信仰に出会う Ⅱ
「兎はわかるけど……キョウダンって?」
久々に聞き慣れない言葉を聞いたレイシーは首を傾げた。
「そうですね……白と黒がこの世界の雛型を作った、という話はご存知でしょうか」
「あ、知ってるよ。人形劇で見せてもらったことがある。その後に赤が二人に嫉妬してくるんだよね」
「よく学ばれていたようですな。あの話は創世の神話として、アイルーン王国に広く伝播しています。そして、その白を神として信奉している人々の集いが白の教団なのです。白の神は世界を創った神としてだけでなく、豊穣や牧畜を司る神としての側面を持っており農村での信仰が盛んなのですよ。故に都市から離れた場所を旅していれば大小さまざまな白の教団の神殿をお目にかかれます」
「そうなんだ……そんなこと、考えたこともなかったなあ。神様を信じるって、どうすればいいの?」
「一般的な方法としては祈りを捧げることや、この村のように祭りを行う事ですかね。また、白の教団は清潔を重んじるので神殿の清掃を常に行う、男女交際において浮気をしない、食用以外での殺生は避ける、弱い者に支援をする、などの戒律を守っているそうですよ」
「みんなそうやって、神様に気持ちを伝えているんだね。神様は喜んでくれているのかな?」
「面白い質問ですね。神の声は聴いたことがございませんのでわかりませんが、教団の大司祭なら何か知っているかもしれませんね。大司祭とは教団の中で最も偉い人でございます。ちょうどこの近くに来ているらしいので、このお祭りも気合が入った盛り上げ方をしているのでしょうね」
カールはここで再び視線を兎のオブジェに移す。
「で、何故兎なのかというお話ですが。兎は白の教団のシンボルになっている動物です。白い色が清潔だと考えられている他、なんでも長い耳で悪しき者や異なる者を見分けることが出来る、と考えられているとか。とんでもなく怪しい説ですがね」
「そうなんだ。白の事はわかったけど、黒と赤は? やっぱり神様として信じられているの?」
「その通りです。黒の神は交易や技術の神として商業や交易の他、職人などに信仰されております。故に王都や地方都市での信仰が盛んなのです。赤は荒ぶる神として、噴火や嵐、雷など災厄の象徴だと考えられています。ですので、祠などを作って畏れ敬うといった形での信仰が多いですね。賊が戯れに信者を名乗ったりはするという話は聞きますがね」
「みんな、やってほしいことがあって神様を信じるんだなあ。もし神様が何もしてくれないなら、このお祭りもやめちゃうのかな?」
人間は神を信じ、神は人間に利益を授ける。
商売のようだな、という印象を持つレイシーに、カールは感心したようにため息をついた。
「……あなたは本当に面白い質問をなさいますね。話しているとこちらまで楽しくなってきますよ」
「わたしも楽しい。あなたの知っている事、もっと聞かせてほしいな」
彼としばらく話していたところ、ヤーコブとアリエッタも話に加わってきた。二人とも不思議そうな顔をして自分とカールを見つめている。
「おや、カールもレイシーも、いつの間に仲良くなったんだい?」
「昨晩ですよ。お二人がお休みになっている間に、私は人目も憚らず彼女と愛を育んでいたのです」
「きゃ、はしたない言い方! もう少し気を付けられないの!?」
「はは、実際は眠れないと言っておられたので少し語らっていただけですよ。純粋で、好奇心も旺盛で、とても良い子だと思います」
乾いた笑いと共に、彼は冗談を言った。
「ありがとう。だけど、愛を育むっていうのはわたしもちょっと……そういうつもりはなかったから困るなあ」
出会った時には少し怖かったカールが、早くも頼もしく感じる。この三人と一緒なら、どんな旅路でも安心できる気がした。
「さあレイシー。話すのもいいけど、せっかくの祭りだ。楽しんでいこう!」
「うん! お腹も空いてきたから、いろんな物が食べたいな!」
村の人々は、揃って来訪者たちを歓迎してくれた。
この村に足を踏み入れた。それだけで、今の彼らにとってはご馳走を振舞うべき相手であるらしい。
「今年も豊作だったんだ。小っちゃくてかわいいお嬢ちゃん、うちの畑の野菜スープ、食べていきなよ!」
「わあ、美味しい! お野菜の味がスープにばっちり染み込んでる。わたし、この先の市場で八百屋のお手伝いしてたんだ!」
「へえ、そうかい! じゃあ俺達の野菜も売ってくれてたのかもな。ありがとな、お嬢ちゃん!」
「お次は、焼き立てパンはどうかな? 特製フルーツジャムをたっぷり塗ってどうぞ!」
「うーん、いい香りね。口の中に甘酸っぱい味が広がるわ。ありがと!」
「そこのお兄さん、チーズはいらんかね?」
「頂くよ。……うん、美味しい。濃厚で、旨みたっぷりだ。フォンデュにしても美味しそうだね……また食べに来るよ」
「ビッグなそこのお兄さんには、この村のスペシャルビールだ!領主さまが送ってくださった焼きソーセージにベストマッチ!」
「ほう、ほどよい熱さの塩味に、それを潤す酒の風味が良いものですな。まるで心地よい温風と涼風を交互に浴びているようです」
「おうおう、遠慮なく食べてくれ。これが俺達のお祭りだからな! 大司祭様も近くに来てるし、半端な祭りはできねえや!」
「うん! いただきまーす!」
この人たちの神様を信じる心のおかげで美味しいご飯にありつけた。そう思うと、確かに神様を信じるのも悪くないことのような気がした。