エピローグ
爺やは屋敷の残骸のすぐ近くに倒れていた。こんなに近くにいたのに気付けなかったことが不思議だった。
また、一つの焼死体を焼け跡から見つけた。坊主頭の、全身が焼け爛れ赤茶色になった死体だ。体つきは丸っこく、どうやら火事に巻き込まれた女性であるらしい。そして、大きさはオルガと同じくらいだった。
これが変わり果てたオルガなのだろう。あれだけ泣いたにもかかわらず、再び涙があふれてきた。
幸い、屋敷裏のスコップと、マリーの墓は無事だった。みんなを野ざらしにするのは嫌だ、とスコップを使い、マリーの墓の横に穴を掘り始めた。
「よいしょ……よいしょ……」
三人を一緒に眠らせてあげるためには、三つ墓穴が必要になる。力で無理やり掘り返してしまう事も考えたが、雑に作った穴に皆を葬りたくなかった。少しずつ、少しずつ雨に打たれるレイシーは土を掘り返し続ける。
そして、長い作業は着実にレイシーの体力を奪い、玉のような汗が浮かび始めた。それでも、レイシーは手を休めない。自分にかけがえのない思い出をくれた人たちを、せめてきちんと埋葬してあげたかった。
「やっと火事が消えたか」
「オルガさぁんっ! 無事かぁ!?」
「サンディ! サンディはいるかい!?」
「お、おい……これ……兄貴……」
「屋敷が……」
どこかで聞いたような声が聞こえ、レイシーは振り返った。
見覚えのある箱馬車がそこには止まっていた。いつかの盗賊団が6人全員、ぞろぞろと降りてくる。彼らは皆、この惨状を目にして絶句していた。
レイシーはその様子を見て、別にどうしようとも思わず作業に戻った。もう盗まれるものなどない。今は穴を掘るのが先だ。
「そこに倒れているのは……サンディ!? そんな!」
「オルガさぁんっ!?」
こわっぱとダガーが死体の側に駆け寄り、跪いて泣き始めた。
「僕のせいだ……僕が傍に居なかったから……」
「オルガさぁん……こんなになっちまってぇ……どうしてぇ……」
「……この爺も死んでるな……ついこの前まで俺たちを追いかけ回してたくせに……」
ちびすけまでもが、爺やの死に涙している。そして、その悲しみが伝わってくるのだろう。ひげも、のっぽも、兄貴でさえも、沈んだ表情を浮かべていた。
レイシーはほっとした。盗賊たちとは長く会っていなかったため記憶に薄ら残っていただけだったが、自分の家族のために悲しんでくれる様子を見ると少しだけ心が楽になるのだった。
「な、なあ、何があったんだ? あれだけでかい火事だったんだ、きっと何か」
「ひげ、ビビるのはわかるが今は聞いてやるな。……レイシーとか言ったな。俺達も手伝うよ。兄弟の想い人なんだ、弔いに協力させてくれ」
兄貴の大きな手が、優しく肩に置かれた。
「ありがとう」
盗賊たちは馬車の中に戻ると、いくつかのスコップと、大工道具の詰まった箱を持ってきた。そして彼らは屋敷の残骸からまだ使える、比較的きれいな木材を探してくる。
「大工仕事なら任せてくれ。俺、得意なんだ」
のっぽが木材を加工して、三つの大きな棺を作ってくれた。彼の言葉に嘘はなく、焼け跡の木材を使ったとは思えないほど綺麗な形の棺だった。レイシーは、これなら家族に相応しいだろうと思った。
残りのメンバーはレイシーを手伝い、一緒に穴掘りをしてくれた。彼らはかつて敵対したとは思えないほど甲斐甲斐しく手伝ってくれた。ただ、ダガーとこわっぱはずっとすすり泣きを続けており、またしてもつられて泣いてしまいそうになった。やがて、深い穴が三つ完成した。
三人を眠るように棺に横たわらせると、穴に収めて土をかけ、その上に木を削った三本の墓標を立てた。
「これでいいだろうな。じゃあな、レイシーの嬢ちゃん。……まったく、勝ち逃げしやがって。馬鹿野郎共」
兄貴は震え声で吐き捨てると馬車に乗り込み、名残惜しそうな盗賊たちもそれに続いた。
レイシーはひとり残された。
既に雨は止んでいた。背後には屋敷の残骸、目の前にはマリーの墓の横、三本の、新しいねぐらがあるのみだった。
改めて家族の死に直面し、またもレイシーの心は絶望に支配されそうになる。
だが、自分は決めた。悲しみの中に逃げ込むことはやめるのだ。
「……またね」
レイシーは立ち上がり、雨の乾いた地面にしっかりと足をつける。そして墓に背を向け、力強く歩き始めた。
第一章 完
誤字脱字報告ありがとうございました。修正いたしました。
これで第一章は完結です。
二年以上もこの作品を書いていけたのも、お読みくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。レイシーのぼうけんはこれからも続いて行きますので、どうかよろしくお願いします。