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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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冒険 Ⅱ

 激しい打ち合いの末に重い一撃が金髪の男を襲い、彼は一瞬の隙を作ってしまった。そこに狡猾な大男の剣が繰り出され、それを受けた彼は沈黙してしまう。

 この話は何度も読んだ。胸躍る戦いに熱い友情、お気に入りの一つと胸を張って言える。当然、彼が死ぬこともわかっていた。しかし人形として実体をもって目の前に現れ、活気にあふれて動き回る彼が倒れてしまったのを見ると、レイシーは胸から腹に鉄球が落ちていくような、重い気持ちを感じてしまうのだった。本の上の文字ではなんともなかったのに、本当に一人の人間が目の前で消えてしまったようにさえ思えた。


「……」


 無言のまま、サンディの手を握る。

 そしてレイシーの悲しみに呼応するように、黒髪の男は怒りに震えた。火山が爆発するように男の身体が燃え上がる。体だけでなく目までもが燃え、熱風が吹き荒れた。


「友を討たれたかの男、怒りの一撃悪を討つ!」


 炎を纏った男の拳が眼にもとまらぬ速さで繰り出される。そのまま怯んで後ずさる棟梁を捉え、吹き飛ばした。男の勝利だった。

 巨体が地面に倒れ伏し動かなくなると、彼の炎はようやく収まった。黒髪の男はすぐ、倒れた友に寄り添った。


「男は最高の仲間と、最後の別れを交わしました。男は誓いました。彼と共に過ごした日々を忘れず、命ある限り歩みを続けることを」


 男の腕の中で、彼は動きを止めていった。そして男は天を仰ぐようにきりっと上を向くと、友の亡骸を抱き上げ、丸っこい形をした墓の中へ入れて葬った。


「男はこの戦いの功で、英雄として讃えられました。また類い稀なる才能から、魔法学校への入学も認められました」


 たくさんの影たちが男を取り囲み、大げさに手を挙げて拍手した。

 男は少し照れくさそうにしながら観客に向かって手を振ると、舞台の上から去って行った。


「これにておしまい。御観覧、感謝いたしますぞ」


ぺこりと頭を下げる爺やを、観客たちは拍手で迎えた。




「躍動感があって、とってもよかったわ。私は二人の冒険の場面が良かったわね。私と兄上もあんな風に支え合って旅をしていたから、なんとなくをそれを思い出したの」


 終劇後、アリエッタは嬉々として感想を語る。興奮が冷めないのか、彼女はやや早口であった。


「だけど、兄上は……あの方みたいに先に逝ったりは、しないでくださいね?」


アリエッタは絡み付くようにヤーコブの腕を抱く。


「当然だよ。僕は絶対、アリエッタを残して死んだりはしないさ。ところでサンディ、これも実際の事件に題材をとった話なのかい?」


「ええ」


「なるほど。僕が王都にいない間に、こんな事件が起きていたとはね。それはそうと、僕のお気に入りは友を葬るシーンかな。哀愁が感じられて、人形じゃないみたいだった。今度は、僕達の連れも連れて来たいな」


 場面を思い描くように、ヤーコブはゆっくりと眼を閉じる。


「なるほど、あなたの好きそうなところですわね。わたくしはその後の、最後の別れをする所が好きですわ」


「奇遇ですね、お嬢様。私もそこが気に入っております。これからは友無しで歩むという決意が感じられつつも友の事を忘れない、そんな彼の気持ちが伝わるシーンでしたね。オーネ様は如何でしたか?」


「うーん、私はやっぱり戦いのところが好きかなー! どかーん、ばーんっておもしろかったー! 見てよかったよー! レイシーはどうだったー!?」


「……わっ!?」


 笑顔を見せるオーネが、ぼんやりしていたレイシーに声をかける。レイシーは慌てた。気持ちの整理がつかず、少し意識が浮いたようになっていたのだった。この人形劇ではどの場面が気に入っただろう。慌てて頭を回転させた。


「え、えーと、わたしは、二人が出会う所かな。先に物語を知っていたからかもしれないけど、ここから色んなことが始まるんだって思えて、とってもわくわくした。でも……だからこそ、彼が死んだとき……すごく、悲しかったな」


 特に彼を葬る場面では楽しさと悲壮感が同居しているような、複雑な気持ちになっていた。お気に入りの話なのにいざ人形劇で見ると、どうしてこんな気持ちになってしまったのだろう。そしてそれは最後に彼が称えられても抜けることはなく、今まで尾を引いている。

 ここの皆はそんな自分の気持ちを理解してくれたようだった。


「……レイシーは本当に優しいのね」


「そうだね。人の死に悲しさを感じられるというのは、素晴らしい事だよ。それに辛いけど、彼は上を向いていた。きっと、友だちの事を忘れたりはしないはずだよ」


「そーそー!」


「ええ。そうですわ。無駄になんか、なっていませんわ」


 オルガと爺やも彼女たちの言葉に無言でうなずいている。


「……うん。そうだね」


 彼は無駄になんかなっていない。その言葉を信じた時、ようやく劇が終わった気がした。

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