雪どけ Ⅰ
長い銀の森の時期は終わりを告げ、暖かな光が森に差し込む。
あれだけ積もっていた白い雪も次々と姿を消し、元の緑が地面に顔を出し始めた。葉っぱを落とした木々の先にも蕾ができ、命の始まりを感じさせる。
そんな中、森の中の屋敷からは、賑やかな話し声が外まで聞こえていた。
「真ん中に大きい机を置きたいですわ。レイシー、お願いできる?わたくしは、食器や小物を用意しておきますわ」
「力仕事なら、まかせてよ!」
「頼もしいですな。では私は料理の仕込みですかな。オルガ、清掃と飾り付けをお願いできますかな?」
「わかりました。それが済み次第、お客様をお迎えに行ってまいります」
今日は寒期を乗り越えたことを祝う記念日だ。
厳しい寒さは、多くの災害をもたらす。建物を押し潰さんばかりの大雪や、山のあるところでは雪崩で被害を被ってしまう人も多い。それ故、寒期の終わりは無事を祝ってパーティーをするのだそうだ。
そして、この屋敷のイベントはそれだけではなかった。
この祝いの席はサンディとレイシーの誕生期の祝いも兼ねていた。サンディはこの時期生まれであるが、レイシーの出生の時期は正確にはわからない。しかし、屋敷にやって来たのがこの時期であるため、それも一緒に祝うことになっていた。
「友人を招待してもいますわ。決して雑なものには出来ませんわね」
「うん。皆も楽しめるように、わたし、がんばる!」
宴を出来る限り盛大にすべく、住人達はせっせと働いた。テーブルと椅子が整えられ、その上の蝋燭が暖かな光を放つ。鮮やかな花畑のタペストリーが壁に架けられる。丁寧に掃除された居間には埃一つなく、次第に厨房からも美味しそうな匂いが漂ってきた。
「さぁ、そろそろお客様がいらしますわよ。準備はいいかしら?」
「うん! あっ、オルガが帰って来たよ! お迎えに行ってたんだよね?」
「お嬢様、オーネ様をお連れしました」
「レイシー! サンディ! ひっさしぶりー!」
扉を通り抜けて聞こえてきたのは、懐かしく明るい声。
オルガに導かれ、オーネが屋敷にやって来た。
「あら、オーネ!元気そうで何よりですわ」
「オーネ、久しぶり! ……腕、大丈夫だったの?」
彼女とはしばらく会っていなかった。モンスターの事件以来、傷の療養の邪魔をしてはいけないと見舞いに行きたい気持ちを抑えていた。
モンスターにより失い、短くなってしまった彼女の腕は痛々しいものだった。しかし、彼女はにこにこと笑顔を浮かべながら、先の丸い腕を振った。
「うん。腕が無くても、私にはとと様がいるよー。今日はお店やってるから来てないけど、いつもはとと様に私の考えた料理を作ってもらったりもしてるんだー」
言ってから、オーネは少しだけ俯いた。
「最初はそりゃあ、ショックだったよ。もう料理が出来ないんだもん、落ち込むとこまで落ち込んだ。だけどとと様も市場の皆も、私をすっごく慰めてくれたんだ。それで、思ったんだ。私にはまだ、皆がいるんだって。もちろん、あなたたちもだよ。レイシー。サンディ」
「わ、わたしたちも!?」
「大事な友だちが私にはいるんだって思うと、すっごく心の支えになるんだー。友だちでいてくれて、ありがとう! 今日はいっぱい、楽しもうねー!」
「こちらこそ、ありがとう! 今度はお見舞い、行ってもいい?」
「うんうん! もうこの通り元気だから、お見舞いでもなんでも、いつでも会いに来てよー! それじゃあ、爺やに話をしてくるね!パーティのデザートのレシピ、教えちゃおっかなー! とと様直伝だよー!」
「ほほう、あの方のデザートですか。腕が鳴りますな。ご指導宜しく頼みますぞ」
オーネは三つ編みの茶髪を揺らしながら、爺やと共に厨房の方へと向かって行った。
「ねえサンディ、まだお客さんは来るの?オーネだけじゃなかったよね?」
「ええ。まだ来られますわ……あら、いまいらしましたわ!」
窓の外に目をやったサンディは何かに気付いたようで、ぴくっと体を震わせる。
レイシーが振り返った時、ちょうど扉が開かれた。
「やあ、サンディ。レイシーも、久しぶりだね」
「招いてもらえて、とっても嬉しいわ」
やってきたのは旅人の服を着た少年と少女だった。
外からの光で、二人のおそろいの茶髪はつやつやときらめいている。
「ヤーコブ、アリエッタ! ほんとに久しぶりだね!」
ヤーコブ、アリエッタの姉妹とは前に屋敷の皆で市場に行った時以来、会っていなかった。
しかし一度だけとはいえ、迷子になった自分を走り回って探してくれたのだ。その恩は今でも忘れてはいない。
いっぽう彼らと前から親交のあるサンディは、うきうきした気持ちが表情に現れていた。
「来てくれてとってもうれしいですわ!この屋敷に来るのは丸一年ぶりくらいかしら?」
「そのくらいになるかな。今日はお招きいただき、感謝します」
「レイシーとも、仲良くしたいわ! 今日は沢山、おしゃべりしましょう!」
「うん! わたしもアリエッタの事、もっと知りたいな!」
二人は一礼する。その優雅な佇まいは気品を感じさせた。客であるから礼儀正しくしているのだろうかとレイシーは思った。
「これで全員ですわ。さぁ、いただきましょう!」
「やったぁ!」
爺やとオルガによって、ほかほかの湯気を立てるパーティー料理が次々と運ばれてきた。
チキン、ガーリックシュリンプ、ベーコンのサラダ、ひき肉ステーキなどが鎮座する食の殿堂が、瞬く間に机の上に広がった。
先週は休載してしまい申し訳ございませんでした。
今週から投稿を再開します。どうかよろしくお願いします。