冒険 Ⅲ
祝いの会は終わった。名残惜しさを残しつつも、客は帰っていく。
オーネは市場に帰る兄妹が送ってくれることになったため、屋敷の住人達はきびきびと後片付けを始めた。
レイシーはもらったエプロンドレスを衣装棚にしまった。これを着て、サンディと外に出かける日がとても楽しみだった。
その夜のことだった。就寝の用意を済ませた二人は寝室にいた。
「今日の催し、レイシーは楽しかった?」
「うん! とっても!」
「よかった。みんなが楽しんでくれたなら、大成功ですわね。みんなで用意した甲斐がありましたわ」
「そうだね。だけど少し話し疲れたなあ……」
「話し疲れたのですわね。ゆっくりお休みなさい」
すぐにベッドに横たわろうとしたレイシーだったが、すぐにはっと目を見開いた。
「そうだ、今日の事もちゃんと書いておかなきゃ」
レイシーはナイトテーブルに置かれた一冊の本を手に取る。飾り気のない灰色の表紙の、紐で綴じた手づくりの本だった。「日記」という文字だけが表紙の真ん中に置かれていた。
サンディの教育の賜物で、レイシーは文字も少し書けるようになっていた。いずれは本を書いてみたいと考えるレイシーは練習も兼ねて、こうして毎日の日記をつけることにしていた。
レイシーはペンを握り、インクに浸した。今日あった出来事を文字に変えて、ペン先から溢れさせるように日記を綴っていく。
するとちょうど最後のページを書き終わった時、最後のページが使い切られた。
「あ、日記……終わった!」
「おめでとう。ちゃんとやりきったのね。作家の夢に一つ全身ですわね」
「やった! また、二巻目の日記を作らないとね」
頭を撫でられて、レイシーは顔をほころばせる。この本を使い切る為に始めた日記ではなかったが、一つの事を成し遂げたという達成感があった。
色々な思い出がこの日記には詰まっている。楽しかったこと、嬉しかったこと、怖かったこと、悲しかったこと。
そう思うと、この本が少しだけ重くなったようにも感じた。
「レイシーは、これからどんなことを日記に書いていきたいですの?」
「この世界にはまだわたしの知らないことがいっぱいある。それらを見て思ったことや気持ちを、どんどん書いていきたい。それを、いつか本にしたいんだ」
今のこの気持ちを言い表すとするなら。レイシーはこう表現した。
「冒険が、したいな」
サンディは微笑んでくれた。もう何度か見た、話を聞いてくれる時の微笑み。
「知らないことを知る、それが冒険だというのなら。何気ない毎日こそがそうなのかもしれませんわね。わたくしだって、そうですもの。自分がわからなくなることだってありますわ」
サンディはベッドに腰を下ろす。レイシーもそれに倣った。
「だから、わたくしは帰る場所として、あなたを支えてあげますわ。爺やも、オルガもきっとそうしてくれますわ。いっぱい冒険してらっしゃい」
「ありがとう……! うん、いっぱいする! その時はいっぱい、話を聞いてね! でも、できたら……わたしだけじゃなくて、みんなも一緒がいいな。ダメ?」
「ふふふ、あなたが望むのならどこへだってついて行きますわ」
二人は共にベッドに横になった。明かりも消え、部屋が心地よい暗闇に包まれる。
ふと、サンディの声が聞こえた。
「次は、何かしたいことはありますの?」
「ええとね……王都の、魔法の学院に行くってできる? 魔法の話とかさっきの劇を見てると、興味が出てきたんだ。何よりサンディや爺やの魔法を使うところ、かっこいいから」
「よし、そうと決まれば、勉強が必要ですわね。入学試験があるけれど、レイシーならきっと合格できますわ。あなたは賢くて力持ちな、自慢の妹ですもの」
「えへへ。がんばるね」