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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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暗雲 Ⅰ

 その日の朝は良く晴れた空が広がっていた。


「それじゃサンディ、行ってきます」


 レイシーが身を包むのは、ゆったりしたブラウスにエプロンドレスだった。頭にはきっちり市場で買ったリボンを巻き、脛まである歩きやすいブーツも履いた完全装備であった。一方のサンディは室内着のドレスのままだ。美しさ、可憐さではレイシーの服にひけをとらないが、外出には向かない服装だ。

 レイシーは今から、一人で市場に向かう。目的は二つあった。

 一つ目はお使いである。今日の夕食に使う食材を市場へ行って買ってくるのが目的だ。いつもは従者たちが買いに行っているが、レイシーにとってははじめての挑戦だった。


「もちろん貯蓄の食材もあるわけですし、全部のメニューの食材を買ってきてもらうわけではありませんわよ。足りない分をレイシーに買ってきてほしいのですわ。はい、これはメモですわよ」


 レイシーはお使いのメモを握りしめた。うまくやれるか僅かな不安を感じながらも、それに勝るわくわくした気持ちもある。

 二つ目はオーネやヤーコブら友人たちに会うためである。先日の誕生期祝いで語り合ったばかりではあるが、既にレイシーの頭の中は新しく話したいことで一杯だった。また、オーネの父親にも久々に挨拶したかった。


「それとね、今日は市場へ向かう定期の貨物馬車が通ると思いますわ。森を抜けたら道を通ると思うから、それに乗せてもらって行くと楽ですわよ」


「わかった。でも見つけられなかったり、遅れたりしたらどうしよう。走って行こうかな」


「そういえば、最初にこの森に来たときは走ってきたと言っていましたわね……けれど、今のその服は走るのには適していないのではなくて?」


「それもそうかな。やっぱり、馬車で行こうかな。遅れないようにする」


「ええ。今屋敷を出れば、森を出たあたりで通りかかると思いますわ。さあ、行ってらっしゃい。荷物を忘れないようにね」


 バスケットを持ち、準備完了だ。レイシーは玄関まで走った。


「それじゃ、行ってきます!」


「あ! 待って、レイシー。これを貸してあげますわ。ちゃんと時間を見て、夕方までには帰ってくるのですわよ」


 サンディは金色の懐中時計を差し出してきた。

 レイシーは恐る恐る受け取った。これは先日、ヤーコブから彼女へプレゼントされたものだ。彼女の大切なものだと思うと、ずしりと重みが感じられた。


「ありがとう。大事に持っていくね」


「ええ、気を付けていってらっしゃい」


 レイシーは屋敷を出て、森を抜け、草原までやってきていた。木々の間を抜けると、ぽかぽかした陽気がいっそう温かく感じられた。

 そよ風が吹き、ざわざわと草がさざめく。そこへやって来た馬車はまるで、緑の海を進む船のようだった。

 前に座っていた御者の男が、レイシーを見つけて船を停めた。


「お嬢ちゃん、この馬車は市場行きだぜ。乗っていくのかい?」


「はい。乗せてください」


 丁寧に頼み込むと、無事に荷台に乗せてもらうことが出来た。

 馬車の荷台には沢山の木箱があった。市場の商店に仕入れられたものだろう。この物言わぬ先客と共に揺られていると、御者が話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、まだ小さいのに一人で遠出とは感心だね。何か用事があるのかい?」


「お使いと、友だちに会いに行くんです」


「そうかいそうかい。きっちりね」


 市場での楽しみに思いを馳せると、自然と鼻歌を歌っていた。空を眺めながら、レイシーは市場に着く時を待ち続けた。


「……あれ?」


 ふと、空に浮かぶ一つかみほどの雲に目がとまった。

 この快晴の空にはふさわしくない、妙に暗い雲だった。


 貨物の馬車は専用の入り口があるので、市場の門の前で降ろしてもらった。

 御者に丁寧にお礼を言うと、門をくぐった。レイシーの姿を見ると、普段は真面目な門の衛兵も笑いかけてくれた。

 こつこつと石畳にブーツの音を響かせながら、市場を歩く。


「まずはお使いをしないと。それから、オーネに会いに行こう」


 一度食堂に行ってしまっては、どれだけ話が弾んでしまうかわからない。それで夕食に遅れたりしては大変だった。先に使命を果たしてから、楽しい時間に興じることにした。


「今日もリンゴ一つ10インだ! 安いよ!」


「あの子、一人でお使いかな? 感心だねえ」


「新種のモンスターも退治されたし、しばらくは安心だね」


 賑やかな市場の中、メモを片手に人々をかき分けていく。


「ええと、わたしが買うのは……」


 メモに書かれているのはジャガイモと塩、オリーブ油、チーズだ。

 一体何を作るのだろう。頭の中で様々な料理が浮かんでは消える。よだれを抑えながら、レイシーは市場を回っていった。




「確かにあの娘は出て行ったのか?」


「貨物馬車に乗って市場の方に行ったのを見ましたぜ。あいつ、モンスターを投げ飛ばすくらいとんでもないですから。それに、殺さなきゃならないやつはあの怪力娘じゃないんですよね?」


「ああ、そうだ。行くなら今がチャンスだな。子供を殺すのは可哀想だが、こちらも生活が懸かってるんだ。やむを得ないことだよ」


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