平穏に別れを告げる Ⅳ
翌日、レイシーとオーマーは墓参りに出かけた。
行きたいと言い出したのはレイシーからだった。もうすぐここを離れることになるため、最後に彼女の孫娘に挨拶しておきたかったのだ。
墓は市場の外の草原の、集団墓地にあった。大きな囲いの柵に大小さまざまの墓と共に並んでおり、どこか賑やかそうに見えた。
「はじめまして。わたしはレイシー。あなたのおばあさんに、とってもお世話になりました。これからもまた、戻ってきてお参りします。これからもよろしくお願いします」
まだ新しいその墓に、レイシーは念じる。そよ風が吹き、レイシーの頬を撫でた。
それが済んでからは、ヤーコブ達が泊まっている宿屋へと足を向けた。
兄妹は部屋で待っていた。ヤーコブもアリエッタもこちらを見ると、頷いて出迎えてくれた。
「ありがとう。一緒に行こう。王都へ」
「……うん」
三人の間にそれ以上の言葉は要らなかった。
部屋の扉が開き、一人の男性が入ってきた。
知らない男だった。背が高くがっしりした体格の男性で、短く刈った髪に短いあごひげを蓄えている。彼はこちらを一瞥すると軽く一礼したが、一貫して事務的な印象を感じた。オルガとはまた違った表情のこわばり方をしており、常に危機感を煽るような、眉間にしわを寄せた顔をしている。レイシーはこの男が笑った姿を想像できなかった。
一瞬後ずさりしてしまうレイシーだったが、ヤーコブは笑いながら言った。
「怖がらなくてもいいよ。彼はカール。カール=サヴィニーだ。僕たちの連れで、本当に頼りになる仲間だ」
「カールです。以後お見知りおきを、レイシーさん」
「よ、よろしくお願いします……」
「ねえカール、もう少し愛想よくできないの?レイシーが怯えてるじゃない!」
「申し訳ございません。慣れていないものでして、善処いたします」
「もう……」
アリエッタは唇をとがらせる。表情豊かな彼女と並ぶと、カールがますます無機的な人間に見えてしまう。
「出発は明日の早朝だ。連絡の馬車を乗り継ぐ旅で、急がなくていいから四日ばかりの旅になる。食料や消耗品はこちらで用意するから、着替えだけ持っておいで」
「わかった!」
家に帰ってからは、乗り気になったオーマーがあれこれ手伝ってくれた。
まず、豪華な夕食を振舞ってくれた。いつもはパンにシチューかスープだけだったが、この日は焼肉やキノコのバターソテーなど、様々なメニューが並んでいた。
「これを食べて力をつけて、無事に行ってくるんだよ!」
さらに退職金だと言って、たくさん服を分けてもらった。これだけでもレイシーは胸がいっぱいになっていたところで、オーマーは懐かしいものを出してきた。
「あと、このエプロンドレスだ。直しておいたよ」
破れていた所は布でうまくつなぎ合わされ、ぼろぼろだったドレスは見違えるほどきれいになっていた。花の形をした継ぎ接ぎもうまく装飾になるように配慮されており、まるで着る花園のようになっていた。
「わあ……おばあちゃん、ありがとう! 絶対にまた帰って来るね!」
出発前夜は慌ただしく過ぎ、ぐっすりと睡眠もとった。
翌日はきっちり目が覚めた。自分の身体が旅を待ちわびているのだろう。エプロンドレスを身に纏い、リボンをオーマーに付けてもらう。
「よく似合ってるよ! 直した自分で言うのもなんだけど、こんなにも綺麗なもんなんだねえ……」
「ありがとう。わたしが言うのもなんだけど、それはそれは似合っていると思うよ。友だちが選んでくれたものなんだ」
「そうかい。久しぶりに気持ちのいい早起きが出来たよ。せっかくだから、見送っていくことにするよ」
レイシーは着替えを詰めた背嚢を背負って外に出る。朝の光がまぶしかった。村の門の外れまでやって来ると、二人の門番の間で既に馬車は待機していた。
「来たね。さあ、乗って。行こう!」
ヤーコブとアリエッタが手招きする。
「じゃあ、行ってくるね。おばあちゃん、またね!」
「短い間だったけどありがとう。気を付けるんだよ!」
最後に彼女はぎゅっと自分を抱きしめてくれた。
馬車が進み始める。舗装された道を外れ、草原の道をかき分けるようにして進んでいく。オーマーは市場の入り口から、手を振ってくれていた。門番たちも一緒に手を振ってくれている。
レイシーはその姿が見えなくなるまでずっと、手を振り続ける人々を見つめていた。
ろうそくだけが光る、薄暗い部屋の中。
怪しげなローブに身を包んだ人間が何人も、机を挟んで話し合いをしている。
「これはまずい。サンドリヨンは殺せたようだが、例の女を捕縛することには失敗したらしい」
「密偵によれば市場に向かい、再び旅立つところまでは確認できた。しかし、新しく仲間を見つけたらしい」
「どんな奴だ?」
「三人だ。筋肉質な中年の男にまだ若い少年と少女らしい」
「……まさか!?」
「もっとまずいことになったぞ。あいつらがあの力を手に入れたなら、我々はどうなるか……」
男たちの声は徐々に苛立ちを増していく。
「まったく、なぜあの小娘を生け捕りにしようなどと下心を出した!」
「いえ、その強大な力を手に入れることが出来ればこれから役に立つかなと思いまして……力だけでなく見た目も可愛らしいみたいですし、最悪奴隷にすればあれこれ楽しめるかと思ったのですが」
「何が奴隷だよ! あんなのに王都に来られたら、私達が危ないじゃないか! 婚約祝いのパーティーの邪魔でもしてみなさい、あんたを奴隷にしてやるから!」
キーキーとした女の声が混ざる。太った女が激昂しているのだ。その隣にいた痩せた女も、併せて怒りはじめる。
「もう、みんな殺していいじゃない! どんな汚名を着ようが、失敗した時点であんたの命はないんだ。さっさとやっておしまい!」
「……あっしも賛成だ。きっとあの小娘が『剛拳』の兄貴をやりやがった。あいつ、許さねえ。絶対に苦しめてから殺してやる」
小男が怒りに共鳴し殺意を放った。怒気に当てられローブの男たちはうろたえ始める。
「あいつはまだ来ないのか!!」
「予定ではもうすぐ到着と言われているのですが…」
「到着次第差し向けろ! 我々は王都の周辺を囲って、奴を待ち構える。何としても、連中を到着させてはならんぞ!」




