一夜明けて Ⅱ
昼は爺やの作ったサンドイッチが二人の前に出された。
爺やの料理の腕は流石のもので、カリカリのパンにハムと野菜を挟んだスタンダードなものの他、ふっくらしたパンにクリームと果物を挟んだデザートのようなものもあった。
午前中の活動でちょうどお腹のすいていた二人は、居間のテーブルでそれを楽しんだ。
一口かじると具と共に挟まれたケチャップやカスタードクリームの味が具と共に口の中に広がる。尚且つ食べやすいこのサンドイッチは少女のお気に入りの一つになるのだった。
午後からは野外に出ることにした。屋敷の周りに広がる森に、バスケットを持ったサンディは少女の他に兎を連れてきていた。
「マリー」と言いながらサンディは兎を指さした。
少女とサンディが出会うきっかけになったこの兎はサンディが昔から飼っていたペットであり、大切な家族の一員だった。
屋敷を出た二人の少女は、緑豊かな森の中を歩いていく。マリーもサンディにぴったりくっついて着いてきた。
ここでもサンディは色々なことを少女に教えた。サンディは自分で野草を採りに行くこともあるため、この森のことは庭のように熟知している。
空を飛び澄んだ鳴き声を発する鳥、ドレスのようにきれいな色とりどりの花など、たくさんの名前を少女は知ることができた。
また、二人はたくさんの野草を摘んだ。
少女が最初に出会った時とは違いほとんど動かないマリーに見守られながら、サンディは食べられる野草を選んでバスケットに入れていく。
サンディが作業をしている間、少女はマリーが気になってきた。
あのマリーという生き物は、腕に抱くとどんな感触がするのだろう?全身がふわふわで、気持ちがよさそうだ。
しかし接近してくる少女を感じ取ったマリーは眠りから覚めたように動き出し、少女から逃げようとした。
「あら、マリー! お待ちなさい!」
サンディが慌てて追いかけ、マリーを捕まえる。
腕の中のマリーはサンディが今まで感じたことがないほど強い力で暴れながら、少女から距離を取ろうとしている。
少女を怖がっているのは明らかだった。サンディは苦笑いしながら、近づいてくる彼女に手のひらを向けて制止した。
少女はその表情と荒れた様子のマリーを見て自分がマリーに懐かれていないこと、友達になるにはまだ早かったことを悟った。
「ううー……」
しゅんとする少女に、サンディはバスケットを指して野草を摘むジェスチャーをする。こちらを一緒にやろうという誘いであった。
手慣れた手つきで野草を採取するサンディ。見ただけで的確に種類を判別し、素早くバスケットを満たしていく。
少女はたどたどしくも真似をして、いくらか摘むことができた。サンディはほぼ無作為に採られたそれらを一つ一つ見て分けたあと、労いのつもりでやさしく頭を撫でる。少女も喜んでそれを受け入れた。
バスケットがいっぱいになるまで採ると、日はもう傾いてきていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。今日もたくさん収穫があったようですね?」
帰宅したサンディから爺やは野草で一杯のバスケットを受け取った。
「ええ、この子と、マリーと一緒にね。今夜はこれを使った料理をお願いできるかしら?」
「ほうほう、いい素材です。夕食の当番はオルガでしたが、ひとつ代わりに作ってみるとしましょう。それにお嬢様とあの子が摘んできてくれたものでしたら、自分のこの手であれやこれやと弄ってみたいものでして……この子の白く可愛らしい小さな手が、生えている野草を優しく包んで摘む……想像しただけでも愛らしい、この爺やも摘んでほしいですなあ!」
「……言い方気持ち悪い」
言葉がわからずきょとんとしている少女に代わり、サンディの冷ややかな視線が爺やに浴びせられる。
「と、とにかくこの屋敷の使用人の名に懸けて最高の時間をお約束しましょう」
「まったく…性格はともかく、実力は買っていますからね。頼りにしてますわよ」
マリーを飼っている部屋は二階にあった。
部屋の一室を丸々兎のために使っており、広々とした空間が用意されている。入口に柵がついている以外にマリーの自由を妨げるものはなかった。
サンディと少女は今日の散歩の供だったマリーをこの部屋に戻しに来ていた。
サンディが入口の柵の向こうに抱いていたマリーをゆっくりと置く。
マリーもまたゆっくり進んでいき、部屋の真ん中にあった動物用ベッドの上にちょこんと座った。
いっぽう少女はこの部屋から動物の匂いを感じ取っていた。
人間とは違う、わずかに生臭い匂い。マリーのような、大きさも重さも自分とはまったく違う物もこうして生きているのだな、と実感した。