィィィィ……」


いまや三つのうち二つの眼から血涙を流すクギャモ型は悔しそうに金切り声を上げる。身体を反転させると尾をこちらに向け、半壊した馬車から離れようとした。


「あいつ、逃げるわ!」


「……むぅー」


 このまま逃がすのは癪だが、危機を脱したならばいいだろう。レイシーは汗ばんだ拳をゆっくりとほどく。

 そう思っていると、レイシーの頭上に影が落ちた。巨影ではなく、細い棒のようなものがたくさん。


 矢だ。矢の雨だ。


「ギィヤアアアアアア!」


 どこからか飛来した矢は馬車を避けるように絶妙に放たれていた。晴れの日に降る鉄の雨は翼を裂き、貫き、怪鳥を地へと屈服させた。


「今だ! かかれ!」


「了解!」


 馬に乗った男たちが次々と現れ、怪鳥に襲い掛かる。彼らは全身を白い鎧で包んでおり、剣や槍、斧で武装していた。


「あれは、ハンター! 来てくれていたのか!」


 ハンターたちは連携し、囲みこむように攻撃を加えた。

 純白の鋼鉄の嵐が、容赦なく怪物を飲み込む。黒い羽が飛び散り、吹き出す血飛沫が空と平原を真っ黒に汚す。最後に残った眼にも剣や槍が突き入れられた。


「ギャアアアアアアアアア!」


 怪鳥は断末魔の悲鳴を上げると、動きが止まった。


「た、助かった……のですかな?」


「そうみたいだね……だが、どうしてここにハンターが?誰かが知らせたとも思えないし……」


 ヤーコブの疑問に答えるように、ハンターの一人がこちらへやって来た。


「よかった、みなさんはご無事のようですね。我々は白の教団に所属しているハンターです。この辺りに来て居た所、モンスターをたまたま発見しやってまいりました」


「そういえば、教団の支部が近かったな。そこから来たのかい?」


「はい、その通りです。……馬と、御者の方は残念でした。我々がせめてもう少しだけ早く到着できていれば……」


「それはそうだけど、モンスターを討伐してくれただけでもここにいる僕達は十分に助かったよ。ありがとう」


「本当にご迷惑をおかけしました。代わりの馬車を教団から手配しておりますので、お乗り込みください。行先は、次の馬車の乗り継ぎ先でよろしかったですね?」


 白馬が牽く、白い馬車がやってきた。この教団は何から何まで真っ白にするのがやり方らしい。


「それでは、これで。壊れた馬車の処理も教団の方でやっておきますね。この度は本当に失礼しました」


 ハンターはがしゃがしゃ鎧を鳴らしながら、そそくさと引き返していった。カールと商人風の男が気絶した酔っ払いを新しい馬車に運び込み、アリエッタもそれを助けていた。


「わたしも今、行く!」


「そうだ。レイシー、ちょっと聞いていいかい?」


 馬車に乗ろうとしたところ、ヤーコブに止められた。彼の若々しく爽やかな顔が、珍しくこわばっている。


「なんであんな無茶な事をしたんだ。確かにクギャモ型の眼は女の子の力でも突けるくらい脆いが、それでもあまりに無茶だ。君は知っていてやったのか?」


「うん……ヤーコブがモンスターの眼に矢を当てた時にモンスターが痛がってたから、眼が弱いのかなあと思ったんだ。だけど、飛んでいたら何を投げても当らないと思ったから、わたしが囮になって眼の方から近づいてきてもらおうと思ったんだ」


「まったくもう……いきなり無茶をするもんだから、生きた心地がしなかったよ」


「ごめんなさい」


「いや、謝らなくてもいいよ。もしあそこでレイシーがあいつを止めてくれなかったら、ハンターが来る前に死んでいたかもしれない。サンディの言っていた通り、君は力持ちで勇敢な子なんだね」


 ヤーコブはにっこり笑うと手を伸ばし、優しくレイシーの頭を撫でた。


「……ありがとう。わたし、撫でられるの好きなんだ」


 サンディがよくやってくれたから、という続きの言葉は、胸の中でつぶやいた。


「それじゃ、教団の馬車に乗ろう。皆が待ってる」


「うん!」


 ヤーコブにエスコートされるように、レイシーは馬車の中へ入った。馬車は部屋の中まで真っ白に塗りたくられており、目がちかちかするほどだった。汚れた自分たちが乗ってもいいのだろうか。

 先ほどまで乗っていた物とは違って長い座席が壁についており、乗客たちが座っている。まだ目の覚めない気絶男は横になっているせいで、席の多くのスペースが占領されていた。レイシーは仲間の近くの、空いていたひとつに腰を下ろした。


「……あ、れ?」


 今になって疲れが出たらしい。じゅわ、と広がる疲労がレイシーの全身を麻痺したように動かなくさせる。

 そこに隣のアリエッタが飛びついてきた。


「レイシー……ああ、レイシー! 無事でよかった!」


「あ、アリエッタ……苦しいよ……」


「あら、ごめん。つい、嬉しくて……助けてくれて、本当にありがとう」


 少しだけ彼女の力が緩む。しかし苦しいと言いつつも、疲れたレイシーは彼女に身を預けていた。


「怪物を追い払ってくださり、本当にありがとうですな。命が無くては商売ができませんですな」


「まったく、空き瓶で怪物を退治するとは。そんな話は英雄譚でも滅多に聞かないものです。ですが、助けられたことには変わりはありますまい。感謝いたします」 


 商人風の男が深々と頭を下げた。カールも危機を脱せたこともあってか、なんとなく嬉しそうだ。レイシーはようやく、身体に張りつめていた力が抜けるのを感じた。


「ねぇ、ヤーコブ」


「何だい?」


「……旅って、楽しいこともあるけど、大変なこともあるんだね。いつもこうだったの?」


「そうだね、旅というのは予定外の連続だ。だけど、楽なはずの旅が大変になったりすることはよくあることだけど、自分たちが旅を楽しもう、という気持ちは忘れないようにしているつもりだよ」


「でも、こんなに冷や冷やさせられたのは初めてかもしれないわ。本当に、無事でよかった」


 うんうん、とカールもうなずいた。


「それにしても、この辺でモンスターなんてめったに出ないはずだ。それなのになぜ……でもまぁ、こんな風に襲われることは多分ないだろう。ここからはゆっくり行こう」


「そうだね。でもその前に、少し眠ってもいいかな……」


 疲労で眠気が溜まって来ていた。今の脳ではもはや寝る以外の事を考えられない。


「うん、お休み」


「ここに頭を置いてもいいわよ」


「ありがと……おやすみ……」


 レイシーは酔っ払いに倣って、座席の上に横になる。そしてアリエッタの柔らかな膝を枕にするとすぐ、すやすや寝息を立てはじめた。



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