レイシー、働く Ⅰ
今回から第二章スタートです。
新しく読まれる方は最初から読む事をお勧めします。
以前からお読みいただいている方は引き続きよろしくお願いいたします。
森を後にしたレイシーは、再び市場へ戻ってきた。
火事はもう雨で消えていた為か行きがけに見かけた人だかりの姿は既になく、人々は雨上りの雲から漏れる光の下でもとの活気を見せていた。
「ここから、どうしよう」
もう住んでいた屋敷はない。これからは自分で寝床と食料を確保しなくてはならない。
しかし、未熟な自分にどれほどのことが出来るだろうか。働かせてくれるようなところはあるのだろうか。
レイシーはぼんやりした不安を感じながらも、まず食堂へと向かった。オーネを待たせたままにしてはいけない。
「あっ、戻ってきたー……って、あれ!? どうしたの、その服!? ぼろぼろ……」
「オーネ、聞いて。……」
レイシーはそこで言葉を詰まらせた。
最初はサンディが殺されたことをしっかりと告げるつもりだった。しかし目の前のオーネの純粋な表情と雨後の柔らかい光が差し込む食堂の中でこのような事を言うのは、名状しがたい違和感をレイシーの中に生み出していた。
その事実を口にすることでこの心地よい空気が壊れてしまうような、そんな気がするのだ。
「どうしたのー?」
「サンディがいなくなっちゃったんだ。屋敷のみんなも」
「え!? どうして!?」
「たぶん、火事のせいだと思う。わたしはたまたまここにいたから大丈夫だったけど、屋敷は燃えて、駄目だった。だからみんな必死に逃げちゃったんだと思う。市場の方向もわからないくらいに」
「そっかー……まーでも、あの人たちがレイシーを見捨てるはずはないよ。それに、生きているならきっとどこかで会えるよね! それよりもレイシーのその服、大丈夫なのー? ちょっと血の臭いもするし…… 怪我とかないー?」
「……わたしには怪我は無いよ。だけど慌てて戻ったせいで、服にちょっと火が付いちゃったんだ。このエプロンドレス、プレゼントだったのに……こんなにしちゃってごめん」
「ちょっとって感じじゃないくらいぼろぼろなんだけど……まあ、レイシーが無事ならそれでいいよー!」
「……本当にごめん。あと森は火事もあって危なくなったから、当分は行かない方がいいと思うよ」
森で墓を見付けられると真実を知られてしまうから。友だちに嘘をつくことに頭が回るなんて、と悲しくなった。
「じゃあね、オーネ。またお話ししてくれるとうれしいな」
「屋敷に帰れないんじゃなかったっけー。ここからどうするのー?」
「この市場でどこかお仕事をさせてくれるところを探してみるよ」
「わかったー。それじゃあねー!もし困ったら、いつでも言ってね!お料理教えたり、ご飯食べさせて泊めるくらいはきっとできるからー!」
「……ありがとう」
オーネは先端のない腕を振った。
オーネは過去に両手をモンスターに喰いちぎられている。こうして会話はできるものの日常生活のほとんどは食堂奥の厨房で料理をする彼女の父に助けてもらわないとできないだろう。
そこに無知で未熟な自分が泊まるのは、きっと更に迷惑をかけてしまう。友だちの厚意に胸を打たれながらも、レイシーはここに泊まる気はなかった。
とはいえ、行くあてなどない。レイシーはふらふらと市場をさまよった。
リンゴの安売り。店先の噂話。人々の会話が右から左へ流れていく。
その時だった。背後からの声が、レイシーの耳に届いた。
「もし、おまえさん」
しわがれた声だった。振り向くとそこには、すっかり腰の曲がった年配の女性が自分に話しかけているところだった。
「どうしたんだい、そんな身なりをして……おいで、うちに余っている服をあげよう」