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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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未知なるもの Ⅲ

 もはや二人に逃げ場はなかった。

 サンディは歯を食いしばるとモンスターに向かい、雷を撃ちだした。


「レイシー、奴の狙いはわたくしですわ! 奴を何とか退かすから、そこを通って逃げて!」


「サンディを置いて逃げるの!? いやだよ! わたしにだって、きっと」


「お黙りなさい!いいから、行って!」


 今まで聞いたことのない、強い口調だった。

 話をしている隙も見逃さず、モンスターはサンディに襲いかかる。

 これ以上迷惑はかけられないとレイシーは言われた通りに走った。モンスターは自分を追っては来ない。しかし坂を一気に駆け上がろうとしたレイシーは、そこで足を止めてしまった。


「サンディ……!」


 胸がむずむずして嫌な予感を告げる。このままサンディから離れたら、二度と彼女に会えないような気がする。

 背後から聞こえる唸り声と雷の混ざり合った音を我慢できず、レイシーは振り向いた。


「くっ……」


 それはもはや、戦いではなかった。怪物が少女を追い詰める、狩りだった。

 彼女は攻撃を横っ飛びに回避したが、そもそもが狭い谷の底だ。すぐに壁まで追いやられてしまった。


「ゲゲゲゲゲ」


「まずい……」


 怪物は低く不快な唸り声をあげ、サンディに向かって腕を振り上げた。

 迎撃しようと、素早く彼女も腕を高くかざす。しかしそれもまた狩人の、狡猾な罠だった。

 モンスターは大口を開け、腕に気を取られているサンディのかざした手に噛み付いた。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「あ、あ……サンディ……」


 がりごりっ、という音とともに、サンディは苦痛に叫ぶ。牙が肉を裂き、骨まで達した音だった。口の隙間から鮮血が雨漏りのように、ぼたぼたと落ちた。モンスターは細腕をそのまま一気に喰いちぎろうとした。


「あ、あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


「グガアアァァァァ!」


 サンディは噛まれた腕から、とっさに雷を発射した。口内に電撃を受けたモンスターは腕を放して飛び退く。

 しかし、赤く染まったその腕はだらりと垂れさがり、動かなくなった。これでサンディの唯一の武器だった両腕が潰れてしまったのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 魔法を使いすぎたせいだろう、すっかり息も上がっており、頭からは湯気が立っている。

 さらに、彼女の金髪は顔に張り付き、美しい顔を苦痛で歪めている。立ち方もゆらゆら揺れており、やっとのことで体重を支えているようにも見えた。限界が来ているのは明らかだった。


「グゲゲゲゲゲゲゲゲ……」


「行かせない……レイシーは、わたくしが守る……」


 嘲笑うようにモンスターは唸り声を上げる。しかしそれでもなお、彼女は前を向くことをやめない。

 彼女は鋭い視線でモンスターを睨みつける。

 そして、後ろで立ち止まっているレイシーには、優しく微笑むような表情を見せた。


「行って。生きて」


 レイシーの心に何かが突き刺さった。

 彼女は自分のために命を捨てるつもりだ。

 だがこのまま彼女の望みどおり逃げても、自分の恩人であり大好きな人を置いていったということを、ずっと一緒だという約束を反故にしたことを、これからずっと背負わなくてはならない。

 だからといって彼女を助ける力があるわけでもなく。

 やがて失う恐怖は、絶望へと変わった。


「……なんで」


 ただ、こう叫ぶ事しかできなかった。


「なんで、こんなことになったの……! なんで、なんでぇ……!」


 その時、レイシーの感覚に異変が起きた。

 サンディも、モンスターも静止する。まるで時間が止まったような感覚だ。

 そして頭の中に、またあの声が聞こえてきた。


「自分の力を思い出せ」


 どこからか、またあの声が聞こえた。

 力?

 そんなことはどうでもいい。

 サンディを救えない力なんて、役に立たない。

 どうしても思い出せと言うのなら、今すぐ彼女と自分を救ってみせろ。

 

 その思考に応えるかのように、どくん、どくんと心臓が激しく脈打ち始める。

 痛いほどに、暴れるように脈動する心臓が、全身に熱を持った血液を送り出す。霧が晴れるように感覚が冴えていく。全身に力が満ちていく。

 腕も足も疼きはじめた。こいつに勝てる。サンディを守れる。細胞の一つ一つが話しかけてくるようだ。

 本当に?

 だが、他に選択肢はないのだ。

 レイシーは怪物に向かって駆けだした。


 時間は動いていた。

 ちょうど飛びかかり、とどめを刺そうとするモンスターの間に入る形となった。


「レイシー!? あなた、だめ—」


 サンディの悲鳴にも似た声。


「やああああっ!!!!」


 レイシーは雄たけびをあげ、両腕でがっちりと振り降ろされるモンスターの腕を受け止めた。


「え!?」


「グ、グァ!?」


 モンスターとサンディが同時に驚きの声を上げる。

 怪物の棘だらけの丸太のような腕を、少女の細腕が受け止めているのだ。無理はなかった。

 しかし、レイシーは動じない。自らの身体から湧き出る力に、完全にすがっていた。


「このっ!」


 モンスターの腕を掴むと、めりめりと指が食い込んだ。鋭い鱗で手が切れ、生暖かい感覚が手を滑るが、そんな痛みは気にも留めない。


「りゃああああああああっ!」


 モンスターの身体が宙に浮いた。

 レイシーは大きくモンスターを振り回すと、岩肌に投げ飛ばし叩きつけた。


「グガアアアアァァァアァッァァッ!?!?!?」


 谷底が揺れた。

 砕けた鱗や岩に混じり、モンスターの真っ赤な血が飛び散る。

 これならいける。彼女を助けられる。

 この時レイシーは谷に飛び込んだ時のように、ただサンディを救う事だけを考えていた。

 自分の異常さには、微塵も気づかずに。

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