雪どけ Ⅱ
レイシーはさっそくご馳走に飛びついた。
「んぅ……おいしい」
目から鼻から舌から、飛び切りの風味が流れ込む。
客たちも料理に手を伸ばしていた。ある者は歓声を上げ、ある者は感嘆の息を吐いた。
並べられた料理には一つとして良くないものはなかったが、特に印象に残ったのは、ソースをかけられたグリルチキンだった。いつも爺やが使う甘辛いソースのようでありながら胡椒やにんにくの味まで混ざったそれは、こんがり焼けたチキンに絶妙に合った。
「ふっふっふ、このソースは私が爺やに教えてあげたんだー。美味しいでしょー!」
「さすがオーネ、いいアイデアだね!」
「ほめてほめてー!これが私の、料理の仕方なんだからー!」
料理に舌鼓を打ちながら、レイシーは改めて感心した。
「僕も長く旅をしてきたが、こんな味ははじめてだ……そうだ、お礼に僕の旅の話をしようか?いい余興になると思う」
そう言ったのはヤーコブだった。
「彼の話は、とっても面白いのですわ。レイシーもきっと気に入りますわよ」
「ほんと!?聞きたい!」
「私もー!美味しい物の話とか、聞いてみたい!」
ヤーコブの旅の話は面白く、まるで本に乗っている探検そのものだった。
見たことのない森や洞窟に足を踏み入れたこと、立ち寄った村々での出会いや暮らし、ならず者との戦い、そして美味しかった料理が生き生きと語られ、自分が彼に同行しているかのような気分になった。サンディやオーネも、楽しそうに耳を傾けていた。
彼の妹、アリエッタは博識で、兄の話に出てくる植物や鉱物や食物は、彼女の解説で彩られた。また、年の近い女の子と言うことで、オーネとも仲が良かった。
「あれからしばらく市場に留まっていたので、たまに食堂を訪れていたの。オーネさんの腕が無くなったと聞いたときは、心臓が止まるかと思ったわ。本当に、よくここまで元気になってくれたわ。今日の楽しい時間を共有できて、本当にうれしい」
「そっかー、アリエッタにも心配かけちゃったか―。だけどこの通り、すっかり元気だから心配しないで! それじゃ、おかわりちょーだい!」
アリエッタは手の無いオーネに代わり、料理を彼女の口へと運ぶ。オーネはそれを、幸せそうにむしゃむしゃと食べた。
そんな団欒を遠くから見つめる者たちがいた。
「お客人たちがあのように場を盛り上げて下さった。我々も何かしなくては」
「そうですね、爺や。私も腕を振るうとしましょう」
使用人達も負けてはいられない。パーティ料理がすっかりなくなると、オルガはさっそく行動に出た。
丸まった、大きなタペストリーを彼女は抱えてきた。
「この風景は王都のさらに南にある場所の、海を表したものです。南国、と呼ばれているそうですよ」
タペストリーがくるっと広げられると、青と白の世界が現れた。
波立つ蒼海、光るような砂浜。刺繍でありながら波の音さえ感じられるようなその臨場感は、まるでそこへと繋がる扉が現れたようだった。
「わあっ、きれい!」
「綺麗ですわ……」
「すごいなー!」
「海を見たことはあるけど、ここまで綺麗だったなんて……」
「波の音が聞こえてきそうね!」
風景に見とれるレイシーたちに、オルガは小皿を配り始めた。
見れば、透明なゼリーの上に、ミントの乗ったオレンジや黄色い果実が乗せられている。
「この地域名産の果物を使ったおやつです。書斎に本があったので、自分で作ってみました」
オルガは爺やにも小皿を渡し終える。
食べてみるとミントの爽やかな香りと甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、様々な料理を食べた口をすっきりと癒してくれた。
目の前に描かれた風景と相まって、まるで南国に旅をしたような感覚さえ覚えてしまいそうだった。
「なるほど、一つのおやつとして見ても、食後の口直しとしても合格点です。……オルガも、あれから腕を上げましたな。きちんと精進しているのですな」
「ええ。あなたに負けてはいられませんから。爺やの、夜の出し物にも期待していますよ」
爺やに褒められたオルガはやはり真顔だったが、レイシーにはほんの少しだけ嬉しそうに見えた、
デザートを食べ終えたころ、ふとヤーコブが思い出したように言った。
「そうそう、今日はサンディとレイシーの誕生期パーティも含んでいたんだった。僕達からプレゼントがあるんだ」
それを聞いたオーネも、はっとしたように飛び上がった。
「あっ、忘れてた……! わたしもプレゼント、あるよー!」
「ほんと!?」
「招待したのに、気を遣わせて悪いですわ……」
「いいんだ、僕達も今日は存分に楽しむことができた。そのお礼だよ。どうか、受け取ってくれ」
先週も休んでしまいすみませんでした。
忙しくなってくることも増えてきますが、なんとか更新できるように善処します。どうかこれからもよろしくお願いします。