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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第二章 少女とたたかいの鬼
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かつて夢見た道が開く Ⅰ

「うんうん、今日はお見事だったよ!これで私も安泰だね!」


 夕食にはいつものパンにシチューの他、ミートローフやふかした芋などおかずも充実している。オーマーが腕を振るった、疲れた身に染みわたるご馳走だった。


「あ、ありがとうございます……わたし、本当に役に立てていましたか…?」


「そりゃあもう、素晴らしい働きっぷりだったよ。初めてでよくあそこまでがんばってくれたね」


「は、はぁ……」


 オーマーはこう言うが、レイシーには今一つ実感がなかった。最初の客の対応からして右往左往してしまったし、次第に慣れたとはいえここまで褒められるほど完璧な仕事が出来ていただろうか。


「もっと自分に胸を張るんだよ。いいかい?」


「は、はい」


 言われるままにレイシーは背筋をぴんと伸ばした。今はそう思っておくことにしよう。

 その後の事だった。食事が済んでから、片付けをするオーマーはこちらに問いかけてきた。


「一つ聞いていいかい? お前さんはどこから来たのか、家族はどうしているのか。それを教えてほしいんだけどね」


 先ほどまでの笑顔から一転して、オーマーは真面目な顔になった。


「この市場には迷子も多いんだ。家族が捜しているといけないからね」


 ここでレイシーは疑問を抱いた。確かに行くあてがないことは既に彼女に伝えたが、何故いまさら聞くのだろう。


「あの、質問を質問で返してすみません。どうして昨日聞かなかったのですか……?」


「それは……忘れていたのさ。私としたことが、迂闊だったよ。ささ、話しておくれ」


「……家族は、もういません。失ってしまったんです。今では、わたしは独りです」


 疑問を抱きつつも、レイシーは真実を話した。オーネにすでに嘘をついていたこともあり、これ以上誰かに嘘を重ねたくないと思ったのであった。

 しかしこの行いは心を重い痛みで苛んだ。ほんの少し口に出すだけで、焼ける森が、崩れた屋敷が、サンディの最期が、みんなの無残な姿が脳裏に鮮明に映し出される。じくじくと胸が痛い。前を向いて歩くと決意した今でも、サンディを、みんなを失った悲しみは、そう簡単に癒えるものではないのだ。それに改めて気付かされた。


「そうかい……」


 ため息をつくようにオーマーは言った。憐れみと、何故か安心が混ざったような目でこちらを見ていた。


「辛い思いをしたんだね。だったら、そんな堅苦しい喋り方をする必要はないんだ。ここを家だと、私を親だと思ってくれたらいいんだよ。私が、お前さんの新しい家族さ」


 オーマーは片付けを中断すると、レイシーを優しく抱きしめた。骨ばった、確かな温もりを宿した腕に身体が包まれる。胸の中に感じる苦痛は少しだけ和らいだ。


「楽になったかい?」


「……」


 応える代わりに、レイシーは彼女を優しく抱き返した。




 それから数日が飛ぶように過ぎた。

 仕事をしながら過ごす毎日はとても大変だったが、充実していた。


 今日も日が昇る。店番にやってきたレイシーは素早く商品を並べ直し、開店の準備をする。自分の力があれば、重い木箱も楽々運べた。

 周りには何人かの客と、準備中の店舗。ここだ、と大きく息を吸い込んだ。


「お野菜いかがですかー!」


 誰よりも先手を打った声は市場によく響き、こちらに視線が集まるのを感じた。

 他の店の人たちがにやりとしている。どうやらライバルと認めてくれたようだ。


「よぉーし、開店だ! 今日も安いぞ!」

「今日はチリトリもセットでつけちゃうよー!キレイ好きは見ていって!」

「そこのあなた、今日のお弁当は決まってるかい? うちで食材を買って行ってくれ!」

「新鮮なお野菜はいかがですか―! お料理いっぱい、作り方いっぱいですよー!」


 呼び込み合戦が、市場の活気をさらに盛り上げた。


「おっ、レイシーのお嬢ちゃん。今日も精が出るね」


 やってきたのは口ひげの男性。レイシーの最初の客となった人物だ。


「おじさん、今日も買いに来てくれたんですね! 朝ごはんですか?」


「そうなんだよ! もうすぐ嫁も起きてくるから大至急頼むよ!」


「わかりました! そうそう、息子さんはお元気ですか?」


「ああ、そりゃもう絶好調でね、夜も眠れないくらいだよ!」


「そうなんですね。本日のおすすめはサラダやスープにぴったり、ブロッコリーです! いっぱい食べて、元気に大きくなってくださいね!」


「よし、じゃあそれをもらおう! うちの子と年がほとんど変わらないのに、レイシーお嬢ちゃんは偉いねえ」


 この男性の他にも、レイシーは常連客の顔や家族構成、好みを把握しようと試みていた。そして人に合わせて店の野菜をおすすめしていくのだ。屋敷でいろいろな料理を味わっていた経験もあり、こちらから献立を提案することもあった。

 また、前の店番だったオーマーと親しい客も多かった。人のいい彼らは新しく小さな店員にも気さくに挨拶してくれた。

 その後も息つく間もなく、客たちが市場に押し寄せてくる。日が昇るころには、今や見慣れた雑踏が目の前を行き交う。


「お野菜はいかがですかー!」


 レイシーは臆さず人波に立ち向かっていった。

 

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