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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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平穏に別れを告げる Ⅰ

 レイシーが目を覚ますとオーマーはすでにベッドにはおらず、キッチンからの美味しそうな匂いが朝食の時間であることを知らせてくれた。


「おはよう」


「……ああ、おはよう」


 先にテーブルに座っていたオーマーは乾いた挨拶を返してきた。レイシーもまた彼女の向かいに座ったが、彼女はこちらから目をそらした。


「どうしたの……?」


「……何でもないよ。さっさと食べて仕事にお行き」


 彼女は無表情だった。こちらを嫌悪しているというよりも、レイシーの姿を見まいと自分自身に課しているかのようだった。そんな中でも口に入る朝食のシチューの味はいつもと変わらぬ美味しさで、レイシーは言いようのない違和感を感じた。

 結局一言も発せないまま、オーマーの横顔を眺めながらレイシーは朝食を食べ終えた。




「……」

 装いを変え、店頭に立っても、レイシーは心に霧がかかったようにもやもやした。いつもなら今日の客はどう呼び込もうか考える所だが、昨夜のオーマーの嘆きの声と、先ほどの真顔が脳にこびりつき、思考を阻害している。


「いったい、何だったのかな……」


 彼女が夢見ていたのは、決して楽しいばかりの思い出ではないだろう。過去に辛いことがあったのだろうか。また、様子が変わったのは昨夜に王都行きの話を出してからだ。その出来事と王都行きに難色を示したことは関わりがあるのだろうか。

 ぐるぐるぐるぐる、頭の中を色々なものが回転する。


「……お嬢さん? レイシーお嬢さん? お-い!?」


「……ひゃあああっ!?」


 上の空になってしまっていたレイシーはびくっとした。

 目の前には困惑した表情を浮かべる常連の、口ひげの男性がいた。彼は我に返ったレイシーを見てすぐに笑みを向けてくれた。


「レイシーお嬢さんがぼんやりしているなんて珍しいね。疲れているのかい? それとも、悩み事かな?」


「ごめんなさい、少し考え事をしていて……すぐご注文を承ります」


「無理はしないでね。オーマーさんが悲しむからね。それじゃあ、今日もお願いするよ」


 レイシーは注文の通りに野菜を取り、彼に渡して代金を貰う。


「今日もありがとう、それじゃあね!」


「ありがとうございました! またお越しください!」


 去っていく男性の後姿を見た時、レイシーは閃いた。


「あ、あの! 少しお聞きたいことがあるのですが!」


「ん? どうしたんだい?」


「お引止めしてごめんなさい。その、聞いてもいいですか……? オーマーさんの昔のことについてです」


 この男性は自分が来る前からの常連らしく、オーマーとも懇意にしていたはずだ。彼女に何があったのか、男性に聞いてみるのがいいかもしれないと、レイシーは考えた。


「うーん……」


「どうかお願いします。最近のオーマーさん、様子がおかしくて……わたしも何かしてあげられたらなって、そう思っていたんです」


「そうかい、様子が……わかったよ。あんまりこういうことは言うべきじゃないんだが……まあ、仕方ない」


 彼は苦い顔をしながらも、レイシーにオーマーの孫娘について教えてくれた。

 オーマー自身の娘はお産で死んだと彼は語った。娘はこの男性とも仲が良い子だったそうで、訃報を聞いたときは酷く驚いたという。

 しかしその娘の夫は薄情な物で、悲しみが覚めるやいなや新しく恋人を作りどこかへ発ってしまった。そして親を二人とも失くしてしまった孫娘は、オーマーの手で育てられた。


「すくすく成長して、元気いっぱいのいい子になってね。あの時のオーマーさんは何をするにも楽しそうで、いつも幸せそうな顔をしていたよ。だけど……」


 幸せは長く続かず、孫娘は謎の病に冒されてしまった。レイシーと同じくらいの年だった、と話す。


「それはもう酷い病気だったよ。元気ないい子だったのに、真っ青になって、汗をいっぱいかいて……見るに堪えなかった。そこで偉いお医者さんを王都から呼ぶという話があってね、私も寄付に協力したよ」


 苦心して呼んだだけあって、王都の医者は丁寧に、正確に診察をしてくれた。しかしその医者すらも、病気の正体を捉えることができず、匙を投げた。

 だが、オーマーだけは決してあきらめなかった。毎日朝日が昇る前から、いろいろな種類の薬草を摘んでは煎じていたという。それでも病魔の前には全て、無駄な努力に過ぎなかった。


「それからしばらくしてその子はね、死んでしまったんだ。それからのオーマーさんは怒る事も悲しむことも忘れてしまったみたいになって、半分死んだようだったよ。だけどね、最近は幸せそうなんだ。君がここに来てからだ」


「……そうだったんですか」


「私は時々不安になるよ。もしかしたらオーマーさんは、年頃の同じ君を、孫娘の代わりと思っているのかもしれない。いつまでも死んだ人に引きずられるのも、よくないことなのに……」


「……引きずられるのは、よくない……」


 レイシーは彼の言葉に何となく違和感を覚えながらも、オーマーについての情報は正しいように思った。


「私にできるのはこのくらいだよ。まあ、上手く付き合ってあげてくれ」


「わかりました。教えてくださってありがとうございました」

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