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レイシーのぼうけん  作者: 偶像兎
第一章 少女と森のやしき
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未知なるもの Ⅱ

 真っ白な空間に、レイシーはいた。


 周りは地平線すらない、完全な白だった。浮いているのか立っているのかもわからない。というより、身体の感覚が何もない。この吹雪よりも白い空間はどの器官を伝って知覚されているのか、それすらもわからずにいた。


 直前まで自分は、谷から落ちていたはずだ。となると、この不思議の世界に説明をつけるなら、死後の世界と言うのが一番よいだろう。ああ、自分は死んだのか。自分は谷から落ちて、死んだのだ。


 その時突然、ぼんやりと声を感じた。


「自分の持つ力を思い出せ」


 どこから聞こえてきたのかわからない。精神の内側から染み出してきたようにも思えるその声は、実体のないレイシーの中に染みていく。


 声を拾ったのは耳だと分かった。それを認識したのは脳だと分かった。


 脳があるなら頭もある。頭があるなら髪も。眼も。鼻も、口も。頭があるなら、身体もある。レイシーの身体は瞬く間に組み上がった。


 そして、四肢まで揃ったレイシーは落ちていく。下にぐっと、引き寄せられていく感覚がする。白い空間は徐々に消えていき、やがて、一面の黒が広がった。




「レイシー……レイシー……!」


 涙をこらえるような震え声。

 サンディの声が、暗闇からレイシーを引き戻す。


「あ。あれ……?わたし……」


 レイシーは確かめるよう瞬きした。どうやら自分の命はまだ続いていたらしい。心の中では困惑と、サンディにまた会えた嬉しさが混ざり合っていた。


「どうしてあんなことを!?あれであなたが死んだら、わたくしは……わたくしは……!」


「ごめんなさい……」


 彼女の悲痛な声が心を打つ。


 自分が死ぬよりもサンディが死んだ方が悲しい。そう思っての行動だったが、逆に彼女を悲しませてしまったようだ。


「まったく、二人とも無事だからよかったものを……」


「はい。もうしません」


 レイシーが頭を下げ続けると、彼女はやっと許してくれた。


「それにしても、この高さで二人とも無事なんて……雪のおかげで助かったのかしら」


「そう、かなあ?」


 確かに谷底といえど雪は積もっており、かなり柔らかくはなっている。しかし、これだけであの高さから来る衝撃全てを殺し切れるものなのだろうか。


 何よりレイシーは谷底に叩きつけられ、身体の中で何かが折れる感覚を確かに感じた。今、痛みは全くない。

 不思議さにまとわりつかれながらも、レイシーは立ち上がろうとした。よくわからないが、サンディが無事であるようなのでほっとしていた。


「とにかく、あんな無茶をしてはもうだめですわ。あなたは、わたくしが守るのですから。さあ、手を……いたっ」


 サンディは手を差し伸べたが、痛みに呻いてしまう。モンスターにやられたもう片方の腕を押さえていた。


「だ、大丈夫!?」


「へ、平気ですわ!とにかく、地上へ戻りましょう」


 谷底は夕暮れのように暗かった。


 目が慣れてくると、雪の下からのぞく苔むした岩や異常に長いツタ、岩をかき分けて生える、腕が何本もある人のようにおどろおどろしい樹木が見えてきた。屋敷近くの穏やかな森では見たことのない光景だった。


 まるで異世界のような非日常の世界が、少女たちの前に大口を開けていた。


「屋敷に戻りましょう。モンスターがいることははっきりしたのですから、もう一度ハンターに来てもらえば、きっとなんとかできますわ」


「うん」


 二人は並ぶと、ゆっくりと歩きはじめた。


 幸いにも谷底に分かれ道などはなく、徐々に空が近づいてくる。吹雪のごうごうという音も聞こえたが、地上に近づいている兆しだと考えれば悪くはなかった。ふと、レイシーは口を開いた。


「どうしてあの時は襲われなかったのだろう?ほら、岩に挟まったオーネを探した時。あの時もわたし、視線を感じたんだ。あいつの仕業に違いないよ」


「わたくしが熊だと言ったものだったかしら……」


 サンディは少し考え込んだ。


「攻撃したわたくしだけを狙ってきたところやこちらの行動を予測してきたあたりから、知能は高めと見ていいですわ。暑期にハンターを呼びましたから、その時はまだ警戒していたのかもしれませんわね。……どうしてハンターが奴を見つけられなかったのかは、少し気になりますけど」


「だけど、そのせいでオーネが……」


 口に出した所で、はっと思い出す。


「オーネ……そうだ、オーネは!?」


「連絡用の石を投げて置いたから、雪で冷えているはずですわ。それにあれだけ大きく音をたてましたから、きっと爺やが来てくれるでしょう。モンスターもうまく引きつけられているといいですけど……」


 サンディが攻撃しつつ逃げるように移動していたのはレイシーを逃がす為だけではなく、オーネからモンスターを引きはがそうとしていたからでもあったらしい。


 しかし、オーネの傷は深刻なものだった。目を少し閉じるだけで、彼女の失った腕、白い地面に広がる血の海が思い出されてしまう。本当に大丈夫なのだろうか。


「ねぇ……本当に爺やは、来る?」


「電気で磁力を持たせてありますからうっすら引き合う性質がありますのよ。羅針盤、みたいなもの……って、レイシーはまだ知らなかったかしら」


「ジリョク……? 帰ったら、ゆっくり聞かせてほしいな」


「ふふ、わかりましたわ」


 やがて、二人の目の前に大きな坂が現れた。

 薄暗い底辺の旅からようやく解放される、と二人は急ぎ足になった。


「やった! 帰れたね」


「ええ。早く行きましょう!」


 心に希望が射しこんだ、まさにその時だった。


 坂が突然、ゆらりと揺れた。


「え……」


 坂から地面が分離するように立ち上がり、徐々にその輪郭が現れていく。

 

 鋭い鱗、四つの眼、大きな口、恐ろしい牙、荒々しい尻尾。凍り付く少女たちの前に、モンスターは再びやってきた。


「そんな……」


 サンディがかすれた声を漏らした。


 このモンスターは体表の色を自由に変え、擬態することができるらしい。そこで谷底を突き止め、こちらを待ち構えていたのだ。

 この擬態能力のせいでハンターは見落としていたのだろうか。

お読みくださりありがとうございます。

「吹雪の日 Ⅱ」において、熊の死骸の描写が抜けていたので修正しました。

ご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします。


最近冷えてきておりますが、お体にはお気をつけてお過ごしください。

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